007話 たまには作者に忠告しよう(その①ポイントの不正問題について)
ここ「小説家になろう」で度々話題になるのがポイントの不正問題だ。
この問題に絡む要素として、
①【不正の発見方法】
②【ランキングと読者専門の会員さん】
③【冤罪の可能性】
の3点について少し語ってみたい。
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①【不正の発見方法】
昨年「小説家になろう」の運営から規約違反で退会させられた人が、後にその退会理由が複数アカウントを利用してのポイントの大量不正取得だった事をネット上で告白した事があった。
これまでにも退会処分になった作者の中には、複数アカウントを利用してのポイントの大量不正取得が退会処分の理由ではないかという推測がされた人は少なからずいた。
他のサイトで複数アカウントの疑惑が囁かれていたり、作品内容に問題が無く、他に違反しているような行為があったようには見えなかったため、ポイントの不正取得が理由ではないかと推測されたわけだ。
だが、ここの運営さんは規約違反により退会処分にしても、その理由までは公表しない。
退会処分となった人のページには、
「このユーザは規約違反により、運営により削除されました」
としか出ていない。
だから確実なところはわからなかった。
前述したケースは、珍しく当事者が告白してくれたお蔭で、退会処分の理由が判明したケースだ。
そして「小説家になろう」の運営が複数のアカウントを利用してのポイントの大量不正取得について、それなりに調査し対応をしているという証拠ともなった。
この不正についてネット上で告白した人のケースでは、その露見した理由は同一IPによるポイントの大量不正取得という事だそうだ。
ここ「小説家になろう」の会員になるにはメール・アドレスが一つあればいい。
それでここの会員になりアカウントを一つ貰える。
だが、パソコンまたは携帯が1台あればメール・アドレス自体は無料で幾らでも作れる。
だから複数のメール・アドレスを取得すれば、ここ「小説家になろう」のアカウントもメールの数だけ取得可能となり、複数のアカウントを持つ事ができる。
『ただし複数のアカウントを持つ事は「小説家になろう」の利用規約で禁止されている違反行為なので、皆さんは決してしないで下さい』
例えばの話、ここで私が1台のパソコンを使って複数のメールを取得し、それを使って「小説家になろう」のアカウントを複数取得したとしよう。
そして自分の投稿した作品に、その複数のアカウントを使って、ブックマークをし評価を入れてポイントを不正に大量取得したとする。
どれくらいの時間がかかるかは不明だが、そこで運営にバレる。
確かにメール・アドレスは違っても、「小説家になろう」でのアカウントが違っても、同じ物が一つある。
それがIPアドレスだ。
これは基本的にパソコン1台1台に割り当てられた識別番号で、幾らメール・アドレスが違ってもIPアドレスは同じという事になる。
それは運営さんに見れる物だ。
だから露見する。
ちなみに運営さんが見れる会員の情報はまだある。
「解析アクセス」と言って、IPアドレスは元より、ホスト・ドメイン(接続に利用しているプロバイダ)、OS、webブラウザの種類、ディスプレイの解像度や色数、訪問回数、等々他にも色々とわかるのだ。
だから実際にはIPアドレスの他にも照らし合わせているかもしれない。
ではパソコン1台で無理ならば「ネットカフェ」に行けば、パソコンが沢山あるからそれを利用すればいいという考えが出るだろう。
だが大抵はそれでも露見する。
何故なら「ネットカフェ」から外部へ発信されるIPアドレスは大抵一つだからだ。
これはどういう事かというと、分かり易く言えばネットカフェの場合、大元の回線を分岐して各パソコンに繋いでいるケースが多い。
その場合、分岐された各パソコンにはローカルIPアドレスという識別番号が付く。
大元の回線にはグローバルIPアドレスと呼ばれる識別番号が付いている。
そしてここの運営さんに見えるのは大元のグローバルIPアドレスなのだ。
だから例えば私が一軒のネットカフェに入り、10台のパソコンで各々「小説家になろう」のアカウントを取り、自分の作品にブックマークをして評価を入れたとする。
「小説家になろう」の運営さんからは、同一のIPアドレスのパソコン10台分(10人分)からポイントが入っているように見えるのだ。つまり同一人物が複数アカウントを使っていると判断される。
恐らく、前述した複数のアカウントを利用してのポイントの大量不正取得で退会処分となった人は、このような手を使ったのだろう。
ちなみに、ネットカフェから掲示板の「2ちゃんね◯」に書き込みたくても規制されて書き込めないという場合があるが、それも同じだ。
大抵はそのネットカフェの1台のパソコンから「◯ちゃんねる」に対して迷惑行為が行われたために、その迷惑行為を行ったグローバルIPアドレスが拒絶されて掲示板に書き込みが出来ないように規制されたのだ。
だからそのネットカフェ全部のパソコンが巻き添えを食って書き込めなくなったのだ。
たまに、「Q & Aサイト」(会員が質問し回答しあうコミュニティサイト)で、違反して無いのにネットカフェから書き込めないのは何故ですか? という質問を見掛けたりするが、その理由がそれなのだ。
なお、会社に勤めている人の場合で、社内に多数のパソコンのある環境の人は、会社のパソコンを使えばいいという事になる。
だが、企業の場合は社内のパソコンを監視するソフトを使っている場合がある。
昨今、顧客のデータ流失だとか、社内秘のデータ流失とか、会社の業績に直結する問題や、社員が就業時間内に会社のパソコンを個人的に使う事で失う時間的損失の問題などもあり、監視ソフトを導入しているケースは珍しくない。
つまり企業によっては、監視ソフトでどこのサイトにアクセスしているとか、メールしているかについても分かるので、仕事をさぼって遊んでいると上司から注意される事になる場合がある。
まぁ大抵は監視ソフトを導入してますよと、予め社員に通達するなどして予防策に努めている場合が多いようだが。
大企業などは契約で複数のグローバルIPを持つ所も多いが、監視ソフトを導入している所も多いそうだ。
中小企業の場合は監視ソフトを使っている所もあれば、使っていない所もあるが、ネットカフェと同じ理由で運営さんに露見する可能性が高い。
つまり、会社のパソコンを使用する場合は勤務査定に響く危険性のある場合もあるという事だ。
また、ネットカフェやグローバルIPが一つしかない会社では複数アカウントの不正をしても露見する可能性が高いわけだ。
では、ネットカフェ1軒に付き1つのアカウントを取るようにして数十軒のネットカフェを利用すればいいという考えが出て来る。
だが例えば日間ランキングに載る事を目標に不正をしようとした場合、時間制限がある。
日間ランキングの場合、一日に3回更新されている。つまり8時間に1回という事だ。
8時間という時間制限の中で数十軒のお店を回るのは大変だ。
それにお金もかかる。
さらにはIPアドレス以外にも不正を判断する材料はある。
それは次の所で述べよう。
実は1台のパソコンでIPアドレスの問題をクリアする手がある。
IPアドレスを自動的に変換してくれるソフトがあるのだ。
相手側に本物のIPアドレスではなく偽装したIPアドレスを見せるソフトだ。
別に違法なソフトでは無い。
ネットを安全に利用するために作られた物だ。
こういう物は使う人次第だ。
包丁と一緒だ。本来、包丁は料理に使うためのもので生活に役立たせる物だ。
しかし、中にはこの包丁でコンビニ強盗をしてしまう人もいる。たまに皆さんもニュースで見掛けるだろう。
使う人次第で本来の目的に適う使い方をされたり悪用されたりもする。
『読者の皆さんには、如何なる物であれ本来の使い方をして、悪用などは決してしないで下さい』
こうしたIPアドレスを変更するソフトを使っても実は不正は露見すると言われている。
それは何故か。
例え、IPアドレスは違っても今度はアカウントがネックになるのだ。
何故なら数十人分のアカウントを短期間に取得して、そのアカウントから一つの作品にポイントを入れる事になるからだ。
「小説家になろう」は2004年の設立であり既に10年以上の歴史がある。
例えばの話、私がIPアドレスを変更するソフトを使ってIPアドレスを変えながら複数のアカウントを取得したとしよう。
そして自分の投稿した作品に、その複数のアカウントを使って、ブックマークをし評価を入れてポイントを不正に大量取得したとする。
しかし、10年以上にわたって会員を増やして来た中で、たった1日で作られた複数のアカウントのみが特定の作品にポイントを入れているのは、いかにも不自然という事になる。
これが1日でなくても一週間でも一ヶ月でも同じだろう。
10年以上というスパンから見て極めて短い期間に取得されたアカウントのみが特定の作品にポイントを入れるのだから不自然極まりないというものだろう。
だから、これまでにも退会処分になっている人がいるのだろう。
なら逆に露見しないように少数ならどうかという事になる。
例えば今の世の中、自分の携帯やスマートフォンを持つ人は多いだろう。そして自分用のパソコンを持つ人も多いだろう。
パソコンで作品を投稿し携帯からポイントを入れれば、露見しないのではないかという事は誰しも考えるだろう。
確かに露見はし難いだろうが、そこに意味があるだろうか。
一つ二つ、三つでも四つでもいいが、それくらいの複数アカウントを作って不正したからと言って、それが呼び水になり、多くの人が読んでくれたりポイントを入れてくれるという事は殆ど起きないだろう。
よく私は自分の作品の執筆に詰まると、ここに最近初めて参加し初投稿した新規会員さんの作品を探しては読み、ブックマークをして5:5の評価を入れているという事をしている。
だからと言って、そのポイントを入れた全ての作品が急激に人気を集めるといった事にはなっていない。
つまり、少数の不正はやるだけ無駄だ。
やったとしたら、ただ不正をしたという「汚点」を抱え込んでいくだけの事だ。
中には不正をして退会処分になっても書籍化デビューした人もいるが、そういう人は一生「小説家になろうで不正をした」という不名誉なレッテルを貼られ、後ろ指を指されるだろう。
『つまるところ日間ランキングに載るような大量のポイントの不正取得をする場合は運営さんに露見する可能性が高く、小規模なら効果は低くやるだけ無駄なのだ』
ちなみに余談だが、私が新人さんの始まったばかりの連載作品に5:5の評価を入れているのは、励ましと今後に期待してという意味だ。
本来なら作品完結後に評価は入れるべきかもしれない。
作品は途中から面白くなったりつまらなくなったりする事もある。
だが、しかし、何せここ「小説家になろう」ではエタル作品(未完の作品)が多い。
そのためエタらないでね。頑張ってね。と激励の意味を込めて、また5:5の評価に相応しい作品になるよう頑張ってほしい、という意味で5:5の評価を入れている。
どうか、その願いが一つの作品でも多く届きますように。
ちょっと余談が長くなった。
これを読んでいる読者の中には、底辺にいてポイントが入らず悩んでいる作者さんもいるかもしれない。
不正の誘惑に負けそうになっても「渇しても盗泉の水を飲まず」(どんなに困っても不正しない)と胸を張って頑張ってほしい。誘惑に勝ち苦労の末に努力が実を結んだ時ほど、また悦びも大きいものとなるだろうから。
また、自分の作品がランキングに載らない事をポイントで不正した作者のせいにしたい人もいるかもしれない。
イギリスの詩人ブレークは言う。「狐は我が身をとがめずして罠を責める」と。
狐は罠にかかると自らの不注意を棚に上げて全てを罠のせいにするという。これは反省しない人はこの狐と同じだという戒めだそうだ。
「世界のホン◯」を作り上げた創設者は「進歩とは反省の厳しさに反比例する」という言葉を残している。己を厳しく反省する事によって進歩していった実例がそこにある。
自分が成功しないのを、不正した他人の責任にしたい気持ちはわかる。それで心は楽になるだろう。
しかし、そこで自分の書く作品の進歩は止まってしまうかもしれない。
アメリカの実業家◯ナメーカー氏は言う。「為すべき一つ一つに全力を尽くせ」と。
一つ一つ積み上げて来た努力の末に成功がある。
「小説家になろう」の作者さん全員に、その体現者となって成功してほしいと思う。
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②【ランキングと読者専門の会員さん】
以前から、よく「流されやすい何も考えない読者の人」が日間ランキング上位の作品にポイントを入れているという説が散見される。言い方や表現は多少の違いはあるかもしれない。「何も分かってない読者」とか「自分という物を持っていない読者」とか言い方は色々あるが本質は同じだ。
果たして本当だろうか?
ここの会員は約52万人にいる。投稿作品は約29万作品だ。
つまり一人一作品投稿していると単純計算すれば、約21万人が作品を投稿していない読者専門の会員という事になる。
だが実際には一人で複数の作品を投稿している作者も多いので、読者専門の人はもっと多いだろうと予想される。
つまり21万人+αだ。
ここで注目したいのは「日間」ランキングではなく「累積」ランキングだ。
誰しも面白い作品を読みたいと思うだろう。
それなら「累積」ランキングを見るのが一番手っ取り早いのではないだろうか。
何故なら「累積」ランキングの上位陣は最もここの会員(読者、作者)に評価された作品だからだ。
それに「累積」ランキングの上位陣ともなれば、その多くは書籍化されている。
ここのランキングで人気があり、書籍化もされているのだから、面白い可能性が高いのは当然だろう。
流されやすい何も考えない読者が多いのなら、当然その人達は「累積」ランキングの上位陣の作品にブックマークと評価をしていてもおかしくはないどころか、していて当然の話だろう。
だが、ここでちょっと注目してほしい数字がある。
その「累積」ランキング1位の作品のブックマーク数と評価者人数だ。
この文章を書いている現在の「累積」ランキング1位の作品へのブックマーク数は約66600で評価者数は約1万500人だ。
つまり会員が52万人いる中でブックマークした人は13%以下だ。
評価をしたのは約2%だ。
先ほど読者専門の人数は21万人+αと書いたが、「累積」ランキング1位へのブックマーク数はその三分の一にも満たない。
もし、流されやすい何も考えない読者が多いというのなら、何故、こんなにも「累積」ランキング1位の作品をブックマークし評価している人が、推定される読者専門の人数の割合から見ても、会員数全体の割合から見ても少ないのだろうか?
流されやすく何も考えていない読者が多いのなら、現在、最も人気のある「累積」ランキング1位の作品にもっと多くのブックマークとポイントが入ってもいい筈だろう。
だが、そうはなっていない。
「累積」ランキング2位以下の作品は当然の如く、もっとブックマークも評価も少ない。
つまり、会員の全体数、または推定される読者専門のの人数から見れば「累積」ランキング1位の作品と言えど、それを面白く思いポイントを入れたという人は少数派なのだ。
こうした事から考えれば、果たして「流されやすい何も考えない読者層」というのが本当に大勢いるのだろうかという疑問がわく。
と言うか、そういう人達が大勢いるという根拠は何なのだろうか?
誰かがアンケート調査でもしたのだろうか?
どこかのサイトか、何かの本にでも載っていたのだろうか?
前に述べたように読者専門の人数は21万人+αと書いたが、そのうちの1%たる2100人+αでもいいから、その人達と親しくし、その考えている所や性格を把握したのだろうか?
そういう事を言う人達が何かしら「納得の行く根拠」を示してくれれば信じもしよし納得もしよう。
だが、単なる憶測だけなら私は信じはしない。
そもそも「流されやすい何も考えない読者層」とか「何も分かってない読者」とか「自分という物を持っていない読者」とか、それに類似した読者さんを指す言葉や表現というのは、余りにも高慢であり読者さんを見下し、侮辱していると私は思う。
他にもやたらと作者だけを持ち上げ、読者専門の人に対し侮辱的な発言をする人もいるが、それもいかがなものかと思う。
そんなに作者は偉いのか?
それにそういう事を言う人の中には、まるで読者専門の会員さんはランキングに載った作品しか読んでいないかのような事を言う人もいるが、これも疑問だ。
そんなデータがどこにある?
私は底辺作家だが、私の投稿作品に初めて感想をくれた方は読者専門の会員さんだった。
今、この作品を読んでいる作者をしている読者さんの中にも、ランキング外のご自分の作品に読者専門の会員さんから感想やレビューやブックマークや評価をいただいた人も少なからずいるのではないだろうか。
読者専門の会員さんだからと言って必ずしもランキングの作品ばかり読んでいるというわけではないと思う。
日本のネット人口は総務省の発表によれば9652万人だそうだ。
ここ「小説家になろう」の会員数は約52万人。
日本のネット人口からすればここの会員になっている人は、その僅か1%にも満たない。
100人に1人もいないのだ。
『一期一会とまでは言わないが、せめて同じ会員同士、根拠も無く作者がどうとか読者がどうとか言わず、相手を攻撃したり傷付けたり不愉快になるような言葉は慎み、お互いを尊重し合って気持ち良く「小説家になろう」を利用する事はできないものであろうか』
「其の高きに昇ることなかれ、以て人に下らんことを求むべし」
という教えがある。
その意味は「高慢になってはいけませんよ。謙虚になりなさい」だ。
出典は「童子教」だ。「童子教」は江戸時代の寺小屋で使われていた初等の教科書だ。
江戸時代という昔でさえ子供に謙虚さを教えていた。
西洋では偉大なる詩人ゲーテが言っている。
「思い高ぶらない人間は、本人が信じているよりも遥かに大した人物である」と。
『できうるならば、ここの会員さん全ての人がお互いを尊重でき、更に大した人物だと敬意を持てる人になってほしいと願うばかりだ』
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③【冤罪の可能性について】
ここ「小説家になろう」の会員の中には作品、感想、活動報告などで、独自の複数アカウント利用者の見破り方を話している人もいる。
中には作品名、作者名こそ出さないものの、特定できる形で言及している人もいる。
本人には余程の自信があるのだろう。
だが、それは本当に正しいのだろうか。
ここの会員さんの見れる他者・他作品の情報は運営さんよりも遥かに少ない。
だからここの会員さんが他者や他作品を不正と指摘する場合、大抵は『状況証拠からの推測』に過ぎず『明確な証拠』があっての事では無いのだ。
私はこうした『明確な証拠』も無しに他者を不正をしている違反者だと決めつけている作品、活動報告、感想を見ると「小説家になろう」には直接は関係無いが幾つかの実際に起きた事件を思い出す。
全部語ると長くなるので一つだけ語ろう。
数年前、ある殺人事件があった。ある一家のうち全員ではないが数人が殺害された。
そこでテレビのワイドショーやネット上で犯人扱いされたのが、その一家のうちの無事だった一人だ。
警察への通報が遅かった。
マスコミへの言動が怪しい。
態度が怪しい等々から犯人だと疑惑がもたれたのだ。
『明確な証拠は何も無かった』
あるワイドショーの司会者は名指しこそしなかったものの、まるでその人が犯人かのような疑惑を口にした。
あるタレントは自分のブログにその人が犯人だと書いた。
そしてある日、警察が犯人を捕まえた。
犯人はそれまで疑惑を持たれていた人とは全くの別人だった。
そう別人だったのだ。
つまり、ワイドショーやネット上で犯人だと推測されていた人には何の罪も無く、正に「冤罪」だったのだ。
その結果、その人が犯人かのような疑惑を口にしたワイドショーの司会者は、あるホテルの一室で番組スタッフに付き添われながら、疑いをかけた人に謝罪した。
自分のブログに犯人だと書き込んだタレントは事務所から謹慎を言い渡され、暫くの間、芸能活動の中止を余儀なくされた。
「冤罪」をかけられた人が後に週刊誌のインタビューに答えているが辛い思いをしたそうだ。当然だろう。家族を亡くしたのに犯人扱いをされていたのだ。
「冤罪」をかけた方にしても、調子に乗り過ぎ痛い思いをする事になったわけだ。
自分には真実を見抜く目がある。
私は洞察力に優れている。
何て己惚れている人がこういう「冤罪」を起こしやすい。
それが如何に危険な事か……
何の罪も無い人を無惨に傷つけるのだ。
それはここ「小説家になろう」でも同じではないだろうか。
ここの会員さんが、特定の作者を複数アカウントをしている不正な人だと疑っても『明確な証拠は何も無い』のだ。
もしその相手が本当に何もしておらず、無実であったら?
それは濡れ衣を着せているという事になる。
その可能性は常にあるだろう。
というか某所では実際にそうした【冤罪】があったようだ。
ネット上には「小説家になろう」での不正を糾弾する人達がいる。
昨年、そこで複数アカウントによるポイント不正取得で退会になったと推測される作者さんと作品の名前が複数載せられた。
しかし、翌日にはその作者と作品の一つに棒線が引かれ、「誤報の可能性が高い」「この度は大変ご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした」というコメントが追記され訂正されていた。
具体的な詳しい経緯はわからないが、罪の無い作者さんと作品に対し濡れ衣を着せてしまったという事だろう。
こうした事が実際にあるのだ。
ここで可能性の話をしよう。
例えば日間ランキングの上位に突如入った作品で、数千文字の作品、または1話、2話程度しか連載していない作品で、しかも内容がつまらない物は複数アカウントによる不正だという説が散見される。
果たしてそうだろうか?
確かに中には不正な場合もあるかもしれない。
だが全部が全部不正なのだろうか?
次の様な可能性もあるのではないだろうか?
『作品の作者がプロの作家さん』
ここ「小説家になろう」には書籍化デビューした後も、書籍化した作品の続きや外伝や新作小説を載せている人もいる。
そういう人の新作の場合は数千文字で1話、2話程度しか連載していなくても、ファンがいたりする場合もあるから、それなりにブックマークや評価される場合もあるだろう。
『前作、または連載中の作品がそこそこ人気な作家さん』
書籍化デビューはしていなくてもブックマークが数千人もいるそこそこな人気作を書いている人の場合もやはりファンがいたりする場合もあるから、それなりにブックマークや評価される場合もあるだろう。
『本当に偶然』
日間ランキングは日に3回更新されるし、深夜から早朝にかけては読者も少ないと言われている。
そうした読者自体が少ない時間帯などにおいて、偶然のタイミングでポイントが集まりランキングに入る事だってありえるのではないだろうか。
また時期的な事もあるかもしれない。年末などは、人気作の更新が少なくてつまらないとぼやいている読者もいる。
人気作や新作が少ない時期に偶然のタイミングでポイントが集まりランキングに入る事だってありえるのではないだろうか。
そうした事は100%有り得ないと言えるだろうか。
『誰かに陥れられようとしている場合』
これはかなりブラックな話だが、つまりある作者を嫌う人が、その作者を陥れるために、その作者が複数アカウントで不正をしていると見せかけるというケースだ。
所謂「褒め殺し」だ。
複数アカウントを作り嫌いな作者だけにポイントを入れ、感想を書き、レビューも書く。
他の作者には目もくれない。複数のアカウントが一人の作品だけにそんな事をしていれば、不自然さは際立つわけだ。
さらには別のアカウントを使い、あの作者は自作自演しているのでは? とわざとらしく指摘したり広めたりもするわけだ。
これは別に私が今、考え出したという話ではない。以前からネット上で「小説家になろう」にもそういうケースがあるのではないかという話が出ているのだ。
小説投稿サイトとは違うが、「Q & Aサイト」(会員が質問し回答しあうコミュニティサイト)ではかなり以前から、嫌いな回答者を自作自演しているように見せかけ陥れようとする例がある。
「◯◯て◯oo」というコミュニティサイトの場合は、回答に対して第三者が「参考になった」という票を入れる事ができる。
それを利用して嫌いな回答者の回答に「参考になった」を不自然なほど大量に入れたりして、回答者の自作自演と見せかける。
他にも嫌いな回答者が回答するだろうと思われる偽の質問を幾つもして、その嫌いな回答者だけに「ベストアンサー」を毎回付け自作自演と見せ掛ける。
他にも自作自演に見せかける手は幾らでもある。
「◯え◯◯oo」には実際にそういう事をされて身に覚えのない自作自演を疑われ広められて嘆いている人がいた。
「◯◯ー知恵◯」でもそういう事があるようだ。利用者の中にはそれを「逆自作◯演」と呼んでいる人もいるくらいだ。
ネットなんて所は今更言うまでもないだろうが、利用者は良識ある人ばかりでは無いのだ。
残念ながら当然の如く「小説家になろう」も同様だろう。
良識ある人ばかりだったら「毒者と作者に物申す」なんて、このエッセイを私が書く事も無かった。
日間ランキングに載った作品を自作自演と判断し、その作者が不正をしている悪い人だと騒いでいたら、実は、その作者を陥れるために他の誰かが自作自演に見せかけていて、その策謀に自分が騙され踊らされている間抜けなピエロを演じていたなんて事もありえるのだ。
現在、そうした自作自演に見せかけ他者を陥れる事が起きていないと言えるだろうか。
その可能性は100%無いなどと言えるだろうか。
繰り返すがネットでは、既にそうした自作自演に見せかけて陥れる可能性のある事が以前から指摘されているのだ。
『読者の皆さんは決してこのような行為をしないで下さい』
まぁ中には自分が誰かに自作自演をしているように仕組まれ濡れ衣を着せられたと主張した人が、それこそが偽りで、実は自作自演していたなんて例が、とある「Q & Aサイト」ではあったそうだ。
ともかく日間ランキングに載った作品に対して、私のような知恵の無い人間でもこれだけの可能性を指摘できるのだ。
知恵のある人なら他にも可能性は見出せるのではないだろうか。
なお、「つまらない作品がランキング上位にある」という事に納得のいかない人がいるかもしれない。
しかし、それは感性の差という事も考えられる。
「十人十色」という諺が古くからあるように、人はそれぞれ違う。
自分が面白いと思っても、他人はつまらないと感じる事もある。
その逆に自分がつまらないと感じても、他人は面白いと感じる事もある。
ライトノベルについてランキングと作品の紹介をしている「このライトノベルがすご◯!」という本がある。年1回出版されており、初めて出版されてから既に10年以上経った。
私は毎年、この本を見ているが、ランキングについては他者との感性の違いを感じずにはいられない。
「これ、上位に来てるけど、そんなに面白い作品?」
「この面白い作品が何でこんなに下位?」
なんて思う事が毎年の恒例行事だ。
だがアンケート結果はそうなのであり、そういう結果が出たからと言って、私はそこに何かしらの不正があるなどとは考えない。感性の差という事で納得している。
「小説家になろう」のランキングにしても私は短絡的には疑わないようにしている。
失礼な言い方だが、そもそも「累計」ランキングの上位の作品でさえ、自分にとってはそれほど面白いとは思えない作品に多くのブックマークと評価が入っていたりするのだ。
これも感性の差というものだろう。
日間ランキングとて、それと同じ場合もあるだろうと思う。
「自分の面白いと思う作品は他人も全て面白いと思う筈だ」
「自分がつまらないと思う作品は他人も全てつまらないと思う筈だ」
などというのは傲慢な考えでしかないのだ。
そもそも根本的な問題として「明確な証拠が無い」状況で疑おうと思えば幾らでも他人を疑える。
古代中国の思想家「荀子」は「人の性は悪なり」と「性悪説」を唱えた。
ルネッサンス時代の西洋の思想家マキャベリは「人は善よりも悪に傾く」と言っている。
それを踏まえて牽強付会に【仮の話】をしてみよう。
〖現代の日本において、横断歩道で道に車が走っていない場合には赤信号でも渡ってしまう人や、横断歩道でもない場所なのに道を渡っている人を見掛ける事はよくある。
道路で制限速度は決まっているが、大幅なスピード違反はしないまでも、少しだけ制限速度を超えて走っている車など珍しくもない。
道端で10円を拾って交番に届けるのは幼い子供だけだろう。
みんなばれなきゃ小さな不正はしているものだ。
荀子は「人の性は悪なり」と言ってるじゃないか。
マキャベリは「人は善よりも悪に傾く」と言っているじゃないか。
人は誘惑に弱い愚かな生き物だ。みんなが正義を守っているなら警察はいらない。
そういう事を鑑みれば「小説家になろう」で不正をしていない人がいるとは思えない。
今の時代、みんな携帯やスマートフォンの他にパソコンも持っている。
ならきっとそれを利用して複数アカウントを作っている筈だ。
携帯、またはスマートフォンから一つ、パソコンのアカウントを一つならばれないだろうから。
きっと、みんな複数アカウントを作って不正しているに違いない〗
と会員さんの殆どを疑える。
『読者の皆さんはくれぐれも交通法規は遵守して下さい。拾ったお金は交番へ』
勿論、この不正をしているという容疑者の中には私自身も入る。
というか、他の人より更に疑える。
【これもあくまで仮の話だが】
推理小説の犯人の定番を思い出して欲しい。
「第一発見者が犯人」
「言い出した人が犯人」
と言うのはよくあるパターンだ。
つまり私は、実は不正をしており、その不正を隠すために、疑いの目を向けられないために、殊更こういう不正についてのエッセイを書いたのだという疑いをかける事ができる。
これは私の他にもこうした不正について書いたり発言している人、全ての人にこうした疑いをかける事ができるだろう。
更には、他の特定の会員さんについて不正していると暗に言及している人については、その人がその会員さんを陥れるために、不正の疑いをかけていると疑う事も可能だ。
更には、私がそういう他の会員さんについて不正していると暗に言及しているその人自身を陥れるために、こうしたエッセイを書いていると疑う事もできるだろう。
更に更に言えば、私がこうして【仮りの話】として、私自身が不正している可能性に言及している事自体が、それこそ自分から疑いをそらすために、わざと私自身にも疑いをかける事が可能だなんて言って、自分はいかにも潔白だと見せ掛けていると疑えるのだ。
もう、ここまで来ると疑惑だらけだ。
下手をすると疑心暗鬼に陥ってしまう。
【これはあくまでも【仮の話】ですからお間違いのないように】
【なお繰り返しますが私自身も一切、不正をしていませんので。念のため】
更に厄介なのは私自身を含めて殆どの会員さんに【仮の話】とは言え、掛けられた疑惑を晴らす手段が無い事だ。
ちょっと考えて欲しい。どうやって自分は不正をしていないと証明する?
実際、不正をしていない事を証明するのは難しい。
もうこれは「悪魔の証明」だ。(「悪魔の証明」について詳しい説明が聞きたい人はWikipedi◯を参照して下さい)
つまり「疑惑」なんて誰にでも抱けるし、不正をしていない事を証明するのは難しい。
そして大半の作者さんに「冤罪の犠牲者」になる可能性があるのだ。
これは決して他人事ではない。
「冤罪」をかけられない作者さんは、作品のポイント評価を「受け付けない」にしている人だけだろう。
ここの会員さんが作品、感想、活動報告で特定の作者を不正をしていると指摘しても、そこには常に『冤罪の可能性』が付き纏う。
『明確な証拠が無い』のに軽々しく他者を不正していると公けに糾弾したはいいが、もしその相手が無実であったなら……その場合、冤罪を犯した責任を私は軽いとは思わない。
不正を行った者と同様に罪は重いと思う。
何の罪も無い人を傷つけるのだから。
私は不正の問題は運営さんに任せておくのが一番だと考える。
最初の方に書いたように、ポイントの不正大量取得によって退会させられている人が実際にいる。
運営さんも動いているのだ。
運営さんの方が我々会員より多くの情報を見れるのは先に説明した通りだ。
『明確な証拠が無い』のに軽々に冤罪の可能性を冒してまで他の作者さんに疑いの目を向け言及するのは褒められた行為では無いと思う。
『私はここの会員さんが冤罪という罪を犯し、何の罪も無い無実の人を傷付ける事が無いよう心から願う』
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【総括】
真っ当な作者さんがポイントの不正問題に怒りたくなるのは分かる。当然だろう。
しかし、そこに頭を悩ませても根本的な解決は図れない。
私達にできる事は少ないからだ。
それよりも
「大事を思ひ立つ者が小事に拘わる事なかれ」
の格言の如く、不正問題は運営さんにお任せして、自らの作品を高める努力を更にする事をおすすめしたい。
アメリカの実業家カーネー◯ー氏は事業の成功の秘訣を聞かれ、
「成功に何のトリックも無い。私は仕事に全力を尽くして来ただけだ」
と言ったそうだ。
「小説家になろ◯」の作者さんにも、自分の作品で
「書籍化には何の不正も無い。私は執筆に全力を尽くして来ただけだ」
と不正した者達を正面から叩き潰す成功をしてほしいと思う。
それが王道であり最高のエンターテインメントだと思う。
小説の内容で、その成功で私達を酔わせてほしいと思う。
読者専門であろうと作者だろうと同じ「小説家になろう」の会員同士だ。
作品を読んでくれているのはどちらも変わりない。
殊更にどちらが作者の役に立っているとか、偉いとか、優れているとか会員同士の仲を分断するような事は考えず、
「仲良き事は美しき哉」
と、お互いを尊重し合って、このサイトを利用してほしいと切に思う。
「七度尋ねて人を疑え」
という諺がある。
無暗に人を疑ってはいけませんよという戒めの言葉だ。
私達に得られる情報は極めて限られた物でしかなく、もし誰かを不正していると思ってもそこには常に冤罪の可能性が付き纏う。
私はここの会員の誰にも冤罪を犯すという罪をしてほしくないと思っている。
「人は大きな目的をもってこそおのずから大きくなる」
とドイツの詩人シラーは言う。
「小説家になろう」の作者さん達には、
将来「小説家になろう」からデビューした大した人物だと言われる様な存在になって欲しいと思う。
頑張ってほしい。
……えっお前はどうなんだって?
私は「なろう」の底辺からみんなの努力が実を結ぶのを見守っているよ。
私自身は、………………そのうち頑張る。