再び
メールを見ると、桜夜から『学校裏のコンビニで待ってます』とあった。『ごめん、少し用事ができちゃって。終わったから、すぐ行く』と返信し、また廊下を走る。
校門を出て学校の敷地をぐるっと周り、前に立ち寄ったコンビニに着くと、桜夜が店内から出てきた。
「急な用事とは言え、一言連絡くれてもよかったじゃないですか」
「ごめん、連絡できなくて」
桜夜は少しむっと怒った顔をしたが、すぐに表情をいつも通りに戻すと、今日の行き先を聞いてきた。
「一応、私も今日行くお店の候補は考えてきたんですけど、藍海くんはどこか行きたい場所とかありますか?」
「うーん、桜夜にお任せするよ」
「わかりました。駅前にあるお店なんですけどね」
桜夜がお店やILの話をしながら、嬉しそうに隣を歩く。
もしかすると、傍目からはカップルのように見えているのかもしれない。そう意識してしまうと、途端に気恥ずかしくなってきた。
「藍海くん、顔が少し赤いですけど、具合悪いんですか……?」
「あ、ああ大丈夫だよ。にしても、今日は暑いな」
「雲一つない晴れ空ですからね。お店に着く頃にはヘトヘトになってそうです」
「お店まであとどれくらいなんだ?」
「えっと、多分歩いて10分ぐらいだと思います」
制服を着てこの炎天下を10分も歩いたら、汗ビッショリになるのは確実だろうな。
駅前に近づくにつれて、徐々に学校の生徒らしき人間が見受けられるようになってきた。
「なあ、桜夜。少し人目を忍んで行かないか?」
「でも、このあたりはどこを通っても人居ますよ?」
「まあ、そうなんだけど、他の生徒に見られるのがなぁ……って」
「それは、私と一緒じゃイヤってことですか……?」
桜夜が少し落ち込んだ声で聞いてきた。
「その、桜夜といっしょにいるのがイヤなんじゃなくて! ただ、他の生徒に噂されるのが好きじゃないというか、この間のことで痛い思いをしてるというか」
「この間というと、白金さんのことですか?」
「ああ」
「今日から夏休みに入りますし、噂はそんなに広まらないと思いますよ。それに、夏休みが終わる頃にはみんな忘れてますって」
「まあ……そんなもんか」
「そういえば、噂はありましたけど、藍海くんは白金さんと付き合ってるんですか?」
「えっ、先輩とっ?」
俺が明らかに狼狽えた声を出した。
「火のないところに煙は立たない、と言いますし」
「あれは、先輩から依頼を受けただけで、俺は彼女のいないゲーマーだぞ?」
「そもそも彼女さんがいるなら、私なんかと食事に行ったりしないですもんね」
正確には、ついほんのちょっと前まで先輩と恋人関係にあったわけだけど。
でも、恋人関係の時も桜夜の家に行ったりしちゃってるよな……。でも、あの時は依頼で行ったわけだし、先生の許可も得てたし……てか、冷静に考えたらなんで先生なんかの許可取ってるんだろ。
一人で過去を省みていると、桜夜が立ち止まった。
「着きました、ここです!」
「ここか……」
俺もそのパターンは予想してなかったな……
というのも、今俺が目にしているお店は、先日先輩と来た店だったのだ。
「見た目のウッドテイストな感じが素敵だな、と思って。一度来てみたかったんです」
俺も10日ほど前に同じことを思いましたよ。
「混むかもしれないですし、中に入りましょう」
「ああ、そうだな」
ドアを開けると、カランカランと柔らかいベルの音が鳴ってウエイターさんがやってきた。
「お客様は2名様でしょうか?」
「はい」
「では、こちらにどうぞ」
ウエイターさんに連れられて店内を進んでいく。案内されたテーブルは偶然なのか、前回先輩と来たときに座ったテーブルと一緒だった。
「ご注文がお決まりになりましたら、テーブル奥にありますベルを鳴らしてください」
ウエイターさんが軽くお辞儀をして、他の席へと去っていった。
「外から見える席だと、ちょっと恥ずかしいなと思っていたので、助かりました」
「それは、確かにあるな」
もしかすると店の方で、中高生の席のポジション的なものが決まっているのかもしれない。
「あっ、藍海くんと一緒が恥ずかしいってことじゃないですよ? 食べてるところをいろんな人に見られるのが恥ずかしいな、って思っただけですから」
「わざわざ否定しなくて大丈夫だから」
慌てて違うんですアピールをする桜夜を見て、俺が苦笑した。荷物をまとめて端っこに置くと、メニューに目を通していく。
うん、やっぱりカレーライスかな……
「オススメはとろけるオムレツ、他にも卵料理がいろいろ……あっ」
桜夜のメニューを捲る手が止まった。
「どうかした?」
「確か、藍海くん卵ダメなんですよね……。ごめんなさい、もうちょっと調べてくればよかったです」
「俺のことは気にしなくていいよ。でも、俺このこと桜夜に言ったっけ?」
「いえ。前に藍海くんが私の家に来たときに、藍海くんが帰った後もお母さんが色々思い出話をしていて。その時に聞いたんです」
何年も会ってない俺のアレルギーの事を覚えているなんて、俺は素直に驚いてしまった。
「わざわざ気にかけてくれて、ありがとうな」
「はい……」
桜夜が照れ臭さとバツの悪さでしゅんとして相槌を打つ。
「まあ、そのことは置いといて。桜夜は食べたいもの決まったか?」
「そうですね、私はこのとろけるオムレツにします」
「じゃあ、ベル鳴らすぞ」
チリンと軽やかな音色を鳴らすと、ウエイターさんが来て注文をとった。
「藍海くんはカレーなんですね」
「どの店でも基本あるし、安定して美味いからな」
その後も雑談をしていると、しばらくして料理が運ばれてきた。
「オムレツが輝いてみえます!」
「確かに、看板メニューなだけあって美味そうだな」
「それじゃあ、いただきますっ……」
桜夜がオムレツを切り分け、フォークを刺して口に運ぶ。
「ん~、来てよかったです」
「それはよかった」
俺は信頼と実績のカレーライスを口に運んだ。うん、やっぱり美味しい。
「あの、もしよかったらですけど、一口カレー食べてもいいですか?」
「ああ、いいよ」
俺がスプーンを置いてお皿を桜夜の方へ差し出すと、桜夜は俺のスプーンを取って、一口すくい食べてしまった。
「ん~、カレーも美味しいです! ありがとうございました」
「お、おう……」
俺は目だけでテーブルの上を観察するが、スプーンやフォークを入れた容器はなく、他にスプーンは見当たらなかった。どうやら、この店は料理に合わせてそれぞれ持ってくるタイプのようだ。
俺はテーブルに置かれたスプーンを凝視してしまう。スプーンが一つしかないから桜夜は俺のを使っただけで、別に特にと言って他になにもないんだ。だから、変な事を考えるな、俺。
俺はドキドキしながらスプーンに手を伸ばすと、カレーをすくって食べた。スプーンは美味しいカレーの味がした。
桜夜が幸せそうにオムレツを食べる中、それ以降俺の鼓動が収まることはなく、不審なまでにペースをスローダウンしてカレーを食べることになった。
「ごちそうさまでした。結構ボリュームがありましたね」
「ああ、こっちもお腹いっぱいだよ……」
いつもよりゆっくり食べたので、普段よりも満腹感が増している気がした。
「さて、今ちょっと財布厳しいから割り勘でもいいか?」
「だめです、今日は私に払わせてください」
「えっ、いや、それはさすがに悪いって」
「今日の食事に誘ったのは私ですし、その、軍資金ももらってるので……」
どうやら、親から食事代をもらっているっぽい感じだ。
「なら、そのお言葉に甘えて。ごちそうさまでした」
桜夜が会計を済ますのを待って店を出ると、12時半になっていた。空には雲が増えたもののまだまだ暑いことに変わりはない。
「制服姿で色々出掛けるのもあれだし、今日は帰るか」
「そうですね。お腹いっぱいですし、あんまり動きたくないです」
途中までは帰り道が同じなので、一緒に帰ることにした。
通りを出て住宅街に入り歩いていく。だが、しばらくして頭にポタッと雫が落ちたのを感じた。
「雨か……?」
「そうみたいですね。どうしましょう、私今傘持ってません」
「俺も持ってないな」
そう話しているうちにも雨脚はどんどん強くなっていき、鞄が濡れていく。
「ヤバい、これ本降りだぞ!」
「私、まだ家まで結構ありますよ!」
ここからだと桜夜の家までは10分以上かかる。対して、俺の家は5分といったところだ。
近くは住宅街で雨宿りできそうなところもない。俺は、雨の中このまま桜夜を帰すわけにもいかないと思った。
俺は少し勇気を出して、桜夜に言った。
「ここからだと俺の方が近い! とりあえず俺の家まで一緒に走れるか?」




