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第二話

「こんなところに地下通路があったなんて……」


 右肩に少女の遺体を担ぎながら歩きつつも、俺は驚きを隠せなかった。


 ババアの持っていた鍵で、病院の奥にあった扉は簡単に開き、その中の階段を下りると、長い地下道が現れたのだ。


「古い病院は、あちこちにある自分の所有する建物を、地下道で繋げているものが多いんですよ。あのハイツは、昔、この病院の職員寮として建てられたのですよ、フフ」


 懐中電灯で道を照らしながら前を歩く老婆がほくそ笑む。俺は悪夢の中を彷徨っている心地だったが、鼻をくすぐる金髪から漂うシャンプーの臭いから察するに、どうやら現実であるのは確かなようだった。


 徐々に冷えてきた死体のおっぱいがクッションの如く肩に当たりまくるが、正直興奮するよりも様々な衝撃と疑問でそれどころではなかった。


 この通路を知る、太田秀子とは一体何者なんだ?


「着きましたよ、階段です」


 先を行く彼女が、通路の終点の階段を上り、着き当たりのドアを開けると、なんと勝手知ったる我が裏野ハイツの一階の端だった。


 そこはずっと、俺が用具入れか何かかと思っていた、開かずの扉だった。俺の部屋の101号室のすぐ隣りである。


「こんなものがあることを、もっと早く知っていたら、今までずっと楽だったのに……」


 重荷を抱え直しつつ、つい愚痴をこぼしてしまう。


「これからは、私と一緒でしたら、いつでも使って構いませんわよ。さあ、その荷物を202号室へ運んで下さい」


「え? 202号室?」


 俺はつい怪訝な顔をする。てっきりババアの住む、201号室へ行くのだと思っていたからだ。


 202号室は、人の気配はあるのだが、誰かが出入りしている様子はない、不思議な部屋だった。


「ええ、そこがよーちゃん……孫の陽太の部屋なんです」


 老婆の答えに、どんな残酷な場面でも恐怖することのない俺の魂が、一瞬凍りつくような感覚に襲われた。



 こうして、俺の太田秀子にこき使われる奴隷の如き日々が始まった。


 老婆は俺も舌を巻くほどの凄腕のハンターだった。人は見かけによらぬものだ。


 あの廃病院は、裏野ハイツ以外にも数件の家に地下通路で繋がっていることを知り、俺は驚愕した。


 例えばハイツとは廃病院を挟んで反対側にある空き家にも、秘密の階段があり、彼女は廃病院を経由して、よくそこに俺を連れて行った。


 ある日の夕方、「今から私がここに女性をお招きして、お茶を飲ませるから、その間貴方は地下で待機していて頂戴」などと命じ、俺がずっと息を殺して待っていると、「今よ、早く来て頂戴!」と室内に呼びつける。


 そこにはワンピースとカ-ディガンを着た、どこぞの若奥様風の女性がテーブルに突っ伏してぐうぐういびきをかいて、だらしなく眠りこけていた。


「最近のロヒプノールは青い色がついて紅茶に入れにくくなって困ったわ。眠剤は二種類までしか貰えなくなったし、ベゲタミンも発売中止になっちゃうし、厚労省もひどいわね。老人虐待だわ」


 とババアが何だかよく分からんことを呟いているが、俺は構わずその奥様をよっこいしょっと担ぎあげ、地下へと運び、廃病院に一回出ると、再び地下に潜って、人気のないのを見計らって、裏野ハイツの202号室にお届けした。俺は佐川の兄ちゃんか。


 彼女に対する殺意が抑えられそうにない時もたまにあったが、謎の威圧感の前に、いつも結局尻込みしてしまった。


 まあ、今殺しても、孫とやらが俺のことをよく知っているだろうし、どうせ殺るならまとめて殺った方がいい、という言い訳も自分にしていたが。


 こんな生活が続いたおかげで自分自身の狩りは全くする暇がなくなったが、最近マンネリ気味でもあったし、ちょっとした気分転換にはなった。


 しかしよくまあこれだけ女性を拉致してばれないもんだと、人ごとながらつくづく感心した。


 どうやら独身で無職だったり、離婚したり旦那と死去して時間をもてあましているあまり知り合いのいない女性を狙っているようだとは感付いたが、お互いの関係上、深く聞くことは無かった。


 だが、謎の孫のことだけはどうにも気になってしょうがなかった。


 あの写真はだいぶ古いものだったが、まさか今でも少年と言うことはあるまい。


 いい歳をした大人が今更勉強だと? 俺の斜め上の部屋で、どんな勉強会という名の惨劇が行われているのかと思うと、満月でもないのに興奮して眠れなくなりそうだった。


 しかも女性を使った芋堀りだと? 俺の知識にはない項目だ。特殊性癖かなんかの隠語か?


 だが、個人的に色々調べた結果、ババアのことはあらかた分かった。


 実はあの廃病院の名前は太田外科医院という名前であり、彼女はあの病院の元院長の母親だった。


 院長夫婦には一人息子がおり、幸せな家庭を築いて、病院は繁盛したそうだが、院長が銀行に唆され、株や土地などに手を出した結果、バブルのあおりを喰らって倒産し、病院やその他の地所は全て借金の方に取られ、院長一家は心中したらしい。


 だが、その時唯一生き残ったのがあの太田秀子だとか。


 古新聞を図書館で漁ってその事実を発見した時、俺は数カ月に一度の特性肉料理を作る時よりも興奮した。


 そりゃ、秘密の地下通路を知り尽くし、あまつさえ鍵まで持っているわけだ、あの婆さん。


 あの空き家も、元は院長宅や、それとも別荘の一つだったんだろう。


 蜘蛛の巣のように張り巡らされた地下道を利用し、老いた女郎蜘蛛は狩りに勤しんできたのだ。可愛い孫のために。



 俺は運搬係だけでは満足できなくなり、とうとうある晩不本意ながら覗きを決行することと相成った。


 いつもは玄関のドアを開けて中にお届け物を押し込んだら、すぐにババアに閉め出されてしまい、孫の姿なんか拝んだことも無かったので、どんな奴かという好奇心も強かったのだ。


 その夜、眠れるリアル美女生フィギュアの配達が終わった直後、俺は踵を返して隣の203号室の前に立った。


 この部屋は以前から空き部屋で、俺の拙いピッキングでもなんとかドアを開けることが出来たのだ。


 そう、何を隠そう、俺の本業は探偵だった。


 何故って俺の趣味、否、生きがいと極めて親和性の高い商売だからだ。


 例えば、家出した不良娘を親が捜してくれと、俺に依頼を持って来たとする。


 警察に届けるのは世間体が悪いからとか言うかもしれない。


 俺はにこやかに依頼を引き受けた後、独自のネットワークで調査し、居場所を嗅ぎつけると、「ご両親が捜していたよ。とりあえず話を聞かせて」とかなんとか理屈を並べて俺の部屋におびき寄せ、束の間のルームメイトになって頂く。


 このやり方だと、警察の捜査状況などが親を通して逐一分かるし、そもそも世間からいなくなって当然のような糞ガキだから、時間はかかるが、そのうち親も警察も諦めてくれるってもんだ。これぞ天職ってやつさ。


 というわけで、俺は203号室のベランダに出ると、身軽なフットワークで忍者の如く、「Wasshoi!」と隣の202号室のベランダに飛び移った。


 202号室のベランダへの出口のガラス戸には、いつも無地の緑色のカーテンがかかっているが、わずかばかりの隙間があることを、俺は遠目に確認していた。


 今日こそは特等席からじっくりとかぶりつきで拝見させて頂こう。


 エド・ゲインも真っ青の、俺の解体ショーを超える催し物がプログラムにあるといいのだが。


 カーテンの隙間から、今宵は薄っすらと光が漏れている。俺は遠慮なく目を細めて凝視した。


「……緑?」


 俺は一瞬、部屋を間違えたのかと焦った。だが、ここは間違いなく202号室の洋間だった。


 なんと、床も、壁も、天井ですら、部屋一面緑色のシートで覆われていた。


 そして部屋の真ん中には、ステンレス製のベッドが置かれ、その上では、顔と身体の一部以外の全てを、部屋と同じく緑色のシートを被せられた、先程俺が運び込んだ、今日の獲物のどこぞの若奥さんが、口に猿ぐつわをしたまま、長い黒髪を垂らし、ぐっすりとお休みになっていた。その姿は、俺にあるものを連想させた。


「……手術室?」


 そう、それはテレビドラマなどで見かける、病院の手術室によく似ていた。そういえばあのババアは、病院の院長の母親だったっけ……。


 俺はこれから何が行われるのかを想像すると、興奮で居ても立ってもいられなくなり、鼻血を噴きそうになった。


 何しろ生贄の露出している身体の一部とは、右の乳房そのものだったからだ。


 この前の金髪少女よりはややだらしなく、重力に負けてぼよんと弛んでいたが、全然俺の守備範囲だった。シートはそこだけ観光地の写真撮影看板みたいに丸く切り取られていた。


 しかし肝心の息子の姿はおろか、ババアの姿も見当たらない。隣の部屋へ続く扉は開いているが、奥は暗くて見通せない。


 俺は焦らず騒がず、ちょいと苦しくなってきたチンポジを調節し、開幕に備えた。

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