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THE DICE IS CAST  作者: 鍛冶屋マグロ
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プロローグ

 ーーレイカ・ガエンワーの名は裏の世界では、それなりに有名である。


 美しいブロンドの縦巻きロールと端正な顔立ち、希少価値の高い『水龍の鱗』を使って造ったビキニアーマーを豊満なボディに身に纏った彼女は、水を自らの手足のように操ることができ、ソレによって数々の命を冥府へと送り出していった。


 元は亡国の貴族の令嬢だとも噂されているが、その真相へ迫ろうとした者達は、皆等しく彼女の手で深淵へと引きずり込まれた。


 彼女のその首には莫大な賞金が掛けられているにも関わらず、未だ誰もその賞金を受け取ることが出来ていないことからも、彼女がどれほどの力を持っているのかという事が伺い知れる。


(そう、ワタクシはレイカ・ガエンワー!誰もがワタクシの前では塵芥に過ぎない……!)

(なのに……なのにっ!)




『シャッシャッシャッ、どうしたどうしたお嬢ちゃん?俺の命にはまだまだ届かんぞ?』




(……どうしてコイツは死なないのですわ!?)


 それはボロボロのフードを目深に被った巨漢。彼女が操る水の槍を意図も容易く、その上一歩も動く事なくかわしてのけている。


 屈辱に歯噛みする彼女を煽るように、フードの男はユラユラと亡霊のように身体を揺らし、低音と高音の混じった奇妙な声で笑う。


『シャッシャッシャッ、シャッシャッシャッ』

「アアアアッ!!このワタクシをコケにしやがんじゃありませんわよっ!」


 激昂したレイカの目が赤く光る。すると、それに呼応するように彼女の身体に水が蛇のように巻きついた。ソコから次々と水弾が発射され、地面を、岩を、樹木を易々と抉り、削り取っていく。


 しかし、男はこの攻撃を寝転がりながらゴロゴロと転がって回避する。男は更にレイカを煽る。


『シャッシャッシャッ!冷静に、もっと冷静にいこうぜお嬢ちゃーん。焦っても何もいいこと無いぜぇ?』

「馬鹿にして……馬鹿にしやがってんじゃないんですわぁぁっ!!」

『シャッシャッシャッ、シャッシャッシャッ』


 噛みしめ過ぎて血が吹き出した唇にも構わず、レイカは更に水弾を連射、さらには彼女の背中から飛び出した鞭のような形状の水が、男を打ちのめすべく出鱈目な軌道を描き襲いかかる。


 だが、やはり男は寝転んだ姿勢のまま高速で転がり、彼女の攻撃をことごとく回避してのける。その時ーー



「くふふぅ……今ですわぁっ!」



 回避し続けている内にいつの間にか湖の近くへと転がっていた男は、突如湖面から飛び出してきた大蛇ーー否、レイカの力によって大蛇の形状をとった水によって、あっと言う間に水中に引きずり込まれていった。


「くふふふふふぅ……まんまと引っかかりましたわねぇ、お馬鹿さん?くふふぅ……」


 口に手を当てほくそ笑むレイカ・ガエンワー。


 何と言うことだろうか、冷徹かつ計算高い彼女は激昂した振りをしつつ、男を正確に湖の近くに誘導していたのである。この冷静な思考こそ、彼女が殺伐とした裏世界で名を馳せている所以である。


(今頃あの男は水中で窒息している事でしょうわねぇ……。くふふぅ、ワタクシを馬鹿にしやがった報いはキッチリ受けてもらいますわぁ)


「さて、と……前座で少々手間取ってしまいましたが、そろそろ……」


 と、そこまで呟いた時、レイカは何かが湖面に浮かぶのを視界の端に捉えた。それは、湖底へと沈んでいった男が纏っていたボロボロのローブだった。


「あらあら、そうですわね……ワタクシを手こずらせた希有な男でしたし、記念にするのも良いかもしれないですわね?」


 レイカは湖に腰まで入ると水を操り、ローブが浮いている中央付近へと滑るように進んでいった。そして、ローブへと手を伸ばしーー




 ーー次の瞬間、彼女は湖を見下ろしていた。




「え?」

『お前の言葉は2つ程訂正する個所がある』


 その声、低音と高音が混じった滑稽ながらも不気味な声を耳にしたレイカの背に悪寒が走る。湖面を見れば何かが水飛沫を立てて水面下へと隠れていくのが見えた。


『まず、俺に対して男という形容詞はあまり正しくない。どちらかと言えば雄ってのが正確だ』


 レイカの身体は重力に従い、それが手ぐすね引いて待っているであろう湖へと落ちていく。上空へと打ち上げられた際に肋骨が数本砕けたのか、激痛で水を操ることも出来ない。



 彼女は生まれて初めて水を恐れた。



『そして何より、生憎俺は馬鹿じゃあない。俺がワザと策に乗ってやってる事に気づかないお前が阿呆なんだよ、お嬢ぉぉぉぉちゃん?』

「くふぅ……」


 それが彼女ーー暗殺者レイカ・ガエンワーの最期の言葉となった。彼女は呆気なく、実に呆気なく、湖面から飛び出した巨大なあぎとによってその命を血飛沫と共に散らした。


『シャッシャッシャッ!シャッシャッシャッ!』


 それは愉快そうな笑い声を上げて、水中で巨体を捩らせる。三角形の背鰭、口内にずらりと並ぶ鋭い牙、身体の側面にある三日月型の鰓。


 それは軟骨魚綱板鰓亜綱に属する、ある魚類に見られる特徴である。すなわちそれ、つまり彼の正体はーー









『シャッシャッシャッ!シャッシャッシャッ!』


 ーーさめである。

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