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第一話

 目の前に仰向けに倒れている、タンクトップとミニスカ姿の少女を見下ろし、しくじったな、と俺は思った。

 

 少女の胸は十七歳とは思えない程大きく、横たわっても力強く存在を主張しているが、綺麗な金髪の巻き毛から覗く表情は生気が悉く抜け落ちていた。


 長い付け睫毛に縁取られた開き切った双眸は、既にどぶ川の様にどんよりと淀んでおり、手にした携帯電話の明かりで、俺は彼女の瞳孔が散大しているのを確認した。


「王大人、死亡確認! ってか」


 うっかり、古いギャグを口にしてしまうが、だからといって漫画のように死亡確認後に少女は蘇ったりしない。本当は殺すつもりは無かった。殺すのは後片付けが面倒なので、出来ればアパートの自室でしたかった。


 いつも通り、うまいこと言いくるめてアパートまで連れ帰り、しばらく監禁して楽しんだ後、用済みになったら処分する。


 そのサイクルで、何年間も平穏無事に過ごしていたのに、ここで足がつくわけにはいかなかった。

 

 もし捕まって全てをゲロさせられたら、死刑の一回や二回じゃとても間に合わない。


 そもそも普段はもっと念を入れて計画的に実行するんだが、今日は突発的過ぎたとは、自分でも反省している。


 でも、夜近所をふらっと散歩してたら、こんなに好みのティーンの爆乳美少女が、薄着で廃病院の近くを歩いている方が悪いに決まってんだろ! 


 俺がもし善良な一般人から選ばれた裁判員なら、即効で無罪に一票入れるね、うん。


 いや~、本当に今日はついていない。


 つい灯りに惹かれる蛾のようにふらふらーっと寄って行ってしまい、少年補導員を騙って事情聴取のためにこの中に連れ込んだまでは良かったが、さすがに怪しまれて大声を上げられそうになったので、側に何故か落ちていた陶器の灰皿を拾い上げてガツンと一発頭にお見舞いしたら、動かなくなってしまった。


 つまり病院内で喫煙なんかしていた奴が悪いってことだな、うん。


 いや~、俺って本当にアンラッキーガイ。


「心臓マッサージでもしてやれば、蘇生するかな?」


 彼女(というか彼女だった物体)の着ている、猫だか犬だかウサギだかなんだかよく分からんキャラもののタンクトップの上から、豊満な胸に手を押し当てる。う~ん、やっぱでかい。


 手触りは張り詰めた風船に近く、強い弾力で抵抗してくる。さすが花の十代。


 この前俺が夕食にロールキャベツにした十八歳の巨乳あばずれも、「あたしってばおっぱいがでっかいので、うつ伏せ寝すると苦しくって、仰向けでしか寝れないの~」とか、初対面でほざいてやがったっけ。


 しかし服の上から揉んでいるせいかもしれないけれど、まるで乳首が二つあるみたいに、別の部位までコリコリしてやがる。おそらく乳腺だろう。


 この時期のメスガキどもは、まだ乳腺が熟していないので、青梅みたいな感触なのだ。


 それにしてもこいつのはちょっと硬過ぎるな。よく煮込まないと、とても喰えたもんじゃないだろう。


 おっと、しかしこれじゃ心マじゃなくて、単なるおっぱいマッサージだな。真面目にやろう。


「えーっと、確かア○パンマンの歌のリズムに合わせてやるって、自動車教習所で習ったっけ」


 俺は心の中で、愛と勇気と人生に関する奥深い歌を口ずさみながら、肋骨を粉砕せんばかりに力を込め、必死の救急措置を行った。


 にもかかわらず、彼女じゃなかった物体の瞳孔が再び縮瞳することはなかった。


 つまり英語で言ったらSheではなくItになったわけですな。さて、どうしよう?


 ここからうちのアパートまでは、車道を一本挟んですぐだが、いくら夜とはいえまだ十時頃だから、たまに車も通るし、死体を担いで運ぶのは難易度高いミッションだろう。


 部屋には大きめのリュックとかないし、駅前の登山用品ショップまで行けば売っているだろうけど、さすがにもう閉まっている。


 ここに一旦死体を隠して、明日、いきなり登山に目覚めた運動不足の中年オヤジを装って60リットルのリュックとついでにヘルメットでも購入し、また出直すか? 


 俺ももう52歳だし、この際本気で山歩きしちゃってもいいかもしれないしね。遭難して、「よく頑張った!」と言われるのだけは勘弁だが。


 いやいや、それまでに、肝試しに訪れる近所の悪ガキどもに見つかってしまう可能性は高いだろう。では、わざわざアパートの駐車場からここまで車を回すか? 


 それこそ人目につくかもしれんな。誰かに見つかって、家から眼と鼻の先に何故車を停めるのか、とか聞かれたら面倒だ。後でこの娘の失踪がばれた時、事になる。


 アパートの二階には暇そうなババアも住んでいるし、噂好きなので、会ったら即、根掘り葉掘り聞いてくるだろう。


 気さくで面倒見がいいが、いつも周囲に目を光らせている嫌なババアだ。


 この前も、「駐車場にまた見知らぬ車が停まっていましたよ。多分近所のお寿司屋さんのお客さんが勝手に駐車したのね。嫌だわー」と、自分自身は車すら持ってないのに文句をぶーぶー言ってたっけ。


 俺は万が一のために、ババアに同居人の存在は仄めかしておいたが、「とても恥ずかしがり屋なので、すみませんが、家には来ないで下さい」と伝え、後は何を聞かれても答えなかった。


 「あなたの留守中に物音がしたので、泥棒かと思って大家さんを呼んで勝手に上がらせてもらったわー」とかやられたらかなわんからな。


 ああいうババアが一番困る。ワイドショーに映りたくなって、警察にでも垂れこまれたら厄介だ。年寄りの癖に地獄耳だし、夜中にエンジンの音なんか聞かせたくない。


 しかし、では、どうすればこの危機的状況を脱することが出来るんだ? 


 どうするどうするどうする?


 焦燥感はどんどん高まり、動悸は胸を突き破らんばかりに響き渡り、口は遭難者の如くからからに乾いてきた。


 まったくこんな不良ビッチのせいで、どうして俺が苦悶しなけりゃならないんだ? 


 不運過ぎる。バイオリズムが下がっているのか? 


 落ち着くように、最近ハマっているチ○ニーでもしちゃうか?


「おや、山崎光雄さん、こんなところで、どうされたんですか?」


 いきなり背後の暗がりから声を掛けられ、俺は本当に心臓が口から飛び出してきそうになり、思わず、「ひっ」と悲鳴を上げてしまった。


 驚いて振り返ると、そこには今最も会いたくなかった人物、つまり裏野ハイツの201号室のババアこと、太田秀子(76歳)が、いつもの皺だらけのニコニコ笑顔でこちらを見つめていた。


 薄くなった白髪を後ろに束ねているのは普段通りだが、不思議なことに、外出着ではなく花柄のパジャマ姿だった。でも、俺にとっては彼女の服装などはどうでもよかった。


 一体どこから病院に入って、いつからそこに居たんだろう? 


 少なくとも、俺はアパートを出て以来、一回も彼女を見かけなかった。


 この廃病院に入るには俺の通って来た玄関の他は、割れた窓ガラスをくぐるしかないが、そんなことをすればさすがに音でわかっただろうし、まるで幽霊の様に突如出現したとしか思えなかった。


 彼女はとても楽しそうな表情で、俺の前に倒れている少女の死体をニヤニヤ眺めている。


「い、いや、こ、これはですね、たまたま……」


 不可能だとは思いながらも、俺は必死で弁解を考えた。


「おやおや、こんな可愛いお嬢さんの頭を灰皿でかち割ってしまうなんて、本当に山崎さんったらひどい人ですわね。


 いつもは生きたまま連れてこられて大事にお世話されるのに、今日は一体どうされたんですか? お月さまが綺麗だったからですか?」


 そこで心拍数のギアが一段階跳ね上がり、俺は呼吸困難に陥った。


「いいいいいいいいつもって!?」


「あら嫌だ、知らないとでも思ったんですか? 


 同居人なんておっしゃってましたけれど、いっつも山崎さんのお部屋に、見ず知らずのどこかのお嬢さんがいることぐらい、私はちゃーんと存じていますよ。


 ええ、ええ、独身ですもの。私は別に管理人さんじゃありませんし、爛れた同棲関係ぐらいで目くじら立てませんが、ただね、山崎さんったら一緒に暮されて数カ月経つと、必ず屠殺場の牛さんみたいに女の子を解体して、大鍋でぐつぐつ煮込んでシチューにしちゃったり、一人焼き肉パーティーしちゃうでしょう? 


 それでうちの孫が、もったいないって言いましてね」


「まままままま孫!?」


 パニック発作寸前の俺の脳の中で、割合冷静だった部分が、疑問を呈した。


 確か、このババアは裏野ハイツの古株で、二十年は住んでいるそうだが、一人暮らしで、家族らしき人が会いに来るのを見たことが無い。


 以前引越しの挨拶の時、一度部屋に上げて貰ったことがあるが、可愛い男の子のぼろぼろの写真を大事に飾っていたのは確かだ。


 ちなみに写真立ての横には、古い七夕の短冊らしきものが飾られており、そこには、「もっといもほりがしたい」とあどけない字で書かれていた。あの子が孫なのか? 


 しかしなんでそいつが俺の秘密を全て知っている?


「ええ、うちの孫は今、勉強を頑張っているんですが、たまには芋堀りがしたいって言いましてね。


 それにはどうしてもほら、女の子が必要でしょ?」


 だんだん老婆の言っていることが何一つ理解できなくなってきた。


 いっそこの場でこいつの頭も叩き割ったら、後腐れなく解決するのでは、という魅力的な考えに俺は支配されかかってきた。


 しかしそうなると、ただでさえ厄介な手間が二倍になり、とてもじゃないが処理できなくなる。


 ここはもう少し様子を見るべきだ。徐々に焦燥感が落ち着いてきた。


「でね、この女の子のご遺体を譲っていただけたら、今日見たことは、一切合財内緒にして差し上げようと思いますの。ええ、もちろん今までのこともですわよ。


 うちの孫の陽太にもよく言って聞かせますから」


「で、でもどうやって、死体を見つからないように運び出すんだ?」


 俺はとりあえず老婆の信頼を得ようと、話に乗ることにした。


「それについては今からお教えしますから、その子を担いで、私についてきて下さいね」


 太田秀子はあくまで笑みを絶やさなかった。


 しかしその有無を言わさない謎の威圧感の前に、俺はまるで蛇に睨まれた蛙のように、言いなりにならざるを得なかった。


 このババアは、単なるシリアルキラーの俺なんぞよりもよっぽど多くの修羅場を経験している、と実感した。



 やれやれ、今日はとことんついていない。

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