天然系ヒロインの恋愛事情
雪永深優は転勤族の父の都合で、幼い頃より転校を繰り返していた。
しかし高校二年生となる春、転勤族だった父が本社へ栄転しそれに伴い彼女の転校生活も終わった。母の勧めで私立干戸学園へ転校し、桜が舞い散る中新しい学園生活が始まろうとしていた。
「君が雪永深優さんですね。」
登校初日、まず深優が向かったのは職員室の担任の元だった。彼女を出迎えたのは日本史の教師であり彼女の担任となる丑久保善弥だ。
軽い癖のある髪、ひょろりと背が高い為相手を見下ろしがちになり威圧を与えそうだが、それを帳消しにするかのような柔和な顔つきをしていた。
担任の優しげな微笑みに、深優は内心安堵する。怖い先生だったらどうしようと思っていたのだ。そんな彼女の心を読んでか、さらに安心させる為に丑久保は言葉を続ける。
「転校初日で緊張していると思いますが、クラスのみなさんは皆いい子達なので安心して下さいね。」
自分の心を見透かされた気がして深優はほんのりと頬を紅く染める。
朝から少しでも同級生への心象をよくしようと鏡の前で少し癖っ毛なショートボムの髪を整えたり、第一印象が大事だと思い挨拶の練習をしたりしたのだ。何度転校しても最初の自己紹介がとても緊張する。
「ではいきましょうか。」
そう言って立ち上がり教室へと向かう丑久保の後を深優は続く。
職員室から出るとすぐ正面に窓があり、校庭とその校庭を囲うように植えられた桜並木が彼女の目に映った。鮮やかな桜が風に揺れ、桜の花弁が舞い踊る。まさに桜吹雪だった。まるでこの学園に祝福されているような気がして、深優は頬を綻ばせる。
「雪永さん?」
足を止め、外を見つめ続ける彼女に丑久保が話しかける。
「す、すみません!」
深優は慌てて歩みを進めた。思った以上に丑久保との距離があり、小走りに駆けだすが足が縺れて転びかける。
(またやっちゃった!)
深優は襲いくる衝撃に目を強く閉じる。運動神経は悪くないはずなのによく何もない所で転んでしまう為、子供の頃は生傷が絶えなかった。最近はマシになったと思ったのだが……
「……大丈夫?」
廊下にぶつかる衝撃は来ず、代わりに男性の声だった。
深優がゆっくりと瞳を開けると目の前には床、そして声をした方向をみると中性的で端正な顔立ちの男子生徒がいた。明るい茶の髪をカラフルなヘアピンで留め、丑久保よりは背は低いがスラリとした印象を与える体躯は倒れかけていた彼女を軽々と受け止めていた。
「もしもーし?」
「あ、ごめんなさい!ありがとうございます!」
首を傾げる男子生徒に深優は慌ててお礼をいい体制を元に戻す。しかし慌てていた為今度は後ろに倒れかけ、男子生徒が手を伸ばして彼女の手を掴み支えた。
「慌てない慌てなーい、ね?」
「は、はい……」
そう言って微笑みつつ小首を傾げる彼に深優は頷く。彼は深優が今度こそ体勢を整えて自分の足でしっかりと立つのを確認し手を離した。
「猫宮君、今は教室に待機しているはずですが?」
丑久保の言葉に彼は大げさに肩を竦めてみせた。
「モー先生が遅いからお迎えに馳せ参じました……嘘です。モー先生怒っちゃいやん。ちょっとトイレに行ってたんです、ごめんなさいー」
「全く君は……早く教室に戻りなさい。」
仕方なし、と苦笑する丑久保に男子生徒は仏を拝むかのように手を合わせた後、小走りにその場を後にする。廊下は走らない!と丑久保が注意すると遠くで「はあーい」と返事が聞こえたが、彼の姿はなくなっていた。
「あの、彼は? それにモー先生……?」
そのやり取りについて行けなかった深優が丑久保に問う。
「僕が丑久保……牛だからみなさんがモー先生と言って慕ってくれてるんです。」
苦笑しつつ照れながらいう丑久保。さきほどの男子生徒の態度を見ても慕われていることはわかったので深優は納得する。だがその男子生徒は変わっていたような気がした。
(なぜ女口調なんだろう?)
中性的な顔立ちだがどこからどうみても男の彼から飛びでた女口調、というよりはテレビに出てくるようなオネエ口調だ。
「さっきの彼は男性です、よね?」
つい確認をしてしまう深優。学園の男子生徒の制服を着ていたし間違いはないだろうが、あまりにも自然にオネエ口調で喋っていたからだ。
「彼は猫宮日向君です。もちろん男子生徒ですよ。彼は初等部からああいう口調だったそうで、今ではあれが普通なんですよ。」
外部からきた君には珍しいかもしれませんね、と丑久保は付け加える。
「これも何かの縁です。彼に雪永さんの学園内の案内をお願いしときますね。彼は初等部からいる生徒ですし、男女問わず顔も広いですから。」
「……はい。」
丑久保の言葉になんとなく不安を覚えながらも深優は頷いたのだった。
「深優ちゃん、深優ちゃん。」
始業式を終え席に付き一息ついていると、そう話しかけられ深優はビクリとする。
「は、はい!」
背筋を伸ばし話しかけられたほうを見ると、朝出会った彼のキョトンとした顔とぶつかった。
「モー先生に言われて午後学園内を案内しようと思ったんだけど……なんだか、すっごく緊張してる? あ、深優ちゃんって呼び方嫌だった?」
「そ、そんなことないです!」
深優はそう言いつつ自分の緊張していることが伝わったことに焦る。
始業式が始まる前の朝礼で、丑久保先生に転校生として紹介されたが、自己紹介が失敗に終わったのが原因だ。
(あんなに練習したのに……)
舌を噛むし、呂律は回らなかったし、緊張のせいで顔は真赤になるし最悪だった、と深優は振り返る。それにふと目があった人物が顔見知りだった。
「勇ちゃん?」
「深優?」
深優が呼ぶとそう返した彼は自分の名を呼んでくれた。そのことが嬉しくてつい駆け寄ってしまったのだ。
彼の名は寅元勇太。深優が小学生の時に近所に住んでいた少年で、友達がなかなかできずむしろ悪餓鬼達にいじめられていた時に助けてくれた人だった。勝気そうな瞳が印象的なあの頃のスポーツ少年は、成長しても一目で彼だと深優はわかった。
転校を繰り返してきた深優にとって、昔の友達と出会えることはほとんどない。だからつい嬉しくなってしまったのだ。だが彼女と正反対に寅元は顔を顰めてそっぽを向く。
「……もう子供じゃないんだから、ちゃん付けとかやめろよ。」
「え? あ!」
つい小学生の頃のように読んでしまい、深優は自分の失態に気が付く。すぐに謝ろうと思ったが始業式の為移動となり謝れずにいた。
(昔は深優ちゃんって呼んでくれたのに……)
自己紹介も失敗し、せっかくあった昔の友人にも嫌われ、気分は低空飛行だった。
「気にしすぎはよくないわよ?」
「え?」
「案ずるより産むが易しってこと。」
そう言って日向は深優に微笑む。
「朝の事気にしてるでしょ? 勇太君は恥ずかしがってたのよ。こんな可愛い女の子が知り合いだったなんてね。」
そう言って日向は片目をつぶって見せる。
「今日は始業式だけで午後から自由だから彼の部活を見に行かない? そこで謝ればいいのよ。彼だって今後悔してるはずよ。それを証拠にさっきから深優ちゃんのことを気にしてるもの。」
チラリと彼を見ると彼と目があい、すぐに外される。
「今はまだ教室内だし恥ずかしいだけよ。時間経って教室の外なら大丈夫。」
あたしが保障する、という日向に深優は頷く。今日初めてあったはずなのに、日向のいうことは驚くほど信頼できた。それは彼の人柄だろうと深優は思う。
「ありがとうございます、猫宮さん。」
だから自然のお礼の言葉が出た。だが日向は深優の言葉に眉間に深い皺を作る。
「同級生なんだから敬語なんていらないわよ。それに日向でいいからね。猫宮さんなんて言われたら他人行儀で悲しくなっちゃう!」
ヨヨヨと机に寄り掛かり泣いたふりをする日向に、深優は声を上げて笑う。今日初めて笑った気がした。
「ありがとう、日向君。」
深優の笑顔と言葉に、日向は満足そうに頷いた。
ホームルームを終えた後、深優は日向と共に学園内を散策した。日向は的確にそして時より冗談を交えて深優に案内をした。
「ここの裏庭を突っ切れば図書室まで最短よ。」
「購買部のお勧めはメンチカツバーガーだけど、あたしのお勧めはメロンクリームパン! 是非試してみてね!」
等々お得情報を交え、深優は全く飽きずに学校内の情報を網羅していった。そして最後にきたのが桜の花弁が舞い踊る校庭だ。運動部が勧誘がてら自分達の競技に精を出している。
「ほら、あそこに勇太君がいるわよ。」
日向が指さす先にはサッカー部のユニフォームを着た勇太が全力でドリブルをしていた。
「彼はサッカー部のエースでね、スポーツ推薦で高等部から入学して今寮に入っているの。」
私立干戸学園、通称干戸学は初等部から大学までの一貫教育の学園だが、高等部からの入学する生徒も多い。今の高等部の生徒約半数が初等部からで残りの殆どが高等部からの入学だ。周辺地域に公立の中学校がある為中等部から入学するものは少なく、深優のように転校生も少ないと付け足す。
また勇太のようにスポーツ推薦枠も設けている為、例年全国大会へと進出する部活も多いという。
「日向君はすごく物知りなんだね。」
「そうかしら? まあ初等部からいる古参だからねぇ。」
深優の言葉に日向は首を傾げる。本人には自覚がなさそうだが、深優はすごいと思っていた。情報量もすごいが彼の人脈もすごかった。
学園内を案内している時は誰もが彼に話かけ、彼も答えていた。自分が隣にいるため早々に話は切り上げるが、一人一人の名前もさることながら個人の近況も抑え、それをさらりと話題に出す。
例えば彼女とうまくいってないという男子生徒がいれば、
「今、駅前のカフェで春限定スイーツが発売されてるわよ。彼女、甘いモノ好きでそこのカフェの常連さんでしょ?」
暗にそのスイーツで仲直りしなさい、と言っているのだ。男子生徒もお礼を言ってさっそく買いに行くと張り切っていた。
情報や人脈だけでなく、気遣いもできる。しかも自然にだ。
「ほら、勇太君とこ行くんでしょ? もうそろそろ休憩に入る時間のはずよ。」
「うん!」
優しげに微笑んで促す日向に、深優は頷き校庭のグランウンドへ向かおうとする。すると甲高い音と共に何かがこちらへと飛来した。
それがサッカーボールだと深優が気が付いたのは、眼前に迫ってからだった。
「深優ちゃん!」
日向の声が聞こえ腕を引っ張られる。先ほどまで自分が立っていた場所に日向が入れ替わり、自分は後ろへと転がった。。
「……ほんっとにあぶねえな。」
ぼそりと聞こえた声に深優は顔を上げると、日向がサッカーボールを顔の前で受け止めていた。その表情はさきほどのオネエ口調の彼ではなく、男性的だった。
「悪い猫宮! ポストに嫌われた!」
そう言って駆けつけてきたのは寅元だ。若干青くなってる彼に日向はため息を漏らす。
「エースなら決めなさいよ! それに女の子の顔に向かって飛んでくるなんて当たってたら万死に値するわ!」
彼が技とではないと解っている為か、日向はいつもの口調で注意する。さきほど垣間見た男らしい表情が嘘のようだった。
「……おまえ、男だよな?」
「あたしのことじゃないわよ。深優ちゃんの……って深優ちゃん大丈夫!?」
転んだ体制のまま動けずにいた深優に、日向が慌てて駆け寄る。
「ごめんなさい!あたしが引っ張ったから……」
「ううん、日向君が庇ってくれなかったらボールが顔にあたってたと思う。助けてくれてありがとう。」
もし顔面にあたって倒れたりしたら自分だけでなく、サッカー部の問題にも発展していたかもしれない。
深優がそう言って立ち上がろうとすると足首に鈍痛が走る。どうやら倒れた時に変に捻ったようだった。
「どうした?……すまん、悪かった。」
勇太が申し訳なさそうに謝る。
「勇ちゃ……勇太君、大丈夫だよ!」
(痛いけど、心配させたくないし立てないこともないし……)
深優はそう思い立ち上がろうとすると、ブレザーがひざ掛けのようにかけられ、次の瞬間ふわっと体が浮いた。
「えっ!?」
「このまま保健室いきましょう。」
低い声が間近で響く。深優がそちらに向けると日向の顔が至近距離にあった。
「日向君!?」
そして自分の現状を理解するにつれ、自分の頬が朱に染まっていく。
深優は今、日向にお姫様抱っこをされていた。ブレザーはスカートの短い女子の制服でお姫様抱っこをするとパンツが見えてしまうので、それを防止する為だったと深優は後でわかったが、今はそれどころではない。
「日向君、私歩けるから!大丈夫だから!」
「無理しちゃダーメ。怪我させた責任をとらせて。ほら大人しくしてね?」
有無を言わさず日向は歩き出す。深優は慌てて彼の服の捕まり恥ずかしくて俯く。
女性のような言葉使いで、中性的な顔立ちの彼だが、そのスラリとした体躯は鍛え上げられ男性そのものだった。それを意識し、深優は自分の心臓が早鐘のよう鳴っていた。
お姉口調の彼
男らしい彼
どちらが彼の本当だろう。
そして深優は願う。この鼓動が密着している彼に聞えないことを。
クラスメイトの前で自己紹介をした時とは比較にならないほどの緊張が、深優を支配していた。
お姉系男子の三つ目、天然系ヒロイン視点でのお話でした。
こんな感じでいろんなキャラの視点での短編風味に続いていくと思います。
ゲーム風にだとこんな感じになります。
天然系ヒロインの廊下遭遇イベントのお相手キャラは完全ランダム仕様―――各キャラ好感度Up
校庭イベントは
勇太に保健室へ連れて行ってもらう―――寅好感度Up
日向に保健室へ連れて行ってもらう―――好感度上昇なし(隠し猫好感度Up)
自力で保健室へ行く―――別イベント発生フラグ
な感じです。もちろん全て美麗なスチル付き!!
……ここまで妄想して楽しかったです。
ちなみにゲームではなくこの物語の場合は、猫のヒロインへの好感度ではなくヒロインの猫への好感度が上がってる感じです。(ゲーム風に言えば)
2014/09/28 楠 のびる