3回戦
「どうにかなったな…」
「流石に、高レベルのプレイヤーは考える事が違うよね…」
二回戦を知恵を働かせてくぐり抜けた俺達は、プライベートルームで次の対戦を待っていた。
「そう言えば、もう一人のヒーラーの子はどんな子だったの?」
「魔法使いの子と同じく、女の子だったよ」
「二人とも女の子か、珍しいね」
「まあ、このレベルになってくると、男女比に大きな差が出るからな……」
この手のMMORPGは、最初は多かった女子の比率がレベルが上がるにつれて減少し、この域になると良くて7対3、ひどいゲームでは9対1にまで偏るのが相場だ。
「にしても、俺らとそう歳が変わらないように見えたよな」
「普通にメイキングキャラ使ってるだけで、中身は40代専業主婦かもしれないよ?」
「いや、多分オリジナルキャラじゃないかな?」
「それは、顔の造りがメイキングより整っていないからってこと?」
「いや、そういうことじゃなくて……顔はヒーラーの子は可愛かったと思うし」
「……ふーん」
シロナがなんとも言えないような顔でこちらを見てくる。
「ねえ、アイク君ってどんな子が好みなの?」
「えっ、いきなりなんだよ」
「いや、なんとなく流れで」
「好みって、顔?」
「まあ、容姿かな」
「うーん……黒髪で髪は長い方が好きだな。それで、華奢で守ってあげたくなるような笑顔の子かな」
「その……もしかしてロリコンだったりするのかな?」
「今のでなんでそうなるんだよ!」
てか、なんで女子に面と向かって好み言ってんだ、俺。
「次、どんな相手が来るだろうな」
声音を少しいらつかせて無理矢理に話題を変えると、シロナもそれに合わせた。
「どんな相手が来てもやることは変わらないけどね」
「やることって?」
「奥義」
「いや、まあそうなんだけどさ」
俺を頼ってくれているとしたら嬉しいが、その`やること`は俺のやることであってシロナのやることではないぞ。
「もしもの時は、また魔石を貸してくれ」
「食べさせるのは、緊張したけどね……」
「その、ごめん。食べさせるのは無茶な頼みだったよな、ましてや女の子に……」
「ううん、私は気にしてないから」
シロナが大丈夫だよ、と笑顔を作る。勝ちを意識しすぎたばかりにシロナに負担を強いていたのがわかったことで、改めてペアとの信頼の重要性が認識できた。
「次も勝とうな」
「もちろんだよ!」
シロナの明るい声を聞き、俺は光に包まれて、再び戦場へと召された。
「暑いな……」
三回戦のフィールドは、夏休み前の今の季節にピッタリな砂浜だった。戦闘領域は50メートル四方だから、海もすこしフィールドに含まれているのだろう。
陽炎で揺らぐ砂浜の向こうに敵の姿は視認できる。カウントダウンが0になった。
「抜剣して突っ込むぞ!」
「了解!」
一回戦の時に使用した業物を二本装備し砂浜を駆ける。相手はまだ動きを見せない。
相手との距離が10メートルを切り、相手の容姿が鮮明に見える。一人は刀を持った女性。もう一人はフードを被って顔がよく見えない。俺はクロス・エッジで距離を詰めようとする。が、その瞬間二人いる敵の片方の姿が揺らいで消えた。そして、瞬きの後には既に首筋に刀が迫っていた。
「ッ!!」
間一髪で剣を割り込ませ致命傷を防ぐ。それにしても、今の速さは尋常じゃない。
一太刀から繰り出される斬撃を二振りの剣でなんとか受け止める。パワーも速さも手数も今までの敵とは段違いだった。
「シールドバッシュ!」
苦戦を強いられている俺にシロナが横から加勢する。
「遅すぎる」
低い声で言い捨てると、敵は身体を低くし突き出された盾を難なく避け、そのまま盾の内側に潜りシロナを押し倒して馬乗りになった。そして、刀を顔面に突き刺そうとする。
「させるかよっ……!」
俺はシロナの眼前で刀を弾いて、もう一本の剣で敵の体を捉えた。はずだった。
しかし、届いた刃は俺のものではなく、敵の脇差だった。腹部をスッパリいかれ、HPが2割強持ってかれる。
シロナも盾で必死に守るが、馬乗りになられている状態では力が入らない。薄い刀身がずっしりと重みのあるはずの盾を簡単に弾いた。
「悪いな」
敵の一太刀がシロナに迫る。俺はそれを止めようと剣を振るが、左手の脇差一本に止められてしまう。
「きゃあぁっ!!」
シロナの白く透き通った頬に深い傷跡が刻まれた。
「お前っ……!!」
俺は腰を低く落とし、両手の剣を引いた。システムがモーションを感知し、二刀流準最強スキル、タイニー・ウィッシュ・エンドが発動。人々の希望を吸い取るかのような昏い茜色を宿した斬撃が、目にも留まらぬ速さで襲いかかった。しかし、
「……猿が」
敵は納刀し、両手で掴み両足を絡ませてシロナを固定すると身体を倒した。あっという間に体の上下が入れ替わり、身動きのとれないシロナが上になった。
全力で繰り出されるスキルがシロナの鎧の背中に次々と傷をつけていく。無理矢理にスキルを中断させたが、そのときにはすでに十近い剣痕が刻まれていた。
無理矢理のスキル中断でいつもより長い硬直を強いられている間に、敵がするりとシロナの下から這い出る。そして、息の上がったシロナの首元に刀を据えた。
「逝け、霞の刃」
敵が無造作に刀を振った。消えたと思った頃には、刀身は既にシロナの首の下にあった。
「ごめん、アイク君……」
シロナが僅かに頭を傾け、俺と目を合わせる。次の瞬間、シロナの体が爆散した。
鎧を装備した騎士を頭部切断でとどめを刺した。にわかに信じられない事象に頭がパニックになる。
仕事は終わったとばかりに、敵が納刀し背を向けて去っていく。でもまだ勝負は着いていない。
「おい、まだ試合は終わってないだろ!」
「悪いが、あとはそいつらと遊んでくれ」
敵が顔だけ振り向き一言口にした。その横顔が誰かに似ている気がした。
俺は両手の剣を捨て、魔石を噛み砕きながら短剣を4本生成した。道連れ覚悟で踏み出そうとした時、今になって俺は足元の存在に気付いた。
俺を中心にして紫の魔法陣が描かれ、そこから這い出た何者かが俺の足を掴んでいる。その腕は間違いなくプレイヤーのそれではない。
剣豪の後ろのもう一人のフードの正体。それがネクロマンサーだと悟った時には、既に十数体のゾンビが俺の足を掴み引きずり倒していた。
「首チョンパか、ゾンビに嬲られるか。どっちが楽なんだろうな……」
女の呟きが耳に届き、俺はどこかの骨が折れる音を聞き意識を失った。




