リリスの帰還
あの男に皆んなを奪われると言う怖さがなくなった訳ではない。
リリスがあの男に近付く事も嫌だ。
離れるリリスの事が不安で、私をどうしようもなく不安定にしていく。
だけどーーー
「信じて待ってる、リリスの帰りをこの場所で私は。」
信じると決めたのだ。
何があっても、必ず私の元へ帰って来ると。
リリスの背中に手を回し、抱き付く。
「怪我、しないでね?」
「ふふ、ディア様もですよ?」
声を震わせて、リリスがくすりと笑った。
私の最初の家族。
どうか、貴方が何事もなく無事で帰って来る事を願った。
「では、行って参ります。」
「うん、気をつけて。」
大切なリリスを聖皇国パルドフェルドへと送り出す。
不安な日々だった。
でも、私の側には皆んながいてくれる。
「ディア様、新しいスイーツを考案したのですが、食していただけますか?」
「食べる!」
若干、アディライトに餌付けされている感があるのだが。
気にせず、ゆったりとした時間を過ごす。
リリスを聖皇国パルドフェルドへ送り出してから、早くも1週間が過ぎようとしていた。
「ーーーただいま戻りました、ディア様。」
遂に、リリスが帰って来る。
「っっ、リリス、お帰りなさい!」
目が潤む。
良かった、リリスが帰って来てくれた。
安堵する私。
「リリス、怪我しなかった?」
「ふふ、ご心配ありがとうございます、ディア様。何1つ怪我などしておりませんので、ご心配なく。」
「そう、良かった。」
頬が緩む。
リリスが無事で良かった。
何より嬉しい。
「ディア様、ご報告をしても?」
「ん、聞く。」
報告を聞く為に姿勢を正す。
「・・どう、だった、相馬凪の様子は?」
「勇者として聖皇国パルドフェルドの兵達に混じり研鑽を積んでいる様です。もうしばらくして勇者としての実力が伴えば、他国や民衆へお披露目される事でしょう。」
「へぇ、頑張ってるんだ?」
口元が歪む。
「ですが、あの者は本当に勇者なのですか?」
「何で?」
「どのステータスも他の人間よりは高いですが、ディア様やコクヨウ達よりも優れているとは思えませんでした。あれでは、直ぐに魔族に匹敵するレベルになるとは考えられません。」
「あら、鋭いのね。」
リリスの指摘に、私はくすくすと楽しげに笑った。
私が皆んなへ話したのは、称号とお母さんの願いの事だけ。
あの男が召喚された本当の理由は知らない。
コクヨウ達、あの場にいた4人も知らない勇者召喚の事実。
「やはり、あの者は魔族を倒すべく呼ばれた勇者ではないのですね?」
「そう、相馬凪は偽りの勇者よ。」
私の為の勇者。
相馬凪は、その為にこの世界に来た。
私の暴露に、あの男が召喚された本当の理由を知らない全員が目を見開き息を飲む。
強張るリリスの顔。
「なぜ、その様な事を?ニュクス神様は何をお考えなのですか?」
「全ては、私の為よ。」
うっそりと笑う。
「・・ディア様の為?」
「相馬凪がこちらの世界に来るには、何かしらの理由が必要だった。それが、勇者としての召喚。」
「こちらに来るだけの為に、あの者は勇者の称号を得た、と?」
「今頃は勇者となった相馬凪は自分の事を選ばれた人間だと勘違いしている事でしょうね?でも、それが全て偽りだと知ったら?」
これから相馬凪、あの男は全てを失う事になる。
あの世界での、自分の両親。
発達した技術。
愛おしいだろう、あの世界の風景。
「ふふふふ、全てを知った時、あの男はどんな顔をするのかしらね?」
絶望?
騙されたと怒るのかしら?
「相馬凪が全てを知って騙されたと怒っても、文句を言うべき方は、この世界の神。」
文句を言えば、神敵となる。
ニュクスお母様は、この世界の絶対の神。
「なぜ、その事をディア様は私達に教えて下さらなかったのですか?」
「私かその事を教えたら、リリス達は直ぐにでも用無しの相馬凪を始末してしまうでしょう?」
あの男は、私の敵。
私の敵であるあの男は、リリス達の粛清の対象となってしまう。
でも、それでは困るのだ。
「あれを壊すのは、この私の手で行うわ。」
リリス達があの男に手を出せなかったのは、私の住むこの世界を救う勇者だったから。
私の住む世界を守らせる為、あの男は生かされた。
「リリス達にとって相馬凪を生かす事は苦渋の選択だっただろうけど、私の為に保険として利用したかったんでしょう?」
今や勇者よりも強い私達。
そんな私達がいるのに、勇者など必要ないのだ。
「あれでディア様への余計な火の粉を防げれば良いと思っていただけですわ。それしか、あれに価値などないですもの。」
リリス達の瞳が残忍に光る。
「ディア様の敵など、生かす必要などありませんから。」
利用ができる駒。
それがあの男への、リリス達の共通の認識。
「ふふ、そうね?存分に私達で、その駒を利用してあげましょう?」
私は皆んなへ美しく微笑んだ。
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