2話
ここモルデス大陸の南方に広がるライド王国では、多くの亜人と人が共存している。
しかし、亜人の中で凶暴性が強く他種族を著しく害する種族は魔人族とされており、討伐の対象となっている。
現在ライド王国で確認されている魔人族はヴァンパイア(吸血鬼)とオーガ(鬼)。
50年前にヴァンパイアが確認された時点で王国は専門の部隊を結成し討伐を行うが、どちらも巧妙に隠れ潜んでいるために未だ全滅には至っていない。
弱いヴァンパイアやオーガならギルドの冒険者でも討伐可能とされているが、虚偽の申告が多く実際に討伐がなされたのはごく少数とされている。
さらには周辺諸国でも他の魔族の目撃情報が相次ぎ、王国の未来を憂いた唯一神ジャブロの導きによって異世界から何人もの勇者が召喚された。
勇者たちは唯一神ジャブロによって加護を与えられ、その恩恵により凄まじいスピードで剣の才能が開花していく。
「で、ジャブロ様の導きによって勇者の一人となったのがユウタ、あなたよ。ここまでは良いわね?」
そう言って先ほどまで話していた法衣の少女は、ウェーブのかかった金髪を耳へかけながら狐のようにツリ上がった目をこちらへ向ける。
ユウタと呼ばれた剣士風の少年はその様子を見ながら、「白魔導士が着るような法衣じゃなくてドレスとかの方が様になりそうだなー」などど考えていたため反応が遅れる。
「ちょっと!聞いてるの!?」
「あー、うん、聞いてる聞いてるよリリス。カミサンが俺を召喚したんだよな、勇者として。
ってか、この世界の常識とか何度も説明されたしいいって復習するのは。もうやめようぜ。」
そういってぞんざいに会話を打ち切ろうとした少年は次の瞬間、後悔することになった。
「カミサンじゃなくて唯一神ジャブロ!ライド王国の初代国王にして、生前に数々の偉業を成し遂げその身が朽ちた後に魂が神格化し、王国を守る神となられた尊ぶべき存在よ!変な言い方しないでよ!そもそもジャブロ様に導かれただけでなく王国を汚らしい魔人族から守るという使命までいただき尚且つ勇者としての加護まで賜っているのよもっと敬うべきでしょう!異世界の勇者というのは力があっても礼儀知らずで仰心がないのかしら困ったものね。そもそも国直属の討伐隊や冒険者たちがしっかりしていればジャブロ様の手を煩わせることもなかったというのに。ああもう、ジャブロ様がお導きになられた勇者とはいえこんな不真面目そうなのが私の担当なんてついてないわ。どうせならジャブロ様のようにカッコよくて強くて優しくて、そうよジャブロ様はブツブツブツブツ・・・・・」
リリスは己の信望する神をを称賛しながら少年への不満を漏らし、また神を称え始めたのだ。
(やべっ、またやっちまった)
ユウタは以前も失言をして彼女の琴線に触れてしまったためこうなると面倒くさいのはよくわかっていた。
今回は自分の世界に浸っているうちに避難しておこうとしたのだがそれは叶わず、
「どこに行く気よ!話は終わってないわよ!」と、火に油を注ぐ結果になってしまった。
「いや、他の冒険者との親睦を深めようと思ってな。それと情報収集もな。というかリリス、もう少し声を小さくした方がいいと・・・」
「必要ないでしょう!あなたは冒険者じゃなくて勇者なんだから。今回の特例クエストに参加したのだって勇者としての実力をつけるためのものよ、冒険者と馴れ合う暇なんてないわ!っていうかこの馬車揺れるわね、それにほこりも酷いし!あー」
現在二人がいるのは魔獣の討伐のために冒険者たちを乗せている馬車の中だ。
リリスの言葉からわかるように魔獣討伐の特例クエストに、無理矢理参加してユウタに勇者となるために力をつけさせようというわけだ。
当然ギルド職員や冒険者はよそ者の参入にいい顔はしなかったがリリスが王からの許可証を見せた(振りかざした)ことで一応の参加は認められたが。
しかし、ユウタとしては肩身が狭いため馬車が出発してからは冒険者へ話しかけて少しでも印象改善に努めようとしたのだが、その機会のことごとくをリリスによるジャブロ教の布教活動によって潰されている。
リリスは光の魔法を使う教会の神官だが、召喚された勇者のサポート役として今回抜擢されたという。
ユウタは最初の顔合わせの時に
(金髪碧眼美少女!しかも癒し担当!目つきはきついけどそれ位許容範囲だわやっべ俺の時代キタコレ!)
などと考えていたが、フタを開けてみればジャブロ教の重度の信奉者だったというわけだ。
加えて他人を見下した態度も相まってトラブルが起きないはずもなく、とうとう冒険者の一人の堪忍袋の緒が切れることになった。
「うるさいよ!さっきからずーっと大きな声でしゃべり続けて、周りの迷惑も考えなよ!」
「おう、猫耳嬢ちゃんの言うとおりだ!冒険者でもねえのに特例クエストに参加だなんで受付のシルムちゃん困ってたじゃねえか!神官サマは礼儀がなってねえなあ!」
「大体、あなたがジャブロ教を信奉するのは勝手ですけれど、それを他の方にまで強制するのはあまりにも自分本位ではないかしら。」
「「「「そうだ、そうだ!」」」」
「なんですって!この異教徒!無神論者!もう一回言ってみなさい!ジャブロ教の布教は尊き行いよ!」
リリスと冒険者の口論が本格化してきたので、ユウタは今度こそ避難をすることにした。
目立たないように頭を低くして馬車の前方へ移動しながら気がかりであった一人の少女に思いをはせる。
(俺がこっちに来るときに、近くにいた彩夏の足元にも魔法陣が出てきた。王様や魔術師たちは広間にいた勇者たちで全員だって言ってたけど、絶対どこかにいるはずだ。王様に頼んで探してもらってるし黒髪黒目なんてこっちじゃ珍しいからすぐに見つかると思うんだが。)
召喚される直前まで一緒にいた仲の良いクラスメイトの安否を考えていたため、足元の荷物に気づかずに躓いて「げっべえぇ!」という潰れたカエルのような声をあげながら倒れ伏し、醜態をさらすことになった。
(どうかだれも見ていませんように聞いていませんように)
その願いも空しく、彼には声がかけられた。
「あの、変な声出てたけど大丈夫?」
フルートのように流麗で透明感があり、耳から脳にかけてに澄み渡る声だった。
思わず声のした方向へ顔を向けるとそこには天使がいた。