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失態

 現在7時2分。私はILにいました。


 前回強制ログアウトしたケーキショップに戻るわけにもいかないので、最近の癖からか中央口ゲートを選択します。


 ゲートに出現すると、特にすることもない私は少し考え、


(もし、依頼が終わってたら、これから話せないかな)


 アイク君を探してみることにしました。


 通りの真ん中でキョロキョロ探しても邪魔なので、通りの端に出ます。


 すると、目の前15メートルぐらいのところに、アイク君らしきプレイヤーが見えました。


(今回は肩をたたいた後にほっぺたを挟み込もうかな)


 そんなことを思いながらアイク君の方へと歩き始めた時、黒髪の女の子がアイク君の肩をたたきました。


(もしかして、これから依頼スタートなのかな)


 振り返ったアイク君と女の子が互いに挨拶をしているように見えます。どうやらそのようです。


(これからどうしよう。アイク君が依頼こなしてる姿も見てみたいな)


 そう思った私は、二人のことを尾行することにしました。


 二人は軽い会釈をした後、私がいる方とは逆方向に歩いて行きました。15メートル程間隔を開けて、私もついていきます。


 二人はなにか話しているようです。と、ここで女の子が俯いてしまいます。おそらく、アイク君が無神経な事を言って気を悪くさせたのでしょう。


 しかし、次の瞬間、女の子がアイク君に向かって眩しいほどの笑顔を向けました。アイク君、君は一体何を言ったんだ!? というか、女の子が普通に可愛い!


 手こそ繋いでいないものの、もう彼氏彼女の仲にしか見えません。由々しき事態です。


 すると、前を歩く二人が路地の方へと入っていきました。見失ってはいけないので、私もあわてて後を追いかけます。


 2、3回路地を曲がった後、二人が歩くのを止めました。どうやら、目的地に着いたようです。


 私は曲がり角に隠れて、アイク君たちを観察することにしました。現実なら、普通に犯罪です。周りにあまり人がいないおかげで、ちらほらと会話が聞こえてくるかと思いましたが、口が動くのが見えるだけでした。


 むしろ、隠れているのがバレてしまうかもしれないといったデメリットの方が大きいです。なんで、私は隠れ身スキルをとっていないんだ!


 ちらほらと路地を通る人が私のことを怪しがりますが、今は背中に刺さる視線に耐えなければなりません。


 その時、二人のいる方から女の子の声が響いてきました。


「その、私とデートしてもらえないでしょうか!」


えっ、ちょっとまって、もしかして依頼ってデートして欲しい、ってこと!?


 私は祈りました。お願いアイク君!首を縦に振らないで!!


 そんな私の期待がある中、アイク君は突然の事に困ったように照れています。そして、彼は首を……縦に振りました。


 私の恋心が音を立てて崩れていきました。青春、ジ・エンドです。


 いや、でも、いくら現実とILが別だからって、現実で彼女がいるのにILで他の人と付き合うなんてことはアイク君はしない!……はずです。でも、今現場を見てしまいましたし……


 その時、今起こった出来事の説明がつかなかった私に、ある可能性が浮上しました。


 デートクエストです!それなら、今の出来事も全て辻褄つじつまが合います!


 恐らく、クエストの起動がどちらかのデートの勧誘とかなのでしょう。いや、そうに違いない。


 私に残された唯一の可能性、デートクエスト。その最後の希望がバラバラになった恋心を繋ぎあわせていきました。


 辛うじて復活した私は二人の観察を続けました。二人は頭にクエストマークを生やしたおじいさんの話を聞いているようです。


 しばらくすると、二人は家から出てきました。そして、私がいる方と反対方向の路地へと進んでいきました。


 尾行再開です。あまり人通りの少ない路地なので足音が響かないよう慎重に歩きます。


 二人が次に向かった先はこの世界では珍しい青果店でした。中でりんごとイチゴを買っているようです。どうやら、デートクエストの線は濃厚になってきました。


 すると、店を出てきたアイク君が女の子の手を握ると走り始めました!もしかして、尾行していたのが気づかれた!?


 ここで尾行を終えるのはいけない気がしました。私も彼らの後を追いかけました。幸い、彼らは二人で走っているのに対し、私は一人なので離される心配は少ないです。


 その時、アイク君たちが急に進路を変えて、小さな路地へと駆け込みました。


 路地の曲がり角では見失う可能性があります。急いで私も路地へと入ろうとした時、


「きゃっ」


 女の子の小さな悲鳴とともに、バタッと倒れる音が聞こえました。おそらく、手を繋いだまま急に曲がったので転んでしまったのでしょう。


 私は走るのをやめて、そーっと角から顔だけを覗かせて路地を見ました。


 そこには、転びそうになった女の子をアイク君が受け止めて倒れている姿がありました。つまりは、女の子は今アイク君の胸にいだかれています。


(えっ、なにこの展開!? 女の子羨ましい!!)


 私が目の前の光景に思わず固まっていると、女の子がアイク君の胸から顔を上げました。そして、眼前のアイク君と目が合います。


 女の子は耳まで真っ赤になりました。同じく、アイク君も赤面します。…………。


 なんで、いつまでもアイク君の上からどかないのでしょう! なんで、お互いに見つめ合っているのでしょう! 答え一つしかないじゃないですか!!


(絶対アイク君、ときめいちゃってる!!)


 私はその場から逃げるようにして立ち去りました。そして、しばらくしてふと気付きます。


(あの状況を招いたのって、全部私じゃん……)


「やってしまったっ!!!」


 私は通りの真ん中で大声で叫ぶと、その日の尾行を終わりにしました。




 翌日、私は橋本先生に相談するため昼休みに会議室に向かいました。

 

 ドアを開けると、既に橋本先生が座っていました。


「迷える子羊よ」

「小ネタはいいんです!とりあえず、話を聞いてください」

「はい、聞きます」

「急に素直ですね……その、昨日アイク君に思いを伝えようとしたんですけど、他の依頼が入ってしまったらしく、できなかったんです」

「タイミングが悪かったのか」

 そんなこともあるだろう、と先生はうんうん頷きます。


「それで、一人でILに入ってたら、偶然アイク君を見かけて」

「それはいくしかないね!」

「いこうとしたら、知らない女の子がやってきて、アイク君と一緒に行っちゃったんです!」

「NEWCOMER!!」

「アクションゲームじゃないんです!というか、そんな軽いノリで新しく女の子が増えても困るんです!」

「ということは、男の子ならオッケーなのかな?」

「余計にダメです!」

「つまり、アイク君にはぼっちでいてほしい、と」

「なんで、そうなるんですか!」


 やっぱり、話が進みません。


「まあ、知らない女の子といっても、おそらく依頼者で、別にアイク君の恋人というわけではないだろう」

「はい、先生の予想通り依頼者だったんですけど、依頼内容が……デートクエストでして」

「大変面白いことになってきたね!」

「なにも面白くないです!それで、どんな感じで依頼をこなすのか気になって、少し後をつけてみたんです」

「付き合ってもいない男の後をつける女とかこっわ」

「いや、はい、今考えると普通にストーカーですよね……私最悪ですね……」

「あっ、えー、その、つけることは悪いことじゃないぞ?」


 珍しく先生がフォローに回ってくれました。でも、今の発言は全然フォローになってません。


「その、つけたことで何かわかったのか?」

「いえ、途中で尾行がバレまして…」

「白金優奈の初恋は終わった、と」

「違います! バレて、走って逃げられたんです。それで後を追いかけて……」

「完全に悪役だね」

「ううっ、そうですよ。昨日は完全に私が悪かったです……」

「いや、白金がそうした気持ちもわかるし、私は白金の味方だから。な?」


 なんというか、橋本先生はあまりフォローが上手じゃないんだな、と思いました。


「で、後を追いかけてどうなったんだ」

「逃げていた二人が路地へと入った時に女の子が転んでしまったらしく、私が路地を見た時にはアイク君が女の子を抱きしめて倒れていました」

「体を張って女の子を守るなんて、アイク君イケメンだね!」

「それで、女の子が顔を上げてアイク君を見て真っ赤になって、アイク君も顔を赤くして……」

「恋に落ちてしまったんじゃないか、と」

「はい……」


 先生は足を組み替えながら考える仕草をとった。


「つまり、整理すると、君が勝手にアイク君をつけてそれがバレて、最終的にその女の子の恋を発展させてしまった……ハハッ」

「言ったそばから半笑いはやめてください!」

「だって、私欲で尾行した挙句に自分のライバルを作ってしまったんだよ? 自業自得もいいところじゃないか! もう、不器用とか通り越してただのバカだよ!」


「もう、先生には二度と相談しません!!」


 ……涙腺が崩壊寸前でした。


「ごめん、さすがに今のは私が言い過ぎた。こんな私だが、何かあったら相談してくれ。というか、相談してもらえなかったら続き聞けないし……」

「本音が漏れてますよ!」

「とにかく! この状況は君にとってかなりマズイ。下手すれば、現実のお付き合いが終了した途端に、リアルでもその女の子と付き合いかねない」

「そ、そんな……藍海君ひどい」

「勝手に藍海君を悪者にしないでね。藍海君のことが好きなら信じてあげてね」


 先生はポニーテールを解くと、真剣な顔つきになった。


「それでは、こちらも作戦を考えようじゃないか」


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