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星空


 静かな洞窟内に二人の足音が響き渡る。


「えっと、もうすぐしたら左に曲がるね」


 シロナの誘導に従って、手元しか見えない状況で洞窟を進んでいく。しばらく歩いた時、カサッと何かが動く音が聞こえた。


「な、なに?」


「静かにして……ここだ」


 俺は手を繋いでいない右手に片手剣を生成すると、シロナの足元を斬った。すると、確かな手応えとともに、モンスターの破砕音が聞こえた。


「アイク君、ありがとう」


「一撃で倒せる敵で助かったよ」


 手を握るシロナの力が少しだけ強くなった。表情は分からないが、やはり怖いのかもしれない。


 俺はそっと手を握り返すと「アイク君は優しいね……」とシロナが呟くのが聞こえた。


 それからも、シロナのナビゲートだけを頼りに先の見えない洞窟を進んでいく。


「あっ」


 シロナがこっちこっちと言わんばかりに、握った手をくいくいと引っ張った。俺もシロナが示す方を見ると、曲がり道の先に小さくだが洞窟の出口が見えていた。


「もうすぐ到着だよ、アイク君!」


「最後まで気を抜かないようにな」


 最初は小さく見えていた出口が徐々に大きくなっていくにつれて、シロナの歩調も速くなっていく。そして、ようやく俺たちは出口にたどり着いた。


「わあぁぁ……!」

 

 洞窟を出るとすぐに、シロナが感嘆の声を漏らした。


 俺たちの目の前に広がっていたのは、白い砂浜と現実では決して見ることが出来ないであろう満天の星、そして星空からいくつも星がこぼれ落ちてきたかのように青白い光を無数に浮かべる湖だった。


「目の前が全部星空みたい……!」


 シロナが俺の手を離して、水際まで砂浜を駆けていく。


「わっ、冷たい! アイク君も早くこっちにおいでよ!」


 湖に手を浸しながら、振り返ったシロナが無邪気に笑った。何日かぶりに見た彼女の笑顔に、胸の鼓動が速まるのを感じた。


「こういうとこって、湖のヌシみたいな巨大モンスターが出て来るのがお決まりじゃないのか?」

「巨大モンスターどころか普通のモンスターすら出ないセーフゾーンだよ」


 町以外にセーフゾーンがあるのは、非常に珍しいことだ。


「でも、昔にこの辺も冒険したはずだけど、今までこんな場所知らなかったぞ」

「今月の七夕の時のアップデートで出現したマップだからね」


 俺が水際に腰を下ろすと、シロナが肩を並べて隣に座った。


「でも、どうしてこんなところに来たかったんだ?」

「それは、その、アイク君と二人でこの景色を見たかったからかな」


 シロナが視線を俺から湖に移してはにかんだ。


「この二週間、私はアイク君からたくさんのことをしてもらったけど、私からアイク君には何一つしてあげられなかった。だから、今日ここにきたのはアイク君にありがとうを伝えたくて、せめてものの恩返し、ってとこかな。迷惑だったらごめんね」

「迷惑なんかじゃないよ。俺もここに来れて嬉しいと思ってる」

「ありがとう」


 シロナは俺の方を向いて微笑むと、砂浜に突いていた俺の手に自分の手を重ねた。


「ねえ、アイク君はこの二週間楽しかった?」

「楽しかったよ。普段ソロプレイだから、シロナと一緒に炎龍倒しに行ったり、大会の作戦を立てたり新鮮だったな」

「炎龍の時は、アイク君が私のスカートめくったりしたよね」

「あっ、あれは風のせいで、わざとやったんじゃないからな!?」

「私、あの時ものすごく恥ずかしかったんだよ?」


 シロナが頬を少し赤く染めると、太腿を隠すようにスカートの裾を指先でキュッと引っ張った。


「いや、その、あの節はすいませんでした……」

「私も取り乱して盾でアイク君のこと殴っちゃったから、おあいこだよ」

「そういや、なんであの盾打撃ダメージ増加なんか付いてたんだ?」

「それは、ドロップしたときにたまたま付いてて。殴るためにわざわざ付けたわけじゃないからね!」

「にしても、あの攻撃は痛かったなー。HP2割も削られたしなー」

「うっ……あの時はごめんね」


 シロナが上目遣いで俺を見つめた。不意にドキッとしてしまった。


「そ、そういや、リアルの話で悪いけど、会議室で呼び止めたのは一体なんだったんだ?」

「それは……もうちょっとしたら言うね」


 聞けるかもと思ったが、流されてしまった。


「アイク君、もう少しそっちに寄ってもいい?」

「ああ、いいよ」


 シロナが移動し、肩と肩が触れ合う距離に座った。シロナの長い金髪が時折風邪に吹かれて、俺の首筋をくすぐる。


「私はアイク君と一緒に過ごして、すごく楽しかったよ。一緒にケーキ食べにいったり、土ボタル見に行ったり、二人で大会に参加したり……今思えば現実世界よりも恋人みたいだったね」

「たしかに、そうだったな」

「私がピンチになった時にいつも助けてくれて、ありがとう」

「俺だって何度もシロナに助けてもらったし、俺一人じゃ勝てないバトルばかりだったよ」

「ありがとう。そう言ってもらえるだけで、私すごく嬉しいよ」


 隣に座るシロナが嬉しそうにこちらへ顔を向けた。


「あのね、さっき会議室で言えなかったこと言うね……」

「おう」

「じゃあ……アイク君、そして空人君」


 シロナが二つの名前を呼んだ。隣を見ると間近にいるシロナと目が合った。




「私は……君のことが大好きだよ」




 柔らかく微笑んで、シロナは言った。


「えっ、それはどういう……」

「言葉通りだよ。私は、今目の前にいる君のことが大好きです」


 シロナはその大きな瞳で俺のことを見つめた。


「ILの頼りになる君も、現実の優しい君も、どっちも私は大好きで、でも、君と今日でお別れになっちゃって、すごく悲しくて本当に辛くて。だから……」


 シロナの瞳から涙が頬を伝った。


「今日で終わりじゃなくて、これからも、私と一緒に居てほしい……!」


 シロナが俺の胸に飛び込んで来た。俺を抱きしめるシロナの体温と想いが優しく伝わってきた。


 でも、今ここで簡単に答えてしまうわけにはいかない。俺には待たせている人がいる。


「ごめん、少し時間が欲しい。絶対にはぐらかしたりはしないから……」

「うん……いきなり抱きついたりしてごめんね」


 シロナは俺から離れると、ウィンドウを操作し始めた。しばらくして、メッセージを受信した。


「今送ったのは私のアドレスだよ。私がILにいない時は、これで連絡してね」


 シロナはウィンドウを操作しながら立ち上がると、その身体が光に包まれていく。


「今日はありがとう。じゃあね、アイク君……」


 シロナは身体が光に消えてしまう瞬間まで俺に向かって微笑むと、ログアウトしていった。

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