2回戦
「まさか、初戦から自爆特攻するなんて思ってなかったよ」
「まあ、勝てたんだから、結果オーライだろ」
俺がアサシンの男を道連れにした後、シロナは魔法使いの男を倒し、無事(?)一回戦を突破した。そして、10分後に控える二回戦に備えて、プライベートルームで待機していた。
「でも、正直自爆特攻でシロナの苦手な方を倒せば、基本的には今の戦いのように有利に運べるとは思うんだよ」
「でも、それだとどちらも私の苦手なタイプだった時に対処不可能じゃない?」
「そんなの、元から敗色濃厚な試合なんだから、負けても仕方ないだろ」
俺はポーチを探り、その中に魔石があるのを確認する。
「この大会では、試合で消費した、または破壊されたアイテムや武具は全て試合前の状態で戻ってくるから、魔石切れの心配をする必要がない点では、気が楽だな」
「うん、私も鎧がロストしちゃう心配がないから、全力でアイク君を守ることができるし」
「さっきはありがとな。身代わりになってくれてなかったら、あれで終わってたかも」
「あの時はスケープゴートが間に合ってよかったよ」
シロナが少し照れてはにかんだ。
「でも、あんまり無茶はしないでね。アイク君がやられちゃったら、ほぼ負けなんだから」
「了解」
その時、視界の端に表示されているデジタル時計が8時20分を示し、俺達は新たな戦場に旅立った。
二回戦のフィールドはさっきの荒野とは打って変わって、広葉樹が立ち並ぶ森だった。
ジャングルのような密林ではないものの、見通しは悪い。
「魔法や弓に気をつけて、敵を探そう」
シロナが左を俺が右をそれぞれ索敵しながら、ゆっくりと森の中を進んでいく。
「アイク君」
シロナが小さな声で呼びかけた。指差す方向を見ると、何本もの木の向こうにチラッと敵の姿が見える。
「詠唱中だ。今のうちに突っ込むぞ」
「了解」
普段はいきなり突撃はしないが、今は隣にシロナがいる。万が一、まだ姿の見えないもう一人の敵の奇襲があっても、ある程度は対処出来る。
出来るだけ足音を殺して、走る。そして詠唱を続ける敵のサイドからクロス・エッジで突撃した。
「ベリィ・アンデッド!」
剣が届く直前、杖を持った少女が高らかに唱えた。しかし、特に何も起こらず、俺のスキルをノーガードで食らった。
「グランド・ヒール!」
他の場所で別の少女の詠唱が森に響き渡った。俺のスキルで吹っ飛んだ少女の方角の木陰から、生命力溢れる黄緑色の光がスッと地面に広がり、俺達のところまで達する。
「回復魔法……?」
「違う! 早く回復範囲から逃げるんだ!」
シロナの手を引いて広がる光から脱出する。走り出して少しして光が追ってこなくなるのを確認して、木の陰に身を寄せて隠れた。
「これは、やばいな……」
「アイク君、どういうこと?」
「さっきの魔法使いの子の詠唱で、俺達はゾンビ状態にかかっている」
「ゾンビ状態って、光属性の魔法がダメージになるやつ……」
「つまり、あの広範囲の回復フィールドは、俺達にとって全てダメージに変わる」
体力バーを見ると、既に1割近くが無くなっていた。
ゾンビ状態である限り、敵は回復し、こちらはダメージになる。こちらがどれだけゴリ押ししたとしても戦況はあまりにも一方的になるだろう。
「ダメージ覚悟で敵のヒーラーを倒すしかないってこと?」
「それは危険すぎる。恐らくだが、ゾンビ状態で敵のフル・ヒーリングを食らえば、即死ダメージがとんでくる可能性がある」
「じゃあ、ヒーラーには近づけないってこと?」
「少なくとも、現時点ではそうなるな……」
攻撃しようにも、不可避の範囲ダメージで敵は常時回復。ゾンビ状態にする魔法を詠唱する時間を考慮しても、防御系または攻撃の魔法も当然用意しているだろう。
「タイムアップまで粘ったら?」
「そしたら、全回復してる敵が勝って終了だ」
ううー、っとシロナが頭を抱え込む。
「もう手詰まりなのかな……」
「アサシンのように敵の防御を無視して一撃で仕留める方法があるならいいが、俺達にはそんな手段はないしな……」
「超火力魔法もない……あっ、奥義は?」
「奥義を使っても敵の防御を貫いてHPを吹き飛ばせるかはわからないし、そもそもどうやって剣を敵の側まで運ぶかだよな」
「私が盾になって剣を運ぶ?」
「今はシロナの防御力はあてにならないからな……」
「うーん、だめか」
シロナががっくりと肩を落とす。
「一度、敵の様子を探ってくる。シロナはここにいてくれ」
「一人で行くの?」
「見に行くだけなら、一人の方が楽だからな」
俺は両腰に下げた剣を置くと、幻影クラスのスキル、ミラージュ・ウォークを使う。金属装備を持ってないことがスキル発動の条件だが、その分、高い隠蔽効果を得られる。
俺は先程逃げてきた方向を迂回するように森を周って進む。横目で木々の先の魔法使いを見ると、周囲に岩壁を作り出していた。
もう一人のヒーラーと思わしき人物を探すため、ミラージュ・ウォークはあるが、念を入れて用心深く進む。しばらくして、魔法使いのいる場所から10メートル程の場所に、長い錫杖を持った少女が隠れているのが見えた。どうやらMPポーションでMPを回復してるようだ。
俺はその場所をしっかり記憶すると、シロナの元へ戻った。
「どうだった?」
「魔法使いは岩の壁をこしらえていたよ。少なくとも、まだゾンビ状態の効果時間は30秒以上あると思う」
「バトル開始から1分以上経ってるから、最低でも1分半は効果が継続ってことだね」
「でも、俺達も打てる手がないわけじゃない」
俺は背中を木に預けると、シロナに尋ねた。
「シロナは魔石持ってるよな?」
シロナが縦に首を振る。俺はシロナに作戦の内容を伝えた。
「オッケー?」
「わかったけど、上手くいくかな……?」
「どの道、やらなきゃ勝てないしな」
俺は、MPの量を確認すると、両手に短剣を生成する。4本作り終えたところでMPが尽きたので、魔石で回復して、上限の7本になるまで残り3本を作る。
「じゃあ、俺が分身を作り終えた後に、魔石を本体に食べさせてくれ」
「うん」
俺は作った短剣で右手の甲を浅く切った。棚引く血が、眼前にもうひとりの俺を作り上げる。
俺は分身に意識を集中させると、シロナに合図を送った。
「その、アイク君口閉じちゃってるんだけど……」
分身は喋ることができないので、ジェスチャーで口をこじ開けるよう指示する。
「それなら、分身のアイク君が自分でやったらいいんじゃ……」
戸惑うシロナに、俺は短剣を腰に装備する動作をして、他にやることがあるということを説明した。
「じゃあ、その、失礼します……」
シロナが白く細い指を俺の口の中に入れ、上下に開ける。一瞬、本体の俺がピクッと反応して意識が戻りそうになったが、なんとか自制して短剣を両腰に7本じゃらじゃらと装備した。
「食べさせたけど、MP回復してる?」
視界の端のMPバーが満タンになっているのを確認すると、俺は手でオッケーサインを作った。
「じゃあ、あとは頑張ってね」
シロナは剣を抜き、魔法使いの方へ向かっていった。それと同時に俺は再び森の中を迂回する。
少しして、シロナがグランド・ヒールの範囲内に踏み込んだ。魔法使いと影に隠れているヒーラーの注意がそっちに集まる。
その間、俺は短剣が音を立てないようにそろりそろりと歩き、ヒーラーの背後までやってきた。
忍び足でヒーラーに近づく。しかし、その時気配を感づいたのか、最初からこのタイミングを待っていたのか、ヒーラーの少女が振り返った。
「フル・ヒーリング!」
水色の神官服を纏った少女が、癒やしの願いをこめた光に包まれた手で俺の胸に触れた。小さな手から溢れ出した光が俺の身体を優しく包みこんでゆく。だが、
「なんで……」
分身はスキルが使えないし、回復もできない。が、状態異常にもかからない。
俺の分身はHPバーを左右に伸び縮みすることなく、依然としてその場に立っていた。そして、胸に触れていた腕を引っ張り、少女の身体を抱きしめた。
「きゃっ……」
少女が短い悲鳴を漏らし、身体を硬直させた。いや、別にこれから変なことしようとかそういうわけではないんですよ? でも、この時点で十分変態ですよね……
まあ、しがない一人の男子中学生としては、時間と少女が許すなら、もう少しこのままでいたいというのが切なる望みではあるが、生憎そうはいかない。俺は柔らかな少女の感触を脳に刻む間もなく、分身から本体に意識を戻し、一言。
「ウェポン・トランス・リベレーション」
刹那、離れた場所で爆発が起こり、轟音が静かな森を揺らした。一時を共に過ごした彼女は、もうここにはいないのだろう。
俺がとりとめのない感傷に浸っていると、囮役を果たしたシロナが戻ってきた。
「成功した?」
「柔らかかった……」
「何の話?」
「ごめん、なんでもない。成功したよ」
「じゃあ、後は魔法使いを倒すのみだね!」
シロナは俺の手を引っ張ると、魔法使いを倒すべく駆けていった。俺も気持ちを切り替えて後を追う。
それから1分後、シロナのとどめによって第二回戦は幕を閉じた。




