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炎龍

 俺とシロナは炎龍のいる山岳地帯に来ていた。


「山のダンジョンにはよく行くけど、山登りするのは久しぶりだよ」

「俺は最近毎日登ってるよ、ここ案外登りやすいんだ」


 炎龍はこの山、アルト山を住処をにしている。


 山頂に巣を作っているこのドラゴンはドラゴンの卵を守るため、山にやってきた冒険者を襲う。噂には本当にそのドラゴンの卵というものがあるらしいのだが、巣は山頂にある火口の少し内部にあるため、発見の報告はない。


「あれが山頂なの?」


 シロナが前方を指差す。そこには山頂の目印と言わんばかりに木の立て札が立っていた。


「ああ、あそこで少し待つと火口から炎龍が現れる」

「炎龍は初対面だから緊張するよ」


 全然緊張が感じられない声でシロナが言う。現在、シロナは炎龍に備え炎耐性のついた装備で来ていた。


 シロナの武器は長剣。右手に装備したその黄金色に輝く刀身は彼女の容貌とマッチしている。光り方から察するにかなりの業物か、もしくはボスドロップだろう。


 左手には銀色に煌めく片手用の盾。中央に何かの紋章が入っているが、その正体は分からない。

 

 防具は見るからに炎耐性がありそうな赤い金属鎧。ガチガチの重鎧ではなく小ぶりのプレートアーマーなのは登山をするときに重鎧では重いからだと思う。


 女の子としてのプライドなのか下半身は紅蓮の色をしたプリーツスカートに、赤銅色のレザーブーツ。膝から生脚が覗くその姿は、盾役として炎龍の火炎の前に立たせたくないと思わせる。てか、むしろ自分が守ってあげたい。


 かという俺は、一応炎耐性として赤のコートにシロナ同様赤のレザーブーツ。金属装備は腕の小手だけでほかは一切ない。こちらは炎耐性よりもAGI重視の装備となっている。


 俺とシロナは念のためにHPポーションやMPポーションの確認を済ませると、例の立て札の近くに立った。火口のすぐ側なので熱気がHPを削るんじゃないかとシロナは心配していた。


 待つこと30秒。火口の中から空気を震わせる咆哮が轟いた。


「くるよ!」

「うん!」


 声をかけた直後、炎龍が火口からその姿を現した。鋭い双眸、濃赤の皮膚、2枚の巨大な翼を持ったその姿はまさにこの山の主とも言える存在感を放っていた。


「ギャアオオオォォォッッ!!!」


 炎龍は俺たちを視認し、再び咆哮する。それだけで羽撃いてもいないのにコートがはためき、スカートが揺れる。


「いくぞっ!」


 俺は咆哮の中を炎龍に向かって一直線に駆けた。岩場で足場が悪いが、AGI高めな俺には関係ない。炎龍は俺をタゲったのかこっちを向いて、その巨大なあぎとから火炎ブレスを吐き出そうとする。


「ゲインヘイト!」


 シロナが叫ぶと同時に炎龍のヘイト値が彼女へと移る。このスキルはパーティープレイならほとんどのパーティーの壁役が使う騎士ギルドの基本スキルだ。


  俺は炎龍からターゲットを外されると、地面から5メートルほどの高さにある喉元に向かって跳躍した。


「アンリミテッド・ジェネレート!!」


 その瞬間、虚空をつかむ右手から氷の彫刻のようなスカイブルーの片手剣が発現する。


 戦士ギルドの武器系統のクラス、魔法使いギルドの幻影クラス、鍛冶ギルドの鍛冶クラスの熟練度をそれぞれ1000にすることで習得ができる、俺の切り札――――――【武器創成】


 このスキルは、装備制限が自身のプレイヤーレベルマイナス20以下の武器で、自分のストレージに入ってある武器を、パラメータはそのままで複製することができるものだ。


 今創った武器は装備レベル127の片手剣、「アイシクルブレード」。追加効果は<凍結>。


「はあぁ!」


 俺は右手に持つ剣を炎龍の喉元に刺した。火属性に有効な凍結属性の攻撃により増加されたダメージが、三段ある炎龍のHPバーの一段目を少し削った。


「グアアァァッッ!!」


 炎龍が吼える。しかし、ヘイトは依然としてシロナに向いたままだ。


「ブレス来るぞ!」


 そう叫ぶや否や、僅か2,3秒のためからその巨大なあぎとから灼熱の火炎ブレスを吐き出した。


「ファイア・カット!」


 シロナが盾を前に押し出すと、盾の周りから赤いシールドが出現した。ブレスはそのシールドに当たり霧散していく。


「大丈夫か?」

「少し足がかすっちゃったけど問題ないよ」


 シロナの頭上に浮かぶHPバーを見ると9割以上が残っていた。この調子なら防御は彼女に任せて問題無いだろう。


 炎龍はブレスを吐いた直後で一定時間の硬直を強いられている。俺はその隙を逃すほど甘くない。


 先ほどと同じ片手剣を今度は両手に創成すると、再度跳躍。


 炎龍の顔面めがけて跳ぶと、剣を逆手に持ち替えて、紅い光を宿す炎龍の両の瞳に突き刺した。


 凍結と眼球によるウィークポイント効果により更に増幅したダメージが炎龍のHPバーの一段目を半分まで削った。


 痛みに耐えかねてか炎龍が首を左右に振る。振り落とされる前に飛び降りると、シロナの近くに駆け寄った。


「一段目が半分減った、行動パターンが変わるから気をつけて」

「了解」


 短い返事でシロナが応えると同時、炎龍がこちらを向く。どうやら先の攻撃でヘイトが俺に移ったようだ。


 俺はヘイトが移ったのにも構わず再度突撃。右手には先程のアイシクルブレードを、左手には<麻痺>の追加効果を持つパラライズダガーを創成。


炎龍は首を背中の方に曲げて溜めている。俺はこのモーションから繰り出される攻撃を知っている。


「シロナ、体を回転させて尻尾で攻撃してくるぞ!」

「分かった!」


 すぐさまシロナは衝撃耐性のスキルを使い攻撃に備えた。


 炎龍が溜めていた姿勢から、一気に体を回転させた。折りたたんだ翼が空を切り、尻尾が広範囲に渡って地面を撫でていく。


 俺は尻尾が来るタイミングで軽くジャンプすることで縄跳びの要領で躱す。そして、次の尻尾が迫る前に炎龍のふところに辿り着く。


 俺は晒されている腹の部分に左手に持った短剣を突き刺した。


 その瞬間、炎龍の体全体に鋭い電流が走った。パラライズダガーは攻撃力は最底辺に位置するが、<麻痺>の効果は全武器の中でトップクラスを誇る。


 炎龍が再度尻尾を振り回す事なく、強力な麻痺にうめく。


 俺は右手に持ったアイシクルブレードを炎龍の首筋に刺した。これで炎龍のHPバーの一段目はあと少しとなった。


 今のでMPが尽きてしまったので、コートに入れていた魔石を噛み砕いてMPを全快させる。


 炎龍は本来20秒続くであろう麻痺を僅か8秒で解くと、怒りの咆哮をあげた。空気がバリバリと震えるのが鼓膜を通して伝わってくるような気がした。


「ちょっと早いけど、再び行動パターンが変わるよ」

「うん」


 シロナは俺に移ったヘイトをゲインヘイトで回収すると、盾を構え直し気を引き締めた。その姿を見ると、攻撃を引き受けてくれる仲間がいることがどれほど心強いかわかる気がした。


 炎龍は首を反らして溜めのモーションに入る。シロナは火炎ブレスを予測して、ファイア・カットをつかう。


 俺はトドメを刺すために両手にアイシクルブレードを創成。俺のスキルレベルでは同時に作り出せる武器の数は7つなのでこれが限界だ。


 炎龍はなおも溜め続けている。しかし、いつまで経ってもブレスを吐いてこない。その様子がおかしいと思ったのか、シロナが訝しげに炎龍に近づいた。


「近づいたらダメだ!!」


 溜めの正体に気づいた俺が叫ぶ。しかし、僅かに早く彼女の足が一歩踏み出していた。


 その刹那、炎龍は突進しながら反らした頭を鞭のようにしならせてシロナに叩きつけた。シロナが持っていた盾はいとも簡単に弾かれて、炎龍の強烈な一撃をシロナはその身に受けた。


「きゃあっ!」


 シロナがふっとばされて近くの岩に打ちつけられる。シロナの頭上のHPバーは半分になっていた。


 「ウィップ・ヘッド」――――――炎龍が『初見殺し』と云われる所以ゆえんとなったスキル。攻撃範囲にプレイヤーが接近するまで溜め続け、射程内に入ってきた瞬間にしならせた首でプレイヤーを葬る炎龍の専用技。俺も初回はこれで死にかけた記憶がある。


今まで優勢だった戦局は、一気にあちらに傾いてしまった。


「ごめん、アイク君」

「いや、俺の指示が遅れたのが原因だ。気にするな」


 炎龍はやっとまともな攻撃が通ったのか、得意気にしているように見える。フンと鳴らした鼻息から炎がチロリと見えた。


 仕方ない、少し早いが決めにかかるか。


 俺は腰の袋に入れていた高級ポーションを2,3個シロナに放り投げると、突撃の構えをとった。


「シロナ、10秒だけ俺のヘイトを集めてくれ!」

「分かった」


 シロナがポーションを口に流し込みながら返事する。


「じゃあ、突撃する!後は頼んだ!」

「了解、ゲインヘイト!」


 炎龍がこちらにタゲを取るや否や、すぐさまゲインヘイトで無理矢理にタゲをシロナに向ける。頼もしいと心のなかで思いながら、2本の氷剣を胸の前で交差させる。


 シロナに向けて放たれた火炎ブレスを肩に掠らせながら、俺は力の限り跳んだ。


 2本の剣が刺さった険しい双眸がすぐ眼前に迫る。


「クロス・エッジ!」


 片手剣クラスを熟練度1200にすることで習得可能になる二刀流クラスの中距離突進技、クロス・エッジ。システムアシストによって繰り出された双剣が、炎龍の火炎を切り裂いて一筋の道を作る。


「うおおぉぉぉぉっっ!!」


 火炎の中を縫い、俺は炎龍の眉間に十字の剣痕を刻み込んだ。


 そしてスキル後の硬直がやってくるが、その隙を狙える者はこの場にはいない。俺は空中で体勢を整えると両の氷剣を眉間の傷跡に突き刺す。


 それによって炎龍のHPバーが半分になる。


 炎龍は体力が半分になった瞬間に翼を広げ空へと飛びだった。巨大な双翼から生まれる風が地面を打ちつけた。

 

 全ての状況が整った――――――――


 俺は再び魔石を噛み砕いてMPを全快させると、天に向かって叫んだ。


「ウェポン・トランス・リベレーション!!」


 MPがごっそり持っていかれる感覚と同時に、炎龍の眼球や眉間、喉元に突き刺した剣たちがまばゆく発光する。そして、光のエネルギーが最高潮になった瞬間、7本の剣は派手に爆散した。


 ウェポン・トランス・リベレーション――――――――アンリミテッド・ジェネレートによって創成された武器を爆発させる、俺の奥義。


 瞳、眉間、首に2本ずつ刺し込まれたアイシクルブレードが、凍結属性を伴った爆発で炎龍を襲う。そのあぎとから断末魔の叫びが繰り出される前に、炎龍の首が剣と一緒に爆散した。


 首を失ったことで即死判定が入り、炎龍のHPバーは跡形もなく消えていく。少し遅れてHPを失った炎龍の体が、首に続いてシステムの圧力によって霧散した。

 

「勝ったか……」


 俺は構えを解くと、俺の生み出した剣が巻き起こした爆風に髪の毛をもみくちゃにされながら、シロナの方に近づいた。そして右手を上げて握っていた拳を開け、パーの形にする。


「お疲れさん」

「そっちこそだよ、最後の一撃ビックリしたよ」


 そう言いながらシロナははにかむと、右手の長剣を収め左手の盾を下げて、互いの右手を高く打ち合わせた。乾いた音が主のいなくなった火山に響いた。


 しかし、その時幸か不幸か今まで風を遮っていた盾が下げられたことにより、暴風がシロナのスカートの中に侵入した。一瞬でスカートを持ち上げ、その中が露わになった。


 ハイタッチしていたシロナはそれに気づくとすぐに慌ててスカートを抑えた。それは僅かコンマ数秒の事だったが、俺の目にはその光景がしっかりと脳裏に焼き付いて離れなかった。


「……今の見た?」


 シロナは顔を真赤にしながら小さく尋ねる。愚かなことに俺は正直にも頷いてしまった。


「……アイク君のバカ!」


 シロナは持っていた盾で俺の顔面をガツンと殴ると、涙目になってログアウトしてしまった。


「あの盾の紋章、打撃ダメージ増加かよ…」


 満タンだった俺のHPは、驚くことに2割程減っていたのだった。



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