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第五話

「着水の衝撃で、私は意識を失いかけました。しかし冷たい早朝の海水で、すぐに現世に呼び覚まされます。


 私はまだ、陽太の手をしっかり握りしめておりました。しかし彼の力が抜けきっているのが分かります。おそらく、孫の魂は、既に……。


 そう思いながらも、大量の水を含みつつあった私の意識も、再び闇に呑まれようとしていました。


 しかしその時、まるで陽太の手を通すように、私の脳に直接彼の声が響きました。



『もっといもほりがしたい』と。



 それは雷鳴のように私の神経をつらぬき、爆雷の如く全身に響き渡りました。


 そう、それは先日の七夕の日に、孫が短冊に書いた文字そのものでした。


 手術の喜びに目覚めた六歳の孫が、星に託したささやかな願い事。


 やはり、彼の本心は、生き続け、立派な医者になりたかったのです。


 このまま陽太の尊い命を散らせるわけにはいかない!


 生と死の境で私の魂が痛烈に悲鳴を上げた時、奇跡が起きました。


 既にぴくりともしない孫の手から、何か黒いもやもやしたものが漏れだしたかと思うと、沈み行く私の口元にぬるぬると入り込みました。


 次の瞬間、まるで釣りあげられた魚のように、私は凄まじい速さで海面に浮上しました。


 そこで大量の水を吐き出した後、私は全力を振り絞って、何とか岸に泳ぎ着きました。死体となった陽太の手を引いて」



 コリコリ、コリコリ、コリコリ、コリコリ。



「こうしてただ一人生き残った私でしたが、それは表面的なことでした。


 陽太は亡くなってなんかいない。その思いは、いや、魂は、私の中で生きていました。


 その時から私は不思議な力を得ました。まるでエックス線撮影のように、物や人を透視することが出来るようになったのです。


 この能力はレントゲン以上で、どんな分厚い壁や床だろうが透かして向こう側を見渡せ、そこで誰が何をしているのか、逐一手に取るように分かるのです。


 あなたの秘密を全て知っているのは、そういったわけなのですよ、山崎さん」



 ブチブチ、ブチブチ、ブチブチ、ブチブチ。



「さて、息子は確かに自己破産しましたが、私自身には幸い夫から受け継いだ現金の遺産が幾ばくかあり、保証人にもなっていなかったため、老後の心配はありませんでした。


 私は住み慣れた家に近い、マンションとなった元職員寮を借りました。


 でも、一室だけではありませんよ。二室、つまり、ここ202号室と、201号室を借りたのです。


 何故って、陽太のしたい『いもほり』をするには、私の部屋だけでは到底足りませんからね。


 こうやってシートで部屋ごと覆わないと、大変なことになってしまいますから。


 陽太は普段は私の中で大人しくしておりますが、時々こっそり煙状になって、この部屋に漂っていることもあります。


 よっぽどここが気に入ったのでしょう。勘の良い方は気付かれたりもするようですけど。


 また、陽太は私の目を通して人間の体を透かして見るのが大好きでして、特に乳癌のある女性を発見した時は、激しく興奮します。


 さあ、そうなると私の出番です。以前培ったあらゆるコネクションを利用してその方の素性を調べ上げ、夫や恋人などがいないかを確認します。


 知っていますか、山崎さん? 乳癌の第一発見者って、本人の夫か恋人が半分近くも占めているんですよ。


 つまり逆に言うと、相方のいない女性は、乳癌を見つける可能性が大幅に下がってしまうんです。


 だから、自分の乳癌に気付かない女性って、孤独な方が多いんですのよ。


 次に、彼女の所属しているカルチャースクールやお稽古事、サークルなどに入会するなどして、お近づきになります。


 陽太は早く早くと急かすのですが、焦らずゆっくりと親睦を深め、信頼関係を築きあげます。


 そしてその女性に家族などの邪魔者が近くにいなければ、頃合いを見計らって、私の旧宅などにご招待します。


 後はどうするか、あなたならよくご存知ですわね。先程も協力して頂いたばかりですもの。


 そう、眠剤で眠らせ、秘密の地下通路でここまで運んで、手術を行うのです」



 コリコリ、コリコリ、コリコリ、コリコリ。



「今まで連れてきて頂いた女性達は、全て乳癌を患っています。


 私と陽太はそれを無償で除去して差し上げていたのです。


 感謝されこそすれ、恨まれる謂れは何一つありません。


 ちなみに先程注射器で私が注入した青い液体はインジゴカルミンという色素でして、これを私の千里眼でもって、腫瘍の上に突き刺し、その部位を染め上げ、切除するのです。


 また、リンパ節郭清も同時に行います。ここでは病院ではないので術中生検などは行えませんが、まあそこは長年の勘で、大雑把にやってしまいます。


 この時ばかりは陽太も大興奮して、自ら実体化までして手術をやりたがるのですが、中々うまくいかず、いつもこんな無様な有り様になってしまいます。


 でも、術中死なんてものはよくあることですから、致し方ありません。


 どちらにせよ、自分の癌にも気付かないうっかりした方々でしたから、放置し続けた結果、ろくな死に方はなさらなかったでしょう。


 むしろ孫の練習台になれたことを光栄に思うべきです」



 ブチブチ、ブチブチ。コリコリ、コリコリ。



「そういえば先日、山崎さんが病院で叩き殺されたお嬢さんにも、立派な乳癌がありましたわね。


 あなたが突き立てのお餅のようにこねくり回していたお胸に、固いしこりがあったでしょう? 


 お若いのにいろんな意味で気の毒な方でしたわね。


 ところであの秘密の通路は、あまり人に知られたくないものですから、本当ならあの晩私と出会ったあなたにはあの場で死んで頂くつもりでした。


 でも陽太は、死体でも構わないからお嬢さんの腫瘍を取り除いてあげたいと、天使のように慈悲深いことを言ったので、あなたに運搬して頂くため、わざと殺さずにおいて差し上げましたのよ。


 あ、もうお気付きでしょうが、今まで山崎さんの命を取らなかった理由は、もう一つございます」



 ブチブチ、ブチブチ。コリコリ、コリコリ。ブチブチ、ブチブチ。コリコリ、コリコリ。



「ほら、やっと全部探し当てましたわ、あなたのリンパ節。


 さっき取り出したあなたの乳癌はあんなにご立派でしたし、さぞや沢山転移していることでしょうね。


 乳癌患者の約1パーセントは男性なんですのよ、山崎さん。


 運良く乳癌にかかって、こうして我が孫に手術を受けられる。


 あなたってとっても幸運な御方ですこと。


 あら、もう聞こえていませんか?」



 ボン!



(完)

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― 新着の感想 ―
[一言] ギャグとホラーを混ぜたような作品で、読んでいてとても不思議な感覚になりました! まず、タイトルからして中々に独創的な作品ですね。 そういう展開になったかぁ〜と少しびっくりしました(笑)
[良い点] 面白かったです。グロテスクな描写が多いながら、主人公の語り口が軽やかですいすい読み進められました。 [気になる点] しかし、4話以降ネタ晴らしの段階での老婆のセリフがいささかセリフ口調すぎ…
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