第三話 命令の意図
父親から初仕事をもらったジョンソン。新入りが加わった5人のメンバーで初仕事にかかる。
翌日。
俺たちはニューヨークのヘルズキッチンにあるスミス・ファミリーの隠れ家に集まった。隠れ家といってもただのアパートの一室だが俺たちはこれからそこを拠点として活動を行うのだ。今回は前回と違い皆定刻に集まった。
親父に、強制的に俺たちの仲間に入れられたその男は名をルイス・アンベールといった。背が高くインテリじみた顔をしている。マフィアらしからぬブラウンのジャケットを着こなしていた。
俺たちは部屋の中央に無造作に置かれた円卓を囲んで座った。粗末な部屋だ。ソファーや絨毯などはない。
「それで、ドンから渡されたのは何だったい?」
そう訊いてきたのはリューだ。俺は昨日寝る前に親父から受け取った書類を読んでみたのだった。しかし―――。
「スミス・ファミリーの指令書は読むのが難しい」
ルイス・アンベールが静かに言った。
そうだったのだ。はっきり言って、まるで意味がわからなかった。
俺はビジネスバッグから書類を取り出して、机に並べた。それは二枚あってひとつには地図、もうひとつには長々と文章が並べられていた。
「な、なんですかね。これは」
ダンが文章の書かれた方を手にとって見た。
「聖書の引用ですか。これは」
ダンはそれを声に出して読み始めた。
「神の子は仰せになった。『あなたたちが求めるものを主に欲してはならない。主は既にそれを知っておられるからである。主に対しては沈黙を貫きなさい。主はあなたのそばにおられるが主はあなたにそれを与えようとしない。主は既にそれを与えておられるからである。あなたはそれに気づくことはない。主は確信でなく感覚である。あなたは―――こんな文の羅列ですよ」
紙の一番上から下までぎっしり詰まった聖書の引用。最後には『レオノフによる福音書二章十六節』と書かれていた。
「だいたいレオノフの福音書なんて聞いた事がないぞ。キリスト教の聖書ではないよな。ルイス、これはいったいどういう意味なんだ」
ルイスは俺のほうを向いていった。
「そのとおり、これはキリスト教の聖書ではありません。ケフェウス教の聖書です」
ケフェウス教。
聞いたことはある。キリスト教の数ある一派で確か、神は人間個人の欲によって構成されるとかいう意味のわからない教義を掲げた、宗教というより秘密結社的な集団だった。
「ケフェウス教ならよく知っていますよ。確か教祖が脱税と不正蓄財の容疑で何回か逮捕されているはずです。私がまだ財務省にいた頃に何度か話を聞きました」
「それでなんでここにケフェウス教に引用文が書いてあるんだ? スミス・ファミリーとケフェウス教に何の関係があると―――」
「関係ありますよ」
そう言ったのはルイスだ。
「ケフェウス教は我々スミス・ファミリーが後ろに着いていないと社会的にとてもやっていけませんからね。我々のファミリーは彼らを保護しています」
ルイスは普通より長いタイプの葉巻を吸っていた。あの、煙が余計に出るタイプのだ。彼はそれを忙しそうに吸っている。
「私の昔いたところも宗教を保護していたね。中国には異常で特殊な宗教、とても多い」
リューの半分片言の英語がどこかおかしかった。いつもはこんなではないのだ。どうやらルイスもどこかおかしいその話し方に気づいたようだった。
「えーつまり、スミス家はケフェウス教に政治的、警察的な保護を与えるわけだな。それでスミス家は何を得る?」
「金でしょうね。教祖が摘発されたときもその不正蓄財の額は莫大なものでしたからね。それからそのときは連中の帳簿も押収されたはずです。中身を見たことはありませんが多くの犯罪組織に金が渡っていたと聞いたことがあります」
金―――。それは人を殺せ、それをもみ消すことのできるものだ。しかもそこには数字という名の無情な静物しか存在していない。
「ダン・ノートンの言ったこともあながち間違いではありません。しかし実際に金を受け取るのはおそらくファミリーというより教祖のもとに出入りする家の者でしょう。ファミリーが得るのはそれよりもっと強大で確固たるもの、つまり―――」
「人心?」
「人質か?」
「情報網?」
俺やダンの憶測にルイスはただ首を振るだけだった。すると今まで黙っていて論議にも参加しなかったクレイブが突然口を開いた。
「信仰ですよ。連中が持つ唯一で絶対的な武器だ」
ルイスはにやっと笑って話を続けた。
「そうです。洗脳された信者たちの信仰という名の絶対忠誠心。スミス・ファミリーは彼らをよく犯罪に使います。といっても警察の捜査の撹乱のために殺されて捨てられるだけですがね。そういった人材は非常に貴重です」
ダンが軽くため息をついた。マフィアの命に対する姿勢はとても非情だ。そこには道徳心や思いやりというものは、ない。
空気がとても重いものになった。さらりと言ってのけたルイスさえあまりいい顔はしていない。誰だってマフィアの行う暗黒の部分は好きじゃない。
しかし、しかし、だ。これが俺の憧れた世界、俺の望んだビジネスだ。いまさら気持ち悪いなどといってられない。いずれは人を撃つこともあるだろう。いずれは仲間さえ裏切らなければならないときが来るだろう。いずれは、いずれは、と考えると碌なことは頭に浮かばない。
「スミス・ファミリーは、ケフェウス教を統括するのに二人の幹部を置いている。そのうちの一人がジャスティン・L・レオンです。レオンの洗礼名、それがレオノフです。つまりドンが下した命令はレオンから聞けということです」
この長い聖書の引用は警察の目を撹乱するものに過ぎなかったのだ。警察もさすがにケフェウス教の聖書までは目が届かないということなんだろう。
「しかし、なんで親父は、いやファミリーはそんな面倒なことをするんだ? 会った時に直接レオンに聞け、と言えばいいじゃねえか」
「スミス・ファミリーは決して最強の犯罪組織ではありません。おそらく、情報の漏洩を恐れているんでしょう。仲間内とて、誰が聞いているかわかりませんからね」
俺は殺風景な部屋の様子をゆっくり眺めてみた。ここが俺の暗黒街での最初の足掛かりとなる。感慨と言うようなものは何もないが、妙なやる気が沸いてくる。俺は立ち上がって言った。
「それじゃあ、いってみるとしようぜ。ケフェウス教会へ、幹部のジャスティン・L・レオンに会いに行くんだ」




