第八十七章 ヒーロー登場!
「本当に、行くつもりですか?」
その日、最後の準備をしようと城の中を歩いていた鋼の足を止めさせたのは、旅の仲間の誰でもなく、
「サニー、さん?」
意外にも審神者だった。
「本当に、とは、どういう意味ですか?」
「勝ち目がない、と言っているんです」
そう話す審神者はいつものふざけたような態度が鳴りを潜め、冷淡とも思えるほどの声音で鋼に対していた。
そんな彼女の様子に、鋼は気圧される物を感じた。
審神者はその顔にいつもの笑顔ではなく、超越者の傲慢をにじませ、淡々と語りだす。
「この世界には、ワールドインフレーションシステムと呼ばれる機能が組み込まれています。
世界規模で見て人類が魔物に対して優位に立った時、魔物の強さが人類側の能力に合わせて強くなるという制度です。
このシステムにより、人間と魔物の平均レベルは競うように上がっていき、最終的に人間の平均レベルは千を越えるはずだという試算が出ていました」
「一体、何の……」
鋼は口をはさもうとするが、それを審神者は許さない。
「しかしそれは、人類が魔物を圧倒した場合に起こることです。
異世界からの転生なんて悪あがきをしていますが、魔王が現れなくとも、この世界はとっくに終わっているのです」
「終わってるって、そんな……」
しかし実際、パワーバランスは魔物側に傾いているように思える。
例えば、トーキョの巨竜やダンジョンの事件。
あれなどは鋼が解決しなければ、街が一つ壊滅していてもおかしくはなかった。
そういうことが至る場所で起こっているとすれば……。
「そして、魔王、というのは、この世界がインフレを続けた場合の、究極のラスボスとして作られた存在です。
あなたが、いえ、この世界の人間が倒せるような相手では――」
「それでも、何とかします」
だが、鋼は揺らがなかった。
審神者の台詞を打ち切るように、静かにそう宣言する。
「僕だって、自分の力で魔王を倒せるなんて、そんな大それたことを考えてるワケじゃないです。
もし、魔王が話し合いで分かってくれるなら、戦うつもりなんてさらさらないですし」
そう言いながら、鋼は東の空を見た。
魔王を封印している自転も公転もしないその赤い月は、いつだって同じ場所に浮かんでその禍々しさで地上の人々を圧迫している。
「でも、決闘をどうしても回避できないなら、僕にだって考えがあります」
迷いない答えに、審神者はさらに問いかける。
「人の力では、絶対に勝てない相手です。それでも、ですか?」
鋼はためらわずに首を縦に振った。
「仲間たちに、約束、しちゃいましたから」
それを見て、審神者は顔をうつむけた。
「そうですね。鋼さんは、そういう人でした」
「サニー、さん?」
なぜ鋼とあまり話したこともないはずの審神者が、そんなことを言うのか。
その疑問に、審神者は答えた。
「武闘大会で最初に会った時、鋼さんはわたしにとって特別な存在ではありませんでした。
その時のわたしは鋼さんを、ただのスカートめくり機としか考えていなかったんです」
その時点である意味十分特別だろ、と鋼は思ったが、ちょっと真面目っぽい話なので、一応ツッコミはこらえた。
「祝福を与えたのだって、ちょっとテンション上がっちゃったからで、大した意味はなかったんです。
でも、そのあと、ライブの最中に鋼さんたちがいきなり転移してきて、わたしは思ったんです。
……『ライブの邪魔すんなよぶっとばすぞコラァ!』と」
「ろくなこと思われてなかった?!」
というか、あの時はライブに夢中で乱入にも気付いていなかったような気がするが……。
「でも、あれからしばらく鋼さんたちと話して、鋼さんたちが魔王の復活を阻止するために旅立ってしまってから、なぜか鋼さんのことが気になってしまってしょうがない自分に気付いたんです。
それからというもの、わたしはずっと、自分の能力『過去視』で鋼さんの過去を、鋼さんがこの世界にやってきてからの一部始終を、まるで映画のように映して見ていたんです。……リリーアちゃんのライブDVDと同時上映で」
「なんだその片手間!!」
鋼は色々と衝撃を受けた。
「あ、すみません、嘘です。DVDじゃなくてブルーレイでした」
「そこはどうでもいい!!」
さらにどうでもいい補足をされてさらに衝撃を受けた。
そんな鋼の様子にも気付かず、審神者は物憂げな様子で話を続ける。
「でも、片手間に見ている内に、いつの間にか引き込まれている自分に気付きました。
二転三転する展開、それを解決する鋼さんの機転。
わたしはその冒険にすっかり魅了され、いつしかリリーアちゃんのスカートがめくれ上がったシーンを巻きもどしてコマ送りで再生するのも忘れて、すっかり見入ってしまっていました。
特にラーナ魔法学院での冒険なんて、テレビにかじりつきで見ていたんです!」
「いやそこ、リリーアがいたからだろ!!」
怒鳴りながら、ある意味ぶれない人だと鋼は思ったとか。
これでは旗色が悪いと思ったのか、審神者はあせって言葉をつぐ。
「と、とにかく、鋼さんに夢中になってしまったわたしは、とりあえず『結城鋼ファンクラブ』を設立しつつ……」
「さらっと変なもの設立しないでもらえます!?」
「ルウィーニアちゃんからバカ高い入会費をぼったくって……」
「入れたのかよ! そして入会費取ったのかよ!」
興奮して、やっぱりツッコミから敬語が外れる鋼。
「さらに鋼さんの記憶映像からお宝画像を抜き取ってグッズ化してルウィーニアちゃんに高値で売りつけて……」
「異世界の肖像権ってどうなってんだよ!」
「という話は、まあ本題には関係ないんですが」
「ここまで来て全く無関係だと!?」
鋼はふたたびの衝撃を受けた。
衝撃を受けすぎて衝撃酔いしそうな勢いだ。
「そして一週間前、鋼さんに会った時、わたしの様子がおかしかったのは覚えてますか?
妙にハイテンションで、慣れないネットスラングとかを使っていたりして……」
衝撃の事実の連続にパンチドランカー状態になりながらも、鋼は懸命のツッコミをする。
「いや、サニーさんが妙なテンションなのは最初からだし、普段からwとか使ったり『ほっほぁああああ!!』とか叫んでるし……」
しかしやっぱり審神者は気にもとめなかった。
ただ、
「それは、鋼さんのことを意識していたからなんです。
それから、鋼さんにあんなあられもない姿をさらした時、とうとうわたしは自分の気持ちに気付いてしまいました。
そう、それは神が人に決して抱いてはいけない感情。
つまり……」
そっと目を伏せ、審神者は許されない言葉を、口にする。
「つまり、劣情です!!!」
「そこはせめて恋愛感情と言ってほしかった!!」
ちょっとだけいい話っぽかったのに、台無しすぎである。
あと、劣情はたぶん感情とかじゃない。
しかし鋼がエキサイトして怒鳴りつけると、審神者は顔を赤らめた。
「い、今のは照れ隠しですよ。
鋼さんのことは、リリーアちゃんと三人でくんずほぐれつしたいくらいには好きです」
「やっぱり百パーセント性欲じゃないか!!」
鋼は全力で怒鳴ってから、はぁはぁと肩で息をする。
ちなみに言っておくとこれは別に審神者の言ったシチュエーションに興奮しているワケではなく、ツッコミのしすぎでもはや虫の息になっているだけだ。
たぶんツッコミのしすぎで死ぬのは世界初なので友達に自慢できると言える。
そこでさらに審神者はほおを染め、鋼を引き留める。
「だから、鋼さん。行かないでください」
「サニーさん……」
何がだからなのか分からなかったが、その言葉にはたしかに強い気持ちが込められているように鋼は感じた。
だが、それでも答えは変わらない。
「すみません、でも、僕は……」
そう、思っていたはずだったのだが、
「だったら! だったらせめて、一日だけ、あと一日だけ、出発を遅らせることはできませんか?」
「えっ? そ、れは……」
あまりに真剣な、切実な訴えに、鋼の心は揺れた。
しかし、
「だ、だったら半日、いえ、三時間、いえもう一時間だけでもいいんです!
もう部屋に布団は敷いてありますから!!」
「あんた結局それか!!」
審神者の次の言葉が、やっぱり全てを台無しにした。
「大丈夫です! 天井を眺めて、『知らない天井だ…』って言ってるうちに終わりますから」
「別に無理にそういうネタ混ぜ込んでこなくていいですから!!
というか、巫女さんなんだし、そういうのまずいんじゃないんですか!?」
「や、ぶっちゃけわたし、巫女の振りしてるだけの神様ですし」
「え!? 認めちゃうの!? ずっと神様じゃないって言い張ってたのに、こんなことで認めちゃうんですか!?」
あんまりにもひどい手のひら返しに驚く鋼。
「まあ人間、欲望には勝てないものですし……」
「だからあんた人間じゃなくて神様だろ!!」
「いえいえ、わたしは神様の力を得ただけのただの人で……」
「都合よすぎだろあんたぁ!」
何だか話題がループしそうな気配を感じた鋼は、とりあえず物理的に審神者を引きはがした。
それでも、審神者は引き下がらなかった。
不屈の精神である。
さらにすがりついてきた審神者を、鋼はうっとうしいなと思い始めていたのだが、
「本当に、本当に、もどってくるんですか?」
存外に真剣に鋼を案じているようにも聞こえるその声に、鋼はつい、声のトーンを下げて、真面目に答えてしまう。
「……大丈夫ですよ。
相手のスペックは見ましたけど、戦うのはともかく、逃げるだけなら不可能じゃありません」
「そう、ですか?」
首をかしげる審神者に、鋼は解説する。
「やっぱり魔王の速度と遠距離攻撃の少なさは弱点だと思うんです。
だから僕はこの一週間、仲間と走り込みをして敏捷を百一まで上げました。
相手より一だけ速いですし、もし仮に向こうが『イタチの大足』で敏捷を合わせてきても、同じになるだけ。少なくとも全力で逃げれば追いつかれることはありません。
おまけに、魔王の持っている遠距離攻撃は、五十メートル以上先しか攻撃できない『エターナルポースブリザード』だけですから、避けるだけなら何とかなると思うんです」
鋼は冷静に、自分の考えを告げた。
しかし、審神者は不安そうな表情を崩さない。
「あ、『悪食の獣』だって遠くを攻撃できるはずですよ?
もし、あの人形のように、鋼さんが食べられてしまったら……」
「それは、たぶん大丈夫です。
使われないと思いますし、使われたら全力で逃げます」
「でも……」
さらに何かを言い募ろうとする審神者に、
「もう、決めたことですから」
鋼はそう言って話を打ち切った。
これは説得できないとようやく理解したのか、審神者はため息をつくと、
「分かりました。もう言いません。
ならせめて、わたしの祝福をあなたの武器に」
「え? あ、いや……」
鋼が制止する前に、鋼の持つ木の枝の前にかがみこむ。
そして、審神者は、
「ええっと……なんかつよくなれー」
めっちゃくちゃやっつけ感のある呪文を唱えた後、投げキッス。
鋼が祝福をされた時とは、えらい違いである。
「これで、この武器は祝福されたはずです。……たぶん」
とキメ顔で言ってくるが、さっき投げキッスをした瞬間、まるで『ぼうけんのしょ』が消えた時みたいな音がしたような気がしたが、大丈夫なのだろうか。
「人ではなく武器に祝福を与えた場合、その武器の性能が上昇するんです。
神からの直接の祝福ですから、きっとすごく強くなっているはずですよ!
……わたしからは、こんなことしかできませんけど、必ず、生きて帰ってくださいね!」
審神者のまごころに心が温かくなるような心地がして、また同時に、今さら魔王との決戦にはこの木の枝も置いていくつもりです、なんて言えなかった鋼は、
「こ、これから、準備がありますから」
と言って、その場を逃げることしかできなかった。
全ての準備を終え、鋼は最後に、今まで愛用していた木の枝をアイテムボックスにしまうことにした。
「今までありがとな、相棒。今度の戦いばかりは、お前だって壊れる危険がある。
だから、ちょっとこの中に入って……あれ?」
鋼が木の枝をアイテムボックスに入れようとした瞬間だった。
また、あのぼうけんのしょが消えた時のような不吉な音楽が流れ、アイテムボックスに木の枝を入れることができなかった。
「まさか……」
不吉な予感に、鋼はあわてて木の枝のステータスを確認した。
呪福された『伝説の』『名状しがたき』『超鋼好きの』『もの凄く嫉妬深い』『鋼愛主義の』『名を呼ぶことも畏れ多い』『相棒とか呼ばれなくなって久しい』『ハガネ様専用の』『もーっと成長する』『世界創造の』『猫が天敵な』『もちろん魔道具としても使える』『・・・おや!? ただの木の枝のようすが・・・!』『変化の』『閉所恐怖症だが』『アイテムボックスを克服した』『出番不足が深刻な』『最終決戦仕様の』『フルアーマー』ただの木の枝『ワールドエンド・ブランチ』+100212
「呪福ってなんだぁあああああああああ!!」
鋼の予想通り、見たこともないような言葉がステータスの頭についていた。
「あの、駄女神ぃ……」
めずらしく、鋼は呪いの言葉を吐く。
というかまあ、呪われてるのは鋼当人なのだが。
鋼は考える。
おそらくだが、やっつけでやりすぎた審神者の祝福が変な風に作用して、こんなことが起こってしまったのだろう。
ステータス自体はたしかにアップしているようなのに、呪いの効果も備えているようだ。どうあがいても、外すことができない。
誰かに解呪を頼もうかとも思ったが、呪福なんてものを解ける人間がいるだろうか。
色々とめんどうになった鋼は、ため息をついて、手にした木の棒に問いかけた。
「なぁ、相棒。……危険だけど、僕と一緒に魔王と戦ってくれるか?」
鋼が問うと、木の枝は「その言葉を待っていた!」とばかりに、ブルルルル!と元気よく振動する。
「そっか。なら、一緒に行こうか」
とうとう、鋼の方が根負けして、同行を認めた。
ふたたび、木の枝がうれしそうに振動する。
……本当のところ、うれしい時も悲しい時もつらい時も体についた水滴を跳ね飛ばしたい時も木の枝はとにかく振動するので、実は何が言いたいのか鋼にはよく分からなかったりするのだが、とにかく空気を読んで鋼は賛成したのだと解釈することにする。
すると、まるで木の枝に負けじとばかりに、頭の中で声がする。
【ワシも、オラクルでじゃが、最後までいっしょにいるのじゃ】
「シロニャ……」
考えてみれば、この世界の冒険は、全てシロニャと一緒にこなしてきたのだ。
なんだかんだで、シロニャのオラクルがなければ、鋼は無事にここまで来れはしなかっただろう。
鋼は少しだけ、柄にもなくしんみりしてしまった。
【あ、まちがえたのじゃ! 最期まで、いっしょにいるのじゃ】
「今、言い直すことで確実に死亡フラグ立ったからな、僕に!」
しかし、一瞬でそのしんみりは壊された。
シロニャは熟練したしんみりブレイカーである。
それこそ最後なのにこんなか、と思わなくもないが、このくらいの方が自分たちらしい。
そんな風に思い直し、
「とにかく、これから決戦だ。二人とも、頼んだぞ!!」
鋼は、決戦の場へと足を踏み出した。
封印の回廊には、すでに全員がそろっていた。
審神者にルウィーニアの二柱の神に、アスティ、ミスレイ、ラトリス、リリーア、ルファイナ、ララナ、さらには白猫姿のシロニャまでいる。
皆が鋼を見て一瞬何か言おうとするが、結局言葉にならないのか、すぐに口を閉じた。
それを見て、鋼もまた、無駄な言葉は不要だと知った。
仲間それぞれの顔を、一度だけ目に焼き付けて、最後に心配そうにこちらを見るルファイナを、そして、こんな時でも楽しげなララナとシロニャを見て、
「大丈夫。約束は、守るよ」
それだけを言って、回廊の中心、魔法陣へと歩き出す。
「準備は、いいですか?」
震えるルファイナの声に、鋼は無言でうなずいて、
「では、行きます」
ルファイナが魔法陣に手を当て、何かをつぶやいた次の瞬間、
「―――!?」
鋼の姿は一瞬で、地上から消えていた。
古来より、世界の人々の恐怖と嫌悪の対象であった赤い月。
赤茶けたその不毛の地に、世界創生以来初めての客人が訪れた。
「ふむ。我が寝所を荒らしに来た不心得者がいるようだな」
口を開いたのは、青銅色の肌を持ち、おどろおどろしい漆黒の鎧をまとった偉丈夫。
一撃の下にあらゆる存在を消し去るほどの力を持った、恐るべき魔族の王。
封印されてなお、絶対的強者の威厳をにじませ、魔王がゆっくりと振り返る。
そして、
「貴様が何者かは知らんが、我の領域に無断で……無断で…………いや、というか、貴様ほんとになんだ?」
侵入者のあまりの姿に、ちょっと素に戻る魔王。
……そう。
「僕? 僕の正体だと? 知れたこと……」
死の星であり、究極の牢獄であるその場所に降り立った、その男の正体は、
「――僕は、ヒーローだ!!」
特撮に出てくるような、どぎつい真っ赤なヒーロースーツを着た、正真正銘のヒーローだった。
というか、まあ言わなくても分かるだろうが、ヒーローのコスプレをしてすっかりなりきっちゃった、結城鋼だった。
「魔王! お前に、提案したいことがある!」
そして、ヒーローは高らかに言い放った。
「もし僕の味方になれば、世界の半分をお前にやろう。どうだ? 僕の味方になるか?」