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「ここからだと俺の方が近い!とりあえず俺の家まで一緒に走れるか?」

「わ、わかりました」

「荷物貸して」


 俺は桜夜の荷物を持つと、車の通行に注意しながら、桜夜のペースに合わせて家を目指して走った。


 3分ほどで家に着くと、指紋とパスワードを解除して、玄関のドアを開ける。


「タオル取ってくるから桜夜は玄関の中で待ってて」

「は、はい」


 俺は靴下を脱いでペタペタと廊下を走り、洗面所からタオルを2枚取って玄関へ戻る。


「これ使って」

「ありがとうございます……」


 桜夜は俺からタオルを受け取り、雨に濡れた長い黒髪を丁寧に拭いていく。


 その隣で俺も髪や腕を拭くが、一人ちょっとしたパニックに陥っていた。というのも、今まで桜夜の前を走っていたので気づかなかったのだが、現在、桜夜のカッターシャツは雨に濡れて肌にピッタリと張り付いており、胸元などはうっすらと中の下着が見えてしまっていて、率直に言って下着姿よりもよっぽどヤバい状況だった。


 当然、俺は慌てて背を向けたのだが、タオルを渡した時に見た桜夜の姿が、頭の中で浮かんで消えそうになかった。


「一通り拭けたら、靴下を脱いで足を拭いてから上がって」

「でも、いきなりやってきて家に上がるのはさすがに申し訳ないですよ」

「でも、いつ雨が上がるかわからないし、それまでずっと玄関にいるわけにもいかないだろ」


 その時、背後で桜夜がくしゅん、とくしゃみをした。


「濡れた服のままだと風邪引くし、シャワー使って」

「すいません、お邪魔します……」


 桜夜は靴下を脱いで足を拭くと、玄関を上がった。俺は桜夜を風呂場まで案内する。


「着替えは俺の服しかないけど我慢してくれ」

「全然大丈夫ですよ」

「じゃあ、ゆっくりシャワー浴びてていいから」


 俺は脱衣所のドアを閉めた。俺も桜夜と同様にびしょ濡れなので、ひとまず自室に戻って制服を干して着替えを済ませた。


 タンスからTシャツとジーパンを取り出し、脱衣所まで持っていく。


「開けるぞ」

「はーい」


 風呂場からくぐもった声が聞こえてきたので、俺は脱衣所のドアを開けると着替えを置いた。


「今は家は藍海くん一人なんですか?」

「二人とも仕事に行ってるから、夕方まで俺一人だよ」


 風呂場のドア越しに桜夜と言葉を交わすと、俺は脱衣所を出てドアを閉めた。


 リビングのテレビを点けて天気予報を見ると、4時ごろまで雨は降り続くらしい。


 冷蔵庫からお茶を出して飲んでいると、Tシャツとジーパンを着た桜夜がリビングにやってきた。


「シャワーと着替えありがとうございました」

「ああ。あと濡れた制服はどうしたんだ?」

「えっ、制服ですか……?」


 桜夜が少し怪訝そうな目で俺を見た。


「いや、変な意味じゃなくて、帰るまで干しといたら、ってこと」

「あっ、わかりました。ハンガーを貸してもらってもいいですか?」


 俺は洗面所に行って、針金ハンガーと洗濯バサミを何個か持ってきた。


「色々とありがとうございます……」

「気にしなくていいよ」

「どこに干してたらいいでしょうか?」

「あー……」


 リビングをぐるっと見渡す。干せそうな場所はなかった。


「とりあえず俺の部屋に干しとくか。付いてきて」


 階段を上がって2階の俺の部屋まで桜夜を案内する。


「そこに掛かってる俺の制服の横に干しておいて」

「それにしても、すごい数のゲームですね」


 桜夜が驚いた様子で俺の部屋を見回しながら、俺の学生ズボンの横のフックにカッターシャツとスカートのハンガーを掛ける。まさか、俺の部屋に女の子の制服が干される日が来るとは思わなかった。


「雨、いつ止むんでしょう……」

「予報だと4時まではこのままらしいぞ」

「あと3時間ですか」


 俺の言葉に桜夜がふう、とため息を吐いた。


「桜夜、突然だけど、IL以外のゲームはやったことはある?」

「他のゲームですか? 少しならありますけど、ILほどはやってないですね」

「もしよかったら、雨が上がるまで暇つぶしにここにあるゲームでもするか?」

「いいんですか?」


 俺の提案に、桜夜が少し顔を輝かせた。


「俺の家で暇つぶし出来るものなんて、ゲームぐらいしかないしな」

「それでは、早速やりましょう」

「桜夜はどんなゲームがしたい?」

「普段やらないようなジャンルをやってみたいです。でもホラー系はちょっとムリですね」

「ならレースゲームはどうだ?」


 俺が棚からレースゲームのパッケージを2、3個取って見せる。


「レースゲームは初めてですね……やってみたいです」

「決まりだな」


 俺は手に取ったゲームの中から初心者でも楽しめるソフトを選ぶと、ハードを用意してソフトを入れた。このゲームのハードはヘッドマウント型で、フルトランス型のロッキーが出る前は家庭用ゲーム機として人気があったハードだ。


 俺は桜夜に右手左手2本のコントローラーと、ヘッドマウントディスプレイを手渡す。


「周囲に物がないことを確認してから装着して」

「すごいです! 視界いっぱいに画面が見えます!」

「よし。操作方法は画面に表示されるから、まずはそれを覚えていって」

「アクセルがAボタン……Aボタンってどこですか?」

「右手の親指だよ」

「えっと、Bボタンは?」

「右手の人差し指」


 「見えないからボタンがどれかわからない」っていうのは初心者によく起こることだが、これはヘッドマウント型ハードの欠点とも言えるだろうな。


「手首を捻ると曲がれる……大体わかりました」

「途中でわからないことがあったら、その時は俺に聞いてくれたらいいから」

「了解です。じゃあ、早速始めましょう!」


 俺が最初のサーキットを選択すると、少しのロードの後、画面に道路とバイクの先端が見える。


「あんまり捻りすぎると転倒しちゃうから、カーブの時は気を付けて」

「わかりました」


 画面中央のカウントダウンが0を刻むとともに、レースがスタートした。俺は開幕早々ウィリーで観客を沸かすと、第一コーナーを颯爽と曲がっていく。


「藍海くん、私より速いバイク使ってませんか?」

「コンピュータも含めて全員同じにしてあるよ」


 桜夜はカーブに入る際に、スピードを落として安全に曲がっているが、それに対して俺はスピードを落とさず、正しいライン取りでカーブを抜けて走っている。


「速く走るコツはブレーキを踏まない勇気かな」

「始めたばかりでそれをするのは無謀ですよ」


 俺はこのサーキットで唯一の難関であるヘアピンカーブを曲がり終えて、先頭でメインストレートに戻ってくる。対して桜夜はヘアピンカーブの手前だ。


「あれ、カーブが曲がりきれない……きゃっ」


 バックミラーを見ると、曲がりきれずに砂埃をあげて壁に激突したバイクが見えた。そして、同時に胡座を掻いている俺の太腿に、ごろんと何かが転がった。


「ん……?」


 俺はポーズをかけてヘッドマウントディスプレイを外す。すると、倒れ込んだ桜夜の頭が俺の太腿の上に乗っているのが見えた。


 同じくヘッドマウントディスプレイを外した桜夜と目があった。太腿の上の桜夜の頬が少し赤く染まった。


「ご、ごめんなさい、つい体を倒しちゃって……」

「け、怪我はしてない?」

「大丈夫だと思います……」


 桜夜は恥ずかしそうに目線を逸らすと、手を突いて起き上がった。もちろん、俺も恥ずかしかった。


「装着したので、ポーズ解除してもらっていいですよ……」

「オッケー、じゃあスタートで」


 その後も違うレースゲームをしたり、ジャンルを変えたりしてゲームで遊んでいると、あっという間に4時になっていた。


「予報通り雨止んだな」

「もたもたしてると、また降り出すかもしれませんし、私はそろそろ帰りますね」

「そこの制服忘れないようにな」

「あっ、そうでした」


 桜夜がハンガーから制服を外し鞄にしまう。


「あ、この藍海くんの服……」


 桜夜が今現在着ている俺の服に視線を落とした。


「制服はまだ乾いてないだろうし、今日はそれ着て帰ってもらっていいよ。また、別の日に取りに行くし」

「それは、藍海くんに悪いです。明日に私が返しに来ます」

「わかった」


 桜夜は荷物を持つと、階段を降りて玄関に向かう。


「アクシデントもあったけど、今日は楽しかったよ」

「私もです……」


 桜夜は靴下とローファーを履くと立ち上がった。しかし、何故かドアノブに手をかけることなく、動かずに立ち止まったままだった。


「もしかして、部屋に何か忘れ物でもしたのか?」

「いえ、そうじゃないです……」


 それでも依然として、桜夜はこちらに背を向けて少し俯いたまま立っている。


「さっきの、お店に行く時の話ですけど、藍海くんは付き合ってる人はいないんですよね……」

「そうだけど、それがどうかしたか?」


 少し疑問を覚えながらも言葉を返す。すると、桜夜が鞄を両手でギュッと抱きしめ、こちらを振り向いて言った。

 

「その、もし…………もしよかったら、私とお付き合いしてもらえませんか…………」

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