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天啓的異世界転生譚  作者: ウスバー
第十四部 真面目にファンタジー編
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第八十二章 入れ替わり大作戦


 ……ララナがいじけた。


「あっはは! そりゃそうだよね!

 軍隊と戦うつもりないって何度も言ってたもんね!

 うん、一瞬で勝てるなら作戦もいらないしね!

 あははははは!!」


「ええっと、ララナ…?」

 鋼はは言葉を選んで、こわごわとフォローを入れる。

「い、一瞬じゃないぞ?

 三分くらい、早口言葉で……」


 ちなみに早口言葉は大陸共通語に翻訳された物だが、ちゃんと全部言いにくいようになっていた。

 明らかにこの世界では意味の通じない『東京特許許可局』とか、『バスガス爆発』とか『シャ〇少佐機銃掃射はよせ、ここはグラナダなのだぞ!』まで完全に再現されているらしい。

 大陸共通語は日本の早口言葉から作られた疑惑が鋼の中に芽生えた。


 言語の成り立ちはともあれ、鋼のフォローは失敗したようで、

「あはっ! 三分!!

 そりゃカップ麺と同じくらい大変だね!

 いやーまさかそんな苦労してたなんて恐れ入っちゃうよ!

 ボクも情報収集で一時間くらいラターニア軍を見てたりしたけど、コウくんの苦労を考えたら霞んじゃうよね!

 あははははははははは、あは、は……」

 ララナは体育座りでその場に座り込んでしまった。




 困ったなぁと思ったが、これはもう時間に解決してもらうしかない。そう判断した鋼はラトリスにララナの面倒を頼み、そっとその場を離れる。

 すると、ちょいちょいと後ろから誰かに服の裾を引かれた。

「アスティ?」

 裾を引っ張ったのはアスティだった。


 そういえばどうやってホムンクルスを倒したかについては一応説明したのだが、アスティだけぽかんとしていたのを思い出した。

 目線で追加説明を求めてくるアスティに、鋼は解説を始めた。

「ええと、つまりだな。シロニャは最初に『被造物瞬間消去』の説明をした時、こう言ったんだ」



『なんとなんと、ゴーレムやホムンクルスなどの人工的に作られた相手なら、その一部に触れながらキーワードを唱えるだけで消滅させられる、超絶スキルなのじゃ!』



 それを聞いてなおも首をかしげるアスティ。

「言い換えれば、このスキルはホムンクルスの『一部』に触れながら早口言葉を言うだけでホムンクルスを倒せるスキルだってことだよ。

 そして、ホムンクルスの体の一部だったら、とっくにルファイナが持ってただろ?」


 鋼の言葉にしばし考え込むアスティ。

「んむ…? あ! もしやあの白い髪の毛か!?」

「正解。だから僕はそれを持って早口言葉を言うだけで、ホムンクルスを倒すことができたってワケ」

 一応ルファイナを説得する前に、オラクルでシロニャにそういうスキルの使い方ができるかを尋ねると、シロニャはできると請け合ってくれた。

 なので鋼は何の憂いも迷いもなく、ルファイナを説得できたというワケだ。


「ふむふむ。そういうことだったのか。

 ……あ、わ、私はダメだなー理解力が足りなくてー」

 アスティは途中まで元気にうなずいていたが、なぜか途中でいきなりしゅんとしてしまった。

 さらに、がっくりとうなだれながらも、時々、ちらっ、ちらっと鋼の方を見てくる。


 なんかめんどくさいなーと思いながらも、鋼がテキトーに慰めると、

「ま、まあ、アスティには他で色々役に立ってもらうし、このくらいなら僕が教えるから」

「そ、そうか? う、うむ!

 他で私が役に立てること……よし、ハガネ、お前も疲れただろう、肩をもんでやろうか?」

「いやいや、いいよそんなの!」

 すぐに復活して、よく分からない方向に俄然張り切り始めたので鋼は逃げ出した。


「そう固いこと言わずに、な?」


 しかしまわりこまれてしまった!!


「お前は回り込みのプロか!?

 なんでこういう時だけ高スペックなんだよ!」

 と鋼が叫べば、

「聞き捨てなりませんね。回り込む事にかけては私が第一人者です。

 ハガネ様を付け回す権利は私にだけ存在するのですよ?」

「誰にもねえよそんな権利!!」

 それを聞き咎めた変態(1号)の逆鱗に触れ、追い掛け回す影が二つに増えた。


 しかし、そんな混沌とした世界に差し込む光。

「ちょ、ちょっとあんたたち!

 こいつ嫌がってるでしょ!」

 比較的常識人な業界人、リリーアが割り込んできた。

「リリーア! 助かっ……」

「それに……マッサージなら、わたしの方がうまいんだから!」

 割り込んできて何か言い始めた!!


 当然対抗心に火のつくアスティとラトリスだが、

「ほう、大口だな? 私の肩もみテクは鬼神をも凌駕すると父様も気持ちよさに泡を吹きながら絶賛したのだぞ?」

「自慢ではありませんが、素手で人を天国へと送るテクニックについては、私の右に出る者はいないかと」

「どっちも不穏すぎる!」

 無事で済む感じが全くしない。


 さらには、みんなが争いに夢中になっている内に、

「って、ミスレイさん!?」

「はふぅ。これこそ至福、ごわごわぁ……」

 気付いたら、隙を見出した変態(元祖)が腰の辺りにくっついていて、なんか頬ずりをしていた。


 それを他の女性陣が見逃すはずもなく、

「は、破廉恥な!」

「とても神に仕える者の為される事とは思えませんね」

「そうよ! こ、腰をマッサージするのはわたしなんだから!」

 それを口実に、なんか大挙して鋼につかみかかってきた。


「ええっ!? ちょっ!? なんでっ!?」

 一秒ごとに混沌を深めるこの状況。

 鋼にそんな物を収める力などあるはずもなく、必死で襲い来る女性陣を遠ざけながら途方に暮れていた時、救いの声が地下室に響いた。



「あ、あの、皆さん!

 わたしの城に、一緒に来てくれませんか?」








 ということで、ルファイナの城である。

 城と言っても王宮のことではなく、フィードラとルファイナが暮らしていた郊外の城の方だ。

 ほんの数日前まではここは騎士であふれかえっていたはずだが、全員が撤収していた。


 ラトリスが色々まわって事情を聞いたところによると、王女(今はなきホムンクルスの方)が『清めの塔』に入る前にこの城をあまり荒らさないようにと指示したため、騎士たちは全員の遺体を回収して埋葬した(王妃の遺体だけは丁重に王の許に送った)後、撤収していったらしい。


 それに、ルファイナを助けるために色々と暴れてしまった鋼たちだが、偽王女としては追っ手をかける気もあまりなかったのか、一応鋼たちは変装をしていたとはいえ、特に誰何されることもなく無事に城までたどり着けた。


 城の中は所々壊れている場所もあるものの、あまり激しい戦闘が行われたワケではない。

 最低限壊れた家財道具や血痕くらいは片づけられたらしく、城はほとんど以前の姿を取りもどしていた。

「思ったより、きれいですね。

 これなら、無理してもどってこなくてもよかったかも」

 それでもさすがに思うところはあるのか、ルファイナは少し哀しそうに笑った。


「その、地下室は、大丈夫だった?」

 思い出させるようで悪いが、避けては通れない質問だ。

 鋼がそう聞くと、ルファイナは気丈にうなずいた。


「……大丈夫、だと思います。

 母の遺体は動かしておきましたから、地下室を探す理由もないはずですし、少なくとも地下室にあれから誰かが足を踏み入れた形跡はありませんでした」

「そう、か」

「それに……」

 ルファイナは一度唇をかみ、決然と言った。


「母がホムンクルスを造っていたのは事実です。

 この国の混乱が収まった時、父が許してくれるなら、わたしはそのことをみなに公表しようと思います」


「いいのか?」

 鋼が驚いて聞くと、ルファイナはしっかりと首を縦に振った。

「故人を裁く法はありません。

 それでも母とわたしを責める声は生まれると思います。

 けれど、真実はやっぱり明かされるべき物で、何よりこの悲劇の教訓が、誰かの明日に活かされる可能性を、わたしは望みます」


「ルファイナ……」

 鋼は王女の思わぬ成長に、ただ言葉をなくすしかなかった。

 それを、ちらりと横目で眺めながら、

「ただ、そうなれば卑怯なわたしはこの国から逃げたくなってしまうかもしれません。

 ……そんな時は、わたしの逃げ場になってくれますか?」

 ルファイナは一転、甘えるような声で鋼に問う。


「それって、どういう……」

「わたしを、一緒に連れて行ってください」

「一緒にって、ええっ!?」

 いくらなんでも王族である彼女を連れて行くことまでは鋼は考えていなかった。


「で、でも、ルファイナは王女だし、封印とかも……」

「王族としてわたしに期待されている役割はありません。

 むしろ兄様がたくさんいますから、王族の人間なんて少ない方がいいくらいです。

 封印の巫女としての仕事はただ生きているだけで構いませんし、魔王はいつかコウさんが倒してくれるのでしょう?」

 そう言われてしまえば、ぐうの音も出ない。


「わたしの気持ちは、話しました。

 あとは、コウさんが決めてください。

 コウさんがわたしがここにいた方がいいと言うなら、わたしはそれに従います。

 31日の朝、お返事をうかがいますから」

 それだけ言い残すと、ルファイナはみんなに合流するために足を速めた。

 残された鋼は、ホムンクルス以上の難問に、ただ頭を悩ますばかりだった。




 それからの方針は、すぐに定まった。

 人々が不安に思っているところに、さらに不安をあおるような材料を投下することもない。

 話し合いの結果、31日の10時、ルファイナが『清めの塔』から現れたフリをして、ホムンクルスと入れ替わることで事態を収めようという方針に決定した。

 『清めの塔』にはもしかするとホムンクルスが着けていた服だけが残されていたり、食べかけの食事が残されていたりとかいう神隠しっぽい状況ができているかもしれないが、どうせルファイナ以外入れる人がいないのだから問題ない。

 本物が偽物と入れ替わるというよく分からない状況だが、それが一番問題が少ないことはたしかだろう。


 その話し合いがなされている間、ルファイナは一度も口をはさまず、黙ってうなずいていた。

 鋼にわたしも連れて行ってくださいと頼んだ素振りは全く見せない。

 ただ、偶然に目が合った時に見せる彼女の表情が、何よりも如実に彼女の本心を語っていた。




 人を置き去りにするほどの速さで時は流れる。

 その日が訪れるまでの数日間を、鋼たちは騒がしく慌ただしくも、静かにのんびりと過ごした。

 その間にルファイナは王族らしい世間知らずっぷりと、王族とは思えない気さくさを発揮し、鋼たちと一緒にダウトをやって、鋼から十連続でワイルドドローフォーを出されても楽しげに笑うという器の大きさを見せつけたりした。




 そして、とうとう31日。

 約束の日の朝がやってきた。


 二人の態度から何かを読み取ったのか、

「先に行っててくれ」

 という鋼の言葉に、仲間たちは素直に従い、鋼とルファイナは二人きりになった。


 澄んだ目をして自分を見つめるルファイナに、鋼は、ずっと考えてきた言葉を告げる。

「ルファイナ。僕は、君と一緒に旅に出たいと思う。

 だけどこの国の人々のためには、封印の儀式を成功させなければならない。

 だから……」





 それからすぐ、鋼は外に出た。

 城の入り口で待機していた仲間たちはみな、何かを聞きたそうにしていたが、

「もうすぐ来るよ」

 と鋼があえてそっけなく言うと、みな城の方を見たまま、何も言わなかった。


 鋼は平然とした様子で立っていたが、その実、内心は不安でいっぱいだった。

 鋼がルファイナに自らの決定を告げると、ルファイナはいきなり泣き出すやら鋼にすがりつくやらで、ほとんど収拾のつかない状態になってしまった。

 一応落ち着いたはずだが、ちゃんと準備をして出て来られるのか、鋼は不安に思っていないワケでもない。


 だが、数分後。

 そんな鋼の心配を、杞憂だと笑い飛ばすように……。

 城の扉が開いて、中から人影が現れた。


「えっ?」

「あ、あれっ?」

「もしかして……」


 それを見た仲間たちが、次々に驚きを訴える。


 だが驚いたのは鋼も同じだ。

(よくもまあ、化ける物だなぁ……)

 というのが、鋼の素直な感想。


 元の姿は変わっていないはずなのに、それはあまりに見事な『変身』だった。

 ほんの数分前の姿を知る鋼としては信じられない思いもするが、そこにいるのはたしかに王族としての風格と淑女としての気品を供えた『王女様』だったのだ。


「そ、そういう服を着ると、たしかに本物の姫なのだと分かるな」

「ボクも最初別人かと思ってびっくりしちゃったよ。

 なんかオーラからしてちがうっていうか……。

 これならルファイナじゃなくてルファイナ様、だね」

「成程、見違えましたね。

 しかし、似合っています」

「あ、握手、してもらおうかしら……」

「んー、若干ゴワゴワ感が足りませんけど合格ですかね」


 周りからの評価も上々だった。

 その数々の賞賛に、

「これ、母様が作ってくれたドレスなんです。

 ちょっともったいないかなと思ったんですけど、おろしちゃいました。

 おかしいところがないなら、嬉しいんですけど」

 と口にして照れている様子は、鋼の目から見ても全く違和感がなかった。


「これならどこからどう見ても、本当に王女様だな」


 思わず鋼がそうもらすと、


「ありがとうございます、わたしの騎士様」


 『王女様』はふわりとほほえんだ。





 それから彼らは一路、『清めの塔』へ。

 馬車で途中まで乗り付けて、人が多くなった辺りでアスティだけを馬車の番として置き去りに、他のみんなは徒歩で進む。

 さすがに全員健脚揃いなので道中はスムーズだったが、ただ一人、肝心の主役は裾の長いドレスをひらめかせ、よたよたといかにも難儀している風に歩いていた。


 それでもしばらく頑張ったのだが、大きな階段でとうとうギブアップ。

 鋼の方に寄ってきて、

「久しぶりだから慣れなくて……体が動かしにくいんです」

 などと言われれば、鋼は放っておくこともできなかった。


 何より、この役目を他に任せるワケにはいかない。

 こんな経験、二度とないだろうなと思いながら、

「じゃ、じゃあ、行くよ」

 その体を抱きかかえて、階段を登る。


 筋力パラメータの高さもあって、特に鋼が疲労することはなかった。

 ただ強いて言えば、しきりに鋼の体にぶつかっては発光するペンダントと、

「わー、お姫様をお姫様だっこだね!」

「ううっ! わたしもスカート丈さえ長ければ……じゃなくて、べ、別にうらやましくないわよ!」

「隠蔽の魔法をかけてますから、遠くから見たらおっきな荷物を抱えて階段を上がる変な人ですけどね」

「ハガネ様、『清めの塔』はここを登ればすぐです。

 ……すぐ、ですからね」

 などという外野からの声がつらかったと言えばつらかったと言えなくもない。



 一方で、ある意味もう一人の当事者であるルファイナの方は全く気にしていないようで、



「あの、実はコウさんに、伝えたいことがあるんです」



 まったく別の話を切り出す余裕っぷりだった。


 しかしそんな余裕など微塵もない鋼としては、これ以上他所事に頭を使う余力はない。

「その話、今じゃなくちゃいけないのか?」

 ついぶっきらぼうに拒絶してしまった。


 その剣幕に押されたのか、


「そ、そうですよね。別に焦る必要、ないですよね。

 お互い生きている限り、機会なんていくらでも、あるんですから。

 ……じゃあまた後で、こんな状態じゃなく、きちんと面と向かって会った時に話します」


 ルファイナはあっさりと引き下がってしまって、鋼はちょっとだけ罪悪感に覚えたものの、押し寄せる羞恥心にすぐにそんなことは忘れてしまった。



 その後、約束通り階段が終わったらすぐに『お姫様をお姫様だっこ状態』は解除。

「ではルファイナ様、ここからは隠形の術を施させて頂きます。

 ゆっくりと進みますので、出来るだけ音を立てず、気配も絶って下さい。

 他の方々も、間違えてルファイナ様にぶつかる事のない様にお願いします」

 ラトリスの指示の下、『清めの塔』まで進軍する。

 計画を考える段階では、ルファイナが元から持っていた気配を消すアクセサリを使うという案も出ていたのだが、味方にも場所が分からなくなったら困ると言って鋼が却下していた。


 不可視の仲間がいるためにいささかぎこちない歩みではあったが、特にボロを出すこともなく進んでいく。

 軍の只中を進むのは緊張したが、事前に話が通してあったため、ララナの顔パスで『清めの塔』までは楽々と進むことができた。

 そして事前の計画通り、クロニャが干渉してこない10時を回ったのを確認してから、作戦開始。


「じゃ、景気づけに一発!」

 とラターニア国全土の信頼を集めていて、知名度も高いララナが、頭上に円筒形のアイテムを投擲。

 一瞬後、その場の全員の視線を集めたそれは、すさまじい閃光と轟音をまき散らし、見ている者の視界を奪う。


 その隙に我らが『王女様』が『清めの塔』へと全力ダッシュ。

 そして、光と音が収まった頃に、



「皆さん、今までこの塔を守ってくれてありがとう!

 わたしはもう大丈夫です!」



 なんてことを言いながら、自分の存在をアピールする。



 鋼も自分たちで計画しておきながら、

(ひっどい猿芝居だなー)

 と思っていたのだが、実際にやってみると、


「姫様っ!」

「おおっ! 巫女様だ!」

「ルファイナ様!」


 とか何とか、集まっていた人々が口々に感動の言葉を叫び出した。


 実は『清めの塔』の扉が開いていないことに気付かれたらまずいなとか、ホムンクルスとの違いに気付かれないだろうかとか、鋼は色々心配していたのだが、全くそんな心配はいらなかったようだった。

 国相手の大ペテンとも言うべきこの作戦も、この調子なら何とか成功しそうだと、鋼は大きく息をつく。


 王から聞いた予定では、ルファイナが出て来てすぐ、封印の回廊に移動して、儀式に取り掛かるらしい。

 これ以上鋼がここにいても邪魔にしかならないだろう。


 さらに大きくなっていく歓声と喧騒を背に、

「それじゃラトリス。後は頼んだよ」

「はい。しっかりと見届けて参ります」

 そうラトリスに声をかけてから、


(さようなら、『王女様』)


 兵士たちによって周りを取り囲まれる『みんなのお姫様』の姿を最後に目に焼き付けて、鋼はその場を後にする。

 もう二度と目にすることはないだろうその姿をもっと見ていたい気持ちはあったのだが、今はアスティ一人に留守を任せてきた馬車の方が心配だった。

 足早に来た道をもどる。



 無言で歩いていると、

「ねぇ。本当にこれで、よかったの?」

 馬車に帰る途中で、リリーアが問いかけてくる。

 見ると、他の仲間たちも鋼のことを気遣うように見ていた。


「ああ、封印の儀式のことか?

 あれは単なるパフォーマンスだろ?

 別に見て行かなくても……」

 鋼がそうごかまそうとすると、後ろからララナが顔を出して、言った。

「そうじゃなくて、もちろん王女様のことに決まってるじゃん!

 ボクはてっきり、ルファイナも一緒に連れて行くと思ったのに」

 そのふくれっ面からすると、鋼の決定が不服だと言いたいらしい。


「ええっと、あー、その、だなぁ……」

 困惑しながら鋼が歩いていると、やがて前方に見覚えのある馬車が見えてきた。

 留守番をしていたアスティが、ぶんぶんと元気よく手を振っている。

 それを見て鋼はそろそろいいかと思い、白状することにした。


「実は今朝、ルファイナには言ったんだけど。

 僕はルファイナと一緒に旅に出たいって思ったんだ。

 だけどこの国の人々のためには、封印の儀式を成功させなければならない。

 だから……」

 みなの注目が集まる中、鋼は、




「だから……封印の儀式をちゃんとこなせたら、一緒に連れて行くって約束したんだよ」




 そんな事実を、あっさりと告げた。



「「「ええーっ!」」」

 途端、周り中から上がる、ブーイングのような驚きの声。

 そこから逃れるように、鋼は馬車に乗り込んだ。


「もちろん王女として連れて行くのは無理だから、身分は隠して、ってことになるんだけど」

 言い訳のように説明する。

「ふぅん。じゃあつまり、『王女の』ルファイナとは今日でお別れってこと?」

「ま、そういう言い方もできるかな」

 さりげなく鋼の横に座りながら聞いてくるララナの言葉に、鋼は動揺を隠して答えた。


「で、でも待って!

 あんたは、ルファイナが封印の儀式をこなせたら、って言ったけど、儀式が終わっても王様とかいろんな人がルファイナさんと話したがるんじゃないの?

 そんな中から逃げ出して、ルファイナさんはちゃんとこっちに来れるの?」

 こちらもさりげなく鋼の隣に座りながら尋ねるリリーアに、鋼は待ってましたとうなずいた。

「そりゃあ普通に考えたら難しいだろうな。

 だから、他の誰でもなく、ラトリスに見張りを任せたんだよ。

 ラトリスだったらどんな状況になっても……」


 そうやって、自慢げに鋼が話そうとした時だった。

 


「――ちょっと、待って」



 めずらしい、ララナの真剣な声。

 そのただならぬ様子に、全員がララナを、そして、ララナが鋭い目付きでにらみつける先を見る。


 それはたしか『封印の回廊』がある方角。

 今まさに、封印の儀式が行われているはずの方向で……。

 そしてその、上空には、



「何だよ、あれ……」



 黒い、不吉なほどに真っ黒な雲が、渦を巻くように広がっていた。

 明らかに自然現象とは思えない違和感ある動きと、見ているだけで肌を打つ禍々しい気配。

 鋼の胸で、嫌な予感がどんどんふくらんでいく。


「ミスレイさん! ショートテレポート!!」


 ほとんど怒鳴りつけるような鋼の指示に、ミスレイは即座に従った。

 『神がかり』を行い、即座に魔法を詠唱。鋼の体をほんの数センチほど、横に瞬間移動させる。

 しかし、それで充分だった。

 『血縄の絆』の効果により、ラトリスが鋼の目の前に召喚される。


「よかった、無事だったか……」

 鋼はほっと、息をつく。

 だが、敬愛する主君の言葉を聞いても、ラトリスは何も言わなかった。


「ラトリス…?」

 そこに何かを感じ、鋼は彼女の名前を呼ぶ。

 どんな時だって冷静沈着で、動揺とは無縁だったラトリス。

 鋼は今回も、いつものように動じないラトリスの口から、事態の説明がされる物だと思っていた。


 だが、その期待は裏切られる。


 いつもの無表情とは違う、完全に表情を失った顔で、ラトリスは血の気を失った唇を動かして、


「申し訳、ありません、ハガネ様。ルファイナ様、が、魔王に……」


 その報告を、脳が認識した瞬間、



「ルファイナ!!」



 鋼は反射的に、馬車の床を踏み抜くほどの勢いで立ち上がっていた。






 ――それが、世界の命運を決める戦いの始まり。

 鋼と魔王との対決、その開戦の狼煙であったとは、まだ、誰も気付いてはいなかった。

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