想い
桜夜とシロナに告白された日の翌日。俺は昼頃に目を覚ますと、一階に降りて昼飯を食っていた。
昨日シロナがログアウトした後、俺は湖の畔にとどまって、彼女達の気持ちに対してどう応えたいのか、ずっと考えた。
俺の気持ちが決まったと思ったら、それで良いのかと問いかける心の声に気持ちが揺らいで、自問自答の繰り返しだった。
俺の彼女達に対する想いが確固たるものになった頃には、視界のデジタル時計は午前3時を示していた。
俺はこれから俺の想いを伝えにいく。俺は昼飯を食べ終えると、身支度をして自転車に跨った。
夏のうだる暑さで陽炎のできる住宅地の中を走って、一軒の家の前に到着する。
俺は唾をごくりと飲み込むと、インターホンを押した。
「藍海です」
『……少し待っててください』
桜夜の声だった。まだ対面すらしていないのに、緊張で手汗が滲んでくる。
しばらくして、紙袋を持った桜夜がドアから姿を現した。
「お待たせしてすみません。昨日はTシャツとジーパン、ありがとうございました」
桜夜が俺の服が入った紙袋を手渡した。中を見ると、Tシャツとジーパンが綺麗に畳まれていた。
「突然来てごめん」
「いえ、私は大丈夫ですよ」
桜夜がいえいえと手を左右に振った。しかし、行動とは裏腹に表情はどこか硬く見えた。
「桜夜、昨日の事いいか……?」
「……はい、心の準備はできています」
桜夜が体を硬くして、俺と視線を合わせる。心臓が今までにないぐらいに早鐘を打ち、呼吸が浅くなる。
「俺は……」
暑さと緊張で意識が飛んでしまいそうな中、俺は告げた。
「俺は、桜夜とは付き合えない……」
その瞬間、桜夜の瞳が大きく開かれ、表情がくしゃりと歪んだ。俺は桜夜のことを見ていることができなくて、視線を落とした。
「ごめん……」
「藍海君が謝る必要はないですよ……」
視線の先に、太陽の光を受けて煌めく雫が、地面にぶつかって散っていくのが見えた。
「すいません……断られても、藍海くんの前では泣かないって決めてたのに……ううっ……」
桜夜がしゃくり声を上げ、大粒の涙をいくつも零した。俺はただ唇を噛みしめることしかできなかった。
俺は、これ以上桜夜の泣く姿を見ていることができなくて、下を向いたまま紙袋を自転車のカゴに入れて、サドルに跨った。
別れの言葉一つ口に出すことすら出来ずに、鉛のように重い足をペダルに乗せて漕ぎ出した。家に着くまでの間、必死にこらえようとする桜夜の泣き声が頭から離れなかった。
もう、後には引き返せない。
俺は家に着くと、先輩にメールを送った。内容は、夜の9時に昨日の湖に来てください、とだけ。先輩は夏季講座で学校に行っているため、都合がつくのは夜中だと考えての時間設定だ。また、あの湖は夜の方が綺麗だろうし。
それに、今の俺のメンタルじゃ、先輩に上手く気持ちを伝えられる気がしなかったから。
俺は汗で湿った服を着替えもせずベッドに横になると、目を閉じた。
瞼の裏に浮かぶ姿は先輩ではなく、涙を流した桜夜の姿だった。
昨日の夜に俺の答えが決まった時から、こうなることは分かりきっていた。覚悟はしていたつもりだった。でも、桜夜のあの姿が頭の中に浮かぶ度に、やりきれない気持ちで胸が苦しくなった。
何時間、そうしていただろうか。気付いた時には7時になっていた。枕を見ると、濡れた跡があった。
一階に降りて晩飯を食べて部屋に戻ると、さっきよりかは幾分気持ちは楽になっていた。
メールを見ると、先輩から分かった、と短い返信があった。
9時まで、もうそろそろだ。俺は気持ちを切り替え、ILへ行く準備を始める。
そして、俺は今までにないほどに緊張した声で唱えた。
「……ワールド・リープ」
白くとんだ視界が戻ると、幻想的に光る湖と星空が目に飛び込んできた。そして、湖畔には一人の少女が湖を眺めながら佇んでいた。
「シロナ」
呼びかけると、シロナがこちらを振り向いた。俺はシロナの側まで歩いて行く。
「この景色はずっと見ていても飽きないね」
「もしかして、かなり待たせちゃったか?」
「ううん、ちょっと早く来ただけだから」
俺はシロナの正面にまわって、シロナと向かい合った。
「今日呼んだ理由は言わなくても分かるよな?」
「うん、もちろんだよ」
シロナが俺を見つめる。俺もシロナを見つめる。
ここにくるまで高まるばかりだった緊張は、シロナの顔を見ると、不思議とどこかへ行ってしまった。
落ち着いて呼吸して、目の前にいるシロナを見つめ、言った。
「俺は、シロナのことが好きだ。だから、俺もシロナと一緒にいたい」
飾らないシンプルな言葉。でも、俺の想いを伝えるにはこれで十分だと感じた。
「アイク君……!」
シロナが目に涙を溢れさせた。そして次の瞬間、シロナは俺を抱きしめていた。
「すごく嬉しい……! 私もアイク君のこと大好きだよ……!」
俺も腕を回して、シロナの体を強く抱きしめた。愛しい少女の温もりが俺を包み込んだ。
腕の中にいるシロナが顔を上げた。目と鼻の先にあるシロナと視線が合う。
俺はこみ上げてくる衝動に駆られて、シロナにキスをした。
「んっ……」
シロナは一瞬体を硬くしたが、すぐに目を閉じてそのまま俺に委ねた。
脳みそを溶かしてしまうような、甘くて柔らかい感触が唇から伝わってくる。俺も目を閉じて、ただひたすらにキスの感触に溺れた。
「ん……悪い、いきなりキスして」
「ううん、すごく嬉しいよ……」
キスを終えると、シロナは顔を赤くしながら可憐に微笑んだ。そんな彼女がどうしようもないくらい可愛くて、俺は再び唇を重ね合わせた。
人の命令で恋人になった少女。一度は別れてしまった少女。
最初はそんなに意識もしていなかった。でも、今はシロナのことが大好きになっていた。
そっと唇を離すと、シロナは笑みを浮かべて聞いてきた。
「今日はどこに冒険に行こうかな?」
「久しぶりに炎龍討伐といくか」
「よしっ、そうと決まったら、早速出発!」
シロナが俺の手を取って元気よく走り出した。
一度終わりを迎えた俺たちの冒険が、今再び始まった。
インフィニティ・ライフ、無事(?)完結することができました!
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最後までお読みいただきありがとうございました!




