恋人
これからは少し1話ごとのボリュームを落として、小分けで出そうかと考えているこの頃です。
「白金さんには藍海君とお付き合いしてもらいます!」
会議室が水を打ったように静かになった。
隣を見たら、先輩赤面して口パクパクさせてるし。
「……えーっと、すいません。よく意味がわからないのですが」
「この日本語の意味が分からないなんて、君は本当に日本人かい?」
「すいません、意味はよく分かります。意図を教えて下さい」
「なーに、簡単なことだ。白金さんは君の事を、表現が不適切かもしれないが、誘惑したのだ。なら、弄ばれた少年の恋心の責任を取るのは筋だろう」
橋本先生が、その通りだろう、とばかりに、うんうん頷いている。
「にしても、ミッションが重すぎませんか?最悪、さっき冗談で言ったミッションの方が、まだマシな気も……」
「つまり、君は白金さんとお付き合いしたいなんて思ってなく、ただ単に可愛い先輩のスカートの中を見たいと。とんだゲス野郎じゃないか!!」
「そうじゃないです!今のは言葉の綾です!」
「本当だな?」
「なんで、そんな怪訝そうなんですか! というか、そもそも今回の件について俺はもう気にしてないので、罰なんてなくていいんじゃないかと」
「罰じゃなくてミッションな」
「どっちでもいいんですよ! いちいち話を脱線させないでください」
「第一、君はさっきから大声をあげて訴えているが、結局のところ君は白金さんとお付き合いしたくないということなのか? 白金さんは可愛いし、勉強できるし、他人に対して優しいし、正直言って君には勿体無いぐらいの女の子だぞ」
「いや、その、そういうわけではないんですけど、普通に白金先輩に迷惑がかかるんじゃないかと」
「なーに、既に君は彼女に迷惑をかけられた立場だろう。ならば多少の迷惑はかけてもいいんだよ。それとも、どうしてもお付き合いしたくない場合は彼女に言うしかないが、そんなこと言ったら彼女に限らず女の子は傷つくだろうなぁ~」
「ううっ、それは…」
先生の言葉は一理ある。俺としては先輩に迷惑をかけたくないのだが、それを優先するあまり彼女を傷つけてしまえば、本末転倒もいいところだ。
「それに……白金聞こえるかー」
「……あっ、はい!」
「返事が遅かったが、まあいい。白金は藍海君と付き合うことを迷惑だと感じているか?」
「そ、そんなわけないじゃないですか!」
「ほら、この通り即答だ。何も心配することはない」
いや、あの状況で「迷惑です」とはっきりと言えるだろうか。仮に言いたくても言えないんじゃないか。
「まあ、なにか相談したいことがあれば、私にメールを送ってくれ。じゃあ、今日はまず隣に座っている君の`彼女`と校門まで一緒に歩いてもらおうか」
「もう、ミッションスタートなんですね」
先生は俺と先輩を見てニヤニヤしている。結局、先生にいいように言いくるめられたんじゃないのかと思う。
「下校時間も迫っていることだし、白金さんはまだボーッとしているみたいだし、とりあえず、校門までは一緒に行ってあげてくれ」
「……わかりました」
俺は鞄を持つと、顔を赤く染めたままの先輩に声をかけた。
「先輩、行きますよ」
「……あ、うん」
本当にボーッとしているみたいだ。
「では、俺達はこれで。失礼しました」
俺はドアを開けて、会議室を出た。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
私は気が付けば、好きな男の子と一緒に廊下を歩いていました。
(会議室に入る前はただの片思いで、出てきた後はお付き合いって、会議室ってすごい恋愛成就のスポットだったの!?)
私の少し前を歩く1つ年下の男の子、藍海空人君。私の恋人です。
というか、さり気なく私の鞄を左手に持ってもらっていました。そんな彼の気遣いに、私は胸がキュンとなってしまいます。
お互い無言のまま廊下を歩く私達。昇降口まで1、2分の道のりがすごく長く思えました。
何か会話をしたいけど、言葉が出てきません。二人の間には少しの緊張が漂っていました。
言葉を探している間に、昇降口までたどり着いてしまいました。そろそろ、鞄を返してもらわないといけません。
「藍海君、鞄持っててくれてありがとう。私自転車だからこっちなの」
私の声に振り向いた彼が、左手に持った鞄を私に差し出しました。私はもう一度ありがとうと言って受け取ります。
会話終了。そもそも、藍海君が喋っていないので、会話ですらありません。
このまま別れるのは寂しいので、別れ際に一言。
「今日の7時半に中で会えるかな?」
「いいですよ」
校門へと一人で歩いていた彼が振り返って少し微笑みました。私は心の中でやった!と叫ぶと、少し小走りで自転車置場へとかけていくのでした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
現在、7時28分。場所は前回と同じく中央口ゲート。先輩から場所の指示がされてなかったが、恐らくここだろう。
白く揺らめき続けるゲートを見ながら、まだかな~、と思う。
すると、右肩をトントンと誰かが叩いた。俺はわざと左肩から後ろを振り向く。
結局、左頬にシロナの綺麗な人差し指がぷにっと刺さったのだが、よく見るとシロナは俺の両肩に人差し指をセッティングしていた。
「今回も引っかかったね~」
「両肩に用意していたということは、振り向かずに無視すればよかったのか?」
「それはやめて!」
シロナが焦った声を出した。俺は刺さった場所を軽く擦ると、体をシロナの方へと向けた。
「今日はどうする?」
「うーん、昨日でお互いの戦い方とか分かったし、今日はお店でお茶でもしながら、これからの方針について話し合わない?」
「というと?」
「昨日の戦闘でアイク君の戦い方とかわかったから、それに合わせて私がどう動けばいいかとか、お互いの持ってるスキルの中で相性の良いものと悪いものを考えるとか」
「わかった、じゃあ俺の行きつけの店でいいか?」
「えっ、アイク君行きつけの店とかあるの?」
俺が何気なく言った一言にシロナは何故か驚いていた。
「えっ、あっちゃダメなの?」
「いや、アイク君は攻略最優先で観光とかそういうの興味ないと思ってて」
「あのな、本当に俺が攻略最優先だったら、いちいち炎龍倒しに山なんか登ってないぞ。あそこも火口や周囲の景色が綺麗で行ってるというのもあるし」
「昨日は周りの風景とか全然見てる余裕なかったなー。また一緒に行かない?」
「俺は構わないよ。それじゃ、そろそろ店に行こうぜ」
「うん」
俺は今し方出てきたばかりの中央口ゲートに向かった。
「移動先は西口ゲートで!」
「わかった」
俺はゲートの光に手を触れると、「転移!西口ゲート」と唱え、揺らぐ光に身を躍らせた。