君しか知らない
いつだって僕らは近すぎた。
君が隣に居るのは当然のことで、君が居ない世界を僕は知らない。
僕には三つ年上の姉が居る。
生まれてから小学校5年までアメリカに住んでいた。
そのせいだろうか・・・
お姉ちゃんとは呼んだことがない。
こっち来てからだ。僕とリンの関係がずれだしたのは。
僕もリンも公立の小学校・中学校に転校した。
どうしてだろう。こっちに来てからリンが遠くなってしまったのは・・・
いつも冗談を言い合って、遊んでいたのに。
お父さんとお母さんには気付かれないほどのぎこちなさは僕をイライラさせた。
毎日制服を着て家を出るリンと、ランドセルを背負い家を出る僕。
僕はリンの制服姿が大嫌いだった。
まわりの大人は綺麗になったリンの制服姿を褒めていたけど。
それから僕はいつも遅刻ギリギリに起きるようになった。
リンが家を出てから起きて走って学校に行き、学校が終わったら急いで帰ってリンが帰ってくる前に友達の家に行く。
そんな毎日が過ぎ、ついに僕は小学校を卒業する時がきた。
この時を待っていた。これでリンと並べると思った。
幼かった僕はどれだけ心弾ませたことか・・・
しかし当然のようにリンも年を重ね高校に進学する。
制服を着れば対等になれると思っていたのに、差は広がるばかりに思えた。
中学生にもなればまわりの子たちは
「あの子が好きだ。あの先輩カッコイイ。」
などと口を揃えて言い出した。
正直僕にとってはどうでもよかった。
部活にも入り友達も作ったし、僕が中学校生活に望むものはもう無かった。
だけど落ち着かせてくれなかった。
入学して半年。もう何人に告白されたか分からない。
好意を持ってもらうのは嬉しいことだが、僕はその子たちの雰囲気がどうしても好きになれずにすべてお断りしている。
告白が電話だったり・友達と一緒に言いに来たり・・・
もちろん一人でちゃんと言いに来てくれた子もいたけど。
そんな状態が2年も続くといろんな噂が飛び交った。
友達のケンジと付き合っているんじゃないかとか・人妻に飼われてるとか。
バカみたいだ。
そんな噂ばかりしている存在をどう好きになればいいのか。
リンの方も高校2年も終わるというのに浮いた話は一切出なかった。
そもそもこっちに来てから会話らしい会話はほとんどしていないのだけれど、うちの両親はオープンな人たちだから
「リンは可愛いんだから彼氏の一人や二人作った方がいい」
とちょっとどうかと思う発言を繰り返している。
中学3年になり、僕は進路について考えていた。
留学しようともう自分の中ではほとんど決めていた。
もちろん英語は喋れるし、もともとあっちで生まれ育ったからいずれは戻りたいと思っていた。
親に相談してみたら賛成してくれた。
生活費・学費は出してもらうことになるが、最低限の支援にしてもらうようにも頼んだ。
友達には決まってから伝えたのでかなり怒られたりしたけど、淋しそうだったが遊びに行くといってくれた。
リンには僕から言う事は無かった。
部活も引退して卒業に近付くと、みんなは受験勉強に追われ僕は本格的に準備を始めた。
住むところは向こうの寮に入るからそんなには大変ではなかった。
卒業間近。
落ち着いていた告白がまた立て続けにあったりしたが、すべて順調に過ぎた。
日本に来て5年。
とても楽しかったけど、本当の居場所にはできなかった。
友達と卒業旅行にも行って、送別会もしてもらった。
出発前夜は両親が家族水入らずで食事をしたいと言っていたので、少し高級感のある店に出かけた。
とても久しぶりの四人揃っての食事。
こんなにちゃんとリンと向かい合うなんて4年ぶりくらいだろうか。
十八になったリンは昔とそんなに変わらなかったが、少し大人っぽくまわりが言うように美人になっていつのまにか僕より背が低くなっていた。
家に帰り明日に備え早めに床に着いた。
ウトウトと浅い眠りの中に居ると、部屋のドアが開いた気がした。
近くに人の気配があったが、半分眠りの中に居たために目を開けることができなかった。
僕の枕元で何か聞こえる。
「姉弟でいればいつまでも一緒に居られると思ったのに・・・」
と、たしかにそう聞こえた気がした。
軽く唇に何かがあたり部屋から人の気配が消えた。
その後、僕は夢を見た。
昔住んでいた家で、大人になった僕とリンが暮らしていた。
二人きりで。
出発の日にリンは見送りに来なかった。
両親に見送られ僕は飛行機に乗った。
それからただ日々はゆっくりと、でも確実に流れていった。
高校卒業間近。
このままこっちの大学に進むことは決めていた。
そんな頃。大学を機に一人暮らしを始めていたアパートのチャイムが鳴った。
いつも通り一度覗き穴で確認すると、そこにはリンが立っていた。
急いでドアを開けると
「元気だった?コウ。」
そう静かにあまりにも平然と言うもんだから
「あ・あぁ・・変わりない。」
と少しどもってしまった。
とりあえず中に通した。いろいろ聞かなければいけない。
ソファーに座るように促しコーヒーを入れて渡した。
「どうしたの?いきなり」
「私ももう今年大学卒業だから、いろいろ考えようと思って。」
そう言ってリンはコーヒーに口を付けた。
あれから日本に帰ることも無く4年。
話す機会もなく、あの夜のことはすべて自分の中で夢ということになっている。
僕の中でももう切り替えなければいけなと思っていた。
そんな時に予告も無く現れたリン。
「どこのホテル泊まってんの?」
会話が止まっていたことに気付いて急いで口を開いた。
「コウのところに泊めてもらおうと思って取ってないよ。」
「・・・。」
思考が一瞬止まった。
「うち来客用ベッド無いから無理だよ。今探してあげるからちょっと待ってて。」
焦ってソファーから立ち上がった。
「昔はいつも一緒に寝てたじゃない。もったいないからいい。」
何を言っているんだろう。
昔は寝ていたのは当たり前だ。今じゃお互い19と22だ。
僕もリンももうあの頃とは違いすぎる。
「何言ってるんだよ。俺身長180あるんだよ?ベッドシングルだし無理に決まってんじゃん」
どうにか冷静に言い返して電話を手にした。
ホテルは取れたし、このままサヨナラってわけにも行かないから食事に出かけた。
日本で言うファミレスのような店に入り適当に頼んで食事を始めた。
とくにお互い話し出すこともなく食べ終わった。
ホテルまで送り届け、帰ろうとして呼び止められた。
「明日時間空けてくれる?」
そう言われて正直断ろうかとも思ったが、あまりにも必死な目で僕を見るので断れなかった。
次の日。11時頃ホテルまで迎えに行き、
「何処に行きたいの?」
と尋ねた。
「コウはついてきてくれればいいよ」
とだけ言いリンは歩きだした。
何の迷いも無く進み続けるリンの背中を見ながら、行き先はなんとなく見当がついていた。
こっちに来てから決して僕が行こうとはしなかった場所。
昔僕らが住んでいた家。
一時間くらいで着いたそこは、あれから誰かが住んだ後はあったが今は空き家だった。
懐かしい香りに包まれて、リンはとても嬉しそうに歩き回っていた。
一通り見て回ったリンはベランダに出た。
「ねぇコウ。此処に居た頃は楽しかったね。」
ただ懐かしんでいるだけなのか、声からは読みとれなかった。
「そうだな。まぁ・・・だいぶ変わったな。此処も」
《此処も・・・》
そう此処が変わってしまったように、僕らも変わってしまった。
「コウ、私ね。この4年間ずっと考えていたの。どうしたらあの頃のように貴方と一緒に居られるのか。」
あの夜のことは夢じゃなかったみたいだ。
「家族なんだからいつでも会えんじゃん。」
返す言葉を見つけるのが大変だった。
僕がリンとの距離を感じていたのと同じように、リンも僕との距離を感じていたのだ。
リンは僕に、家族愛とプラスして違った愛をも持っているように思えた。
それは僕にも言えること。
今まで必死で見てみぬフリをしてきた。
日々美しくなっていくリンを見て、自分の幼さと家族だという事実を憎まずにはいられない。
それは恋愛より痛く苦しく、姉弟愛より酷く募り行く想い。
僕だって考えていた。どうしたらずっと一緒に居られるか。
分かっていた。いつからかわからないが、僕らが酷く痛々しいほどに想い合っていることなんて。
リンを此方に呼んで一緒に暮らそうとも考えた。
姉弟という関係でもよかった。男女の関係を持つことを望んでいたわけじゃない。
ただただ一緒に居られれば良かった。
あの夢のように、この家で。
朝起きて「おはよう」と言い、夜寝る時には「おやすみ」と言い小さくキスをする。
それだけでいい。
でもそれがお互いにとって最良の生き方なのか・・・
「なぁ・・・リン。次の正月には実家に帰るから。弟に会えないくらいでそんな淋しがるな。」
僕からリンへの、女のリンへの別れの言葉。
リンだって分かっていただろう。僕の想いを。
そしてリンは振り返り
「ちゃんと帰ってきてね!」
と言って泣きながら笑っていた。
それからリンは疲れて眠ってしまった。
前に住んでいた人が置いていったであろうソファーに寝かせ、そして枕元でひざま付き
「今はこれで善かったって思えないけど、いつかそう想いたいよ。リン・・・愛してるよ。」
最後に僕からリンの唇にキスを落とした。
これで善かったかはわからないけど、良かったんだと思うことで互いが歩き出せるのなら。
それは決して悲しいことではない。
別れを悲劇で終わらせずに、これが最上級の愛し方だと思わせて欲しい。。