第四話 教会の男
「レオノフ様は事務室においでです。どうぞ、こちらへ」
声を響かせないように小さな声で話す神父は、とても不気味だ。神父はフードつきの純白の服に身を包み、紫色のマフラーに近いような布で顔を覆っている。
ここはスミス・ファミリー管理下のケフェウス教会。
親父から渡された地図はメキシコの地図だった。もちろんそれを地理的に意味を読み取ることはできなかったが意味はルイスの解説によって分かった。それはメキシコの何処の地図であるかということなどを表しているのでなく、スミス・ファミリーが一部利権を持つ全米タコス協会のビルの地下にケフェウス教会があるということを意味していたのであった。全く複雑なところだがこれも全て警察その他の操作を撹乱するためだということだった。親父がルイスを仲間にさせたのもこういったことに対処するためだったのだ。
ケフェウス教会はビルの地下にあることもあってとても薄暗かった。講堂から幹部レオンの事務所までは長く細い廊下を通っていった。そこは講堂とは違って松明が灯かりだなどということはなかったがそれでもやはり薄暗い。俺はだいぶ前に見たナチスドイツの映画にあった地下基地を連想した。
ケフェウス教会へは五人で来たが入ったのは俺とルイスだけだ。ルイスによればこういう場所に多勢で来るのは幹部の連中が好まないだろうからということだった。
「ここが事務室です。レオノフ様は先程まで瞑目のお時間でしたのであまり阻喪などされませぬよう」
面白い建物だ。いや、当たり前のことだろうか。事務室までくる廊下はあちこちひび割れていたりしたのに、この事務室のドアは真新しく頑丈な金属で出来ている。よくは分らないがきっと頑丈な錠が仕掛けられているのだろう。
神父は懐から珍しい棒状の鍵を取り出してその錠に挿した。するとしばらく間を置いてドアが開かれた。
ドアの奥は広い部屋だった。しかしいわゆる事務所のようではなく警察の詰め所のような雰囲気だった。部屋には椅子や机が多く並べられておりそこには十人ほどのガンマンが談笑していた。また壁には物々しく沢山のライフルが吊るされており、また酒瓶の詰まった戸棚もいくつか置かれていた。部屋の一番奥にはそれらしいでかい机が置かれていて、そこには部屋の中にいる奴の中でも特別体躯のいい大柄な男が座っていた。
「若旦那、こちらへ」
男はそう言うと俺を部屋の奥へと促した。
「意外とお越しが早かったようで……、さすがはルイス。覚えておきましょう」
ルイスはにこりともせず席についた俺の後ろに立っていた。
「私がレオンです。他ファミリーとの対外関係を担当しています」
レオンは大柄な身体に、特注であろう黒のスーツ、そして趣味の悪い黄色のネクタイをしていた。
「若旦那に今回やっていただく仕事も同様のものです。最初に言っておきますがこれは簡単な仕事ではありません。また単純なものでもないといっておきましょう。実際これの成功するか否かはスミス・ファミリーの将来に多大な影響を及ぼすことでしょう」
レオンは神妙な面持ちになった。これがビジネスの顔というやつだろうか。あるいはこの男の素顔なのかもしれなかった。
「相手はリチャード・エルクラーノ。エルクラーノ・ファミリーのドンです。彼を消すこと、これが仕事です。もちろん最終的にはファミリーごと消えてもらうことになりますが、それはまた後の話です。まず、リチャード・エルクラーノに消えてもらいます」
俺は何も答えず軽くうなずいた。ファミリーの一員となってから俺はこの社会の作法というものを少しずつ知ってきていた。
「エルクラーノ・ファミリー……。余り聞いたことがないが何処の連中だ?」
「ジャリオ街です。彼らはそこで賭博による多大な収入を得ています。まあ、最近では麻薬や一番街などにも手を出しているようですが、たいしたことはありません。しかしジャリオ街での彼らの勢力は強大です。ジャリオ街はラスベガスのように華やかな所ではありませんが、一般庶民が利用するローカルな賭博場としては東海岸でも指折りの規模です。連中は三年ほど前ぐらいまではジャリオ街での収入で満足していたのですが、例の組織犯罪取締法でだいぶその活動に支障をきたしたようでしてね、最近われわれの領域を侵し始めたのです」
「しかしそんなことは日常茶飯事でしょう。なにもエルクラーノに限ったことじゃありませんよ」
スミスが横から訪ねるとレオンは困ったようにして言った。
「ああ、そのとおりだと私も思う。何しろ我々スミス・ファミリーはエルクラーノの連中と不可侵協定を結んでいるんだ。これを公開すれば圧力で自然と連中は大人しくなるはずなんだ」
「ではなぜ?」
レオンは答えなかった。これ以上は聞くな、というサインだ。
「話は大体わかった。で、俺達はどの程度自由に動けるのだい?お前の言ったとおりに動くのか、それとも自分達で計画を立てるのか?」
「手始めに連中の所有するカジノの一つを襲撃します。そこは大きくはありませんが、ジャリオ街の奴らの収入がすべて集まるところです。あとの人員など細かい話はまた今度にしましょう。その仕事の出来で今後のことは変わっていきます」
俺は軽くうなずきながら言った。
「なるほどね。お手並み拝見というわけだ」
俺は席を立った。
「話は以上のようだな。帰るぞ」
レオンも立ち上がって俺を見送った。
例の頑丈なドアの前まできてレオンは立ち止まった。
「そうそう忘れる所だった」
レオンは慌てながら机の方に戻ると銀のアタッシュケースを持って来て俺に手渡した。
「ドンからです。お渡しするようにと」
俺はその場で開けて中を見てみた。
中には護身用の拳銃が一丁、ホルスターと共に入っていた。
「他のファミリーが早くも若旦那の情報をつかんだという話を聞きました。若旦那も油断なされますな」
そういってレオンが手渡したのは銃の携帯許可証だった。それには俺の顔写真が張ってあったが名前は別人のものだった。携帯許可証はレオンの好意によるものだった。俺は礼を言いつつケフェウス教会を後にした。




