第四話
「実は私は、元看護師でしたの。それが太田外科医院の先代院長に見初められ、結婚致しました。
私達の子供の明は親馬鹿と思われるかもしれませんが聡明な子でした。
しかし医学部に入学後、勉強に躓き留年してしまい、そのことをずっとコンプレックスとしていました。
彼は夫の死後、院長職を継ぎましたが、事あるごとにこう語っていました。
『歌舞伎や狂言などの芸事の家に生まれた子供は、まだ言葉も碌に話せぬ幼い頃から芸の修行をさせられると聞くが、思うにそれこそが正しい道なのだ。
自分は医学部に入って専門課程に進んだ途端、今までとは全く勝手の異なる外国語の医学用語の洪水に晒され、吐き気を催す人体解剖実習に悩まされ、慣れるまでに相当の時間を要した。
医学部の仲間には、同様の理由で脱落していくものが何十人もいた。決して馬鹿ではないにも関わらず、だ。
二十歳にもなって、高校までの分野とは全く違う高度な学問を一から学ばせられるというのは、今の子供にとって酷なことなんだよ。
既に、病院の跡取りという、将来の道筋のはっきり決まっている我が子に、同じ苦労はさせたくない』と。
彼はその持論を振りかざし、彼の息子、つまり私の孫の陽太の教育に熱心に当たりました。
明は陽太を患者の手術にこっそり立ち合わせたり、手術の際に取り出した臓機や組織片を手渡しして触らせたりしました。
かわいそうに、最初のうちは幼い孫は吐くほど嫌がっていましたが、過酷な現場にも慣れて行くと、徐々に目付きが変わっていきました。彼には生まれつきの才能が有ったのです」
コリコリ、コリコリ。
「陽太は次第に、通称『芋堀り』と呼ばれる、私が今やっている作業に没頭するようになりました。
これは術後に、こうやって摘出した組織に指を直接突っ込んでこねくり回し、リンパ節をいくつ取ったかを確認する作業です。
悪性腫瘍のオペの場合、リンパ節は癌が転移しやすいため、郭清する必要がありますが、取り過ぎてもいけませんし、どれだけ取ったか調べなければなりません。
これって結構固いので、指で押し潰そうとしても、コリッとして形を留めているんですのよ。
一番下っ端の助手や研修医なんかがやらされる作業ですけどね。
うちの病院は乳癌の手術で特に有名でしたので、女性の方がしょっちゅう訪れ、手術を受けられました。
陽太はその度に喜んで、赤黒い肉塊に指を突っ込み、まるで悪戯小僧が蟻を押し潰すように、ブチブチと楽しそうに芋堀りに励んだものです。
息子の教育方針は正しかったのでした。
また、陽太には不思議な才能があり、外来で待っている女性患者を一目見ただけで、どこに癌があるかを当てることができました。
どういう仕組みなのか、誰にも教えてくれませんでしたが、ただ、私には一言、『だって見えるんだもん』と呟いたことがあります。
その時私はふと、夫が生前酔った際に語った話を思い出しました。
なんでも、夫のご先祖様には全てを見通す千里眼の持ち主がおり、その方が能力を生かして医者の家系の祖となった、という、まるでおとぎ話のようなものでした。
馬鹿らしくてすっかり忘れていましたが、ひょっとしたら陽太は、遠い先祖の血を強く受け継いだのかもしれませんね」
ブチブチ、ブチブチ。
「しかし今にして思えば、私たちの幸せも束の間のものでした。
あの忌まわしいバブルの崩壊で、病院の負債は頭取預かり以上となり、銀行員が毎日のように押しかけ、職員の給料すら払えないようになり、遂に息子は自己破産を決意したのです。
プライドの塊だったあの子にとって、それは死刑宣告と同じでした。
病院はおろか住んでいる家すらも差し押さえられることとなり、今までのような暮らしは出来るはずもなくなりましたが、そんな陰に隠れて世間から陰口を叩かれ生きる日々を、明は良しとはしませんでした。
何しろ可愛い陽太の輝ける未来すら奪ってしまったのです。
確かに院長になることだけが全てではありませんでしたが、そうなることを至極当然のように信じ切って育ってきた孫にとっては、病院の倒産は少なからぬショックでした」
コリコリ、コリコリ。
「あの夏の日、息子夫婦と、孫の陽太と、私の四人は、F県の海沿いの温泉に出かけ、美味しいご馳走を頂いて一泊した後、明け方宿を出て、少し行ったところの断崖の上に、皆で出かけました。
生まれたての太陽は炎のように燃え立ち、海面から光の剣を何本も突き出し、一日の始まりを高らかに宣言していました。
誰も一言も発しませんでした。とても美しく健康的なものを見ると、人は死にたくなるということを、私はその時初めて理解致しました。
『綺麗な朝日だな』と息子の明が沈黙を破りました。
『すまんが、私はもう生きている価値が無くなったので、今、ここから飛び降りる。
お前達には強要はせん。一緒に逝きたいものだけ私に続いてくれ。
不甲斐ない家長で本当にすまなかった』
彼の言葉に、皆、涙を堪え切れませんでした。
息子の嫁は、そっと明の手を取ると、無言で傍らに寄り添いました。
私ももちろん、その隣に立ちました。
今更惜しくは無い命です。私だって先代院長の妻だという自負ぐらいありましたし、おめおめと生き恥を晒し続けるのはまっぴら御免でした。
当時私は五十代でしたが、人生に未練はありませんでしたし、息子夫婦を失ってまで、これ以上長生きするつもりは毛頭ありませんでした。ただ一つ、気がかりなのは……
『陽ちゃんはどうするの? あなたは一番若いんだし、無理しなくてもいいのよ』
私は優しく声をかけました。まだ六歳の彼は、濡れた瞳を思い切り開いて、私を見つめました。
『お母さんやお婆ちゃんが飛び降りるなら、僕も一緒に行く!』
その幼いけれど力強い声に、私は喉を詰まらせました。
何もこんなババアのために、無理心中に付き合わなくてもいいのに。
思い直そうかとも考えましたが、次の瞬間、息子の足は地面を蹴っていました。間をおかず、嫁も深淵へ飛び込みます。もう止めることは無理でした。
私は咄嗟に陽太の小さな手を掴み、『お婆ちゃんと一緒なら怖くないよ!』と叫びながら、千尋の谷底に身を躍らせました。
朱金色に輝く空と海が凄まじいほど綺麗でした」
ブチブチ、ブチブチ。




