二品目『夢の中でも君に見とれて』
おっ、おぅおぅ。
旦那ぁ、また会いやしたねぇ。
いやー、この間は驚きやしたよ。
目の前でスーッっと消えていくもんでさぁ…。
後で気がついたんですがね?あぁ、旦那ぁきっと現で目覚めたんだな、ってね。
ん?昨夜はそんなに長い時間話を聞いていたわけじゃなだろうって?
そりゃ旦那。ここは現からは離れて夢に近い場所なんすよ?
よくあるんじゃないですかい?
とてつもなく長い夢を見ていたはずなのに目覚めて時刻を確認すると半刻も経ってない、ってことがさぁ。
ここは時間の流れも位置も不安定でしてね、旦那が数歩その場所から離れると現では遠い遠い場所に位置したりするんでさぁ。
あんまり離れるともしかすると…へへっ。
旦那ぁ、体に戻れないかもしれやせんよ?
あぁ、そんなうろたえんでくだせぇ。そこから動かなきゃあいいわけですからね?
なんですかい?こんな上も下もわからないような真っ黒な世界じゃあ、気づかずちびちび動いてしまっててわからない?
旦那も心配症ですねぇ、でも安心してくだせぇ。
今日は椅子を用意しておきましたんで、ずっと立ち話っていうのもなんでしょう。
ササッ、座って座って…。
それで…今日はどうしやす?
えっ、また喰った夢の話でいいんですかい?
旦那も趣味の悪い人ですねぇ、へっへへ。
あぁ、そんなに怒らないでくだせぇ、へっへっへ。
さて、今日はこの夢にしやしょうかねぇ?
…
この夢を観た男はね、夢の中でも職場で仕事をしていたんですわ。
なんとも仕事熱心な男ですねぇ、いやぁ感心しますねぇ。
男はレジカウンターの中に居やしてね、そこから真正面にしゃがみこんで商品を陳列している男がいましてね。
夢を観ている男の上司にあたる立場、店長さんなんだそうですわ。
店の中にはお客はあまりいないようでして、男の視界の中には店長さん以外誰もいない。
暇を持て余していたらお客さんが入店する気配を感じたらしくてね、入り口の方を向いたんでさぁ。
…え?気配なんてわかるのかって?
職業病っていうんですかねぇ?まぁ気配だけでなくとも足音や持ち物がたてる音でわかるんでしょうなぁ。
でもねぇ、その時入店してきたお客さんは物音ひとつ立てずに入ってきてましてね。
入り口の方を向いた時にはすでにカウンターの近くまで来てたんでさぁ。
男は反射的にお客に『いらっしゃいませ』といって顔をみてギョッとしちまったんですよ。
なんでかっていうとですね、そのお客…女だったんですがね?
まるで生気がない、肩までのびた髪の毛のせいなのか、それとも俯き加減のせいなのか、店の照明の影響なのかわかりゃしないんですが…顔を影が覆ってましてねぇ。
瞳も焦点があっていないようでして、表情もない。
そんな不気味な客がまるで滑るようにカウンターにやってきて商品を置いたんでさぁ。
男は驚きと不気味さを感じながらも機械のように接客をして、支払い金額を告げるとねさぁ、不気味な客はキチンと支払いをしてまた入ってきたときと同じように足音ひとつも立てずに帰っていったんですよ。
不気味な客の姿が見えなくなってから男は思わず店長さんに話しかけたんですよ。
そしたらね、店長さんは眉を少し潜めて男にこういったんですよ。
「あのお客さんね…知ってるよ。配達にもたまに行くんだけど…そこがいわくつきなんだよねぇ」
店長さんの言葉に男は喰い付いて詳しく話を聞いたんですね、そしたら…
「あそこはなんていうんだろうね…孤児の施設といったらいいのかな?さっきのお客さんが孤児達の世話をしてたらしいんだけど。理由はわからないけど孤児達はみんな亡くなってしまってね。お客さんもそれからおかしくなっちゃたらしいよ。それだけじゃなくて…孤児達がまだそこから離れられないみたいでね…なんか二階は安全らしいんだけど。」
店長さんはハッキリ言わなかったんだけどねぇ、男には十分すぎたみたいでして。
簡単にいっちまえば孤児達の亡霊が居ついた配達先って事でさぁ。
そのうち君もいくだろうからって店長さんが件の配達先の大体の場所を教えてくれたんでさぁ。
そんな話をカウンター越しに店長さんとしていたらまた別のお客さんが入店されましてね。
二人で『いらっしゃいませ』といってそちらを見たんだけどもね。
男はそのお客さんに思わず見とれちまったんでさぁ。
綺麗で長い黒髪で眼鏡をかけた若い女性で、スラリとした華奢な体でしてね?
男の好みの女性だったんだなぁ…。
その黒髪さんがね、まっすぐ男のいるカウンターへ歩いてきたんでさ。
黒髪さんはニッコリ微笑むとこれまた愛らしくてねぇ、男はどぎまぎしながらも目は黒髪さんの顔から話せない。
こりゃあ、一目惚れってやつですなぁ、へっへっへ。
「配達をお願いしたいんですけど」
黒髪さんが男に配達を依頼してきてね、男は鼻の下伸ばして二つ返事で了解したんでさぁ。
良かったんですかねぇ、ホイホイ受けちまって。
男は黒髪さんから詳しい内容を聞くことにしたんでさぁ。
地に足着かないような浮かれっぷりでしてね、電話番号と住所、近くに何があるかとか聞いてるうちにね、男は『おや?』っと思った。
最後に黒髪さんがね、男に言ったんですよ。
「必ず二階から納品して下さい」ってね。
男は地面に叩き落されるどころか地中深くにまで沈められたような気分になったんですわ。
表情も気づかない内に曇ったんでしょうねぇ、黒髪さんの笑顔も曇りましてね?
そうなんですよ、その黒髪さんが依頼した配達先はね、さっき店長さんから聞いた件の配達先なんですよ。
「ご存知なんですね…」
黒髪さんが悲しそうな笑顔で男に話しかける。
男は思わず黒髪さんに質問しちまったんですわ。
『君はその配達先とどういう関係なんだ、そこで仕事しているならどうしてそんなとこで…まだ若いし他のところでもいくらでも働けるだろう』ってね。
もう仕事とか関係なしに感情に任せちまってましてねぇ。
そしたら黒髪さん、顔を俯かせて話だしたんでさぁ…。
その施設でまだ孤児達が存命だった時からその黒髪さんは働いていたらしいすわ。
でもあるとき不幸な事故があってね…あぁ、事故については詳しくは話してくれなかったんですわ。
まぁ、孤児全員が亡くなっちまったらしくてねぇ…それまでは笑顔溢れていた運営者の女性も気が触れてしまったらしいんですわ。
ええ、そうでさぁ…あの生気の無い女性なんでさぁ。
以来、その配達先の一階ではね、いるはずのない孤児達が遊んでるわけでさぁ。
事故の後の後片付けもまともにできてないらしくてねぇ、薄暗い中子供達の目だけが光って動いてるらしいんでさぁ。
そこまで話して黒髪さんは口を噤むっちまった。
男もなんと言葉をかけていいかわからなくてねぇ…。
やるせなさと切なさが胸にこみ上げてきてねぇ、思い切って黒髪さんに言おうとしたんでさぁ。
そこへ突然レジに支払いしにきた男性客がきましたね、黒髪さんは先にその男性客に会計してあげてと少し横に移動したんですわ。
横目で見てたんでしょうかねぇ?
店長さんがすぐに黒髪さんの接客を始めたんですわ。
男は自分が最後まで接客したくて焦りと男性客の客の会計を急いだんですね。
男性客が差し出したのは建築用のコンパスひとつ。
バーコードリーダーで商品を読み取ると早く終わらせたい一心で金額を読み上げたんですわ。
「42,135円になります」
読み上げた後に男性客と男は同時に『ええっ!?』とレジスターを見たんだわ。
男はすぐにコンパスを手にとって繁々と値段を確認したんですわ。
そしたら12,435円って値札が貼ってあるんですよ。
男は『会社の本部の連中が商品登録する時に金額間違えやがったな』と憤ってねぇ。
すぐに男性客に謝罪して正しい金額でレジスターを打ち直したんですね。
そしたらね、早く終わらせたいのに男性客が
「これは正しく綺麗な円が描けるのかね?」
と聞いてきたんですわ。
男はコンパスだから当然だろう、くだらない事きいてくるんじゃないと少しイラつきましてね。
即座に『はい、描けますよ』と即座に答えたんでさぁ。
情けないですよねぇ、いい歳こいた男が自分の都合でさぁ、へっへっへ。
男性客の会計が終わって、間に合ったかどうか確認するために店長さんの方を向いたんですね。
そしたらとっくに接客は終わっていて黒髪さんは帰った後でさぁ、店長さんが男の考えていた事を見透かしたかのようにニヤニヤ笑いながら言うでさぁ。
「配達、オレがいくから」
男が落胆してたら、そこで夢から覚めたんですわ。
いやぁ、それにしてもこの男、現でも黒髪さんに恋焦がれてるんでしょうねぇ…。
きっと顔に出てたんでしょうねぇ、案外…黒髪さんも気づいているのかもしれねぇですなぁ、へっへっへ。
おや、旦那…また体が透けてきている。
現はもう朝なんでしょうなぁ。
さぁ、目を覚まして今日も一日がんばってくだせぇ。
女に鼻の下伸ばして仕事をおろそかにしちゃぁダメですぜ?
それじゃぁ、いってらっしゃい…へっへっへ。