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二人

「その、もし…………もしよかったら、私とお付き合いしてもらえませんか…………」


 目の前の少女は振り返り、俺と視線を合わせた。不安に揺れる両の瞳が、その奥に確かな意志を宿して俺の瞳を見つめた。


 さっきのように途中で逸らすことなく、ただまっすぐに俺と向き合う桜夜。それに対し、俺も視線を逸らすことは出来ないでいた。


 張り詰めた無言の一時が俺と桜夜の間を流れていく。そんな中で俺の思考は完全に停止していた。


「俺、気持ちの整理がついてなくて……返事は待ってもらえないか?」


 どれだけの時間がすぎたのだろうか、まるで金縛りにあったかのような時間の中で、俺はその言葉を紡ぐだけで精一杯だった。


「わかりました、待っています……」


 桜夜は最後に小さな声で「お邪魔しました」とだけ言って、ゆっくりとドアを開けて帰っていった。


 オートロックの鍵が閉まる音を聞いても、俺はそのまま桜夜のいない玄関に突っ立ったままだった。


 しばらくしてやっと動く気になり、自室に戻ってベッドに体を預けた。


 仰向けになって、ぼーっと白い天井をただただ見つめる。瞼を閉じると、そのまま俺は眠りについた。




 次に俺が目を覚ました時には、時計は既に7時を示していた。階下から母親の「晩御飯ができたから、降りてきなさい」という声が聞こえてきて、俺は寝癖のついた頭でリビングに向かった。


 俺のいつもと違う様子を見て母親が「なにかあったの?」と聞いてくるが、「別になにも」と生返事をして、もそもそと晩御飯を食べた。


 食器を台所に片付けて自室に戻ると、眠る前よりかは頭が働くようになっていた。俺は再びベッドに横になり、その働くようになった頭でぼーっと考えた。


 俺は桜夜のことが好きなのだろうか。好きか嫌いかと聞かれたら、もちろん好きと答えるだろう。


 でも、その好きは人として友達として好きなのであって、異性として好きかどうかはイマイチはっきりしない。


 可愛いなって思ったり、不意にドキッとすることはあったけど、どちらかというと女の子の友達といったスタンスだろうか。それだけに、俺が桜夜をどう認識しているのかがわからなかった。


 俺は頭の中で桜夜のことを異性としてもう一度考えてみた。見た目は可愛いし、性格も思いやりのある子だし、食事に行った時だって俺の事を気にかけてくれていた。はっきり言って、俺には勿体ないぐらいの女の子だと思う。


 もし、桜夜と付き合ったら。そりゃ、楽しいだろう。異性として、もっと桜夜のことを好きになれるかもしれない。少なくとも、ここまで考えて今の俺に彼女の告白を断る理由はなかった。


 でも、その時頭の中に先輩の顔が思い浮かんだ。あの時、返事は待って欲しいと頼んだのは先輩のことが頭の中で引っかかったからだろう。


 だが、今となっては俺と先輩を結びつけるものは、もう存在しない。今の俺は彼女のいないただの男子中学生で、先輩の存在が桜夜の告白を断る理由にならないのは明らかだ。


 でも、頭では理解していても、今日先輩との恋人関係が終了して、その日に他の女の子に告白されて「いいですよ」なんて、そう簡単に俺の気持ちはついていけない。俺の気持ちはまだ先輩との関係を捨て去ることはできていない。


 そう言えば、会議室を出る時に先輩は俺に何の話をしようとしていたのだろう。


 もしかしたら、今ILにシロナがいるかもしれない。そしたら、話を聞くこともできるかもしれない。


 そう思った俺はロッキーに入り、現実から旅立つための合言葉を口にした。


「ワールド・リープ」




 なんとなく散歩がしたくて西口ゲートに復帰した俺は、店が立ち並ぶ大通りを何かお目当ての物があるわけでもなく、ただブラブラと歩いていた。


 すっかり夜になってライトアップされたILの街をぼーっと眺める。その時、視界の端にメッセージが来ていることを知らせるマークが表示された。


 ウィンドウを開いてメッセージを確認する。差出人はシロナだった。


『今から一緒に冒険しない?行きたい場所があるの』


 久しぶりのように感じる冒険の誘いに、俺は了解の旨を伝えるメッセージを返した。


『ルナラクリマの転移ゲート前に集合ね』


 ルナラクリマってどこだっただろうか。まあ、ジャンプしたらわかるか。


 俺は西口ゲートまで戻り、ルナラクリマへジャンプした。視界が白くとんで、音が消える。次の瞬間には、俺は人気のない田舎町の真ん中に立っていた。


 少し不安を覚え辺りを見回すが、明かりはほとんどなく、店らしきものもない。ここに転移ゲートが設置されてあるのが不思議なぐらいに、寂れた町だった。


 シロナが来るまで気を紛らわせるために、適当にウィンドウを操作しようとした。その瞬間、右肩をトントンと誰かに叩かれた。


「うわっ!?」


 思わず声が出てしまい、慌てて後ろを振り向く。すると俺の右頬に人差し指がぷにっと刺さった。


「来てたのなら普通に声かけてくれよ……」

「久しぶりにやってみると、ひっかかるものなんだね」

「こんな場所で肩叩かれたら、誰だって俺みたいになるって」


 俺は少しシロナを睨んだが、シロナは気にすることなくクスクスと笑う。


「来てくれてありがとう。正直、断られるかもって思ったよ」

「まあ、暇だったしな。それで行きたい場所って?」

「ここの近くにあるダンジョンなんだけどね」


 シロナがマップを展開して、俺に見せる。シロナが指差す所をみると、確かに山の麓に一つだけ洞窟があった。


「ここって、強いモンスターでも湧くのか?」

「いや、そうじゃないんだけど……」

「じゃあ、なんでこんな辺境の地の洞窟に?」

「そ、それは行ってからのお楽しみ! じゃあ、早速出発しよう!」


 シロナは俺の手を引っ張ると、通りを駆け抜けて町の外へ走っていく。シロナの先導で街道や森を突っ切ってしばらく走ると、山の壁にポッカリと穴を開けたダンジョンが見えてきた。


「あれ、もしかしてここ松明たいまつ無しパターン……?」


 大抵の洞窟やダンジョンには明かりの松明が設置されているのだが、目の前の洞窟にはそれらしきものは一つも見当たらなかった。


「シロナも知らなかったのか?」

「うん。どうしよう、明かりになるもの持ってないよ……」


 シロナが途方に暮れて肩を落とした。力になってあげたいが、俺もストレージに松明のかわりになる物はなかった。


「ダンジョンの道は把握してるのか?」

「待ち合わせの前にマップデータを買ったから、道は全部わかるんだけど……」

「じゃあ、進めないことはないんじゃないか?」

「えっ?」

「前に洞窟のホタルを見に行った時、松明無しだっただろ」

「でも、それは道を熟知していたアイク君だからこそで、初めて来た私には無理だよ」

「マップデータは持ってるんだろ? なら、シロナにだって出来るはずだ」


 俺が後押しするが、シロナは視線を彷徨わせて逡巡していた。


「じゃあ仕方ないし、他の日にまた来るか?」

「ううん、それはしたくない……」


 シロナは小さく首を横に振った。そして、決心したのか洞窟の入り口を見据えた。


「頑張ってみる。だけど」


 シロナは少し恥ずかしそうにしながら、俺を見た。

 

「心配だから、手繋いでもいいかな……?」

「いいよ」


 俺が手を差し出すと、シロナは「ありがとう」と言って俺の手を柔らかく握り、洞窟へ踏み出した。

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