私のお家は天下逸品
1-1 家出妄想曲
チュンチュンチュンッ
小鳥のさえずる音と共に、今日も目覚める。
ああ、面倒臭いなあ……なんて思いながらパジャマを脱ぎ、鏡に映る寝癖の着いた少女をまじまじと見つめる。
それは日本人にしては珍しい金髪に、空のように透き通った青い瞳。
無造作に絡まったペンダントは高価なルビーを詰めた金色装飾の派手なもの。
胸のサイズは一年前とは比べ物にならない程美乳のDカップクラス。
自然と慣れた手つきで等身大の服掛け台から適当に一つ摘み、流れ作業のように着込む。
赤色のロリータファッションドレスか……まあまあ悪くない。
そう心の中で呟きながら髪装飾を飾り付け、女王様たる母の元へと急ぎ足で向かう。
大体屋敷にいる人達は皆スリッパを履くが、何だかもう綺麗なカーペットを直に触れたい気分なので靴下をポケットに突っ込んで歩く。
「あー、お腹すいたかも?」
能天気にも無意識に零れる嘆息。
それは屋敷に住まうメイドさんやら執事さんやらの耳に入るだけで、おはようございますなどと遠くからでも聞こえる。
朝の目覚ましには丁度いいが、眠気に囚われたい私から見ればありがた迷惑なのは口には出さないでおこう。
そんな調子で、今日も今日という一日が始まる……。
食堂では、たくさんの人が行き交うものだ。
特に政府のお偉いさんやポディーガード、この国でもかなりのお金持ち屋敷のご令嬢なども結構いる。
その中で一際近寄り難く、美しい朝の蝶の舞のように、団欒を囲んでいる婦人の席列があった。
「……おはよう、アリス。今日の調子はどうかしら?」
「おはようございます女王様。ええ、とっても気持ちの良い晴天ですね。快適な気分です」
「そう。良かったわ」
目の前にいる縦ロールがチェックマークの白色美人たる女王──マリア・アルデイティは、私の母である。
そして同時に、このリヴァルツ帝国を収める張本人でもあるのだ。
私はリヴァルツ帝国第二王女──アリス・アルデイティ・リヴァルツであるが、あくまで第二王女であるため、そんなに多忙ではない。
しかも直接的な血の繋がりが無いため、世間には公に公表されることはない、自由な王女様なのだ。
そんな私の日課はただ食事を取り、メイドさんに扮して外の街を出歩く事を楽しむくらいなものだ。
今日も護衛無しの一人ランデブーをする訳だが、それについて一つ問題がある。
それは……
「そう言えばアリス、昨日も勝手に出歩いて街を放浪としていたそうじゃないの?あまりそういう事は慎みなさいと……あれほど言ったでしょう?」
お母様が、あまり快く思わない事である。
護衛を付けての散歩は自由だが、護衛無しでは外に出ること自体禁止されている。
それでも包囲網を掻い潜り、外を出遊ぶことが出来るのは、私が10年に一人の才覚──《プレシャス・ウィザード》の持ち主だからである……。
唐突だが、この世界には魔法が存在する。
炎、雷などを主とした攻撃スキルに対し、風、水などを主とした守護スキル。
他にも潜伏などの暗殺スキルや、錬成スキル、さらには商売スキルなど、魔法公共博識学会などでは把握しきれない汎用性があり、年に2,3回、新しい魔法が誕生することがある。
私が特に主体としているスキルは剣劇スキルであった。
剣に魔法を振り掛ける事で切れ味や耐久度を上昇させるスキルが多数存在し、中でも勇者と呼ばれる職業の人が扱う剣劇では龍一体を倒せる殺傷力を持つ者もいる。
私達は全系統の魔法を織り交ぜ、混沌スキルを扱う事も出来るのがその名の由来でもある。
例えば、今食事中だが錬成スキルで自分の分身を錬成せ、幻魔スキルで自分の存在位置を左隣の席であると錯覚させる事ができるため、錬成した分身体を置く事で自分はこの場から脱出できる。
さあそれから出ていくのはどうしようか?
潜伏スキルは撃退スキルである《感知》を使えば発覚されるが、瞬移スキルを駆使すれば、そんなリスクを追わずに二分足らずでこの屋敷を出られる。
外の警備兵は幻魔スキルの《アナザー・ワールド》を使えば簡単に眠らせる事ができ、いつも通りに街をふらふら歩ける。
しかし、いくら私が10年に一人の天才だからと言って、この国の傭兵はそんなに甘くない。
お母様の左に佇む白装束を纏った少女──エリカは、幻魔魔法の耐久度が非常に強く、私の錬成にも猫より早く感知されるのが積の山である。
さらに瞬移スキルは魔力を一気に消費するため、極力長距離で使うのは避けたい。
しかも外の警備兵を倒した所で追っ手が来れば、元も子もない。
いや、目の前のエリカ一人を何とかしている間に屋敷内に連れ戻されるだろう。
そこで、だ。
私ことプレシャス・ウィザードの本領が発揮されるのは。
混沌スキルはどんな魔法でも組み合わせる事ができるため、今さっきの作戦を全て一瞬で使用する事ができる。
加えて幻魔スキルの《イリュージョン・ミスト》を使えば、自分の容姿を変化させることができる。
エリカにはバレるかもしれないが、街中で従順に振舞っていれば見つかる事もないだろう。
何より私は存在が公でない存在。故に大事に捜索されることもないのだ。
という訳で、手を合わせて食器皿を片付ける。
ご令嬢さんお約束のお茶会に誘われたのはやはり、私という存在の可愛さに惹かれたのだろうか……いや、女王陛下と談笑している姿に興味が湧いたのだろう。
自分で言うのもあれだが……そんなに私はブサイクではない。
日本で暮らしていた頃からモデルのスカウトも受けた事があるくらいだし、学園祭などではナンパに足らず告白を受けた事も結構数ある。
悲しいかな私はまだ子供であまり恋愛にウブなところがあるので、全て丁重にお断りしちゃった訳だが……。
しかし、私は日課のお出かけタイムがあるため心苦しいが、それを断わり、先程の手順で屋敷脱走劇を開始するのであった……。