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「『IL』のチャンピオンズトーナメントに一緒に参加してほしいの!」

「はっ?」


 あまりに突拍子もない話に思わず声が出てしまった。なんか依頼内容がマジすぎるんだが……


「えーっと、先輩。俺が受けれる依頼ってなんかもうちょい易しいやつというか、クエストの受注レベルに達してないんですけど」

「でも、この学校でこんなこと頼めるのあなたしかいないの、お願い!」


 『あなたしかいないの』『お願い!』この2つがこんなにも威力のある言葉だと、俺は初めて知った。

 

 しかしながら、先輩の言うこともまた事実で、恐らくだがインフィニティ・ライフのレベルが先輩と釣り合うのはこの学校で俺だけだろう。なんだよ、148って。ただのゲーマーじゃねえか。まあ、俺も人の事言えないけど。


「でも、俺そんな長期クエスト受けたことないんですけど」

「それでも、なんとかできないかな?」


 そう言って先輩が小首を傾げる。ふとした仕草にいちいちドキッとしてしまう俺が少し情けない。


 と言うか、先輩なんかさっきからアプローチ多くね? 耳元で囁いたり、と思ったら真剣な顔でお願いしたり。これ、まさかのどこかでフラグ立ててたパターンじゃねぇの?

 

 一瞬そう思いかけた思考を俺は無理矢理戻した。それで勘違いした挙句、告って玉砕して一週間学校に来れなくなったやつを知っている。貴重な教訓をアイツは示してくれたのだ。アイツは良い奴だったよ……


「その依頼ですけど…」

「やっぱり難しいよね、ごめん、無理言っ……」

「わかりました、受けます」

 「えっ、本当!?」

 

 人は人、俺は俺だ。それに今の先輩の満面の笑顔が見れただけでもいいじゃないか。それに、要は勘違いをしなければいいのだ、うん、俺軽いな。


「じゃあ、今日オンラインで会える?」

「了解です。7時に中央口ゲート前で」

「分かった!ほんとにありがとう!」


 そう言うと、先輩は荷物の入ったトートバッグを手に会議室を飛び出していった。なんだか今日の先輩はよくわからなかった。って言っても、今日が初対面だけど。




「ごちそうさま」

「食器は片付けてからいきなさいよ」


 現在6時55分。待ち合わせの時間まであと5分となっていた。


「空人、これから暇?」


 母が何気なく訊いてくる。俺はこれが何か面倒くさいことを押し付けられる前兆だと知っていた。恐らく洗濯物を畳んでとかだろう。


「いや、ゲームの中で学校の友達と待ち合わせしてるけど」

「そう……ゲームも程々にして勉強もしなさいよ」

「はいはい」


 母親と会話するときの1割がこのやり取りの気がする。元はといえばここの家庭環境のせいで俺がこんなにゲーマーになったんだが。そのことを両親はどう考えているのだろう。


 しかし、親が口うるさく言うのも仕方ない。俺がインフィニティ・ライフ並びに仮想世界に旅立っている間、俺の体は植物状態になってしまうからだ。


 ロッキーを使って仮想世界に行く場合、ロッキーは人の脳から発せられた運動器官に送るほぼすべての信号を回収し、また仮想世界でプレイヤーが受けたすべての感覚を、すべて脳に信号として伝えなければならない。例外として、心臓や肺を動かす信号は回収しない。


 そのためロッキーを使う時は、使用者は信号を回収するために至るところにセンサーがつけられた全身タイツを着用しなければならない。コマーシャルで全身タイツの人間が仮想世界で遊んでいる映像を見た時は、唖然としたものだ。


 また、信号の出力と入力の処理をするために、かなり大きなハードになってしまった。その結果、全身タイツで掃除用のロッカーぐらいの大きさの箱に入るという、罰ゲームのような方法で仮想世界に旅立つことになったのだ。これが『ロッキー』と名付けられた所以ゆえんである。


 熟練になるとタイツを着るのに1分もかからないのだが、最初の頃はしっかりと着るのに10分近くかかっていた。ロッキーの最大の短所はタイツなのだ。


 ちなみに、ある時母親が「最近電気代が3000円も高くなっているのよね」と愚痴をこぼしていた。俺は顔が青くなった。


 製作した会社もなんとか改良を試みているのだが、タイツを着なくて済むのはまだまだ先らしい。


 俺は自室に戻り壁にかかっている黒いタイツを取ると、服を全部脱いで全裸になり、そしてタイツを着た。女子も全裸になっているのかと思うと少々興奮するのだが、興奮すると足の付け根でタイツが通らなくなるのでなるべく意識しないで着替える。


 頭まですっぽり着ると、俺はロッキーの電源をつけ中に入った。ウィーンと静かな音を立ててロッキーが目覚める。


 そして俺は異世界へと旅立つ魔法の言葉を唱えた。


「ワールド・リープ!」


ニュウッと時間が遅くなるような音が頭に響く。視界は狭くなり中央で点となって消え、音が聞こえなくなる。機械っぽい匂いが消え、体を包むタイツの感覚がなくなる。


 重力が体から去った瞬間、目の前に文字列が出現する。


『前回のログアウトポイントに復帰しますか』


 俺は迷わずいいえを選んだ。


『復帰ポイントを指定してください』


 その文の下に20箇所ほどあるゲートが表示される。その中から中央口ゲートを選択。


『汝の冒険が良きものとなるよう』


 いつものセリフと最後に文字は虚空へと消えた。


 俺を無感覚の静寂が訪れる。この一瞬だけは何回体験しても不安になる。


 十秒ほどの静寂の後、体に重力が戻ってきた。ILオーケストラが奏でる勇ましいBGMが耳に届く。着慣れた装備が身を包み、ゲート付近の屋台で売っているドーナツの匂いが鼻をくすぐる。


 そして、目の前に輝く光に触れると、そこは紛れも無く中央口ゲートだった。


(やっぱり何度体験しても感動するな…)


 中央口ゲートに到着した俺は、ひとまず金髪碧眼の美少女を探した。先輩がすぐに出て行ってしまったせいで、俺は彼女のアバター名を訊くことができなかったのだ。


 ILではアバターはリアルの体をロッキーがスキャンして作るオリジナルアバターと、目や口、髪型、身長、体型などのパラメータを調整して作るメイキングアバターがある。


 ほとんどの人は折角異世界に来たのだからということでキャラメイキングをしてアバターを作る。そのせいか、ILでは美男美女がやたら多い。


 しかし、メイキングアバターには欠点がある。それは、現実とあまりに違うアバターを作ると、リアルの体の感覚とのズレを引き起こすのだ。そのため、あまりに過度なキャラメイキングは推奨されていない。


 その点、オリジナルアバターはリアルの体そのままなので、ズレはほぼないと言っていい。そのためか、プレイのしやすさを再優先とするガチプレイヤーほど顔が美形から遠ざかっていく結果となる。


 恐らく先輩もその理由でオリジナルアバターを使っていると考えたのだ。


(といっても、金髪碧眼なんてこの世界だとゴロゴロいるよな……)


 実際のところ、先輩によく似たアバターをさっきから見かける。リアルの姿で異世界に溶け込めちゃうとか意味わからん。


 俺もオリジナルアバターを使っているので、これはもう先輩に見つけてもらうしかなさそうだ。


 とりあえず、ここにいても往来の邪魔になるので、俺は通りの端に出た。


 ここには、屋台の他、飲食店、ポーションなど消費アイテムを扱う店、鍛冶屋など様々な店がぎっしり並んでいる。最初にログインした時は、この通りを見回るだけで1時間もかけた記憶がある。


 約束の時間を少し回り、時計は19時5分を示していた。


(先輩も俺のこと見つけられていないのか)


 そう不安に思った時、右肩が叩かれた。暇で開いていたステータス画面を閉じ、後ろを振り向く。


 すると、俺の右頬に白い人差し指がぷにっと刺さった。


「こんばんは、と言ってもこの世界では今は日が出てるから、こんにちは、かな」


 振り返った先には、俺の頬に人差し指を突き刺して微笑む先輩の姿があった。


「いきなり何するんですか」

「ふふっ」


 俺の問いかけに答えず小さく笑うと、目の前の少女は早速自己紹介を始めた。


「私の名前はシロナ。レベルは148。主に盾役やってます」

「俺の名前はアイク。レベルは151で戦士ギルド所属です」


これはこの世界の定番の挨拶だ。名前、レベル、職業を言うのが一般的だが、たまに「〇〇の旦那です」などと非リア充を煽りにいく自己紹介を行うプレイヤーも存在する。


「えっと、シロナさん、これからどうするか予定はあったりしますか?」

「うーん、それなんだけど、その前に」


 そこで一度言葉を区切ると、シロナは顔を真剣なものに変えた。


「ここ、ILの中では現実の関係を全て無しにして接してほしいの。だから、敬語もやめてタメ口で話しあう一人の一冒険者として私を見てほしいの」

「わかりました、じゃない、わかった」


 こういうプレイヤーは少ないが存在する。もちろん身バレ防止のためというのもあるが、リアルはリアル、バーチャルはバーチャルで分けたいという気持ちはわからなくもない。


「それでどうする。ひとまず狩りに出かけるか?」

「ま、そうだね。これからタッグを組む人の戦い方は早く知っておきたいし」

「それじゃあ、クエスト受けるか。何か面白いものはないか探してみる」


 俺はこめかみを軽くつついた。目の前に他人不可視の半透明のウィンドウが現れるので、その中から簡易クエストの欄を頭のなかでクリック。クエストは掲示板で受けるものとウインドウから受けられる簡易クエストの2つがあり、難易度は簡易クエストの方が少し低めになっている。


 俺はその中から推奨レベル140の「炎龍討伐」を受諾する。最近ハマっているクエストの1つだ。


「シロナ、これなんてどうだ?」


 俺はオプションからウィンドウ可視化に設定するとシロナに見せた。


「ん、って炎龍討伐じゃない!私これ推奨レベルギリギリなんだけど」

「俺がいるから大丈夫だよ」

「えっ」


 シロナが少し虚をつかれた顔をしてこちらを向く。俺は今の自分の発言を振り返った。無意識に言ったけど、コイツはどこのラノベ主人公だよ。


「まぁ、そのいつも一人でクリアしているから問題はないよってこと」


 俺は恥ずかしくなって頭をポリポリ掻くと顔を背けた。後ろからクスッと笑った声が聞こえた。


「じゃあ、出発!」

 

次回予告 ~やっと戦闘シーン書けそう~

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