ドラゴン免許教習所
『おおーじいちゃんだ。元気にしとったか?ところでお前はいくつになったんだ?あっ!?もう高校3年生!?でかくなったなー!!あのな、この前ウチの蔵ん中を整理しとったらじいちゃんが昔乗ってたドラゴンを見つけてな。そーじゃそーじゃ。すっかり忘れておったんけどあれ、お前にやろうと思って電話したんよ。とりあえず免許取ってな、それからウチこい!んで帰りはドラゴンに乗って帰ったらええ。ドラゴンも古いけどじいちゃんと一緒でまだまだバリバリやで!?だーっはっはっはっ!!じゃあまた連絡するき、じゃあの!!』
そんなじいちゃんからの電話があってから俺はドラゴンの免許を取るためにドラゴン免許教習所へ通うことにした。やっぱり俺も男の子だからか小さいころから保育園で乗り物と言えばギャオギャオとドラゴンのおもちゃで遊んでいたし人並みにドラゴンを乗り回す事への憧れみたいな気持ちはあるし、未だ出来たことの無いまだ見ぬ彼女をドラゴンの後ろに乗せて『しっかり捕まっていろよ』『うん、もう離さない』みたいなワイルドでボイルドな妄想を思い浮かべることも少なくない。
そんな思春期まっさかりの男子高校生の夢を実現できるチャンスに巡り合えたのだからこの期を逃すわけにはいかない。「あんたドラゴンなんて不良が乗るもの絶対ダメよ!危ないし、冬になったら雪積もって寒くなってどうせ乗れなくなるのにどうするの!!」と夢と妄想を現実で全てぶち壊す敵の如く、夕食を用意する母に怒鳴られて反対されてしまった。ちなみに今日の夕食はサバのようだ。そこは肉にしてくれよ。せっかくの息子のドラゴン記念なんだからさぁ。別に尾崎豊みたいに盗んだドラゴンで走り出して窓ガラス壊して周ることなんか今の時代不良でもやらないっつうの。軋むベッドの上で優しさを持ち寄りたいけどその相手はドラゴンの免許を取ることでできるんだし。ウチには車庫もあるから冬はそこに保管すれば大丈夫。「まぁまぁ母さん、もう子どもじゃないんだから。教習所のお金はお年玉から全部出すって言うし、ドラゴンはおじいちゃんがくれるって言うんだから大丈夫じゃないか。かわいい子にはドラゴンで旅をさせろとも言うだろ?」といつも母に圧倒されて縮こまることしか出来ない父が珍しく庇ってくれたのでなんとか無事に教習所へ通えることになった。その後で父が「実は母さんと出会ったのも父さんが若い時にドラゴンでツーリングしていた時なんだよ。」とサングラスをかけてドラゴンに跨った父が写った写真を見せてくれたんだけど、だから母さんは絶対反対していたんじゃ、と無粋なことを思ってしまった。
俺の住んでいる街にはドラゴン教習所が1つしか無い。都会へ行くと沢山あるらしいが過疎化が進むこの街にはあまり需要が見込めないのか教習所はたった1つしかないので必然的に地元の高校生やヤンキー、おじさんおばさんなどバラエティ豊かな人間達がドラゴンの免許のためここに集まるのだ。周りには建物が何も無くただぽつんとそこに教習所と練習コースだけがある。ドラゴン乗らないといけないから周りに建物がないのは当たり前か。納得した。結構大きいもんねドラゴン。
簡単な入学手続きと支払いを済ませると待合室にはいるわいるわヤンキーが。多分だけど高校卒業決まってやっと免許取得してもいいよっていうお達しが高校から発布されたのだろう。と言うことは俺と同じで今日から通い始めたんじゃなかろうか。5、6人くらいはいる。しかし本当に窓ガラス壊して回ってそうなリーゼントバリバリのヤンキーなのに学校の決まりは守るんだからちょっとキュート。
「これから今日入校した人たちはドラゴン講習をするので座学教室に移動してください。」
館内放送が流れた後、座学教室へ移動した。内容は小学校で教わるぐらいの運転ルールは守りましょうみたいな簡単なことばかりで本当に眠かった。でも1番印象に残ったのは事故の話。やっぱりドラゴンはどうしても事故が多いらしい。玉突き事故や羽根の接触とか、ひどいのだとクラクションと間違って火を吐かせちゃったり。ヘルメットは着用義務があって予備の餌を入れることの出来るリザーブタンクはできるだけつけて置いたほうが良いよ。ドラゴン安全協会の買っときなさいみたいな。ああ天下り先のヤツね。とりあえずアマゾンで安いやつ買っとこう。そして残りは講師の昔のドラゴンコレクション写真を延々自慢されるだけの計50分。中型やら大型やら、俺らが最初に取得できるのは中型だからあまり興味ないな。
一緒に受けてたのは赤モヒカンと黄色モヒカンの仲良しヤンキー二人とちょっと地味めな黒髪ショートの女の子。多分大学生ぐらいだろう。ちなみにモヒカンズは背筋をぴんとして物すごく良い姿勢で話を聞いていた。
それから冬休みの間は免許を早く取得するべくほぼ毎日教習所に行っては学科と実技を学んで、講習終了のハンコを増やしていった。おかげで最初はドラゴンに乗る度にお尻が痛くなってたけど今では慣れたもんで全然痛くない。そして友達もできた。大学生の女の子…だったらよかったんだけどそんな度胸ないし初日以来とんと見かけない。友達になったのはあのモヒカンヤンキー2人組だ。彼らはお互いのことをまーくんよっちゃんの名で呼び合っている。見た目と中身のインパクトはでかいけどなかなかいい人達だ。
「まーくんとよっちゃんは学科と実技あと何個?俺はあと実技1個だけ」
「俺らはあと学科2個と実技1個かな。ここへは必ずまーくんと来てるから残ってる授業も一緒なんだ。ね、まーくん」
満面の笑みで元気良くうなずくまーくん。
「そっか。じゃあ俺らもそろそろ卒験だね。実技は絶対大丈夫だと思うけど学科がなぁ。模試やってるとひっかけ問題とか多くない?言い回しがなんか姑息だよね」
「わかるわー。右折か左折をする時は一時停止して竜の頭を叩いて曲がる方向へ炎を吐かせなければならないって正解は左折の時は一時停止しなくても良いから×なのよね!ずるい!」
不満げな顔をして勢い良く頷くまーくん。
「じゃあ、まーくんに問題ね。50年前にドラゴン免許を取得した人は免許に区分が限定されてなければ大型ドラゴンに乗れる。○か×か」
メンチきるように出題者の俺を睨みながら呻り声を上げながら問題を真剣に考えるまーくんにちょっとたじろぐ俺。
「…マルッ!!!!!」
「正解!」
「まーくんすごいわー!」
まるでクイズに正解して1000万円を手にしたかのような盛り上がりを見せるモヒカンズ。俺達は偶然にも次の実技授業を一緒に受けることになっていた。
俺にとっては最後の運転実技の授業であるところの急ブレーキの訓練だ。ドラゴン運転中に子どもが飛び出してきたみたいな想定で道路に引かれてある白線の上を通り過ぎたら急ブレーキをかけるという訓練だ。まぁもうドラゴンに乗るのも充分になれた所だし楽勝だろ。これであとは卒研受けて彼女作ってウハウハライフだ。
そんな妄想をしていたら入校の時に一緒になった地味めな女の子も同じ授業を受けていた。メガネかけてて黒髪であまり洒落っ気がなくて相変わらず地味だなー。彼女にするならもうちょっと可愛い子がいいなぁとか考えてたらよっちゃんが「あの子、実はすごい運転テクニック持ってて実はレーサーなんじゃないかって教官が行ってたわよ。ほら、レース場は公道じゃないから免許はいらないじゃない?」
正直言うとすごいなー。人は見た目じゃわからないなーって思うぐらいの感想しか抱けなかった。そういう人もいるんだなとか、俺には関係ない世界だしなって。興奮しているよっちゃんには悪いけどあまり興味がわかない話題だった。
そんな話をしていたら教官に自分の番号を呼ばれた。
笛が鳴ったらスタートだ。アクセルをふかすためにドラゴンのツノをまわす。スピードメーターが上がる。白線まではだいたい50m。遅すぎても訓練にならないし早過ぎたら普通に危ない。ちょっと早いぐらいが丁度良い。
笛が鳴った。クラッチを入れてドラゴンを飛び立たせる。が、思ったより出だしのスピードが速い。このままでは白線までにスピードが出すぎてしまうヤバイヤバイヤバイブレーキかけて減速しないとっ。
急ブレーキによってドラゴンだけが止まり慣性の法則で俺の体が宙に吹き飛ばされた。よっちゃんの叫び声だったり教官の驚く声が鮮明に聞こえたがそれに応答することは出来なかった。このまま地面に叩きつけられて下手したら骨折、最悪死亡。どちらにしても大怪我は免れないだろうなぁっていうのは頭で理解できた。人間本当にやばいときは脳の回転が速くなるんだろうな。全く持って無意味だけど…
瞬間、地面に叩きつけられるハズの自分の体が引っ張られて誰かに抱きかかえられているのを感じた。何が起きたんだ?抱きかかえてくれている人の姿が目に写っているのに全く頭が働かなかった。
そして自分を抱きかかえているのはいつの間にかドラゴンに乗ったまーくんだった。
目が合うとまーくんは満面の笑みで返してくれた。何も言わない。ただ笑うだけ。漢だぜ…まーくん。
その後ケガもなく地上に降りた俺とまーくん。謙遜するモヒカンズに頭を何度も何度も下げて沢山お礼を言った。教官からも気が緩むのは仕方ないが気をつけないと次は命を落とすぞと怒られた。もちろん学科実技は再試。でも2回目はすんなり合格できた。
そして俺もモヒカンズも卒研やらなんやらを無事に一発合格できた。モヒカンズは赤と黄色に塗り分けられたサイドカー付きドラゴンを購入したらしく今は楽しくツーリングをしているらしい。
そして俺はじいちゃんにお古のドラゴンを貰うべく新幹線に乗り、ド田舎の山奥にあるじいちゃん宅へ脚を運んだ。久々にじいちゃんと会って軽く近況報告した後、立派な蔵に案内されて待望のマイドラゴンへナイストゥーミートゥーをしようと胸を高鳴らせた。蔵が見えてくると黒い影が見える。近づいていくと鎮座する黒いシルエットが段々とハッキリ見えてくる
「ほら!これがワシの乗ってたドラゴンじゃ!!!」
そこには教習所のドラゴンとは違い、例えるならば漆黒の闇の様な深い黒さと、ただ古いだけではない気品に満ちた眼を持った巨大な老龍がそこにいた。かっこいい…これは確実にモテる。彼女作れる!海沿いをタンデムで走れる!!抱きしめられる!!!やったぜ…こんな巨大なドラゴン見た事ない。いや、巨大すぎない?教習所のドラゴンの2倍はあるよ?
「じいちゃん、免許取ったのっていつだっけ?」
「ん?そうじゃな。だいたい50年前くらいじゃな。」
老龍は嘲笑うかのように天に向かって膨大な炎を吐いた。