13 世迷い言以下の
騒ぎが嘘のように静まり返った部屋に女が数人。先程、香助を洗った女達も含め、下女が無表情で膳を取り替えていた。
瑠璃が突進してきても崩れたのは盃くらいであったが、香助は断ることも出来ずにただ真新しい食い物が乗せられた膳を見守るだけであった。
何故、瑠璃は襲い掛かって来たのか……掴まれた胸倉に右手をそっと添わせ、自分と瑠璃の言葉を反復する。しかし、わかるはずもない。香助は、ただただ瑠璃と瑠璃の子供らを思って発した言葉だったもの――わかるはずもなかった。
落ち込むその姿に律もアイサも構わなかった。
律は気難しくしかめっ面で手酌で酒を飲み、アイサは飄々とした体で下女に言いつけてから立ち上がった。
「それじゃあ、ごゆっくりと」
何食わぬ顔して部屋を出て行こうとしたアイサだったが、流石に律に呼び止められた。
「……なんの真似だ」
今までの柔和な雰囲気は消え、冷え冷えとした声に香助はビクリと震えた。
だが、慣れたアイサはなんのその。「はいはい」と振り返り、座ることもせずに笑みだけを見せた。まるで二人の立場が逆転したようにアイサのニヤけた紅は不敵だった。
「律さん、瑞のに最終試験をやったまでですよ。この『蘭』の女として似合いかどうか……試験内容は後からやって来ましたけどね、何にも動揺したらいけません――そう私に教えてくれたのはあなたです。私は、託されたものを守るためにやったまでですよ」
律はぐうの音も出なかった。
サッサと背を向けて去っていく彼女の背を睨むだけで、また酒を煽った。
確かにアイサの言う通りだ。それに律も瑞のの出来を見ておきたかった。今後アイサに替わる女かどうか。
結果、まだまだであった。
アイサが胸を張って言うことはある。商品の香助が守られたのだから、アイサの挑発は妥当なものだったのだ。
「焼きが回ったか…」
最後の雫を滴らせ、律は盃を傾けて口を舐めた。こうなると誰かに説教を垂らしたくなるものだ。「おい、香助」とぶっきらぼうに呼ばると側に座らせ、横目で身を固くさせた少女を見やる――いや、少女を過ぎた女が居る。
「女は狡い」
鼻で笑った律に香助は返事出来ずに俯いた。今は何を答えるにも相応しくないのだろうと、瑠璃の顔が目に浮かんで離れずひたすら畳の目の隙間を見詰めた。
律が新しい徳利に手を伸ばし、大人しい香助にまた鼻を鳴らす。
「粉を叩けば心まで分厚くさせて、かと思えば誘うふりして毒をまく。わかった体して最後には裏切るんだからなあ、どうせ逆上したって、狂っていたとて、いつも転がされているのは男だよ。それをまた操ってなんぼだと嫌になるほど思い知ったはずなんだが……女の体を知ったら子供に戻っちまう」
「なあ、狡いよなあ女はよ。言い訳すらも用意周到だ」と、律は徳利を傾けた。
しかし、香助は思うのだった。男か女かで事が片付けられることが一番狡いだろうと、いつしか終わりの見えない律の声が子守唄になるまで自分の、そして瑠璃の、理不尽さを抱えて。




