14 在処
翌朝、香助は下女らが雑魚寝している大部屋で目が覚めた。お座敷で眠ってしまったこと、失態を犯して尚、布団で眠れていたことに香助は目を剥いたが、起き出した下女らから「頑張んな」と声をかけられたことで『蘭』が仕事場になったのだとわかった。
しかし、香助の扱いは他の下女とは違っていた。
まず、飯の量が違う。雑穀米が白米であった。汁物には具がたっぷりと入っていた。渡された着物は同じであったが、毎日の風呂が許され、菓子も食べさせられた。
そして不気味なことに、差をつけられても下女らからは何一つ文句を言われることはなかった。
「……アイサさん、なんでおらさ、こったらに良ぐしてくれるんですか」
三日四日、五日と十日と変わりないことに我慢出来ず、香助はアイサの部屋を訪れた。律は不在であった。
彼女は算盤を弾き、帳簿を見ながら「律さんの言い付けさ」と答えた。
「律さんのですか?」
廊下に座った香助は首を傾げた。「……此処でずっと働がせでもらえるんでないんですか?」
「ああ、違うね。お前はまだ“商品”なのさ。死んでもらわれちゃ困るし、綺麗なおべべを着せて飾ることも出来ない。でも、タダ飯喰わせて放ってもおけないとくれば――健全だろう」
顔を上げたアイサがふふふと笑った。「不満かい?」
香助は、思いっ切り首を振って否定し、頭を床につけた。
「すみませんでした、出過ぎだことば――!」
「……いいんだよ、気にしちゃいないよ。それにさっき手紙が届いてね、もうすぐお前のお迎えが来るって……」
お座敷で垣間見たアイサとは別人のような優しい声音に頭を上げると、じっと向けられた目と合った。
まるで哀れんでいるかのよう……
香助は、その慈悲深い笑みに悟りたくないものを悟った。
「おら…、おら…」
言葉の続かない香助に、アイサは頷き返した。
「この世は、傅かれるか傅くか、知らぬ合間に生き方を決められる。選ぶことも叶わぬ命なんてごまんとある。……でも、時々、残酷でいて面白いほどに優しいんだよ。――逞しきかな我が人生、なんてさあ、誰それにねじ伏せられても生かされる」
お前、生きていたいかい? と、煙管をふかし始めた彼女は問うたが、香助は「わかりません」としか答えられなかった。
香助の何から何まで、自分のものではないことを嫌でも受け入れさせられ、ただただ虚しくもう一度だけ「わかりません」と言うことしか出来なかった。
自分の命はどこへ繋がっているのか――与えられたものをひたすらに詰め込んで、香助は喰っては寝て、寝ては喰って、無心で働いた。
そうして半月後、律が豪華絢爛な馬車に乗り、蘭に帰って来た。
出迎えで呆けて見るその横で、年配の下女が「皇族の紋だわ」と呟いたのを聞いた。




