ミッション
デートという名のクエストを終えた翌日の月曜日、俺は橋本先生に会議室に呼び出されていた。
放課後、荷物をまとめて教室を出る。会議室に向かう途中で見知った顔に遭遇した。
「よっ、サクヤ」
「こんにちは。というか、現実世界では初対面でしたね。はじめまして、葉月桜夜です」
「は、はじめまして、藍海空人です」
相変わらず丁寧な佇まいにこちらも調子を合わせてしまう。そしてお互い軽くお辞儀。
「えっと、その、先日は取り乱して勝手にログアウトしてしまって、すいませんでした」
「ああ、あのことは俺が全面的に悪いし、サクヤは気にしないで」
口はそう言葉を発しているが、内心はあの時に見たサクヤの姿を頭から消すことで精一杯だった。
「お詫びと言っては変ですが、今度一緒にどこかへ出かけませんか?」
「オッケー。今用事があるから、詳しい事は後日でいい?」
「わかりました」
サクヤが頷いたので、会議室に向かおうとしたのだが、
「サクヤ、顔が少し赤いぞ、風邪でも引いてるのか?」
「いえ、ただ、初対面の男の子に下の名前で呼ばれると、その、照れるといいますか…」
「あっ」
プレイヤーネームとリアルの名前が同じで同級生だから、つい呼んでしまっていることに気が付かなかった。
名前で呼んでいることに気付いて、急にこちらも照れてきた。
「そうだな……葉月さんの方がいいか?」
「あっ、その、いままで通り桜夜で大丈夫ですよ」
「わかった、それじゃ」
最後に桜夜が小さく笑うのを見て、俺は会議室に向かった。
「よし、2人とも揃ったな」
会議室にはお馴染みの3人が揃っていた。
「では早速、単刀直入に聞こう。藍海くんは白金さんとこの週末でなにか進展はあったのか?」
「家で一緒にゲームをしました」
「ほうほう……ん、んん? もしかして、それはお家デートというやつか!?」
……なんか鼻息荒くして凄いテンションで食いついてきました。
「今日はなんかテンション高いですね」
「これが、落ち着いていられるだろうか、いやいられない!」
「とりあえず落ち着いてください」
「詳しい話を聞こうじゃないか!!」
「えーと、先輩に説明頼んでもいいですか?」
「うん、わかった」
先輩は一言で引き受けると、この土日の流れをかいつまんで話した。
「つまり、先日の依頼主の女の子にセクハラをはたらいた、と」
「なんで、そこだけピックアップしてるんですか!」
「でも、君のこの土日のハイライトはそこじゃないのか?」
「違いますよ!」
「じゃあ、一体どこがハイライトだったのかな?」
「えーと、それは、どこでしょうね……」
「ということは、やはり、女の子をひん剥いて君の逞しい妄想の中で彼女にあんなことやこんなことをしていたのが、君のハイライトというわけだ! とんだゲスだな!」
「なんでそうなるんですか!というか、俺別にひん剥いてはいないですし!」
助けを求めて先輩の方を見たが、何故か悲しそうな顔をしていた。あれ、俺なにか先輩を傷つけるようなことしたか?
「お家デートまでしたというのに、君の彼氏はどうしようもない男だ、まったく」
「まったくその通りです……」
「さすがにこんだけディスられると俺も泣きたくなりますよ!」
「泣く権利など君にはない。あるなら白金さんの方だ」
先生は深くため息をついた。そして雰囲気を変えるためか話をガラリと変えた。
「さて、今日ここに二人を呼んだのは別の理由がある」
「と言いますと?」
「端的に言うと、ミッションの終了時期についてだ」
その言葉に、俺だけでなく先輩も先生の方を見た。
「ミッションの終了は来週の水曜日だ」
「つまり、ミッションがスタートしてから、丁度2週間ということですね」
「まあ、そういうことだな」
「先生、この日程に変更が起こることはないんですか」
先輩が尋ねた。その問いに対して、先生は迷わず告げた。
「ない。来週の水曜日が来ればこのミッションは終わる。もちろんそこで藍海くんが白金さんに告っても全然構わないし、それを白金さんがフッても全然構わない」
「最後の一言は余計ですね」
「しかし、その選択を彼女が選ぶ権利はあるということだ」
先生はキッパリと言った。確かに、今の関係がこの先も続くわけはないし、俺がこの現状を望んだわけでもない。だが、俺は今のこの距離感が変わるのを少し恐れているような気がした。
「まあ、とはいっても、まだ一週間以上時間はあるんだ。せめてそれまではイチャイチャするなり、恋人として楽しむように」
そして、先生は席を立つと「困ったら相談に来てくれ」とだけ言って会議室を後にした。
現在午後6時58分。俺はいつもとは違い、西口ゲートにいた。
先生が会議室を出た後、俺達は夜にILで会う約束をして家に帰った。
いつも中央口ゲートで探すのに一苦労をしているので、今回は最初から西口ゲートを待ち合わせ場所にした。ここも人通りは多いが、それでも中央口ゲートに比べると人は少ない。
程なくして、右肩が叩かれる。俺が振り向くと、冒険が楽しみでワクワクしているシロナの顔があった。
「今日はどこに行こうか?」
「ここで、シロナにお知らせがあります」
「なに?」
「チャンピオンズトーナメントはいつから始まるでしょう」
「今週の土曜日です」
「では、大会の受付締め切りはいつでしょう」
「それは……って今日の夜だ!」
「ということでまずはウエストセンターに向かう。オッケー?」
「オッケー」
我ながら情けないが、先週依頼を受けた後、俺達は話し合いはおろか、出場登録すら出来ていなかった。
俺達は西口ゲートからウエストセンターに向かった。この施設は公式非公式を問わず、大会の運営を行う場所となっている。
出場申請を行っているカウンターに着くと、長蛇ではないにしろそこそこの列が出来ていた。
「やっぱりこうなっていたか」
「これは結構待ちそうだね……」
ちなみに、列に並んでいようがいまいが、締め切りの時間が過ぎたら出場不可能なので、最悪ここでオシマイということもありえる。
締め切りは午後10時なので、間に合わないということはないと思うが、それでもやはり焦ってしまう。
「これって、プレイヤーIDを打ち込むだけだよね?どうしてこんなに時間かかってるんだろう」
「えーと、今回の大会の賞品は電子マネーと、プレイヤーの装備一式をリアルで作って配送だっただろ。だから、みんな自分の住所を入力するのに手こずっているんだよ」
入力方法はキーボードと手書き入力の2種類あるが、最近の若年層はタイピングが出来ない人がほとんどなので、みなさん手書きで頑張って入力しているようだ。
「なんで音声入力がないの?便利なのに」
「住所のような個人情報は音声入力だと、他人に聞かれる恐れがあるから使えないようにしてるんだよ」
「なるほど」
一人当たり1分半程かかっているため、列が中々前に進まない。このままだと俺達まで1時間はかかりそうだ。
「よし、並んでいる間に本番の作戦を立てよう。まず戦型だが、俺の奥義はプレイヤー相手には効果が薄いため、基本的には二刀流で戦うことになる」
「私はいつも通り長剣と片手盾だよ」
「なら、大まかな動きはシロナが敵の攻撃を凌いで、敵がスキル後に硬直したところを俺が攻撃するという感じだな」
「アイク君が攻撃している間は、私はもう1人からの攻撃から守ればいいのかな?」
「そうだな。これが近接戦の立ち回り。次は相手に遠距離攻撃を持つプレイヤーがいた場合だ。この時は、シロナが積極的にそのプレイヤーに攻撃してほしい」
それを聞いてシロナが首を傾げる。
「あれ、アイク君を守らなくていいの?」
「遠距離攻撃――――特に魔法を防ぎ続けるのはしんどいし、だからと言って俺が突っ込んでも、敵に接触する前にボコボコにされる可能性の方が高いから」
「わかった。攻める時は合図送るね」
こうして立ち回りを決めた後も、俺達はお互いのスキルの組み合わせ方や、自分の弱点を言い合い、お互いの動き方を細かく確かめた。
「やっとカウンターまで来れた……」
「長かったね……」
ようやくカウンターに到達し、視界右上に表示されている時刻を見ると、既に8時を回っていた。
「そういや、装備一式作るって言うけど、剣とかどうするんだろう」
「剣並びに武器は法律に触れる場合があるため作らない、と書いてあったな。ただ杖とかは作ってもらえるって話だが」
「魔法職の人ラッキーだね」
「あと、金属装備は超軽量合金を使うらしい」
「そうじゃなきゃ、私達着れないもんね」
俺達はカウンターにいる2人の受付NPCに、それぞれプレイヤーIDと住所を入力した。
「よしっ、申請完了!これで一安心だね」
「ああ、申請忘れてたことに気づいてほんとによかった」
「さて、無事に用事も済んだことだし、今日はどこに行こうか?」
俺は少し考え、
「……やっぱり冒険?」
「もちろん冒険!」
提案すると、即答だった。
「どうせなら、絶景が見られるところがいいな」
「アイク君はどこか行く当てがあるの?」
「よし、今回は二人で行ってみたかったとっておきの場所に行こう」
「二人で……」
シロナが少し顔を赤らめた。その理由に俺も遅れて気付く。
「いや、今のはそういう意味で言ったわけじゃ……」
「もう、そこは二人で行きたかった、でいいの!」
シロナが少し照れながら主張した。俺は頭をポリポリと掻くと、気を取り直して出口に向かった。
「じゃあ、二人で行こうか」
「うん!」