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お姉系男子の家庭事情


 夕暮れ時、猫宮日向は学校行事である臨海学校から自宅マンションに戻った。重い鉄の扉を開け、玄関に入ると臨海学校で持って行った荷物を降ろし一息つく。


「ただいまぁ。」


 だがその言葉に返答はなく、日向は苦笑する。


(つい言っちゃうのは癖よねぇ……)


 そう日向は内心思いつつ靴を脱ぐと、荷物の詰まったボストンバックを持って脱衣所へ向かった。バックの中から汚れた被服を取り出し洗濯機の中に入れて、明日の朝に洗濯完了するように時間を合わせて洗剤等を準備する。


 洗濯機のセットを終えると奥のリビングへと歩みを進める。窓から夕焼けの光が差し込み室内をオレンジ色に染めていた。幾分か軽くなったバックを置き、日向は和室へと向かう。


 その部屋は畳の匂いがして、日向の好きな部屋でもあった。冬は炬燵を設置して猫のように丸くなっているが、今の季節は夏の為炬燵はなく広く感じた。


 そんな和室に存在感があるのは仏壇だった。日向は仏壇の前に正座し、蝋燭に火をつける。そして線香をあげ、仏具の鈴を一度鳴らすと手を合わせ、瞳を閉じた。


「ただいま、父さん母さん。」


 そう日向は遺影で微笑む二人に話しかけた。





 日向の父はとある大企業の社長の息子として生まれた。母はその企業で働く社員でまだ平社員だった父が母に一目ぼれをし、一年かけて口説き落し更に数年かけて結婚をした。

 そして日向が生まれ、さらに数年して父が祖父から社長の座を継ぎ、このマンションで三人家族仲良く暮らしていた。


 幼い頃から中性的な顔立ちだった日向は服装さえ変えれば少女と言っても違和感がなく、またその頃からピンクや赤を好んでいた為、同学年の男子達からはよくからかわれていた。


 「男女」「オカマ」「おネェ」とからかい半分に言われ、当時は大人しかった日向は女子達に庇われるような少年だった。


 日向自身、悪口やからかわれることにはあまり気には留めなかったが、クラスの雰囲気が悪くなることが嫌だった。自分のせいで男子と女子の間に溝ができる事が嫌だった。

 だから日向は両親に相談してみた。どうすればいいか、と。


「なら、ヒナが男子と女子の橋渡しになってあげればいい。」

「ハシワタシ?」


 父の言葉にまだ初等部に上がって間もない日向が首を傾げる。その様子に母も微笑みながら言った。


「ヒナ君が男子と女子が仲良くできるように頑張るってことよ。」

「……わかった、がんばる。」

 

 次の日から日向は変わった。まず言葉使いをテレビで見るお姉系の人たちのような口調にした。自分が男子のいう通りオネェになればいいと考えたのだ。そして何を言われても笑って受け流し、憤る女子達を宥める。


 数日たつと男子達は日向をからかうことがなくなった。何を言っても「いやーんてれるー」とオネェ言葉でかえってくるからだ。それだけではない。日向は積極的に男子達の遊びにも参加した。嫌がられても仲間外れにされてもしつこく食い下がり参加し場を盛り上げ、男子達の信頼を勝ち取っていった。


 女子達ともいろんな話をした。好きな服や本の話、女の子らしい遊びも楽しんだ。女子は男子よりもませていて気になる男子の話を好んだ為、男子とも遊んでいた日向の話はとても喜ばれた。それに日向が決して人の悪口を言わないし、言った秘密を漏らさない為、とても信用された。


 いつしかクラスは日向の思惑通り、男女ともに仲良しのクラスになっていた。だが日向のお姉口調は変わらない。いつしかそれが馴染んでしまい、本人も気に入った為、家族以外の前ではお姉口調で話していた。


 お姉口調のまま中等部に進級した日向はバスケットボール部に入部した。某漫画の影響だが運動と成長期が相まって、その頃から身長は筍のように伸び鍛える分だけ筋肉がついた。元々運動神経もよかった為、すぐにレギュラーになり活躍をした。


 中等部二年になり夏の大会で後一歩で全国という試合を翌日に控えた日のこと、社長として日々多忙な父が「明日は応援に行く。」と約束をしてくれた為、日向はその日の練習は絶好調だった。

 しかしその日の練習も終盤に差し掛かった頃、監督が自分だけを呼び出し、出張先で父と父に付き添っていた母が交通事故に巻き込まれ亡くなったと聞かされた。


 その日から一週間くらいの間、日向は記憶が曖昧だった。気が付くと両親の葬式もバスケの試合も全て終わっていた。


(前世の記憶をもっと早く思い出せば、二人の死を止められたかしらねぇ……)


 瞳を開け蝋燭を消しつつ日向は自問する。ただそれは無理だったといつも通りの結論に達する。


 彼の前世の記憶に残る『十二支学園の恋愛事情』というゲームに登場したサポートキャラである猫宮日向は、ヒロイン達や攻略対象のデータに関しては詳細を知っていたが自分に対しては一切語っていなかった。お姉系の面倒見がいい男子という設定だけだったのだろう、と思う。

 それにあの乙女ゲームはヒロイン達や攻略対象に関してはその生い立ちにも話が掘り下げられていたが、脇役である猫宮日向については全く語られていなかった。現にゲームの中で猫宮日向の家族構成は一切語られていない。


「あの日も、今日みたいな夕焼けだったな……」


 体育館が夕焼けで真赤に染まる中、監督から告げられた両親の死。奈落の底に落ちていく気持ちだった。


 ふとスマフォの呼び出し音が鳴り響き、日向は過去の記憶から引き戻される。

 ゆっくりとした動作で置きっぱなしのボストンバックに近づくと中からスマフォを取り出し画面を見て頬を緩ませる。


「本当に、君はタイミングがいいな。」


 自分が凹んでいる時、いつもタイミングを見計らったかのように彼女が現れる。


 彼女とは中等部に入ったばかりの時に出会った。

 彼女は中等部からの入学で、同じクラスになった。ほとんどが初等部からの繰り上がり進級が多い中彼女の存在が珍しく、初日孤立気味だった彼女に話しかけたのが始まりだった。いつも通りお姉口調で話しかけると、思いっきり顔を顰められたことが昨日の事のように思い出せて、日向は笑いが込み上げる。


(まさか初対面の相手にキモイとか言われると思わなかったわ。)


 すでに猫宮日向=お姉系男子と生徒だけでなく教師にも浸透していた為、その反応が逆に新鮮だった。彼女はその竹を割ったようなさっぱりした性格ですぐにクラスに打ち解けたが、日向は何かと彼女を構うようになった。その度に眉を顰められキモイと言われたが、その反応が楽しくて嫌がらせのように付きまとった。


 そして両親が亡くなり葬式を済ませて久々の登校した日、クラスの皆に心配されたが日向はいつも通り笑っていた。自分のせいでクラスの雰囲気が悪くなるのが嫌だったのだ。


 皆がいつも通りだと拍子抜けした時、彼女が自分の腕を引っ張って教室を出た。

 授業開始のチャイムが鳴っているのに、日向を引っ張ったまま彼女は屋上へと向かう。授業が始まった為誰もいない屋上まで引きずってきた日向に、彼女はいつも通りキモイと一言言った。


 まさか授業をさぼった上、わざわざ屋上まで来てそんなことを言われると思わなかった日向は目が点になった。だがすぐさま苦笑し「ひどいわー泣いちゃう。」とおちゃらけてみせる。


 すると彼女はさらに眉間に皺を寄せて言った。


「無理して笑っててキモイ。ここには私しかいないんだから、とっとと泣きなさいよ。」


 その言葉で日向の中でたがが外れた。彼女を否定しようにも誤魔化そうにも、その言葉を紡ぐ前に嗚咽が邪魔をする。視界がぼやけ、言葉にならない声が口から漏れ出て、立っていることが難しくなり、屋上から校舎へと続く階段がある建物の壁に背を預け、ずりずりと寄りかかり座り込んだ。そういえば両親が死んだと聞かされた時も、葬式の時も泣いていなかった、泣くことを忘れていたと日向は思い出す。

 彼女はそのまま自分の一緒にいてくれた。


(結局二限目もさぼって一緒に怒られたっけ。)


 あの出来事がなかったらどこかで自分は壊れていただろう、と日向は思う。


 それ以降、彼女は日向の中で特別な存在になった。


 彼女が笑っていると嬉しくなり、男子と話していると面白くない、彼女が憂鬱そうにしていると心配で、いつも彼女を独り占めしたかった。


 日向はすぐに彼女が好きだと気が付き、中等部二年の秋から彼女に告白し続け、中等部三年の終わりにはやっと付き合うことなった。父のように一年以上も口説き続けたことに気が付いたのは付き合い始めた後のことである。


「って電話電話……ごめん、出るの遅くて!」


 慌てて通話にして電話に出ると、彼女はそんなことないと答えてくれてほっとする日向。


「風邪はもう治った? ……そうよかった。え、この前のこと? 気にしてないわよ。というかあたしも悪ふざけがすぎたわ、ごめんね。」


 つい先日の馬鹿発言を謝る彼女。その言葉に頬を緩ませつつ日向も謝罪をする。


「……だけど、俺は嘘は言ってないからな?」


 そういうと相手は言葉が詰まったようだった。また顔を真っ赤にしているだろうと予想できて日向の顔がさらに緩む。


「ねぇ、今日家に来れない?」


 風邪が治った彼女に早く会いたくなった。きっと両親が死んだと知った日の夕焼けと今日の夕焼けの色が似ていたからだろう、と日向は思う。


 両親が死んで祖父に一緒に暮らさないか、と言われたが楽しい思い出の詰まったこの家から離れることはできなかった。祖父は学業の成績を落とさない事と月に数度共に食事し近況報告をすることを条件に我が儘を聞いてくれて、マンションの維持費と生活費を援助してくれた。中等部までは祖父に手配されたお手伝いさんが来てくれたが、高等部に入ってからはそれを断わり家事を全て自分でこなし一人暮らしをしている。


 既に祖父には彼女を紹介している為、家に招くことは許可されている。ただ自分に「彼女を泣かせたら……わかっているな?」と釘をさされてはいるが。


「……ん、だよね。我慢する。」


 病み上がりで風邪をうつったら嫌だという彼女に渋々日向は引き下がる。


「だけど今度デートね。うんとおめかししてきてよ?」


 今度は彼女が渋々頷いたことを確認し、日向は通話を切る。

 そして息を吐くとスマフォをテーブルに置き、日向は台所へ向かう。


「夕飯、なににしようかしら。パスタとか? パスタ買い置きあったっけ~?」


 そう独り言を言いながら、夕飯の準備を進める。


 彼女のおかげで辛い記憶を思い出させる夕焼けは沈み、空に一番星が輝き始めていた。




お姉系男子の諸事情、二つ目です。

臨海学校から帰ってきた後の話で、題のままですが彼の家庭事情です。


日向は実は大企業の会長孫で将来の社長候補です。

頭良し、運動よし、顔よし、性格よし、将来性もあるハイスペック男子なのです!だけどお姉系。ダガソレガイイ。


猫宮日向に関することは、乙女ゲームの中でも全て隠しルートで明らかになるので、前世隠しルートに辿りつけていない日向は知りませんでした。

ちなみに彼女さんはまだ日向の前世については知りません。


2014/09/23 楠 のびる


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