3 尤も惨めな女
春を過ぎ、夏を過ぎ、佳菜子から剪定を言い渡されたその年の秋、奴隷商はやって来た。
奴隷商は今まで見た中で一番立派な馬車に乗り、着物ではなく高そうな服を着た御者まで付いていた。その奴隷商もまた光沢のある一等素晴らしい服を着こなしており、佳菜子が自ら応接間へ案内した。
「華、香助はどうしたんだい? さっさと連れて来ておくれ」
初めて聞く佳菜子の喋り方に華は戸惑った。一向に香助を呼びに行かない様子に怒鳴られるまで華は佳菜子と奴隷商を交互に見ていた。
「えらいすみません。躾がなってませんで…ああ、ミトノさん、これが香助です」
香助が華に腕をぎっちり捕まえられて連れて来られたとき、佳菜子が奴隷商の名を呼んだ。ミトノという奴隷商は随分と若い男で、この屋敷にぴったりなのは彼のような男であって、どちらかと言えば佳菜子が奴隷商だと香助は思った。
佳菜子はばたばたと音がなりそうなほどに応接間に入った香助を手招きした。そして、自分の座る椅子の横に来た香助を回し、あれやこれやと説明しだした。
「この子はですね、ええ…夜も上手で主人を喜ばせることも出来ますし、子供の相手――いやお守りや家事も出来る。それに痩せてはいますけど体は丈夫だし、馬の世話も、そうそう!店番だって出来ます」
最後の言葉で目を丸めた華が目の端に入ったが、「な、そうだろ?」と同意を求めて来た佳菜子に向いて香助は頷いておいた。否定して口答えするよりも素直にしておいた方がいい。香助は、悔しそうにしている華をちらりと見て、ミトノへ頭を下げた。
すると、これまで黙っていたミトノは出された茶を啜り、一つ息を吐いた。
「……店主、さっきも言いましたが私は上位の奴隷だけを扱っているんです。どうしてもというから、出立を遅らせたんですよ。まさか下位も下位、そんな奴隷を見せられてもどうもね」
ミトノはまた息を吐き、立ち上がった。
「ちょっとお待ちください、ミトノさん!」
引き止めた佳菜子は自分も立ち上がり、香助の腕を取って彼の前へ押し出した。「歳もいい頃です。最近、お貴族様の間では子供が出来にくくなったとか!……この子はなんだって出来ますから」と、佳菜子が猫なで声で言った。訛りがない分、少し高くなったその声は、十二分に不気味で香助は鳥肌が立った。
それはミトノのも同じようで――いや香助以上だったらしく、彼は二歩ほど後退りし、両手を胸のところに上げて顔を引きつらせ、その迫力に負けた。
「そこまでおっしゃるなら、あそこにいる子と合せて買いましょう」
ただし合せて十金、と香助と華を指差した。
「え…」と最初に声を出したのは華だった。次いで、慌てたのは佳菜子だった。
だが、ミトノは先程の顔付きとは打って変わって、商売人の目でごねる佳菜子と奴隷らしくない華を見据えた。一気に空気がぴりりとし、腐っても商売人の佳菜子は口を詰むんだ。
すると、そんな主の様子にさらに青褪めた華は、縋りたい気持ちとミトノの側には近寄りたくない気持ちでいっぱいいっぱいになり、その場で泣きながら前後に揺れていた。
華と抱き合わせでないと買ってもらえない自分を虚しく思うが、何よりも他人事な気分で華の情けない姿に香助は内心笑った。
そうして数十分の内、ミトノが奴隷商なりの交渉で欲しくもない奴隷二人を手に入れたのだった。
銀山を出発する際、それでも佳菜子に縋ろうとする華を銀山で働く他の奴隷達が「達者でな」などと嫌味たっぷりに囁きながら馬車へ押し込み、香助は馬車の後ろで繋がれるのを待った。けれど、馬車に足を掛けたミトノが示したのは首輪でも縄でもなく馬車の中だった。
香助は軽くお辞儀をし、中に入った。
どかりと座席の真ん中に座ったミトノ。その向かいの席でさめざめと泣く華の隣に腰掛けようとしたが、不安になった香助は恐る恐る口を開いた。
「……座ってもいいんですか?」
佳菜子の訛りをなくした喋り方を真似て、じっとミトノの返事を中腰のまま待っていると、彼は鬱陶しそうに眉を寄せて「私は早く帰りたいんですよ」と吐き捨てるように言い、これ以上関わりたくないと御者へ合図を出すと目を瞑ってしまった。




