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短編集

婚約破棄の行方


 その日、俺は「婚約破棄」というものを初めて知った。


言葉は知っていたけど、それが本当に自分にも起きるのだと、初めて知ったのだ。


両親は戸惑い、仲人には「式まであと一か月もないんだぞ」と怒鳴る。


電話口の親戚のおばさんが「すみません、すみません」を繰り返している声が聞こえた。


「いいよ、もう」


俺は親父に電話を切ってくれと頼んだ。


 彼女とは見合いだった。


営業職で忙しい俺に、三十五歳を過ぎてから持ち込まれた縁談。


断る理由もなく話が進んで、二度、三度と会うとすぐに結婚にとなった。


 


 ごく普通の会社の事務をしている、おとなしそうな女性だった。


相手も三十歳を過ぎて、親が焦っての見合い話だったそうだ。


「親を安心させたい」と顔に書いてあったな。


 それがある日、突如として破談になる。


仲人からの電話では、彼女が不倫していることが発覚したそうだ。


相手は彼女の会社の上司だった。


「式を挙げる前で良かったんじゃないか」


五つ年上の兄がそう言った。


何が良かっただ。


会社にも友達にも招待状を送った後だぞ。


破談にしても理由を説明しなきゃならない俺の身になってくれ。


カッコ悪くて言えやしない。




「すみませんでした」


「いえいえ、そちらが悪いわけではないんですから」


結婚祝いをもらった得意先にご祝儀を返しに行く。


もらった現金をそのまま返すわけにはいかないので、同額を商品券にしてお詫びとして渡すことになる。


得意先を一つ一つ、頭を下げて回る。


ようやくすべてが終わったのは、キャンセルした結婚式の日取りをとっくに過ぎていた。




 家にいるのも居たたまれずに外に出る。


俺の唯一の趣味である映画館に向かった。


「ふぅ」


チケットを買ってロビーでたばこを一服する。


「あれ?」


「え?」


明るい笑顔で「こんにちは」と声をかけられた。


あ、思い出した。


得意先の女性主任だ。


同年代ということもあり、偶然、観たい映画も同じだった。


落ち込んでいた様子の俺を気遣ってくれて、一緒に映画を観ることになった。


「うふふ、いつも元気な方なのにすっかりおとなしくなって」


帰りにお茶をご馳走すると、会社でそんな話になっていると教えてくれた。


俺は頭を掻く。


「でも、お仕事の顔以外も見れて新鮮でした」


そう言って微笑んでくれて、俺はホッとした。




 あれから一年後、俺はその女性主任と結婚する。


あの「婚約破棄」がなかったら、俺は彼女とこうして付き合うこともなかっただろう。


人生、ホントに何があるか分からないね。



お付き合いいただき、ありがとうございました!

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