たまねぎセイジン
――、なんだ、これ。
つまみあげて見ると、茶色いたまねぎの皮だった。
なんであたしの部屋に落ちてるんだ? 台所じゃあるまいし。夕飯の準備のときに、体にくっつけて持ってきちゃったのかなぁ。
あたしはそれをごみ箱にぺっと捨てて、ベッドにころがった。
*
また、たまねぎの皮。
きょうも夕飯に、たまねぎ使ったんだっけ。また台所からついてきちゃったんだな、きっと。
あたしはそれをごみ箱にぺっと捨てて、やれやれとベッドにころがった。
*
高二の冬休み。今年はひどく寒い。
そのくせ、頭の中は沸騰寸前。
右手に持っていたシャーペンをぐしゃっ、と折り曲げ――るほどの握力もないくせに、中途半端に力を入れたばっかりに、指がじんじん痛くなる。やり場のない怒りに、沸点急降下。
「あーもー、むかつくッ!」
夜の部屋でわめく。壁が機嫌悪そうにドンと鳴る。向こう側から兄貴が蹴ったに違いない。
きょうは、珍しく一家全員そろっての夕飯だった。あたしはいつもより気合を入れて、早くから仕込みをして、具だくさんのポトフを作った。野菜なんか原型をとどめないほど、くつくつ、じっくり煮込んだ。
あったかミモザサラダまでこしらえて、ソースにも凝って、木の実入りのパンだって焼いた。なのに。
――何が言いたいのか、よくわからん味だ。
父さん、母さん、兄貴の三人、図ったかのように口をそろえてのたまった。
ハイ、結果は大不評。
なんでそんな評価になるの、と訊いても、それがわからんようじゃまだまだ青いわ、と返されるしで、あたし、ただいま悔しさいっぱい、腹いっぱい。ポトフ、ちょっと作りすぎた。
あたしも立派に料理できるようになったってところを、プロ三人に見せつけてやろうと思ったのに。おいしくできたと思ったのに。
よりにもよって、明日から新学期だっていう日にさっ。意気消沈させなくてもいいじゃないっ!
一向に晴れ間の見えない気持ちで、あたしは机の上の、冬休みに入る前に配られたプリントを見下ろした。
「進路、かぁ」
ため息。心が決まらない。
――将来の夢、コックさん。
幼稚園の文集に、汚い字でそんなことを書いたっけ。
うちは父さんも母さんも兄貴も、みんな料理関係の仕事に就いている。あたしも三歳にして、包丁やらフライパンやらを操っていたそうだから、きっと料理人になる運命なんだろう。
――でも。
ほとんど毎日ひとりでごはんを作って、ひとりで食べて……あたしにとって料理って、淡々とした日常に溶け込み過ぎているんだ。
昔ほど、情熱を感じられない。ちょっと張り切ったところで、辛辣なコメントをもらってしまうだけ。
料理人への道を選んだところで、あたし、上を向いて歩いてゆけるんだろうか。……
机の上にシャーペンをコトンと落とすと、ころころ転がって、床に落ちた。
机の下をのぞき込むと、ああ、まただ。たまねぎの皮が落ちている。
三日目ともなると、さすがのあたしも気になった。きょうもポトフにたまねぎを入れたけど、また、くっついてきたっていうのかな……?
腑に落ちないながらも、またいつものようにごみ箱に捨てようとして、ふと――視線を感じて、ぎょっとした。
窓の向こうに、たまねぎ。
ううん、たまねぎに目鼻があって、小さなからだ(ハダカのような、全身白タイツのような)がちょこんとついていて。
そんな奇妙な物体が、じーっと、こっちを見つめているのだ。
ちょっと目がうるうるしてるのは、たまねぎだから? 目にしみた?
悲鳴をあげようとしたのにそんな目を見ちゃったもんだから、拍子抜けして、カラリとその窓をあけてみた。
「やっと、気づいてくれた……」
どうやら、うるうるしていたのは「たまねぎだから」という理由じゃなさそうだ。
たぶん、たまねぎの皮を落として合図を送っているのに、気づいてくれなくて悲しい……そんな理由。
そんなことを考えてしまったメルヘンな自分に耐えきれず、あたしはぶーっと吹きだしてしまった。
「な、なんだか楽しそうですね。お、おじゃまします」
しゃべるヘンなたまねぎは、ぷるぷる震えながら、部屋に足を踏み入れてきた。
外は吹雪状態、たまねぎサンのうしろ頭と背中には、ひんやりと雪が積もっている。ぺしぺしと雪を払ってやって、ストーブの前の座布団に座らせてやる。
たまねぎサンは、しばらく気持ちよさそうにストーブにあたってから、あたしに向かって三つ指をついて、
「お世話になります」
なんてことを、言った。
「いや、まぁ、こちらこそ」
あたしも三つ指をついて、ぺこりとおじぎをした。――してから、「何やってんだあたし」と思った。
顔を上げると、身長十五センチほどのたまねぎサンが、前のめりにこけてもがいていた。
一・五頭身でのおじぎなんて、無謀にもほどがある。
助けようと手を伸ばしたところ、目立たない襟足部分の一部の茶色い皮がはげているのが見えた。どうやらこの三日間落ちていたものは、自前の皮だったらしい。
あたしは慎重に力加減をしながら、そーろとたまねぎ頭をつまんで、もう一度、座布団に座らせてやった。
「すみません、ご迷惑かけます」
「いえいえ、このくらいなんでもないです」
たまねぎサンはやけに礼儀正しくて、こちらとしても邪険に扱うことができず、あたしも正座をして向き合って、話を聞いた。
「三日目にして、あなたとこうしてお話をすることができました。わたしは幸運です。本題に入りましょう」
頭もからだもあったまったようすで、たまねぎはシャキシャキと用件を述べだした。
「我が母星・たまねぎ星では太古の昔から、たまねぎの品種改良、生産に情熱を傾けております。大衆アイドルの黄たまねぎは不動の地位を築いていますが、シャロットやペコロスといった、しゃれたたまねぎたちも近年おおいに奮闘しているところです。ええ、あなたはご存知だと思いますとも。頼もしいことです」
「はぁ、それはどうも」
本題に入ると言っておきながら、前振りが長いような気がするんですけど。
――たまねぎ星のことは知らないけど、地球のこの日本というところでは、大根・キャベツについで、たまねぎは全国第三位の収穫量を誇っている。
つまり、それだけ食卓にのぼる機会の多い野菜なんである。あたしもよく使うし、もうそろそろ新たまねぎの季節だ。これは辛みが少ないから、レモンと生ハムでマリネにする。
――と、それは置いといて。
あたしはたまねぎサンに、先を促した。
「わたしたちは母星での実験結果を地球の研究者に託すことによって、より広域で新しいたまねぎを食していただくことを目標にしております。ですが最近、それをこころよく思わないやからが現れました。なぜ地球人にそんな情報を流すのだ、地球に向けて新種の輸出を行い、外貨を稼ごうではないか、と主張するのです」
「はぁ」
たまねぎがたまねぎを栽培して、箱に詰めて、宇宙船で地球に輸出しているところを思い浮かべて、あたしは深いため息をついた。
あたしの想像力が貧困なんでしょうか、それって、ものすーごくおかしな光景なんですけど?
目の前のたまねぎサンは実に悔しそうに、わなわなと震えながら、ぽすんとこぶしを座布団に打ちつけた。
「きゃつは間違っているのです。わたしたちは利益を欲しているのではありません。ただ、多くの人たちに、いろいろなたまねぎを食べていただきたいだけなのです」
涙ながらに訴えるたまねぎサンに、あたしはくらくらする頭を押さえて、
「それで、あたしにどうしろと?」
と、伺いを立ててみた。
「ああ、さすがあなた。話が早い!」
話が早いって、アナタ……オマエの話がまわりくどいだけだっつーの。
たまねぎ頭を根こそぎひんむいてやりたい衝動に駆られながら、あたしはじっと耐えて、次の言葉を待った。
「つきましてはあなたに、きゃつの説得をお願いしたいのです」
ようやく、本題。
「あなたはどの地球人よりも、たまねぎに対する愛情に満ちていらっしゃる。あなたならば、きゃつの考えがいかに短絡的で、いかに営利に凝り固まっているかをおわかりいただけるでしょう。どうか、きゃつを止めてください。どうかきゃつに、たまねぎ料理の素晴らしさを」
「はぁっ?」
あたしは間抜けな声をだした。
「たまねぎ……料理?」
いったいどんな無理難題が待ち構えているかと固唾を呑んでたっていうのに、なんだそれは。
たまねぎ料理? それで説得になるのですか?
しかも、あたしはたしかにたまねぎは好きだけど、それほど愛情に満ち満ちているかどうかは疑問だぞ……。
悩んでいると、窓ガラスをとんとん叩く音が聞こえてきた。
また何か来たのかと窓を見ると、なんと――今度は頭(の皮)がすっかりはげあがったたまねぎが、般若の形相でこちらを見ていたのだ!
「んぎゃあああ!!」
あたしは思わず後ずさり、大声を上げた。
「さっきからうるせーな……お、おい、どうしたんだよっ!?」
兄貴が部屋のドアを開けようとするのを必死で阻止して、あたしは「なんでもない」をくり返した。
あんなたまねぎふたり、目撃されでもしたらひと騒動だ。
新聞に載ったり、テレビ局の人がわんさか押しかけたり……宇宙人をかくまったとかで、あたし、咎められたりして。うわー、進路で悩んでるどころじゃなくなっちゃうよ。
兄貴がくたびれて行ってしまったのを確認して、ドアをきっちり閉めて、あたしはそーろと窓をあけた。
「あの、あなたもお仲間ですか」
「いかにも、たまねぎ星から参った」
さっきまで怒っていたたまねぎも、あったかい部屋に入るとご機嫌になった。
「いやはや申し訳ない、世話になるぞ、地球の娘御よ」
「はぁ、こちらこそ」
今度のたまねぎも礼儀正しかった。案の定、無謀なおじぎをして転倒していた。
押入れから座布団を引っ張りだしてきて、最初のたまねぎサンと並べて座らせてやると……何やら険悪なムード。
ふたり、横目でにらみ合いながら、低い声でぼそぼそと会話しはじめた。
「まだあなたは、非現実なことを考えているのですか」
「非現実なものか。母星の保守的な体制には飽き飽きしておる」
「なぜあなたは、たまねぎの誇りが持てないのです」
「誇りの問題ではない。星の発展のため、儂は提案したのだ」
どうやら、たまねぎ星の政治の話らしい。
あたしは日本の政治にすら明るくないけれど、また延々と語りだされては困るので、とりあえずこちらから要点を聞くことにした。
「あなたがたが対立されていることはわかりました。こちらの方のお話はすでにお聞きしました。あなたのご用件はなんでしょう」
すると、はげ頭のたまねぎBサンは実に悔しそうに、わなわなと震えながら、座布団にぽすんとこぶしを打ちつけて言った。
「この国の総理は礼儀を知らん! コンタクトを無視しつづけ、あまつさえニューヨークで会談だと言って日本を発ってしまわれた。儂が先に申し込んでいるというのにっ! まったくけしからん!」
あぁ、まただよ。
また、話が脱線してる。
「儂がこうまで身を削っているというのに、冷たい仕打ち……情けない……」
それってたぶん、たまねぎの皮を部屋の床に落として合図を送ってた、ってだけだろう。
はげあがるほどまで粘ったのには尊敬するやら、不憫やらで、げんなりした。
「それは、あなたのやろうとしていることが神に見放されているからですよ」
たまねぎAサンが、哀れむようにため息をついた。
「あきらめなさい。外貨を稼いだところで、いったい何になるというんです」
「……我々の豊かな食生活のため、だ」
たまねぎBサンは声のトーンを上げ、こぶしをブンブン振り回しながら、熱弁をふるった。
「我が母星では、たまねぎ栽培に全力を注いでいる。たまねぎ星ゆえ、それは当然のことだ。だが、来る日も来る日もたまねぎ料理ばかり……調味料も、豆星や米星からもらったサンプル品しかない。外貨が手に入りさえすれば、ほかの星々からさまざまな野菜、ならびに調味料を輸入することができるのだ! 地球のお金は現在もてはやされておる。たまねぎとの物々交換は拒否されても、地球のお金なら商談が成り立つのだぞ? となれば、地球相手の輸出産業を盛んにして、お金を手に入れるべきではないだろうか!?」
その主張を聞いて、あたしはついつい納得してしまった。あたしだって、たまねぎオンリーの料理が毎食つづいたらイヤだもの。
あたしがウンウン頷いているのを見て、たまねぎAサンは焦ったようだった。
血相を変えて、Bサンの説得に乗りだした。
「で……ですが! 日本の総理には相手にされなかったんでしょう? 他国のトップにだって、話を聞いてもらえるかなんてわからない。縁がなかったということですよ。たまねぎが、たまねぎ以外の野菜を食べてどうしようというんです。わたしたちはたまねぎに誇りを持ち、たまねぎをより多くの人に食べていただくことだけを考えて……そんな、外貨を稼ぐために……ほかの野菜を食べたいばかりに、輸出産業だなんて。それでは……そんなんじゃ! わたしたちの存在理由がわからなくなってしまうじゃありませんかぁ!」
感極まったのか、たまねぎAサンは涙を流し歯を噛みしめ、両のこぶしを膝に、ぷるぷる震えた。
……この言い合いの分、果たしてどちらにあるんだろう。
かたや現実的な理由と合理的な方法を挙げ、かたや理想論、精神論を持ち出している。
たまねぎ星の住人がどれだけスピリチュアルな存在か知らないけれど、あたしとしては、たまねぎBサンの言い分のほうが、心に響いた。
でも、同時に。
たまねぎAサンのストイックな姿勢も、嫌いになれないんだよなぁ……。
さて、どうしよう?
「横からごめんなさい。おふたりの意見は、ちゃんと聞かせていただきました」
腰を上げながら、ひとつの案を提示してみる。
「たまねぎがたまねぎにこだわるのも、わからないではありません。ですが、どうでしょう。一度、ほかの野菜もお試しになってはいかがですか? 決断はそれからでも、遅くないと思いますけど」
すると、たまねぎBサンが目をキラキラさせながら、立ち上がりざまに言った。
「賛成だ! 百聞は一見にしかず、ほかの野菜が我らの口に合わないようであれば、儂も諦めようではないか」
「で、ですが……」
Aサンは腰が引けているようす。
でも、何事においても、あえて困難や、未知の世界に飛び込むって勇気は大事だよ。
悩んでちゃ、先に進めないんだから――って、あたしにも言えることだな、こりゃ。
あたしはふたりのたまねぎを両手に乗せて、兄貴に見つからないようにそーろと足音をしのばせて、階段を降りた。
「まぁひとつ、ここで待っていてください」
手さぐりでテーブルにふたりを降ろして、台所の電気をつけた。
テーブルのカゴに盛られた数々の野菜を見上げて、ふたりのたまねぎが驚きの声を上げた。
万が一、兄貴や親たちがやってきても、ふたりをカゴに突っ込んでさえおけば存在はバレずにすむ、だろう。たぶん。ぱっと見ただけでは、たまねぎに顔やからだがついてるなんて思いもよらないだろうし。
「えっと……これと、これ、かな?」
心を落ち着けて、カゴからニンジン、じゃがいも、キャベツに大根をチョイスする。
ふぅ、こんな接待なんて、はじめてだ。
たまねぎ星からやってきた、たまねぎふたり。いったい、どんな味つけがお好みなんだろう。
なんせミニマムなふたりだ、材料もこまかく、こまかーく刻まなきゃならない。
それでなおかつ、素材の味を殺さないように調理しなければ。
いったい、何を作ったらいいだろう?
「腕が鳴るなぁ」
妙な興奮。
腕試しや腕前誇示云々じゃなく、このふたりのために料理したいという純粋な欲求が、胸の奥からふつふつと湧き上がってくる。
思い返してみれば、夕飯につくった料理には、不純な気持ちが入りすぎていたのかもしれない。
大切なのは、おいしく食べてもらいたい……そういう心。
これで、たまねぎふたりに「おいしい」って感動してもらえることができたなら。
うん、専門学校に行くって、プリントに書こう。
そして絶対、料理人になるんだ!
こんなおかしなことがきっかけで覚悟が決まっちゃうなんて、なんだかなぁ……とは思うけど、これも神様、いや宇宙のおぼしめしなのかもしれない。
うん、悩んでちゃ先に進めない。
「えっと……決めた!」
ニンジンとキャベツを超薄切りの千切りにして、さっと湯通し。
時間が経つとビタミンCが減るから、大根は食べる直前におろしたほうがいいよね。そうだ、さっぱり味にするために梅干をたたいておこうっと。
じゃがいもはレンジでチンして、フォークでつぶして裏ごしして、砂糖とバニラビーンズをちょっと混ぜて、ほくほくのお菓子にしよう。……
たまねぎふたりは、そわそわ、そわそわしながらも、布コースターの上におとなしく正座をして待っていた。
「うん、おっけー」
オーブンの隙間から焼き目を確認、茶巾絞りにしたじゃがいものお菓子を慎重に取りだして、飾りのあられを散りばめる。
冷ましたニンジンとキャベツの千切りを、梅干と少量の酢で和えて、こしょうを振りかける。その上に大根おろし、ちょこっと生醤油。
市販のビスケットのおまけでついてきた小さなお皿二枚に和え物を、お気に入りの和皿一枚にお菓子を。丁寧に、丁寧に盛りつける。
「お待たせしました。何ぶん夜中で、たいしたおもてなしもできずにごめんなさい」
「いやいや、突然押しかけたのは我らである、おかまいなく」
たまねぎBサンは、愛想よく、両手をひらひらさせて笑った。
一方、Aサンは神妙な顔つきで、目の前にだされた料理をじーっと見つめている。緊張、してるのかな。あたしこそ緊張の一瞬だよ。
「お口に合うかわかりませんが、どうぞお召し上がりください」
「いただきます」
ふたりは楊枝で急ごしらえした箸を取り上げると、まず、和え物を口に運んだ。
ちゃんと箸を使っていることに感心するやら、おかしく思ってしまうやら。
どきどきしながら感想を待っていると、
「おお……なんとも、ファンタスティックな味だ」
と、たまねぎBサンが、ぺーんとハゲあがったおでこを叩いた。
「ほう……これがニンジン、キャベツですか。ほんのりした甘味が、また……酸味に殺されずよく生きている。この白雪のような大根も、たまねぎとは違った辛味がきいていて、美味ですなぁ」
どうやら褒められているらしい。「ファンタスティック」なんていうから、ぶっ飛んだ味だ、とでも言うのかと心配したじゃないか。
しかし、たまねぎBサンが感想を述べている横で、Aサンは終始むずかしい顔をして、黙々と箸を進めていた。
和え物を食べ終えてもノーコメント。
文句ばかりを言われるのもイヤだけど、しーんとして食されるのも同じくらいイヤだ。
ユウウツな気持ちであたしが見守る中、たまねぎAサンは両手でじゃがいものお菓子を持って、おそるおそる……ぱくりとかぶりついた。
そして。
「ひ、ひやぁぁあぁぁ」
と、奇妙な発声。
何事か、と青ざめた次の瞬間。
「これは……ンまい!」
ものすごい勢いで、食べる、食べる、食べまくる!
Bサンも負けじと食べて食べて、食べまくる!
いったいからだのどこに入ったのか、あたしは不思議でならないぞ?
食べきれないだろうなぁ、残ったら兄貴に食べさせればいいか、と思いながら作った大量のお菓子を、たまねぎふたりは、まさにぺろりとたいらげた。
「ンまかったー!」
声をそろえ、ぽこんとおなかを突きだして、ふたりはころりと寝っころがった。
そして、そのまま満足した表情で、ぐぅぐぅと寝入ってしまった。
あたしはというと達成感に打ち震えながら、今のレシピを忘れまいと、急いでノートに記録したのだった。
*
「おい」
ぎく。
「なんか最近、やけにたまねぎの使用量が多くないか?」
ぎくぎくっ。
「あ、兄貴、鋭いねー。え、みんな気づいてた?」
あたしが料理人になることを宣言したので、父さんも母さんも、兄貴も、この頃はできるだけ家で夕飯をとるようになっていた。
もちろん、あたしの料理に評価(と文句)を付けるためである。
プロを目指すならば最高のものを――三人のそんな言葉に、辛い点を付けられても、あたし、素直に受け入れることができるようになった。これはもしかして、進歩ですか?
「まぁ、たまねぎ嫌いじゃないから構わないけどさぁ」
たしかにここ数週間、我が家のたまねぎの消費量は格段に増えていた。
ストックも大量で、軒下には竿を渡して、ぎっしりと吊るしている。
食べても食べても減らないたまねぎに、食費のレシートを一括管理している兄貴は、少々疑惑を抱きはじめているようだった。
「ま、まっ、いいじゃん。あたしもたまねぎ好きなんだしさー。おいしいじゃん」
あたしは適当にはぐらかして、たまねぎの分量がやけに多い肉じゃがを、カラになった兄貴の器によそってやった。
「んー、な? ただ、バランスっつーもんがあると思うんだがな?」
コック見習いの兄貴はまだ何か言いたそうだったけど、あとは黙々と味わっていた。
「……ABC三段階で言えば、Bの中やや上ってとこね」
「余計な力が抜けて、素直な味になってきたな。反抗期が終わったか、ははは」
母さんも父さんも笑顔だ。
うーん、ようやくスタートラインを越えた、ってとこなのかな?
ほっと胸を撫でおろして、鼻歌まじりに炊事場の後片付けをするあたし。きょうの料理の出来を反省することも忘れない。
――食後のテレビもそこそこに、部屋に上がると、床にたまねぎの皮が落ちていた。
窓のほうを見ると、たまねぎふたりと、じゃがいもがふたり、一列に並んで立っている。
「ちょっと早めに着いてしまいました。すみませんが、先に荷物を置かせてください」
そう言ってたまねぎは、契約書やら何やらが入っているんだろう、鍵のついたトランクケースを部屋の隅に置いた。
「あと、おみやげを庭に置いておきましたから、どうぞ召し上がってくださいね」
「いつもありがとうございます」
あはは、また、たまねぎのストックが増えちゃったよ。
今回はもしかして、じゃがいももあるのかなぁ。
「では、わたしたちはちょっと地球観光に行ってきますので……戻ってきたら、よろしくお願いしますよ」
「はい、気をつけていってらっしゃいませ」
結局、たまねぎたちは地球要人とのコンタクトを諦め、地道にたまねぎの普及活動に勤しむことにしたようだった。
まずはじゃがいも星と物々交換の約束を取りつけるために、今夜、代表をここへ連れてきたってわけ。
あたしに課せられた使命は、たまねぎとじゃがいもを使った、世にもおいしい料理を作ること。
それと、宇宙でも口コミは多大な影響を持つそうだから、ほかの食材を使うことも忘れずに。
たまねぎ星は、いろいろな野菜星、穀物星たちと交流したいと願っている。
たまねぎ星からじゃがいも星へ、じゃがいも星からまたほかの星へ友好のきずなができれば、ネットワークはさらに拡がってゆくという算段。その手段は、おいしい料理。
星々の食材同盟が確固たるものになったら、改めて、地球にコンタクトを取るつもりなんだそうだ。
彼らの目的はあくまで、多くの人たちに、星の特産品を食べてもらうことなのだから。
『だれもがおなかいっぱいにごはんを食べられる、そんな宇宙をともに築きましょう』
その無限の可能性に興奮して、あたしはこの大事な役目を、つつしんで引き受けることにしたのだった。
星と星との、友好のため。
生きとし生ける者すべてに、豊かな食生活をプレゼントするため。
修行を重ねて立派な料理人になって、あまたいる宇宙人たちに、最高の舌つづみを打ってもらうんだ。
*おわり*