第八十八章 予期せぬ援軍
「もし僕の味方になれば、世界の半分をお前にやろう。どうだ? 僕の味方になるか?」
そう言い放った鋼にしばらくぽかんとしていた魔王だが、
「ははは! 面白いな小童!! 我を相手に取引とは!
ならば言ってみるといい!
世界の半分を賭ける取引の内容というものを!」
やはり芝居がかった口調でそう尊大に言い返した。
自分が説明役になるのはめずらしいなと思いながら、鋼は自分の考えを話す。
「そんな難しい話じゃないさ。
今、地上の半分以上は魔物に支配されてるって知ってるだろ?」
「ふむ。我は仮にも魔族の王だからな。心得ている」
それで、と目でうながした魔王に応えて、鋼が取引の内容を告げる。
「お前を解放するから、そいつらを倒してくれないか?」
「……は?」
魔王が、驚きに目が丸くする。
「べつに悪い話じゃないだろ。
そりゃ人間にとっては強敵だけど、魔王であるお前にとっては雑魚も同然のはずだ。
審神者たちから聞いたところでは、魔物に対して愛着を持ってるって設定もないみたいだし、そいつらを倒して手に入れた土地はお前が自由に使っていい」
「貴様は、それを本気で言っているのか?
魔王たる我に、しもべたる魔物を倒せというのか?」
「ああ」
全く迷いない答えに、魔王はふたたび絶句する。
「しかし、我が裏切るとは考えないのか?」
「裏切るというか、そりゃ当然人間倒そうとするだろうから、もちろんここを出る時に神に誓約はしてもらうぞ?
まあ人間を全く攻撃できないとかだと不公平だろうから、自分からは人間を支配しに行かない、とか、こっちの大陸には入ってきませんよ、とか、そういう奴を」
それでも現在、魔物に押し込まれ、人間が全く住んでいない大陸など多数ある。
実際に魔物を退ければ、世界の半分くらいはそれで自由にできるはずだった。
魔王はたしかにルファイナを殺そうとしたという事実があり、正直それは鋼には許しがたいことではある。
だが、相手は自分を封印している相手であり、ある意味で仇のようなものと言えなくもない。
実際には誰も殺していない以上、魔王はまだ人間の敵とはなっていない。
お互いに交渉の余地はあるかもしれない。
それが鋼の下した判断だった。
鋼の提案を全て聞き入れて、
「ふふ、ふふふ、はははははははっははははっははははっはははははっははははっはははははっはは!!」
魔王はお得意の高笑いを見せた。
鋼は、こいつうるせーなーと思いながら魔王が笑い終わるのを待つ。
「実に面白い。魔王たる我に聞く価値のある提案をした人間は、お前が最初で最後となるであろうな」
「だったら……」
意外と色よい反応に、鋼が返事をせかした。
すると魔王は大きくうなずいて、
「……だが、断る」
じゃあなんでさっきうなずいたよ!と鋼にツッコミをさせるような返答を返した。
「理由はなんだ?」
鋼が納得しきれずに聞くと、魔王はクククと笑った。
「簡単なことよ! 我が、人を殺したくて殺したくて仕方がないからだ!!」
「なっ!」
さすがにその答えは予想外だった鋼がうめき声を漏らす。
「ちっぽけな人間が恐慌し、絶望し、慌てふためいて逃げる様。
あんな物を見てしまえば、他の全ての娯楽も色褪せる」
だが、険しい表情で自分を見つめる鋼の視線に全く頓着せず、魔王は実に楽しげに告げる。
「以前に封印の巫女の人形を喰った時……。
封印の巫女こそ喰らえなんだが、あの時、あの場にいる人間共から感じた絶望、恐怖、失望、あの場に渦巻く負の感情は、実に美味だった。
本物の人間を生きながら四肢をむしり取って喰ってやれば、その絶望の、その恐怖の味は如何ばかりか!
我は今から楽しみでならないのだよ!」
「魔王……」
その言葉を聞いて、鋼はなぜこの目の前の存在が魔王と呼ばれるのか、思い知らされていた。
絶対的な力だけではない。
この残虐で悪辣な性情こそが魔王の魔王たる所以。
魔王は正しく人間の敵になるべく作られた存在なのだと。
「何、もう既に封印は壊れかけている。
今ここで貴様の取引に応じずとも、これから数年も待てば自然と出れるようになる。
我はちっぽけで脆弱な人間を捻り潰す夢でも見ながら、ここで気長に待つとするさ」
そこで、魔王は悠然と笑ってさえ見せた。
「だから、悪いなぁ、人間?
貴様の提案に乗ってやることは出来ん」
「……そうか。よかった」
だが、その返答を聞いた鋼の顔は、満面の笑顔だった。
バイザー越しでさえはっきり分かるほどの笑顔を、鋼は浮かべていた。
鋼は残虐な未来予想図を楽しげに語る魔王に一歩も臆することなく言った。
「実は、罪悪感はあったんだ。
何しろ僕は、お前の言うちっぽけな人間の、ちっぽけな約束のために、お前の命を、人生をもてあそぶつもりだったんだからな」
「ほう?」
魔王が、愉快そうに眉を吊り上げる。
鋼は静かな怒りをたたえ、あくまで冷静に宣言する。
「けどもう、迷いは消えたよ。
お前は決して世界に野放しにしていい奴じゃない。
だから僕が、引導を渡してやる」
鋼がそう言葉を結んだ直後、
「ほざくな、人間風情が!!」
魔王が本性を露わにして、鋼に殺気をぶつける。
「そういう考え方が、油断につながるんだよ」
しかし、鋼は全くひるまなかった。
はっきりと魔王を見据え、にらみつけると、呼応するみたいに腰の辺りで頼もしい相棒も武者震いをする。
さらに、
【コウ! 絶対にあいつは許せないのじゃ!】
「シロニャ……」
話を聞いていたシロニャからも、オラクルで怒りの声が届く。
【あいつは、人殺しが最高の娯楽じゃと言ったのじゃ!
つまり、つまりあいつは……ワシの大好きなゲームたちを侮辱したんじゃよ!!】
「……まあ、そんなことだろうとは思ったよ」
鋼は最後の最後までシロニャな態度に呆れながら、もう一度魔王に向き直る。
そして、今度こそが本当の戦いの始まりとばかりに、魔王に指を突きつけた。
「魔王! お前の弱点は知っている」
「ふむ?」
魔王がそのごつい首をかしげる。
「お前はたしかに絶大な力を持っているかもしれない。
そして、ラスボス設定で状態異常の類も効かない。
だが、それは大きな弱点をも生んだ!」
不正を糾弾する審判者のように、鋼はヒーローそのものになりきって声高に叫ぶ。
「この姿、僕が何の意味もなくヒーローの格好をしてきたと思ったか?!
お前はラスボス設定のせいで、ヒーローっぽい相手から決闘を挑まれれば断れないんだろう!?
……さぁ、この僕が、決闘を申し込むぞ!! 魔王っ!!」
「え? ああ、うむ……」
ものすごいテンションで鋼は叫ぶが、一方の魔王は、何だかテンションを下げていた。
そして、言おうか言うまいか迷ったような態度を見せて、結局口にした。
「あー、その、だなぁ。
いや、言いにくいのだが、決闘して断れないのはヒーローじゃなくて勇者だし。
というか別に、人間パーティがやってきたら、我は勇者っぽくなくても決闘するし」
「…………」
今明かされる衝撃の事実。
鋼は別にヒーロースーツを着てこなくてもよかった!?
だが、鋼はめげなかった。
そりゃあもちろんスーツの着方から着た時の立ち回りまでリリーアに色々聞いて気合を入れてこの服を着てきたのを無駄かもしれないと言われたのは事実だから傍から見たらすごく肩を落としているように見えたかもしれないがそれは全くの見せかけで本当はもう全然これっぽっちも落ち込んでなんかいなかった。
それはもう本当の本当の話だ。
「とにかく、決闘だ」
顔を伏せたまま、鋼が絞り出すように声を出した。
「よかろう! 人類を恐怖に陥れる前に、貴様をまず捻り潰してくれる!」
魔王も鋼の心情をおもんばかったのか、最初と同じテンションでそう返した。
「そうか。じゃあ……」
そう言って一度しゃがみこみ、すぐに立ち上がった鋼の手には、小さな石。
「決闘の開始は、僕が投げたこの石が地面についたら、でいいか?」
それを魔王に見せながら鋼がそう聞くと、
「開始の合図など、何でも構わん。
貴様が地に伏せるという結末は、どうせ変わらないのだからな!!」
胸を張った魔王が、そううそぶいた。
それを聞いた、鋼は、
「……認めたな?」
うつむけていた顔を持ち上げて、ニヤリと笑っていた。
「どういう意味だ?」
不愉快そうに顔を歪める魔王と対照的、先ほどまでの落ち込んだ態度はなんだったのか。
鋼は嬉々とした様子で話し始めた。
「お前の弱点は、知ってるって言ったろ?
なのに油断するからこんなことになるんだ」
「何を、言っている?」
鋼はその言葉には直接答えず、ただまっすぐと上を見る。
「この一投で、お前は終わるってことさ」
そう言ってのけると鋼は手にした石を……思い切り、頭上へと投げ放った。
「なっ…!」
魔王の驚きの声を受けながら、石はどこまでも飛んでいく。
この赤い月は自転も公転もない不思議な天体だが、重力が弱いという部分だけは鋼たちの世界の月と似通っている。
そして鋼は、ララナとの鉄球キャッチボールによって鉄球を自在に投げられるほどに投石スキルを鍛えられている。
そんな鋼が、重力の少ないこの赤い月で、鉄球よりもはるかに投げやすい石を投げたらどうなるか。
--答えは、どんどんと小さくなって、やがては見えなくなってしまったその石だった。
「貴様! どういうつもりだ!」
全く意味の分からない事態に魔王が声を荒げる。
だが、鋼は勝ち誇るでもなく淡々と、この不可解な事態を説明した。
「分からないのか? あの石がもどってこなければ、決闘は始まらない」
「なに?」
魔王が最悪の予感に顔をしかめる。
そしてその予感通りの言葉を、鋼は告げた。
「つまり、もう決闘を受けたお前は、あの石がもどってくるまで僕以外の相手と戦うことも、僕と戦うこともできないってことだよ」
「なん、だと…?!」
驚愕する魔王。
「計算したんだ。石をどれだけの力で飛ばせば、この月の重力を振り切って、石をもどってこないように飛ばせるのか。
実は昔、別の事情で筋力を上げてたからね。
ま、意外と余裕だったよ」
「ば、馬鹿な……」
それを聞いて、魔王はがっくりと膝をついた。
「我は、我は終わるのか?
戦いもせずに、一度すら剣を交えることも、人間を殺すことも出来ずに、我は終わるのか?
そんな、そんなことが……」
愕然とする魔王を余所に、鋼はうーんと伸びをして、魔王に背を向ける。
「いやー、なんか思ったよりスムーズにいったなぁ。
こんなに簡単にいくとは思ってなかったよ」
【じゃあ帰ったらひさしぶりに戦いでもするかの?
金竜と銀竜が闘技場でキミを待っておるのじゃ!】
さらに、鋼の腰ではブルルルルと震える木の枝。
もう既に和気藹々ムードである。
こうして、魔王とのバトルは、始まる前に終わったのだった。
なんてことは、さすがにあるはずもなく、
「……などと、我が言うとでも思ったか?」
バシュン!
後ろを向いていた鋼のすぐ横を、何かが駆け抜ける。
遅れて、鋼の髪が何本か、不可視の斬撃に切られて宙を舞った。
「決闘に応じるとは言ったが、そんな下らん余興に付き合うなどと言った覚えはないぞ」
振り返ると、そこには剣を振りかぶった格好で鋼に笑いかける魔王の姿。
「だ、だけど……」
「我のタレント『ラスボス設定』には決闘を受けさせる強制効果はあっても、人間の定めた決闘の方法に従わせるなどという強制効果などない。
そもそも、なぜ決闘に応じたらそれ以外で攻撃が出来ないと早合点した?」
その言葉に、鋼は口をあんぐり開ける。
【コウ……。すごく、カッコ悪いのじゃ……】
その様子を見たシロニャが、オラクルで呆れたような言葉を漏らす。
さらに、魔王は言い募る。
「さぁ、早く決闘、いや、虐殺の幕を開けようではないか。
そして早く我に、クロナとかいう雌猫から受け取った『遠距離攻撃が出来る武器』と『高速移動が出来る履物』、そして『防御力を攻撃力と同じ数値まで引き上げる鎧』の全力を試させろ」
そういえばと魔王を見ると、審神者やルウィーニアからの話にもなかった、魔王の装備。
今まで気にしていなかったが、どうやら魔王の弱点を補う装備を知らない内にシロニャの姉妹神の黒猫神から受け取ってるっぽかった。
伏線も何もない、鋼も予期しなかった唐突な敵へのテコ入れ。
そんな衝撃の事実を受け、鋼はゆっくりと口を開いて、言った。
「 あ っ る ぇ ー ー ? ? 」
――死闘の、始まりだった。
全くの余談ですが、あのブラックファントム・ゼロ先生がなろうに進出してきたそうです
あまり調子づかせるのもよくありませんが、暇で暇でどうしようもない時にでも読んであげればきっと喜んでくれるかと思います