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お姉系男子の諸事情



 燦々と照りつける太陽とその光に焼かれる砂浜、寄っては退く海の波、そして子供やその親や若い男女の笑い声が響く海辺。そんな喧噪から逃れるように、海の家の陰に隠れた青年が一人。


「はぁ……全く、厄介な事になったわ。」


 青年は憂いを帯びた表情で呟き、ため息を漏らした。


 全国平均よりやや高い身長にスラリとした体形、中性的で柔和な顔立ちをした青年だった。彼に微笑みかけられれば男も女もまず不快感を持たないだろう。また動く度にパーカーからチラリと見える細いが鍛えられた体躯が男性特有の色気を醸し出し、すれ違う女子達の視線を釘づけにしていた。


 現にこの場所に来るまで、何人かの女子グループに声をかけられた彼だ。しかし彼は全てを丁寧にお断りをしていた。


「ごめんねさいねぇ、あたし急いでいるのよ~」


 青年の端正な顔立ちから飛び出た女言葉に、例に漏れず声をかけた女子達は唖然とし固まる。そんな彼女達を尻目に青年はスタコラとその場を退散し、今現在の隠れ場所に潜伏していた。


 彼の名は猫宮日向コミヤヒナタ。私立干戸学園の高等部二年生で通称『お姉系男子』

 まるでオカマのようなお姉口調、持っている小物も女子が好むものが多く、好きな色はピンクや赤系統。今も肩につく位の長さの明るい茶の髪は複数の花をモチーフにしたヘアピンで留め、普通の男子なら二の足を踏むかもしれない黒地にピンクの花柄の海パンとショッキングピンクのパーカーを着こなしていた。


 彼はその場で息を潜めつつ小さくため息を漏らす。その憂い顔が色気を割増しにしているのだが本人は無自覚だ。それに彼はそんなことを考えている場合ではなかった。


(本当に厄介だわ、まさか自分が乙女ゲームの世界に生まれ変わるなんて……)


 常人なら笑い飛ばしてしまうようなことを考えつつ、日向は再度ため息を漏らす。


 事の始まりはいつも感じていた既視感デジャヴュ。彼は幼い頃から地名や人の名前に奇妙な既視感を覚えていた。だが高等部に進級してから、学校の風景や出会う生徒や先生達に今までとは比較にならなほど激しい既視感を覚えた。そして夏休み直前、全てを思い出した。


 自分が前世女性であり、その女性がこの世界に酷似した『十二支学園の恋愛事情』という恋愛シミュレーションゲーム、通称乙女ゲームに熱中していたということを。

 その『十二支学園の恋愛事情』という乙女ゲームは干戸学園に通う三人のヒロインから一人を選択し、干支をモチーフにした十二人の攻略対象と恋愛と青春を楽しむことを目的としていたゲームである。


(でもまさか、自分がその世界のキャラに生まれ変わるとは思わないでしょう、普通。)


 日向は何度目かわからないため息を漏らす。


 その乙女ゲームにも『猫宮日向』というキャラクターがいた。ただその日向は攻略対象ではない。ヒロイン達のゲームの攻略をサポートをする所謂サポートキャラだ。ある時はヒロインに攻略対象者の情報を教え、ある時はイベントでヒロインの相談や後押しをする役、ゲームの中ではヒロインの次にプレイヤーと接点があるキャラといっても過言ではない。


 そんなお姉系男子でありサポートキャラである猫宮日向。彼は容姿もさることながらイベントで垣間見る性格が漢であり、公式での人気キャラ投票で攻略対象を差し置いて上位に入るほどの人気キャラクターだ。

 そんな乙女ゲームっぽい世界に生まれ変わってしまった猫宮日向が彼である。


(こんな事言っても誰も信じてくれないだろうしねぇ……)


 言えば笑い飛ばされるか精神状態を疑われただろう、と安易に想像できた。


 ふと声が聞こえ日向は身を潜める。

 三人の女性の声に日向はそっと海の家の陰から盗み見た。

 彼が予想した通り、その場にいたのは三人の美少女でありゲームでいう所のヒロイン達だった。砂浜の男達の視線を全く意に介さず、キョロキョロとあたりを見回す彼女達。


「日向君、どこー?」


 そう呼んだのはショートボブで大きな瞳が印象的な、黄色いワンピースの水着を着た少女だ。名前は雪永ユキナガ深優ミユ。ゲームでは天然系ヒロインと紹介されている。


「出てきなさい、日向!」


 高飛車な物言いで切れ長の瞳で当たりを鋭く見回す少女はツンデレ系ヒロインの月咲ツキサキ凛子リンコ。色素の薄いパーマのかかった髪をアップにアレンジし、彼女の身体の凹凸に合った白のビキニがとても眩しい。


「……日向さん?」


 最後の一人は真っ直ぐな黒髪に垂れ気味の眠たそうな瞳をした無口気味な大和撫子ヒロイン花柳院カリュウイン綾乃アヤノといい、ショートパンツ型のフリルがついたビキニを着ている。


 方向性は違うが万人が認める美少女達だ。


 そんな女性たちが一応に自分の名前を呼ぶ。普通の男ならハーレムだと喜んだだろうが、日向は違った。


「もう勘弁してよぉ……」


 そう言って日向は手で顔を覆う。


 別に彼女達が嫌いなわけではない。前世の女で記憶があるからと言ってホモでもない。前世の影響か女口調で喋ることに落ち着きを覚えたり、ピンク系統が好きだったりするが、その前世の記憶はまるで録画したドラマを見るような感覚で、今は歴とした男でありもちろん恋愛対象は女子だ。


 日向は再度ちらりと彼女達を見る。彼女達の後ろにはゲームでいう所の攻略対象であるイケメン達がいた。まるで親鳥を追う雛鳥の如く彼女達に付き従っていて、周りの女性の黄色い声を完全無視している。

 ちらほらと自分への恨み言が聞こえ、日向は慌てて首をひっこめた。


「俺、もう帰りたい……」


 つい男の口調になり日向は項垂れる。現在、ゲームでいうところの夏休みの臨海学校イベントというところだ。

 本来ならヒロイン達の恋愛は後ろに付き従う彼らに向くはずだった。前世の記憶を辿るなら、臨海学校の休み時間である今は三人のヒロイン達は後ろの攻略対象達の誰かと二人きりで好感度アップイベントに突入しているはずだ。

 だが現実は彼女達は自分を探し練り歩き、攻略対象者達はソレに付き従っている状態でそんなイベントのイの字もない状態。


「何が悪かったのかしら……」


 日向は己の一学期の行動を振り返る。

 彼が前世の記憶を思い出したのは夏休み直前。それまでは普段通りに過ごしてきた。


 例えば転校生である雪永深優の場合、担任に言われ校内を案内したりしたが普通のことだ。途中彼女が同級生のサッカー部のエースである男子生徒と幼馴染と知り、彼の練習する校庭に案内したところ、彼の打ったシュートのボールがゴールポストに嫌われ飛来した為彼女を庇った。だが彼女が転んでしまいお姫様抱っこで保健室まで運んだがそれが原因だろうか。


 月咲凛子の場合、彼女とは一年生の時に委員会活動で一緒になり顔見知りなった。だが一年生の終わりに彼女は親の意向で日向の幼馴染である干戸学園の生徒会長と婚約者同士になった。このご時世信じられないが、二人の両親は親友でお互い子供が出来て異性だったら婚約させようと思っていたらしい。この話に二人は大反発し仲は険悪。特に生徒会長である幼馴染は彼女にとてもきつい事を言っていた。そんな時に通りかかった日向は彼女を庇いつつ幼馴染を宥めたのだがそれが原因だろうか。


 花柳院綾乃の場合、一年生の時同じクラスだった彼女はクラス内で少し浮いた存在だった。人見知りが激しいのか、それとも喋るのが苦手なのか無口で中々クラスに溶け込めないでいた。そんな時、容姿とお姉系男子キャラで男にも女にも打ち解けることが早かった日向はさりげなく彼女を会話の中に引き入れクラスに馴染ませたのだが、それが原因だっただろうか。


 二年生になり日向とヒロイン三人と同じクラスになった結果、どこをどう間違えたのかゲームでいうならサポートキャラである自分に恋愛の矢印が向いたらしい。


「……まあ親切したことは人間として当たり前だし、もしかしたらあたしの勘違いかもしれないしね……」


 そう過去を振り返りつつ日向は呟く。


 『十二支学園の恋愛事情』の厄介な仕様は、正式なカップルになるのは二年生の終業式の日ということだ。攻略対象といくらデートを重ねようが、手を繋ごうが、キスをしようが、正式に告白し告白されるのは二年生の終業式。ゲーム通りなら、終業式までは彼女らの好意が本当かどうかわからないし、自分の勘違いの可能性もある。むしろそう思いたい日向である。


(いくら身体を密着されても、自分の席の隣を取り合いになっても、隙あれば手を繋ごうとしてくることも、あたしの勘違いかもしれないし!)


 そう日向は自分に言い聞かせる。好意の勘違いほど恥ずかしい事はない。第三者から見れば現実逃避だが、生憎この場には彼しかいなかった。


 それに日向には彼女達の気持ちに答えられない理由がある。この世界は『十二支学園の恋愛事情』という乙女ゲームの世界にとても酷似している。ゲームならもしかしたら彼女達の内の誰かに好意が向いたかもしれない。だがこの世界は彼にとってゲームっぽいだけで現実だった。


 ふと日向はパーカーのポケットに入れおいたスマフォが振動したのに気が付く。取り出したのは可愛くデコられたスマフォ。その画面には着信とその相手を報せていた。その名前に先ほどまでの緊張感は嘘のように頬を綻ばせる日向。


 表示された名前は風邪の為臨海学校に参加できなかった彼女だ。


「やほー、風邪は大丈夫?」


 電話の向こうで普段よりは劣るが元気そうな声が聞こえ日向は安心する。


「よかったー。それなら安心だけど無理しちゃだめよ? 風邪は治りかけが注意なんだからね。え? 女の子のビキニばっかり追ってないかって?」


 彼女の若干嫉妬が混じった問いに日向はつい問い返す。彼女がこんなことを言ってくることは珍しかったからだ。いつもは澄まして強がって何も言わない彼女だが、今日は弱っているせいかつい言ってしまったのだろう。だからついからかいたくなった。


「まあそこは男の性ですからー」


 日向がそう言うと電話の相手はちょっと怒った口調になった。それは日向の発言内容ではなく、自分がからかわれたから気が付いたからだ。


「ごめんごめん! 今日は君がいなくてつまらないのよ。それに側にいれなくてごめんね。」


 臨海学校が学校行事で強制でなかったら参加せずに絶対彼女の側にいたのに、と謝ると相手は照れたみたいだった。その様子がすぐに思い浮かび日向はさらに頬が緩む。だからついつい別の方向で意地悪したくなった。


「だから心配しないで……俺が好きなのは君だけだよ。」


 もしその場でそう言った日向を見ていたものがいたら、誰もが赤面したであろう。いつものお姉系男子である彼からは想像できない男らしい、中性的な容姿に極上の微笑みを浮かべ、甘く低い声で囁かれた言葉。


 電話の相手は一瞬の間を開け馬鹿! と言って切る。日向はスマフォを名残惜しそうに撫でてパーカーのポケットにしまった。


(きっと今頃真っ赤になっているだろうなぁ。)


 そう想像するだけで自分の頬がだらしなく緩むのが日向にはわかった。きっと臨海学校から戻った日くらいに馬鹿といったことを謝ってくるのも安易に想像できる。

 そうしたら自分も謝りつつ、もう一度囁こうと心に決める日向。


「早く会いたいな。」


 溜息と共に本音が零れ落ちる。ふとヒロイン達の声が聞こえた。


(……見つかる前に別の所に移動しましょうか。)


 日向はこそこそと移動を開始する。だがやはりさきほどからため息を漏らすことは止めることができない。


 彼女の声を聞いて沈んでいた気持ちが幾分か浮上したが、これからのことを考えると頭が痛かった。


「もう彼女いるって言いたいんだけどなぁ……」


 それがある意味一番手っ取り早く、確実な方法だと思われた。だがそれはできない理由がある。 


(だけど彼女が恥ずかしがって嫌がるのよねぇ。それも可愛いんだけどね!)


 意地っ張りで強がりな彼女が申し訳なさそうに、そして頬を真っ赤にして上目使いでお願いされたらなんでも叶えてあげたくなるのは男心だろう。


(それにしてもなんで彼女達はあたしなのかねぇ……)


 男は顔とは言わないが、周囲には色とりどりのイケメンが溢れているのだ。なぜ色物であるサポートキャラの自分にヒロイン達の恋の対象になるか理解できない。


(まあ逃げるが勝ちとも言うしね。告白されたら断ればいいし、終業式まで逃げ切ればいいわ。)


 そう自分を納得させ、猫宮日向はその場を後にした。





『十二支学園の恋愛事情』


 三人のヒロインから主人公を選び、高校二年生の青春を謳歌する恋愛シミュレーションゲーム。

 攻略対象であるイケメン達は全員で十二人。エンディングはヒロイン毎に各攻略対象に三通りずつ用意され、イベントもヒロイン毎に用意されている上能力値を一定以上に達していないと起らなかったり、完全ランダム発生まであったりする。さらには主人公に選ばなかったヒロイン達はライバルとなり、そのライバルと競い合うライバルイベントや友情エンドも存在するという、全てを網羅するにはどれほどの時間を費やすか不明の鬼仕様の乙女ゲーム。


 猫宮日向の前世である女性は、そのゲームを完全にクリアする前に不慮の事故で亡くなった。彼女は公式ホームページ以外攻略本もネットも見ない主義だった為、猫宮日向については全てを知らない。

 実は彼は全てのイベント及びスチルを完全攻略したあと解禁されるルートの隠し攻略候補だったという事実。そしてそのルートが大人気で、彼女の死後行われた第二回の人気キャラ投票では二位と大差をつけ首位を獲得したことを彼は知る由もない。





お姉系男子の諸事情を読んで頂きありがとうございます。

この小説は主に私の萌えとストレス発散の為に書かれたものです。

不定期更新ですが複数投稿する予定なので、連載と言う形をとらせて頂きました。

読む人を選ぶような小説ですが、楽しんで頂けたなら幸いです。


2014/9/21 楠 のびる

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