二つの組織
ーーそれは、ノーウェイが上陸する2日前の事。
港町タブシーポから東へ向かった場所。そこにあるのは都市アリソティア王国。
王国の中央に位置する堅牢な城。その城内の会議室にて、数人の人影が卓上の地図を眺めながら何かを話し合っていた。
「……この港町タブシーポは我々、アリソティア領内に位置している」
地図を指し示し、そう語るのはアリソティア王国の知将マークロ・エディエヌである。優秀な神官でもある彼は国王の右腕として有名だ。
「ーーしかし、最近不穏な情報を手に入れた」
「不穏な情報?」
マークロの言葉に首を傾げるのは、水色の髪を二つに結わえた少女。年の頃は16歳程、その身にまとうスケイルアーマーから彼女が戦士であることが見て取れる。
彼女こそアリソティア王国特殊部隊の若き隊長、エリア・リエルアだ。
「あぁ、実はタブシーポ領主の暗殺が画策されているらしい」
「暗殺!?」
「……そりゃ穏やかじゃねぇ話だな」
「である」
驚愕するエリアに続いて呟くのは、床まで届く長髪が特殊の男と、呪い師風の恰好をして仮面をつけた中性的な声の人物。
長髪の男の名はサーモス、仮面の人物はルパッチと言う。どちらもエリア率いる特殊部隊のメンバーだ。
「恐らく暗殺を依頼したのは、我が国と対立関係にあるカンピス帝国だろう。そしてそれを実行するのは……暗殺教団スヴァルジルファリで間違いない」
「スヴァルジルファリ……ですか」
エリアが苦虫を噛み潰したような顔になる。暗殺教団スヴァルジルファリとは報酬次第で、どんな依頼でも引き受ける暗殺者集団のことだ。彼女も立場上、何度もその構成員と交戦している。そして、その構成員にはお世辞にもマトモと言い難い者が何人もいた。
「レイカ・ガエンワーとかは勘弁してほしいな……」
「全くであるよ」
サーモスとルパッチもうんざりとした様子だ。暗殺者レイカ・ガエンワーの卓越した水魔術に彼等は非常に苦しめられた思い出がある。
「それともう一つ注意して欲しいことがある。……この情報を得たのは私の密偵だ。その彼女がタブシーポ近海で鮫の魔物に襲われた」
「鮫の魔物……」
「あぁ。彼女はその魔物に対してギリタブリルの毒を使って難を逃れたんだ。だが彼女曰く、鮫は驚いただけで死んではないらしい」
「それは本当であるか?」
マークロの言葉にルパッチが驚愕の声を上げる。ギリタブリルとは半人半獣の蠍の魔物で、その毒は緑色に燃え上がり浴びた生物が跡形もなく溶けるほど強い毒性を持っているという。
つまり、それを浴びてもなお原形を保つその鮫は非常に強力な魔物だと言うことになる。
ーーが、実はギリタブリルの毒は非生物には効かない。ノーウェイの身体は脳以外全て人工物で出来ていた為に効果がなかったのだ。
そんな事を知らないエリア達はスヴァルジルファリ以外の注意するべき存在に気を引き締める。
「君達にはタブシーポ領主の護衛をして欲しい。彼は人魚と友好関係を結んでいる希有な人物だ。彼によってアリソティアの航海の安全が他国よりも保証されていると言ってもいい。何としても暗殺を阻止するのだ」
「はい!」
「了解だ」
「かしこまったのである」
* * * *
アリソティア王国にてエリア達の会議が行われているのと同時刻ーー
そこは破棄され荒れ果てた教会。留め具が外れているのか壁に掛けられた十字架は逆さになり、床も数カ所崩壊している。
この場所こそ、暗殺教団スヴァルジルファリが各地に持つ支部の一つである。
「了解しましたわぁ。くふふぅ、このレイカ・ガエンワー必ずやタブシーポ領主暗殺果たして見せますわ!」
ビキニアーマーに身を包んだレイカ・ガエンワーはクルリと身を翻して教会から立ち去っていく。その後ろ姿を眺めるのは軍服を身にまとう男と甲冑を着た少女だ。
男は顔に豊かな髭を蓄えているが、その肌はまるでミイラのように乾燥しボロボロだ。彼は教団の幹部で、その名をラグタンと言う。
少女の方は重厚な甲冑をガシャガシャと鳴らしている。髪は美しい金色をしており、その顔立ちはレイカを少し幼くしたように見える。彼女はヒメラ・ガエンワー。その名からも分かるとおりレイカ・ガエンワーの妹だ。
「……姉様よりも私の方が上手く殺れると思うのですが」
「同士ヒメラよ、それは儂が決めることだ」
「……申し訳ないのです」
ラグタンは頭痛を堪えるように手を額に当てる。優秀であるが故に驕り高ぶった姉と、彼女に馬鹿にされるがために強い嫉妬心を持つ妹に彼は悩まされていた。
「上客の依頼だ、是が非でも成功させねばならん。特に忌々しい王国の特殊部隊に邪魔されるのだけは避けねばな」
「……理解しているのです」
不満そうなヒメラにラグタンは嘆息する。と、その時ーー
「大変そうじゃなーい?ラーグーターン?」
歪で不快な声にラグタンとヒメラは同時に顔を入り口に向ける。
そこに立っていたのは奇怪な風貌の男。仕立てのいい燕尾服に頭を覆う不気味な覆面。それはツルツルとした生地に人間の唇のような装飾がいくつも施されている。その男の名をラグタンは知っていた。
「貴様……マウス・トゥー・マウスかっ!?」
「んふふふ……ヤダなぁ、もっと気軽にマトゥーマって呼・ん・で・よー」
ーーマウス・トゥー・マウス。それは、殺害した相手の唇を次々と奪う猟奇殺人鬼の名だ。
「……殺人狂が我々スヴァルジルファリに何の用なのです?」
「あーれぇー?君はー、優秀なおねーさんに隠れて影の薄ーいヒメラ・ガエンワー?いい唇してるねー」
「……殺されたいなのですね、お前」
「よせっ、同士ヒメラ!!」
ラグタンの制止も聞かず剣を抜きマトゥーマに斬りかかるヒメラ。だが、その顔はすぐに驚愕の表情を浮かべる事となる。
「なっ……!?」
「うーん、その驚いた唇もいーねぇ」
ヒメラの剣はマトゥーマの身体を斬り裂く事は無かった。彼の構える短剣ーー峰に凹凸を持つソードブレイカーと呼ばれる代物ーーによって、その刃をへし折られていたからだ。
困惑するヒメラの頭を抱えるマトゥーマ。そのまま彼は物凄い力で彼女を引き寄せると、その唇に自身の口を重ねた。
「っ!!?…………あ゛っ」
次の瞬間、彼女の身体から力が抜ける。マトゥーマは彼女に突き刺したソードブレイカーを引き抜くと、その身体をゴミのように放り投げた。うつ伏せに倒れたヒメラから流れ出す血がラグタンの靴を汚す。
「マウス・トゥー・マウス……貴様」
「あーあーそうそう、何で私がスヴァルジルファリに来たかって話だよね」
マトゥーマは懐からビンを取り出すと、口からボトリと何かをその中に吐き出した。そうして再びそれを懐にしまうと口調を真面目なものへと変える。
「困るんだよね、タブシーポの領主殺されたら。あれは私のエ・モ・ノーッ」
そう言い放ったマトゥーマは笑い声を上げながら教会から飛び出していく。ラグタンは最悪な事態になったことを確信し、頭痛に顔をしかめた。