閑話:本能と忠誠(中編)
ロウエンside
もう、これで俺は彼女のモノ。
そして、彼女は俺のモノなんだと思った。
なのにーー
「彼がコクヨウで、その隣がディオン。2人は私の大切な家族であり、夫でもあるの。」
アディライトさん、フィリアとフィリオ、そして英雄ルルーシェル。
次々と紹介してくれる彼女は、2人の事を自分の大事な家族であり、夫だと満面の笑顔を浮かべて言う。
愕然とする。
フィリアとフィリオの2人が魔族だった事も驚きだが、彼女から紹介された家族には、夫がいたのだ。
「っっ、なぜ、」
許せない。
他の男のモノになった君の事が、心の底から憎いと思った。
「どうしてーーー」
「ディア様に対して乱暴な事をするな。」
激情に任せ彼女に詰めよ寄ろうとする俺の事を、簡単に床に組み伏せる、コクヨウと紹された夫の1人。
もがくが、外れない。
逆に、俺を抑え込む力が増す。
「ーーーっっ、」
悔しかった。
こうもあっさりと組み伏せられ、何も出来なかった事が。
悔しくて、涙が滲む。
「ふふ、もう放してあげて、コクヨウ。」
「・・はい、ディア様。」
抵抗を止め、項垂れる俺を解放する様にとの彼女の指示に緩まる拘束。
こうして俺が組み伏せられていても、笑顔のままの彼女にとって、自分はどんな存在なんだろうか?
聞くのが怖い。
「ロウエン、大丈夫?」
何も答えられず、俯いたまま。
「一度、このまま今日は帰って、必要な物だけ持って帰って私の元へ来なさい?ロウエン、もう貴方は私のモノになったのだから、良いわね?」
指示する彼女の声を振り切り、宿を飛び出した。
「・・ロウエン!?」
最後に彼女の驚く声を背にして。
俺の何が悪かったのか。
獣人族のオスは、相手への執着心が強い。
「っっ、ディア、」
愛おしい人。
だからこそ彼女の事を独占し、自分だけのモノにしたかった。
どろどろとした感情が俺の中で渦巻く。
「・・、なんで、だよ。」
胸が痛い。
苦しくて、頭がおかしくなりそうだ。
どうすれば良い?
俺が彼女の事を独占するには。
「ーーーっっ、俺があいつらよりも、強くなれば良いんだ。」
あの男達よりも強くなり、彼女を俺だけのモノにする。
決意し、この国の迷宮へ向かった。
迷宮に籠る事、三日。
「・・疲れた。」
疲れ果てていても思うのは、彼女の事。
会いたくて堪らない。
どうしても彼女に会いたくなり、俺の身体は無意識に宿へと向かっていた。
「ーーーお引き取りを。」
最初の日に俺を出迎えた、アディライトと呼ばれた女性が冷ややかに告げる。
「ディア様は、貴方にお会いにはなりません。」
と。
強引に押し入ろうとすれば、足と取られ転ばされてしまう。
「っっ、」
「無礼な行為はおすすめ致しません。貴方も痛いのは嫌でしょう?」
淡々と話すアディライトと呼ばれた女性。
また、負けるのか?
あの男だけじゃなく、このか弱く見える女性にも。
「っ、それでも、っっ、」
彼女に会いたい。
必死に彼女に会う為に部屋の扉へと手を伸ばす。
「懲りたない人ですね。」
落ちる溜息。
次の瞬間、俺は目の前の女性によって壁へ叩きつけられてしまう。
「っっ、う、」
身体中に走る痛みで呻く。
「アディライト、あまり酷くしないであげて。それに、いくら魔法で音を遮断していると言っても、他のお客さまの迷惑になるのは困るわ。」
聞こえた声に、息さえ止まった。
何でだよ?
どうして、俺の事を、そんな冷たい目で見るんだ?
「ーーーで、貴方は今更、此処に何しに来たの?」
見上げる俺を、冷たい視線が射抜く。
「ごめ、」
「謝罪なんて要らない。ねぇ、ロウエン、私の事を優先出来ない存在を、側に置くと思った?」
冷たく突き放され、身が竦む。
「もう、君は要らない。だから、私の元から消えて?」
残酷に君は告げた。
そのまま拒絶され閉じてしまった扉に俺は、みっともなく泣き喚く。
こんなはずではなかったのだと。
「っっ、ひぃ、ごめ、な、さい、ディア、」
泣き喚き、何度も彼女の名前を呼んで許しを乞うても、固く閉ざされた扉は開かない。
絶望感が俺の心を支配する。
もうダメなのか?
「っっ、ディア、嫌だ、」
突っ伏し泣いた。
自分のモノにしたいと思った存在に拒絶される事が、こんなにも苦しいなんて。
「あらあら、ひどい顔ね、ロウエン。」
項垂れる俺を笑う声。
はっと、その声に突っ伏していた顔を上げる。
「ディ、ア?」
「ふふ、そうよ?」
涙でぐじゃぐじゃの俺の頬を撫でる、君の指先。
「先にお風呂に入って顔と身体を綺麗にして来なさい。話はそれからよ。」
促され、浴室に放り込まれてしまう。
のろのろと服を脱ぎ、言われた通り綺麗に身体中を洗った俺は寝室へ通される。
「っっ、」
俺以外の男に抱かれている、彼女がいる部屋へ。
何をしているんだ?
今自分が見ている光景が、全く理解が出来ない。
「んっ、コクヨウ、大好き。」
上がる嬌声。
「ーーーディア・・?」
混乱。
そして、怒り。
入口で固まる俺と目が合った彼女は、毒を孕んだ華のように微笑んだ。
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