第八十四章 恐怖の具現
審神者がひとしきり地面を転がった後、
「それにしても、ぷふっ! 魔王、ほんとバカですよね。
これも誰かさんが、自分の趣味丸出しでオレ様系イケイケキャラなんて設定にするから……」
「な!? ば、馬鹿を言うな!
魔王の思考ルーチンを調整したのはお前の方だろう!?」
なんて言ったことをきっかけに、『魔王がバカなのはどっちのせいか』というテーマで低レベルな口ゲンカが発生。
鋼はなぜか、二人の神々の仲裁に乗り出すことになった。
とりあえず審神者にはリリーアを、ルウィーニアには仕方なく自分をあてがって何とか落ち着かせることに成功。
すると、何でもないことのように巫女服姿の女性、審神者ことサニーが言った。
「あ、そういえば忘れてましたけど、おめでとうございます。
何でも12月31日の魔王復活の予言、正式に解除されたようです」
「あ、はい。……って、そういうことさらっと言わないでくださいよ」
あまりにも軽く言ってのける審神者に、鋼はとりあえずツッコむ。
「そうですか?
だったら……あの、実は、ですね。
ものすごいことが、分かったんですけど、なんとこの度、魔王が復活するという、あの予言が……」
「別に言い直せって言ったワケじゃないですからね!?」
変なのが降臨したせいで、ツッコミのネタには事欠かなくなった鋼だった。
「しかし、情報自体に誤りはないぞ。
どうやら予言の分岐条件は『封印の巫女が今日封印の回廊を訪れるかどうか』だったようだ」
「なんか本当だったら、ホムンクルスを倒す倒さない関係なく、封印の巫女だけは生き残って回廊で儀式を行うはずだったみたいですねー。
ほら、その子、なんか責任感強そうな顔してるじゃないですか。どうも誰が止めても聞かずに、儀式を強行するはずだったらしいんですけど……」
「それを上回るほどの大事な物が出来たせいで、儀式の場には替え玉が行くことになった。
そのおかげで予言の成就はならなかった、という訳だな」
「つまり……」
神々による交互の説明に、ラトリスがメガネを光らせた。
「実は決め手になったのはホムンクルスを倒した事ではなく、ハガネ様がルファイナ様をメロメロにした事だった、という訳ですか?」
「いや、メロメロって…!」
「あう……」
と鋼がツッコみ、ルファイナが顔を赤らめたが、
「ま、そーゆーことでしょうねー」
審神者はあっさりとうなずいた。
なんとなく、ルファイナを除く女性陣の視線が、鋼に集まってきた。
居心地の悪くなった鋼は、
「ええと、それで結局、ここにはその話を報せに来てくれたんですか?」
話題を本題に向けることで流れの変更を試みる。
すると審神者が、
「いえいえ、別件です。
ところでなんですけど、さっきからシロニャちゃんの顔が見えないんですけど、どうしたんですか?」
本当に空気を読めない人にしか使えない秘技、話題変更返しを繰り出してきた。
「あー。そういえばしばらく出て来てないんですよね。
また昼寝でもしてるのかな?」
まあ鋼としては話題さえ変わればどうでもいいし、いいかげん気になっていたところだったので、その話題に乗った。
「おーい、シロニャー?」
同時にオラクルも使って呼びかけると、あっさりとワームホールが開き、中から白猫が飛び出してきた。
「お前、一体どうしてた……って、なんで泣いてるんだ?」
鋼はちょっと安心しかけたが、シロニャが(猫のくせに)泣いているのに気付いてさすがに慌てた。
基本的に鋼のことやゲームのこと以外には無関心なシロニャが泣くのはどう考えてもめずらしい。
「ん? あ、ああ。これはすまぬのじゃ」
シロニャは器用に前足で涙をぬぐったが、後から後から涙はあふれてくる。
「ど、どうしたんだよ、お前」
鋼が完全に腰を引かせながら聞くと、シロニャはやはりまだ泣きながら答えた。
「ぐず、うむ。ちょっとネットで小説をの……」
「またかよ!!」
禁止したのに懲りない奴だった。
しかし、その言葉を聞いてシロニャは俄然いきりたつ。
「こ、今度のは全然ちがうのじゃよ!
ものっすごい純愛感動ストーリーなのじゃ!」
「じゅ、純愛感動…?
お前の口から出ると、微妙に信じきれないところはあるが……」
少なくともどんなものでも零夜よりはマシだろうとは思った。
「ちなみに、今度のはどんな話なんだ?
まさかとは思うけど、また転生物じゃないだろうな?」
「ぜんっぜん、ちがうのじゃよ!
もっともっとリアル路線なのじゃ!」
「リアル路線……」
それってリアルロボットたちの絡み合いとか、そういうアレじゃないだろうな、なんて邪推が鋼の中に湧き起こる。
ゲーム廃神であるシロニャの言うリアルなんて、どうせその程度だろうと思っていたのだ。
だが、それは完全なる勘違いだった。
シロニャは胸を張って言った。
「なんと、主人公が友達に逆恨みされて集団レイプされたり、彼氏が白血病で死んだりするんじゃぞ!
ちょー泣けるのじゃ!」
「まさかの携帯小説か!!」
オタクでありながら同時にスイーツとか、なかなかに業が深い存在である。
「む、むぅ! おぬし、分かっとらんな?
彼氏の死に際の台詞なんてちょー感動的なんじゃよ!?」
「あーはいはい、なんて言ったんだ?」
するとシロニャはキリッとした表情を作って、言った。
「俺の死を悲しむ暇があるなら、1歩でも前へ行け。
決して振り向くな。
子供たちよ、俺の屍を越えてゆ……」
「混ざってる! シロニャそれ確実になんかと混ざってるから!!
ていうか誰だよ子供たちって!!」
「ん? そうじゃったかの?」
オタクでありながら同時にスイーツとは、本当に業が深い存在であるようだった。
「……はぁ。で、シロニャも出て来たことだし、そろそろ本当に今回の用件を教えてくれませんか?」
鋼が真剣な顔で言うと、審神者が真剣な顔で問い返してきた。
「はい。……ええと、でもそれは、真面目な方の用事ですか?」
「いや、逆に真面目じゃない方の用事ってなんですか!?」
「え? だって、わたしたちの用事の八割は鋼さんたちに会うことですよ?
正確に言えば、魔王関連の用事を建前に、ルウィーニアちゃんは鋼さんにクッキーを届けに、わたしはリリーアちゃんのセクシーショットを狙いに来たに決まってます!」
「決めないで、建前の方の用事を教えてください!」
心底辟易しながら鋼が怒鳴ると、審神者は仕方ないなぁという顔をした。
懐から、数枚の紙を取り出す。
「実は、魔王の予想スペックデータが見つかったんですよ。
しかも、パラメータから所持スキルまで全部を網羅した完全版です。
これから魔王と対立することもあるかもしれないですし、前に約束しましたからね!」
「ああ、それはありがたいです」
ぜひ見せてもらおうと、鋼が手を伸ばすと、
「あれ、サニーさん?」
審神者はさっと紙を持った手を引っ込めた。
「ま、まだ話は終わってませんにょ!」
「は?」
「い、今のはなしです! まだ話は終わってないですって言ったんです!」
なぜこの人はこんなに動揺しているんだろうか。
鋼は首をかしげた。
「こ、この魔王、コンセプトはスリリングな消耗戦、なんです!」
「は、はぁ……」
「ルウィーニアちゃんと話し合ったんですけど、まず、ラスボスとの戦いがすぐに終わっちゃうとか、そんなのラストバトルじゃないと思うんですよね。
だから、魔王は他のパラメータよりもHPMPを優先的に高く設定したんです!」
「あの、話は分かるんですけど、そんなことよりそれを見せてもらえれば……」
鋼はもう一度紙に手を伸ばすが、審神者は体全体でそれを拒否した。
「ちょ、ちょっと待ってください!
あ、あの魔王は、わたしとルウィーニアちゃんが三日三晩桃太郎とかが出て来る電車ゲームをやりながら考えた、いわば血と汗とキングボ〇ビーの結晶ですよ!
そんな簡単にデータを明かせません!」
「はい?」
じゃあ何で持ってきたの、と鋼は素朴な疑問を抱いた。
しかし、それを明らかに意図的に無視して、
「は、話の続きですけど、死の危険のない、単に時間だけがかかる消耗戦じゃつまらないと思ったので、まず魔王の攻撃面は優秀にしました。
やっぱり一発死の危険性が戦いを盛り上げますからね、これは必須です!」
「いや、必須とかそういうのはいいんですけど、その紙を……」
「逆に!!」
鋼の言葉を封じるように、審神者は一方的に話し続ける。
「逆に防御面は神性能ならぬ紙性能です!
だってあんまり敵が硬すぎると、攻撃しても意味がない感じがして、戦闘のモチベーションが上がりませんよね?
だからHPに比べて、防御はすっごく低くしたんです」
「あの、もしかして何かごまかそうとしてませんか?」
「じ、実は、だったらいっそ防御面の性能を0にしてしまおうって話も上がったんですけど、この世界のダメージ計算式の関係上、防御力0だと予測ダメージが跳ね上がっちゃうらしいんですよね。
さすがにオーバーフローはしないように調整したらしいですけど、ラスボスに雑魚スライムとかよりダメージが入っちゃったら興ざめですよね?
だから、他と合わせつつ、最低限の防御力も持っているようにしたんですけど……」
「いや、だからそういう説明は能力値見てからでいいんで、早く見せてください」
「い、一番迷ったのが敏捷です。
あんまり敵が敏捷すぎると攻撃が当たらなくて消耗戦にならないし、縦横無尽に戦場を駆ける魔王とかちょっと斬新すぎますよね?
でもあんまり低すぎると今度は魔王からの攻撃が当たらない。
これは大問題! 大問題だったんです!!」
「もう確実に能力値見せるの嫌がってますよね?
一体何を隠してるんですか?」
「し、しかしそこは、スキルでカバーすることにしました。
ベースの値は低めにして、相手の敏捷値に合わせて敏捷が上がるスキルを実装、さらに攻撃系のスキルに命中補正をかけることで見事に高命中、低回避の性能を両立させたんです!!
これってすごいことですよ!?」
「僕はここまで来ても観念しないサニーさんの方がすごいと思いますけど」
「そ、それにスキルと言えば、神様の祝福とか復活の魔法とかの効果で復活とかしたら緊張感がなくなっちゃいますよね?
だから魔王にそういうずるっこを封じる能力をつけました!
死んだら魂まで魔王に吸収されるので、復活とかは不可能です、イエーイ!!」
「ハイテンションでごまかされそうになりましたけど、今なんかさらっとやばい情報を漏らしましたよね?」
「そ、それから、それから……ええっと……」
さすがに話のタネが切れたのか、必死で考え込む審神者。
その肩に、そっと手が置かれた。
その手の主は、
「る、ルウィーニアちゃん?」
審神者の無二の親友、ルウィーニアだった。
驚く審神者に、ルウィーニアは厳かに告げた。
「もう、いいんだ。いいんだよ、審神者」
「で、でも……」
言いよどむ審神者に、ルウィーニアは優しげな笑みを浮かべた。
「大丈夫。その罪の半分は、我が背負う」
「……いや、普通にルウィーニアちゃんは共犯者ですけどね?」
じとっとした視線を向けてくる審神者から目をそらさずに、ルウィーニアは言う。
「だから、審神者。もう、ゴールしていいんだ」
「…え?」
その言葉に、審神者の中で何かのスイッチが入った。
潤んだ目で、ルウィーニアを見つめる。
「わ、わたし、もう、いいんだよね?
もう、ゴールしていいよね?」
「ああ。ああ、もう、充分だよ、審神者」
二人の視線が絡み合う。
審神者がゆっくりと、ルウィーニアの胸に飛び込んでいく。
同時に、
「「……ゴー……ル」」
二人の声が、見事に重なって、
「あの、そういう小芝居は要らないんで、早く紙を見せてもらっていいですか?」
鋼に注意を受けた。
やはりびくびくしながら、審神者が鋼のところへやってくる。
「み、見せても、怒らないですよね?」
それに対して、鋼はわざとおおげさにため息をついてみせた。
「はぁ。何で僕が怒るんですか?
むしろ魔王の強さが分かるなら、感謝の気持ちしか持てないですよ」
その言葉に、ようやく審神者は肩から力を抜いて、
「で、ですよねー。
じゃ、じゃあ、どうぞ」
鋼に持っていた紙を差し出した。
魔王 予想パラメータ
LV 1000000000000
HP 1000000000000
MP 1000000000000
筋力 10000000
知力 10000000
魔力 10000000
敏捷 100
頑強 100
抵抗 100
紙を一目見たきり、固まってしまってピクリとも動かない鋼に、審神者がこわごわと声をかける。
「あ、あの、大丈夫ですよね!?
ちょっとルウィーニアちゃんが調子にのって、HPを一兆とかにしちゃいましたけど、別に大したことないですよね? ね?」
「ま、待て!
どうせなら魔王っぽく、攻撃力は一千万にしましょう、などと言ったのはお前ではないか!
わ、我だけを悪者にしようなどと……」
それを受け、あわてたルウィーニアが反論したところで、
「こん、なのに……」
今まで動かなかった鋼が、ぼそりと何かをつぶやいた。
その様子を、おそるおそるうかがう神様二人。
「は、鋼、さん?」「こ、コウ…?」
そして、
「か・て・る・かぁーーーーーーーーーー!!!!!」
結局、鋼は怒り狂ったという。
後に、古神の一柱であり、この世界で二番目に有名な神である審神者は、
「神様の力を得て以来、あんなに人間が怖いと思ったのは初めてでした」
と友神に語ったとされる。
ちなみにその友神は、
「お、お前のせいで、コウに嫌われるところだったんだぞ!」
と怒鳴ったとも言われている。
――審神者とルウィーニア、色々と対照的な二人であるが、実は友達が少ない点では似た者同士なのかもしれなかった。
ここまでお付き合い頂き、ありがとうございます
本作品はあと七章程度で完結予定ですが、ここからは少しペースを緩めて更新させてもらいたいと思います
必ず完結はさせますのでご安心下さい
結城鋼の最初で最後のガチな(チート)バトル、楽しんで頂ければ幸いです