失策
西口ゲートは通称お店ゲートとも言われている。ポーションなどを取り扱う店はもちろん、ステータスに全く関係のないオシャレのためのアクセサリーや、ケーキショップ、ドーナツショップなどが犇めきあっており、ゲート付近の地価は、この世界の中でもトップクラスだろう。
俺はゲートから伸びる通りの一角にあるケーキ屋に足を運んだ。
「えっと、アイク君の行きつけのお店ってここ?」
「そうだけど」
「へぇ~……」
シロナが微妙なリアクションをする。それもそのはず、ここはピンクを基調とした外装からしてかなりフワフワした店で、間違っても男一人で入るようなところではないからだ。
「もしかして、中に可愛いNPCのメイドさんでもいるのかな?」
「そうじゃないよ!」
「アイク君のお好みの女の子は一体誰なのかな?」
「だから違うって言ってるだろ!」
「じゃあ、なんでまたこんな女子力アリアリな店に足繁く行ってるのかな?」
「普通にここのケーキが好きなんだよ」
「オリジナルアバターの君がそれを言っても、説得力が……」
シロナが少しバカにしたように笑った。さすがにこうもコテンパンに言われてはこちらも腹が立った。
「そんなに言うなら、店に入らずに今すぐに炎龍討伐に言ってもいいんだぜ」
「ごめん、それはカンベン」
さすがに謝ったシロナを連れて店に入る。すぐさまウェイターが出てきた。
「何名様でしょうか?」
「二人です。あ、これ、シルバーパスです」
「かしこまりました、ではこちらにどうぞ」
ウェイターは俺が提示したパスを見ると、一般客が座るテーブルではなく、二人用の個室に通された。
「では、ごゆっくりどうぞ」
ウェイターが音を立てずにその場から去る。騒がしいはずの店内だが、防音が効いているのか、個室の中は比較的静かだった。
「さてと、ここならスキルとか話しても聞かれる心配はないだろう」
「というか、パス持ちってどれだけここに通ってるんだろう……」
「なにか言ったか?」
「ん、なんでもない」
「注文決まったら教えてくれ」
俺は注文は決まっているが、新作のケーキが出てないかチェックするためメニューをざっと見る。すると、メニューの隅の方にパス限定のイチゴ2倍ショートケーキがあったので、決めていたチーズケーキではなくそれにすることにした。
「シロナは決まったか?」
「うん、決まったよ」
二人とも決まったのでウェイターを呼ぶベルを鳴らす。この一風昔なスタイルがこの店を気に入った理由のひとつである。
鳴らしたのと同時に先ほどのウェイターがやってくると、俺は注文を告げた。
「では、少々お待ち下さい」
そう言ってウェイターが部屋から出る。そして5秒も経たないうちに戻ってきた。
「お待たせ致しました。こちらダブルショートケーキとモンブランになります」
「このウェイター何者なの!?」
ウェイターが音を立てずにケーキを置くのを見ながら、シロナが叫ぶ。これもパスの優先の一つである。
「じゃ、とりあえず食べるか」
シロナが右手にフォークを持ち「いただきます」と言ってから食べ始める。俺もそれに倣って「いただきます」と言い、赤くて大きいメインのイチゴにフォークを刺した。
「アイク君は先にイチゴ食べる派なんだ」
「残しておいたイチゴが思った以上に酸っぱかったことがあってから、先に食べる派になった」
「ああー、最後のイチゴは甘く締めたいもんね」
そう言うシロナはモンブランの頂点に君臨するマロンをうまいこと避けて食べている。
「最後の一口に一緒に食べる感じか?」
「うん。マロンの甘い味で締めたいの」
「もし、マロンが甘くなくて苦かったら?」
「次からはその店でモンブランは頼まないことにするかな」
俺は最後のイチゴにフォークを伸ばした。その時、
「あっ、アイクくん。イチゴ一つもらってもいいかな?」
「最後なんだが……中にも詰まってるからいいか」
「ありがとう!」
シロナがにっこりと微笑む。個室ということもあってか、その笑顔に少しドキドキしてしまった。
俺は最後のイチゴをフォークから抜いて、お皿ごとシロナの方に差し出す。
すると、シロナは目を閉じて口を小さく開けた状態のまま固まっていた。
「シロナ、なにしてるんだ?」
「なにって、あっ、やっ……」
シロナが薄く目を開いて、俺が差し出したお皿を見て状況を把握する。シロナの顔が見てる方が恥ずかしくなるぐらいに赤くなった。
「いや、その、察せなかった俺が悪い。ごめん」
「ううん、私が少し焦っちゃっただけだから……」
「焦ったって?」
「その、恋人になったんだから、こういうことしたいなあって……」
「えっ」
「えっ、何?」
二人して頭の上に疑問符を浮かべる。
「まさか、さっきの会議室のことが夢だったなんてそんなことないよね……」
「いや、俺もいたから」
「そうだよね、そんなわけないよね! 私達恋人だよね!」
「なに言ってるんだ? ここでは現実の関係を全て無しにして接してほしい、と言ったのはシロナだろ」
「あ…………」
シロナが持っていたフォークをテーブルに落とした。紅潮していた頬がみるみるうちに白に戻り、反転して青褪めていく。
「おい、大丈夫か!」
「あ……」
「おい、シロナ、シロナ!」
俺は叫んだが、シロナは声にならない音を出して、そのまま突然ログアウトしてしまった。
「結局、何も話し合い進まなかったな」
俺は一人残された空間で残りのケーキを食べてからログアウトした。最後のマロンは甘かった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……というわけです」
「なるほど……」
橋本先生は一通り私の話を聞くと、結んでいた髪を下ろして、一言言いました。
「大変面白いことになったきたね!」
「笑い事じゃないです!」
昨夜の『あーん事故』の後、VR世界で私が青褪めていくのと同時に、現実世界の肉体の急激な発汗を感知したロッキーが私を強制ログアウトさせました。
タイツを脱ごうとすると汗びっしょりで全然脱げなくて、苦労の末に脱いだタイツは、現在自室の中で干されています。
私は学校に来ると、まず橋本先生に『ぜひとも相談に乗って欲しい』とのメールを送りました。すると、すぐに『では昼休みに会議室で』と返信が来ました。
そして現在、毎度お馴染みの会議室です。
「その、君はなんというか、本当にひどく残念だね!」
「それを言わないでください!」
頼みの綱の相談相手がこの調子なので、すでに泣きそうです。
「一応確認するが、現在藍海くんとは現実でお付き合いをしていて、ILでは一人の冒険者として接していると」
「……はい」
「そして、自分で言ったことを忘れていた君がIL内であーんを求めて、見事にスルーされたと」
「……はい」
「そして、挙句の果てに自分で言ったことに青褪めてロッキーにより強制ログアウトしたと」
「…………はい」
「これ、ネットだったら『草不可避www』だね!」
「笑ってないでアドバイスをください! あと、表現が古いです!」
橋本先生がこれ以上ないくらい腹の立つ顔で、ケラケラと笑い転げました。
「しかし、アドバイスと言っても、こんなの、自分が蒔いた種を自分で踏み荒らしているようなものだよ?」
「ううぅ……」
先生が真面目な顔で言い放ちます。私も自分が悪いことはわかってはいるのですが、それだけにやりきれない感情が渦巻くのです。
「先生、私を助けてください! 昨日のように!」
「もうボクには君を助けることはできないヨ……。ゴメンネ、優奈チャン…」
「あきらめないで頑張ってください!!」
「と言っても、わたしからこれ以上できることなどないぞ。まあ、放課後にまた二人を呼び出して、『IL内でも恋人であり続けること!』と言えば、済む問題かもしれないが……」
「それです! お願いします、先生!」
「そんなことをすれば、藍海くんが『あれ、なんで先生がIL内の事を知ってるんだろう。もしかして、白金先輩が伝えた? わざわざミッションを重くするために? もしかして先輩ってM? ブヒヒヒ』となるかもしれないぞ?」
「絶対ならないです!」
「でも、その辺の察しはいい藍海くんのことだ。おかしいと気付くと思うが」
「うっ、確かに……」
先生に助けてもらうのも、不自然と言えば不自然です。
「もう、それかいっそのことIL内で告白してみたらどうだ。『あなたの剣技に惚れました。付き合ってください!』って」
「告白がファンタジー!」
「なかなか味のあるセリフだろ?」
「味があるとは思いますけど。ただ、実際に藍海くんに告白できるかどうか……」
「なーに、簡単なことだ。現実世界での関係はIL内では一切無しなのと同様に、IL内の関係も現実世界では一切無しなのだろう?」
「はい」
「なら、これから告白するのはシロナがアイクにするのであって、君が藍海くんにするわけではない。たとえ容姿が全く一緒だったとしても」
先生の言うことは理解は出来ます。でも、そう簡単に納得はいきません。
「まあ、ここで君が告白できずにウジウジして機会を逃すようなら、君の藍海くんへの好きという気持ちも所詮その程度ということだ」
今の言葉には、さすがに私もカチンときました。
「私が藍海くんを好きな気持ちは他の誰よりも負けません!」
「なら、その気持ちを自分の言葉で藍海くんに、いや、今回はアイクくんにぶつけるんだ」
先生は最後にゆっくりと私に微笑むと、会議室を後にしました。
結局、冗談ばかりだけど、しっかり相談に乗ってくれるんだよなあ。
私も少し乱れた制服を整えて、会議室を後にします。そして、ふと疑問に思いました。
「ここの戸締まりどうするの……?」
もし、誤字脱字を見かけましたら、感想の所で指摘していただけると幸いです。