1回戦
試合開始まで残り1分を切った。
「アイク君」
シロナがこちらを見ずに呼びかけた。
「どうかしたか?」
「……万が一だけど、もし奥義を使う時は、私も巻き込んでくれて構わないから」
「わかった」
俺はいつもの生成武器ではなく、装備レベルギリギリの業物を2本装備している。今回、魔石は1つまでしか持てないので、武器生成にMPを消費することを考慮すると、奥義は一度しか使うことができないため、使わないと思っている。
「そもそも、奥義を使う時点で俺達の負けはほぼ確定だろうな」
「そうならないために、頑張らないとね」
シロナが微かに笑うと同時に、俺達はまばゆい白い光に包まれた。
光でとんだ視界が戻ると、赤茶色の大地をむき出しにした荒野が目の前に広がっていた。そして、視界の中央にはカウントダウンの数字。
振り返ると、白銀の鎧に身を包んだシロナの姿があった。
カウントダウンが0を刻み、試合開始を告げた。
「まずは敵を探そう」
「早くしないと、敵の魔法が完成しているかもしれないしね」
俺とシロナは抜剣せずに、二人かたまって荒野を走る。マップは50メートル四方のため十秒もしないうちに見つかると思っていた。だが、
「敵がいない……」
「隠れる場所はないのに、どうして……」
十秒以上経っても、敵の姿を捉えることはできなかった。
もう一度辺りを見回す。さっきよりももっと注意深く。でも、動く影すら目にすることができない。
その時、俺の視界の端で何かがピカッと光ったのが見えた。
「シロナ、ガード……」
言い終わらない間に、突如として足元の地面から生えた何かが、俺の背中を突き刺し、身体がいとも簡単に空中に舞った。
「アイク君!」
あまりに一瞬のことで頭の整理がつかない。とりあえず体力バーを確認すると、今の一撃で6割持ってかれていた。
地面に墜落して、更にダメージを負う。すぐに起き上がって周囲を見回すが、人の影はいない。
おそらく、相手は装備品かアイテムで、俺達から見えないように潜んでいる。しかも、魔法が届く射程内だからそう遠くない場所に。
「シロナ、連携頼む」
「了解」
ポーションを飲むのを後回しにして、俺はシロナの腕を握ると、思いっきり振り抜いた。
斬撃が水面に広がる波紋の様に、空気を切り裂いていく。
この近くに敵が潜んでいるなら、絶対にこの波紋が揺らぐ場所があるはずだ。俺とシロナは見逃さないように波紋の行く末を観察する。
すると、俺の前方20メートル程先で斬撃が何かにぶつかった。それと同時に、埃を被ったような古臭いマントが見え隠れする。
「シロナ、こっちだ!」
俺が呼びかけると、その瞬間マントの奥がさっき見た時と同じように光る。だが、地面から巨大な岩尖が現れた時には、既に俺はマントに向かってクロス・エッジを繰り出していた。
二振りの剣がマントを切り裂く。しかし、それ以上の感触が得られない。
「もう、そのマントも用済みか」
俺の数歩前でワンドを持った男が呟く。男の身代わりになったマントはただのボロ布になっていた。
スキル後の僅かな硬直を強いられる。そこに左から短剣が無音で首を目がけて突き出された。
「スケープゴート!」
シロナが俺に向かって手を伸ばす。すると、躱せずに刺された首筋から、赤黒い血のような物体が揺蕩って、シロナの手に吸い込まれた。
「……当たらないよりかはマシか」
フードを被ったアサシンが腰から短剣を補充する。恐らく先程のマントもこの男の物だろう。
「アイク君、大丈夫!?」
「ごめん、突撃しすぎた」
体力バーを見ると、スケープゴートにより、シロナがダメージを肩代わりしてくれたため、まだレッドゾーンには達していない。
しかし、俺達が二人とも手負いなのに対し、敵はどちらも無傷。ファーストアタックは完全に相手に軍配が上がった。
「アサシンは俺が戦う。シロナは魔法使いを倒してくれ」
「わかった」
俺は首にダガーを刺した男の方を向き、両手の剣を構え直した。
「どうせ殺るなら、ナイトの女の子と一戦交えたかったぜ」
「悪かったな、女の子の方じゃなくて」
「その分、殺し甲斐ってもんはアリそうだけどな!」
殺害宣言とともに、男の影が揺らいで消えた。気付いた時には既に懐に潜り込まれていた。
「っ!!」
「オラッ!」
男が逆手に持ったダガーで俺の腹を掻き切ろうとする。俺はそれを右手の剣の腹でなんとか受け止めると、左手の剣で水平に斬った。しかし、男は素早く股をくぐり抜け、俺の背後に移動していた。
「アンクル・チョップ」
男は低姿勢のまま短剣を順手に持ち替え、足首を狙った。俺はその場でジャンプすると、ドロップキックを繰り出した。伸ばした両足が運良く敵の顔面にヒットし、男が後ろに転がった。
起き上がり、敵の体力バーを見ると、1割程ゲージが減っていた。アサシンは防御力が低いため、苦し紛れの攻撃でもそれなりに有効打になる。
「今度はこちらの番だ!」
俺は片手剣を手放すと、両手に短剣を生成した。短剣使いを相手にする場合、片手剣はリーチはあるが、手数で負けるので不利になる。
俺は両手の短剣を腰にしまい、さらにもう二本生成した。
「ここで装備変更とは俺もナメられたもんよっ!」
敵が姿勢を低くし、一気に距離を詰める。俺は左手の短剣を逆手に持ち、敵の顔面を狙った。
しかし、敵が身を捩ってそれを回避する。そして、再び腹目がけてダガーをはしらせた。
俺はそれに対し、右手の短剣で敵のダガーを持つ手首を狙った。確かな手応えがあり、敵のダガーは寸前で俺に届かなかった。
「1本に2本で戦うのは卑怯ってもんじゃねえのか」
「スタート早々隠れて魔法撃つヤツに言われたくないね」
その時、嫌な気配を感じて、俺は身を屈めた。その直後、俺の頭上を青白い火炎球が、髪の毛の先を焦がして通過した。
もしかして、シロナがやられた!?と危惧したが、シロナのHPはまだ6割残っている。しかし、その体力バーの下に鈍足のアイコンが付いていた。
「ごめん、アイク君!」
向こうでシロナが謝りながら、のっそのっそと走ってくる。でも、この状況はちょっとごめんじゃ済まないかもしれない。
俺は敵二人を結ぶ直線上に移動し、安易に魔法を撃てない立ち位置を作る。下手に撃てば、同士討ちを起こしかねないからだ。
しばらくの間、俺は防戦に徹するしかなかった。
後ろを警戒しながら、眼前の敵の素早い攻撃をギリギリで対処する。しかし、そんな綱渡りのような戦いはすぐに破綻する。
敵のダガーが太腿に刺さり、HPが残り3割を切った。
そこで、シロナが追いつき、魔法使いに斬りかかった。しかし、魔法使いはワンドを一振りして、身体を覆うように透明な障壁を作った。
「シロナは魔法を防ぐことに専念してくれ!」
ひとまず、俺とアサシンのタイマンになったが、それでも分が悪いのは変わらない。ここで俺が死んでしまったら、敗色濃厚だろう。
シロナは魔法使いの前に立ち、魔法を阻止しつつ、隙あらば攻撃している。実際、スケープゴートによるハンデはほぼ無くなっていた。
……1回戦だけど、やるしかないか。
「シロナ、後は頼んだ」
俺は短く言い残すと、突き出されたダガーを避けずに、そのままフード男に抱きついた。そして、一言。
「ウェポン・トランス・リベレーション!」
唱えた刹那、俺の両手と腰にある4本の短剣が、一斉に爆発した。俺は「ふざけんな!」と怒鳴る男を更に強く抱きしめて、HPバーを真っ黒に染めた。




