クエスト
俺達3人が足を運んだのは、東ゲートから出て1時間程走ったところにある森だった。
フィールド名は瘴気の森。
キノコ系モンスターやウーズなど、状態異常を使ってくるモンスターが多く生息している。
俺達のターゲットはこの森の主、マンティコア。
レベルは110と俺達より低いが、この討伐クエストの推奨レベルが135にまで引き上げられているのには訳がある。
この森の主に相応しく、マンティコアは状態異常のスペシャリストなのだ。
獣の周囲2メートルに入ると、瘴気によって一時的な麻痺に陥る。また、体中から猛毒を出しており、触れると強い毒状態にかかる。そして、それらの麻痺毒を体内で生成できるだけあってか、魔法耐性及び状態異常耐性はとても高い。その鉄壁の防御ゆえになかなかダメージが与えられず、苦戦を強いられるのだ。
しかし、パーティーに回復役がいれば、瘴気による麻痺を即座に解除して攻撃することができる。瘴気の効果範囲内に入った後は20秒に一回のスパンで麻痺判定がくるため、一度治してしまえば20秒は麻痺を恐れず動くことができる。
もちろん、瘴気以外にも強力な技は持っているはずだが、少なくとも回復役がいるのといないのとでは大違いなのだ。
俺達は森に入ると2,3回モンスターとの戦闘をこなし、森の主の住処へ辿り着いた。マンティコアは首を身体の方に曲げて、包まるようにして眠っていた。
ダメージを与えるか、瘴気の範囲内に入るかのどちらかで戦闘が開始するため、戦闘前に作戦をもう一度確認した。
「サクヤは魔石どんどん使っていいから、麻痺の回復に専念してくれ。余裕があったら体力の回復も頼む」
「はい」
「シロナは俺と一緒に攻撃。今回は炎龍と違って攻撃パターンが分からないから、敵の動きには細心の注意を払うこと」
「了解。アイク君は私が守るよ!」
「俺はウェポン・トランス・リベレーションでトドメを狙う。それじゃあ、サクヤ詠唱開始!」
俺の声と共にサクヤが麻痺解除の魔法を唱える。詠唱が終わった瞬間、俺とシロナはターゲットの領域に足を踏み入れた。
目に見える程に強力な瘴気が、一瞬で身体の自由を奪う。体長3メートルはあろうかという巨躯が地面に這いつくばった俺達を向き、口を開く。
「我が瘴気に立ち入った者は、全て私の供物となろう!!」
「うわっ、しゃ、喋ったよ!」
「確か、伝説では人間の顔をして言葉を話すといった設定があったはず……」
「でも、普通にライオンみたいな顔してるよ!」
「そこは運営の配慮ってことでいいだろ! 人の顔してたら気持ち悪いだろ!」
俺達はサクヤに麻痺を解除してもらい立ち上がると、それぞれ剣を抜き、盾を構えた。
これから約20秒間は麻痺になることはない。この20秒でどれだけ体力を削れるかが攻略の目安になる。
俺は戦闘前に生成しておいた装備レベル114のビーストキラーを両手に装備。店で売っているものだが<獣特攻>の追加効果があるため、マンティコア相手なら先日のアイシクルブレードよりも強力だ。
俺は頭部全損による確定即死を狙うため、マンティコアの喉元に狙いを絞る。
3人の緊張が高まり、戦いの火蓋は切って落とされた。
マンティコアが猛毒を持つサソリの尻尾を高く上げ、俺とシロナに向かって頭上から鋭く突き刺す。俺はステップで躱し、シロナは盾で防いで懐に潜る。
首を低くもたげているため、喉元は目の前にある。俺は腰を右に捻り、両腕を後ろに引いて二刀流スキル、ツイン・サーキュラーを発動。深い青に眩く剣が振り抜かれ、喉元に二筋の剣痕を刻む。そして、回転の慣性に従って一回転し更に二連撃、合計四連撃を見舞った。
敵の体力バーを見ると、今の攻撃で炎龍と同じく三段あるHPバーの4分の1近くが削れていた。やはり、素のレベルは110なので、耐性を持たない物理攻撃は通るようだ。
シロナは腰を落とし、金色に輝く長剣を構えて長剣スキル、インサイシブ・ピアスを放つ。白の光を纏った長剣が獣の横腹に深々と突き刺さる。
ここで早くも20秒が経ち、再び身体を麻痺が襲う。しかし、体制を崩す前にサクヤの回復魔法、パラライズ・ヒールが麻痺を取り除いた。
「よし、これならウェポン・トランス・リベレーションを使わずに倒せそうだ!」
「その技名、長いから省略して!」
思わぬ指摘が入ったが、実際のところ最終奥義(こう呼ぶことにした)を使わなくてもこのままいけば単純計算であと4分とかからずにケリが付くはずだ。
その後、数回麻痺を挟んだが、俺とシロナは尻尾による攻撃、火炎ブレス、体当たりなどに上手く対処し、サクヤの回復もあって、あまり体力は減っていなかった。
しかし、体力が残り一段となった時、その安寧は破られた。
俺達が麻痺によって一瞬動きを封じられた隙に、マンティコアが背中と同化していた翼を大きく広げ、空中へと飛び立った。
「こんなの、ダメージが与えられない……」
シロナが呟いた。上空5メートルの位置に羽撃く相手には、ほとんどの武器スキルではリーチが届かない。
「今は攻撃の事は置いといて、防御に専念してくれ!」
「わかった!」
シロナが盾を前方に構え、俺は二本の剣を体の前に交差して受けの姿勢をとった。
マンティコアが口を開けた。
「ブレス来るぞ!」
「了解!ファイア・カッ……」
「よくも私を怒らせたな……その身を持って後悔するがいい!!」
「そこはブレス吐けよ!」
何故かマンティコアにツッコミを入れてしまった。隣ではシロナがファイア・カットを展開しながら、空に佇む獣の顔を微妙な顔をして見ていた。
喋り終わったマンティコアが首を高く上げる。俺は剣を構え直すと、シロナに指示を出した。
「恐らく次は突進が来る」
「わかった。アイク君は私の後ろに下がって」
シロナが俺の前に立って盾を構える。その背中は俺より小さいが、防御力は俺よりずっと高い。
俺はシロナに防御を任せ、再び飛ぶ前に倒すため魔石を噛み砕いてラストスパートの準備にかかる。
マンティコアは高く上げた首を勢いよく前に突き出すと、体重をのせた迫力のある突進を繰り出した。しかし、獣の向かう先は俺達ではなかった。
「サクヤ、躱せ!!」
俺は叫んだ。しかし、元々AGIの低い回復職のサクヤが避けきれるほど甘くはなかった。
「きゃあ!!」
サクヤがマンティコアの前足に押し倒され、悲鳴を上げた。視界左上に表示されているサクヤのHPバーが急速に灰色に染まっていく。そして、バーの上に表示されたのは<猛毒>と<麻痺>のアイコン。
俺の前にいるシロナが助けるために飛び出した。走りながら突進系長剣スキル、イーグルストライクを繰り出す。刀身が鳶色に輝き、超加速でサクヤを抑えつける足へと突撃を……
「ダメだ、シロナ!!」
俺の声に一瞬シロナが反応するが、遅かった。既に発動したスキルが否応なくシロナをマンティコアの足元まで運ぶ。そして、残り2メートルの距離に入った瞬間、シロナの身体を麻痺が襲った。
シロナの動かない身体が慣性で動き、長剣が力なく足に刺さった。しかし、マンティコアはピクリともせず、サクヤを抑えながらシロナに向けて火炎ブレスを吐こうとしている。
どうすればいい? 思考が加速され、周りがスローモーションに見えてくる中、俺は打開策を考えた。刹那、解決案が頭の中に描かれる。
かなりむちゃくちゃだが、やるしかない。俺は覚悟を決めると、剣先で右手の甲を浅く切った。
切り口からダメージエフェクトの代わりに血のような液体がとめどなく出てくる。そして、液体は徐々に形を作り、俺のHPが半分削られたところでそれは完成した。
目の前に現れたのは、姿形そのままのアイクのアバター。幻影クラスの熟練度1000で習得可能のスキル、分身――――体力の半分を分け与えることによって、一時的に自らの分身を生成することができる。作り出された分身はスキルが使えず、回復効果も受け付けないが、状態異常も受け付けない。
ただし、制御には意識を集中させないといけないので、分身を使っている間はほとんど本体のアバターが無防備になる欠点があるが、今は関係ない。
俺は分身に全神経を集中させ、出来る限りの速度で分身を走らせた。
マンティコアの顎から煌々とした光が漏れ、シロナに火炎ブレスが放たれた、その瞬間。
俺の分身が炎の行く手を阻んだ。分身の体が灼熱の炎に包まれ、分け与えたHPが物凄い勢いで減っていく。
だが、分身は止まらない。炎を一身に受けながら、マンティコアの両の瞳にビーストキラーを突き刺した。
マンティコアがブレスを止めて、首を左右に大きく振って痛みに耐えかねる様子をみせた。今しかチャンスはない。
俺は役目を終えた分身から意識を離すと、自らの持つビーストキラーを2本ともマンティコアめがけて投擲した。一つは首の付根に、もう一つは運良く頬に刺さった。
全ての状況が整った――――――――
「ウェポン・トランス・リベレーション!!!」
魔石で回復したばかりのMPが一瞬にして空っぽになり、その後マンティコアの首の付根から、頬から、そして両の瞳から爆発が起きた。
マンティコアが人語がどうか分からない声を上げ、首から上が爆散した。それに続いて即死判定が入ったことにより体全体に細かいヒビが入り、頭と同じ結末を迎えた。
「シロナ、サクヤ、無事か!?」
俺は煙風冷めやらぬ中、今は亡きマンティコアの跡に向かった。しかし、そこに二人の姿はいなかった。
まさか、今ので二人諸共やってしまったか……と不安ながら煙が晴れるのを待ち辺りを見回すと、二人はそれぞれ別方向に吹き飛ばされていた。
どちらに行こうか迷い、体力の少ないサクヤの方に向かう。サクヤは抑えつけられていた位置から10メートル程も離れた場所にいた。
「サクヤ、大丈夫か!!」
その言葉に反応してサクヤが顔だけ上げた。上に表示される体力バーの横に<猛毒>と<麻痺>のアイコンがまだあったので、先に猛毒解除のポーションを使ってあげたのだが、
「……」
「アイク、どうかしましたか?」
「い、いや、その、なんでもないよ」
実際、何でもないわけがなかった。
というのも、サクヤは現在、ファンタジー感のある純白の修道服を装備しているのだが、先ほどのマンティコアの襲撃で服がボロボロになっており、特に前足で抑えつけられていた胸元は他の部分に比べてより一層はだけており、中学生男子が見るには刺激的すぎることになっており……
「……」
「あの、なんで明後日の方向を向いてるんですか?」
修道服から覗く慎ましやかな胸が脳裏に焼き付いて離れなかった。てか、オリジナルアバターって事は、あれはまさにリアルの体………!!
理性がマンティコアの如く爆散しそうになったので、俺は急いでシロナの元へ行った。こっちは麻痺こそ残っているものの、幸い7割近く体力が残っていた。
「シロナは大丈夫か?」
「私は平気かな。サクヤちゃんは大丈夫なの?」
「猛毒解除したからひとまずは心配ないけど、麻痺解除のポーション持ってなかったから、まだあそこに倒れてる」
「にしても、さっきはビックリしたよ。なぜかアイク君がマンティコアに突っ込んでいったと思えば、直後にもう二本後ろから剣が飛んでくるし、爆発するし」
俺は先程使った分身のことを話そうか迷ったが、今は話さないことにした。
「よしっ、麻痺も解けたしサクヤちゃんのとこに行こうか」
シロナは土埃を払って立ち上がると、サクヤの元に走っていった。その直後、
「サクヤちゃん! 服、服!」
「えっ、服?」
同じく麻痺から解放されたサクヤが立ち上がり、自分の装備を確認した。
「ええっ、あっ、やっ、ああっ、」
「落ち着いてサクヤちゃん、悪いのはあの男の人だから」
「えっ、俺!?」
いきなり容疑をかけられ狼狽える。いや、確かに吹き飛ばしたのは俺だけど……
「その……見ましたよね?」
サクヤが両手で体の前を隠しながら訊いてきた。その顔は先日告白した時よりもずっと赤くなっていた。
そんな彼女の様子を見て、不器用な俺は、
「見てない、と言えば嘘になります……」
バカ正直に答えてしまった。
「アイクのエッチ」
サクヤがそっぽを向くと拗ねたように言った。