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天啓的異世界転生譚  作者: ウスバー
第十四部 真面目にファンタジー編
92/102

第八十一章 その言葉はまるで、魔法のように

「……という感じ。

 これで『清めの塔』の防備については大体分かってもらえたかな?」

 ララナがそうしめくくると、誰からともなくつばを飲む音が響いた。


「状況はあまり良くありませんね。

 『清めの塔』を開けようとすれば、必ずクロニャ様と敵対。

 クロニャ様と敵対するという事は、ラターニア軍を敵に回すという事ですね」

 ラトリスが神経質そうにメガネを直しながら言うと、

「そうだね。それに、今回の戦い、相手は普通の兵士たちだからね。

 殺しちゃうのもまずいんだよねー」

 お手上げとばかりにララナは両手を横に広げた。


「だけどボクも、相手が何してくるか分からない以上、ここは攻めるべき場面だと思う。

 ただ、相手は精鋭部隊に将軍に魔道砲台に異世界勇者。

 はっきり言って、まともに行ったんじゃ勝ち目がないくらいに強敵だ。

 そこで……」

 ララナはそこで、



「軍隊とクロニャを破るための計画を、ボクはコウくんに考えてもらいたいと思う」



 はっきりと、鋼を見据えた。



 当然ながらあせったのは鋼だ。

「ちょ、ちょっと待ってくれよ!

 いきなり言われたって、僕は軍と戦うつもりなんてないぞ!?」

 そう言って抗弁するが、

「ねえ、コウくん。

 際立った特殊能力を持っている人たちの戦いっていうのはさ、パズルみたいな物だと思うんだ」

「パズル…?」

 いきなり出て来た突飛な話題に勢いをそがれ、鋼は頭をハテナマークでいっぱいにする。


「そう。自分や仲間、それに持っている武具やアイテムの力を組み合わせて、敵を攻略するパズル。

 コウくんは、パズル得意だったよね?」

「え? いや、それは……」

 鋼は口ごもる。

 たしかに子供の頃、鋼はどちらかというとパズルは得意だった。

 しかしそれは子供の時にちょっとだけうまかっただけの話だし、そんな話をララナにした覚えはない。


 戸惑う鋼にララナはたたみかける。

「それに、ボクは知ってるよ。コウくんが今まで、機転をきかせて色々な難問を片付けてきたってこと。

 今回は、その規模が大きくなったって考えればいいんじゃないかな?」

 だが、それだって鋼に納得できる話ではない。

「そ、そういう問題でもないだろ!

 いくらなんでも僕に軍隊と戦うような能力も策もないぞ!?」


「それは、コウくん一人なら、だよね?」

「どういう…?」

 ララナがうながすように周りを見ると、

「鈍いわね。あんたは一人なんかじゃないってことよ。

 学院では足引っ張った分、協力してやるわよ。

 ま、胃は、痛いけどね」

 まずリリーアが前に出る。


 そして、それに触発されたように、

「わ、わたしだって当然、助力するぞ!」

「ゴワゴワ教はいつだってコウ様の味方ですよ?」

「ハガネ様は元より我が主です」

「コウの手助けはワシのライフワークなのじゃ!」

 次々と、仲間たちが名乗りを上げる。

 ついでに鋼の腰辺りでは、木の枝がやんちゃな振動を見せていた。


「みんな……」

 思わぬ話の流れに、鋼は唖然とする。

「そーゆーこと。もちろんボクも手伝うし、コウくんの命令にはちゃんと従うよ。

 コウくんはさ。そろそろ次のステップに進むべきだと思うんだよ。

 本気で魔王を何とかするつもりなら、ね」

「魔王、を…?」


 発展する二人の話。だが、

「お待ち下さい。一人だけ、まだ意見を仰っていない方がいます」

 その流れを止めたのは、ラトリスのそんな一言だった。

 みんなの視線がラトリスに、ついで、ラトリスが見た先、ルファイナへと向かう。


 そういえば、ルファイナだけは何も発言してはいなかった。

 彼女は何を思っているのか、物問いたげな視線が、ルファイナに集中する。

 その視線の圧力を跳ね返すほどの勢いで、ルファイナは言った。


「わたしは……わたしをホムンクルスと戦わせてくれるなら、誰の指揮下でも誰の計画でも構いません」


 それを聞いて驚いたのは鋼だった。

 あわててルファイナを制止しようとする。

「ちょ、ちょっと待ってくれ!

 君にそんな危険なことはさせられない。

 ホムンクルスを倒すのは僕がやるよ。

 ええと、実は僕にはゴーレムやホムンクルスを一撃で倒せるスキルが……」


「『被造物瞬間消去』ですよね」


 しかしその言葉は、ルファイナの言葉によってさえぎられた。


 なんで知ってるのかと目で訴える鋼に、

「寝ているフリをして、あなたと猫さんが馬車で話をしているのを聞いていました」

 ルファイナはそう告白した。

 そしてもちろん、それだけで終わりではない。


「そのスキル、発動までに時間がかかるから戦闘では使えないんですよね」

「そ、そうだけど、でも……!」

「それに…!」

 なおも反論しようとする鋼に、ルファイナは鋭い視線を向ける。


「やれるか、やれないか、ではないんです。

 ただわたしは、わたしは自分の手で、母様の仇を討ちたい!

 もうわたしには、それしか残っていないんです。

 その最後の目的まで、コウさんはわたしから取り上げるんですか?」

「ルファイナ……」

 その激情に、鋼は気圧される。


「そもそも、わたし以外に『清めの塔』は開けられません。

 それともあの扉だってコウさんが開けられるとでも言うんですか?」

「それは……無理だけど、だけど、だからってわざわざルファイナが危険な目に――」


 ――パンパン!


 その言い争いを止めたのは、ララナだった。

 大きく手を打ち鳴らすと、

「コウくん。わるいけど勝負ありだよ。

 ニセ王女はルファイナさんに倒してもらおうよ」

「ララナッ!」

 声を荒げる鋼を無視して、

「ずっと縛られたりして、疲れてるんじゃない?

 作戦が決まったら教えてあげるから、隣の部屋で休んどくといいよ」

 ルファイナを隣の部屋に追いやった。


「どういうつもりだよ」

 不機嫌そうに言う鋼に、ララナはめずらしく困った顔をした。

「ちょっと頭を冷やしなよ、コウくん。

 ボクにだって、彼女の言い分は分かるよ。

 復讐なんて、あんまり楽しいことだと思わないけどさ。

 やらなくちゃ進めないことだって、きっとある」

「そんなこと…!」


 鋼はまだ納得できていない様子だったが、

「ほら、それよりボクらにはまだまだやることがあるからね!

 とりあえず、戦いに使えそうな能力とか技とかを教え合うところから始めようか」

 ララナに腕を引かれ、渋々仲間の輪の中にもどる。




 そこからみんなは、さっきまでの諍いを忘れさせるような勢いで騒ぎまくった。

「ふふ。実はわたしの秘剣は、百八式まである!」

「甘いですよ、アスティ様! わたしがルウィーニア様の悪口を言った回数はなんと一万と二千回!

 八千回過ぎた頃からもっと激しくなりました」

「なんのなんの、ボクの頭の中には十万と三千冊分のマンガ知識が……」

「残念ですがララナ様。全裸になった私の妄想力は五十三万、ついでにアーマークラスはLOです」

「あんたたち一体何の自慢をしてるのよ!!

 ……ちなみにわたしの声は、百万マナの美声って呼ばれてるから」

 若干戦いとは関係ない話になってきているが、とにかく活発に話し合いを続けていた。


 そんな喧騒から離れているのは、シロニャと鋼の二人だけだった。

「そ、そういえば、戦闘に使えそうなタレントの効果を思い出したのじゃ。

 ほら、『エアキャップ増強術』!」

「…なんだよ、それ」

「なんとあの梱包用のプチプチを一つ潰すごとに次の攻撃の攻撃力が10ずつ上がっていくのじゃ!

 最大1000まで累積可能じゃぞ!」

「そいつはすごいな」

「……まあ、一歩でもその場を移動すると無効になってしまうのじゃがな」

「じゃあ役に立たないじゃないか」

 鋼は心ここにあらずな様子で、心なしかツッコミにもキレがない。


「いや、意外と役立つかもよ?」

 と言ったのは、いきなり二人の間に顔を突っ込んできたララナだった。

「この世界の仕様では、『次の攻撃』っていうのは、『次に発動した攻撃』じゃなくて『次に命中した攻撃』って意味なんだよ。

 だから、あらかじめ弱い攻撃を相手に向かって飛ばしておいて、その後でプチプチを潰せば、弱い攻撃だって侮った相手が、簡単に食らってくれるかも」

「ふーん」

 しかし、そんなララナの熱弁にも、鋼は気のない返事をするだけ。


 その様子にララナは少しまゆをひそめたが、

「それより、これを渡そうと思って……」

 そう言って真っ赤な服を鋼に見せた。

 鋼はあいかわらず無反応だったが、シロニャは、


「すっすごい!!これはSSS級アイテムじゃぞ!?しかもこのヒーロースーツってもしかして、あのイベントで一着だけしか出て来ないっていわれているあの・・・!?」


 何だか変な記憶でも刺激されたのか、異様にわざとらしいリアクションで何か驚きだした。


「そんなにすごいアイテムなのか?」

 その大きなリアクションに、鋼まで仕方なくといった風に尋ねる。

「当たり前じゃ! このヒーロースーツ、分類としては全身鎧に入るアイテムで、全身を覆い隠すもので、しかもSSS級のアイテムじゃというのに……」

「というのに?」



「なんと、防御力が0なんじゃぞ!?」



「これ以上ないほど使えないじゃないか!!!」

 これには鋼も全力でツッコんだ。


 思わず大声を出してしまってハッとする。

 見ると、シロニャとララナがにやにやしながら鋼を見ていた。

「やっぱりおぬしはそうやっている方が似合うのじゃ」

「うんうん。やっぱりコウくんを元気づけるには、ネタアイテムに限るよね」

 口々に言いながら、しきりにうなずいている。



 そして、ララナは一転、神妙な顔をしながら、鋼に話しかける。

「ねぇ、コウくん。

 もしかしてコウくんなら、もうニセ王女を倒せる作戦を思いついているんじゃないかな?」

「そ、れは……」

 鋼は一瞬詰まった。


 そんな鋼の狼狽を見て、ララナがほほえむ。

「あのね。仲間の心配をしたり、女の子がケガしないように心を配るのは、ボクは『いいこと』だと思うよ。

 でも、ちょっと考えて欲しいんだ」

「何を、だ?」


「ボクは言ったよね。

 大きいことをしている時ほど、意味のない出会いはないって。

 それは、仲間だとか能力だとか、アイテムだって同じだと思う。

 だけど本当は、それが無意味になることはあるんだ」

「どういう、意味だよ?」


 まるでふてくされてるみたいな鋼の言葉に、ララナはまたちょっと笑って、

「それは、その仲間や能力やアイテムが、正しく使われなかった時だよ。

 コウくん。今回の敵は、強大だよ。

 この場合に限っては、同情や博愛心で力を腐らせるのは、誰にとっても『いいこと』じゃない。

 価値ある物を無価値に変える、最悪の選択なんだよ」

 そうはっきりと通告した。



 しばらく、鋼は何も言わなかった。

 だが、



「同情で力を腐らせるのは、最悪の選択……か」



 やがてそうぽつりとこぼすと、鋼は決然と立ち上がった。



「やる気になってくれたみたいだね?」

 ララナの言葉に、鋼は苦笑いを浮かべてみせる。

「ララナの言ってたこと、ちゃんと理解できたか分からないし、僕にはたくさんの人を動かすような、立派な作戦を考える力なんて、あるとは思えない。

 けど……」


 苦笑いを本当の笑顔に変えて、

「けど、できるだけ誰も傷つかないで済むように、出会った力を無意味にさせないように、僕もちょっとがんばってみるよ」

 鋼は一歩を踏み出した。




「ハガネ様? どこへ?」

 ラトリスの疑問ももっともだった。

 鋼の足が向かうのは、仲間たちのところではなく、ルファイナが入っていた部屋の方向。

 だが鋼は、

「僕の考えの通りに行けば、ホムンクルスに引導を渡すのは僕になる。

 だからこれから、ルファイナを説得してくるよ」

 そうあっさりと言って、ルファイナのいる部屋へと歩を進める。


 しかし、その直前で止まって、振り向いた。

「ああ、いや、忘れてた。

 その前にシロニャ、ちょっと確認したいことが……」

 とそこまで言って、鋼はこの前からシロニャに質問をしようとするたびに邪魔が入ったことを思い出す。

「あー、いいや。オラクルで直接聞く」

「な、なら、ワシは一度消えて本体に専念するのじゃ!」

 鋼の言葉に、シロニャの分身の白猫はあわててワームホールに入って姿を消した。


「待って! それで、今ボクらがやるべきことは?」

 調子を取りもどし始めた鋼に、ララナが勢い込んで聞くが、

「いや、何もしなくて大丈夫。

 たぶんすぐ終わらせるから、待っててくれ」

 それだけを言って、鋼もまた、扉の向こうに消えていく。




 取り残された形になった五人だったが、

「ようやく、だな」

「コウ様があの調子だと、なんか安心できますよね」

「そうね。あれくらいの方があいつらしいかも。

 ……胃は痛いけど」

「はい。これで事件解決の糸口が掴めた言えるでしょう」

 その表情に不安はない。

 むしろ、軍隊と勇者を相手に鋼がどんな作戦を立てるか、楽しみにしている様子だった。


 それをまとめたのは、最近ちょっとまとめ役っぽくなってきたララナで、

「ほらほら! 遊んでる暇はないよ!

 コウくんがどんな無茶な作戦を立てても実行できるように、ボクらも細かいところを詰めておこう!」

 その言葉を皮切りに、彼女たちはまた、騒がしい作戦会議を始めたのだった。






「……ルファイナ」

 部屋に入ると、鋼はひかえめに声をかけた。

 オラクルを使って、シロニャへの確認はもう済ませてある。

 あとはルファイナの了承を得るだけだ。


 声をかけられて、ルファイナはあわてて持っていた何かを後ろ手に隠した。

 ルファイナが激しく動いた拍子に、胸元のペンダントが一瞬激しく揺れた。

「な、何か御用ですか?」

 それでも、ルファイナはすぐに硬い声で反応した。


「いや、休んでなかったんだな」

「こんな時に、わたしが休めるはずありません」

 鋼にきつい視線を送るルファイナの態度は、まるで最初に出会った時のようだった。

 そして、ルファイナが観念したように前に出した真っ白い髪の束を見て、

「やっぱりそれ、まだ持ってたんだ」

「当然、です。母様の仇を取るまで、捨てるつもりはありません」

「……だよね」

 鋼は悲しみと安堵の交じった複雑な息を吐いた。


 やはり、ルファイナは自分の目的を見失ってはいない。

 偽王女はいまだに彼女にとって一番に大きな存在らしい。

 それを認めながらも、鋼は切り出した。

「ここに来たのは、ルファイナと話をするためなんだ」

「……何のお話ですか?」

 これを口にしたら彼女との関係が壊れてしまうかもしれない。

 そう思いながらも、鋼はそれを口にした。



「偽王女は、僕が倒す。それを、認めてほしい」



「っ! そんなの?!

 そんなこと言われて、わたしがはいそうですかって認めるとでも思ってるんですか!?」

「思ってない。だから、僕が説得に来た」

 激昂するルファイナの言葉を鋼は冷静に切り返す。


「わたしの全部は、あいつに、あのわたしそっくりの人形に残らず奪われたんです!

 なのに、あなたはそれを忘れろって言うんですか?!」

「忘れろ、なんて言ってない。でも、そいつは僕が倒す」

「同じです!」

「同じじゃない」

「同じです! あいつを、あいつを許せるはずなんてない!

 わたしには、もうあいつへの復讐以外、何もないんです!

 こんな気持ち、あなたには分からない!!」

「たしかに分からない。でも、分かることだってある」


 鋼は、一歩、二歩とルファイナへと歩を詰める。

 戸惑うルファイナに、鋼は問いかける。

「僕らのパーティを見て、どう思った?」

「……仲が、いいと思います。

 おたがいに、信頼し合っていて、ああいう仲間は、わたしにはいない」

 鋼はうなずいた。


「でも、あいつらとは半年前には知り合ってもいなかった」

「うそっ!」

 ルファイナの口から驚きの声が出る。

「それどころか、三か月ちょっと前は、僕は一人ぼっちだった」

「一人、ぼっち?」

「そう、君と同じだよ。

 僕の親しい人は殺されたワケじゃなかったけど、二度と会えなくなったのは同じだった」

 正確にはその後、思いがけない運命の悪戯で再会を果たすことになるのだが、それは結果論だ。


「だから、わたしにだってまた親しい人が出来るから、殺された人たちのこと、忘れろって言うんですか!?

 そんなの……」

「そうは言わない。でも僕には、君の復讐より、君の未来の方が大切なんだ」

「わたしの、未来…?」


 鋼としては、自分の精一杯の、素直な気持ちを伝えたつもりだった。

 しかし、


「わたしに未来なんて、ない。あっていいはずない!!」


 その言葉は、ルファイナの激しい反発を招いただけだった。



「ル、ファイナ…?」

 そこで鋼は気付いた。

 ルファイナは、激しく熱のこもった目で鋼をにらみつけながら……泣いていた。

「だって、全部わたしの、わたしの、せいなんです」

 ルファイナの両目から、ぼろぼろと涙をこぼれる。


「わたしが、外に出たいなんて言ったから……。

 わたしが、自分では外に出られないくらい、よわかったから……。

 わたしが、わたしが封印の巫女なんて存在に生まれてしまったから……!!」

 話すたびにルファイナから嗚咽が、涙が、悲しみがこぼれていく。


「わたしがいなければ、誰も死ななかった。

 わたしが生まれてしまったから……!!

 こんなわたしに、親しい人がいていいはずないんです!

 わたしの、未来なん……あ!?」

 鋼は、ルファイナの体を思い切り抱きしめ、涙にぬれたその顔を、自分の胸に押し付けていた。


「コウ、さ……」

 これ以上、ルファイナに、自分を傷付けるような言葉を吐かせないように。


「君の未来は、僕が、僕らが守る。

 僕らの仲間はおせっかいなんだ。

 君がどんなに嫌がっても、君を守るよ」


「そんな、そんなことしたら、今度はみんなが……」

 そこまで言っても、涙声で鋼を遠ざけようとするルファイナ。

「それでもまだ、君が封印の巫女だってことを気に病むっていうなら……」

 その体を、もっと強い力で引き寄せながら、



「僕が、魔王を倒すよ」



 初めて、自らの決意を語った。






 しばらく、ルファイナは鋼の胸の中で動かなかった。

 だが、

「……コウ、さん」

 どれだけの時間が経っただろうか。


 ルファイナの頬を濡らした涙が渇くほどの時間が過ぎて、ルファイナは顔を上げた。

 さきほどまでとは違う、しなやかな柳のような強さを湛えた目でもって、鋼の瞳を正面から見据える。

 そして凛とした口調で問う。


「コウさんは、ただわたしが戦うよりも優れた策を持っていますか?」

「……ああ」


「その作戦に従えば、誰も、仲間たちの一人も失わず、それでも勝つことが出来ますか?」

「ああ。これはそのための作戦だ」


「ラターニアの国の兵士たちの犠牲も、最小限にとどめてくれますか?」

「それも、約束する」


「なら……」

 ルファイナはそこで一度言いよどみ、自らの弱さを追い出すように両手を握りしめ、両足を踏みしめ、言った。



「ならば、ホムンクルス討伐の作戦、お任せします」



 それは、鋼の本気に応える、ルファイナの決意の言葉だった。


「あなたの言葉を、信じます。

 あなたの思うようにやってください」

「ルファイナ……」


 作戦に従うということは、自分が偽王女を倒す役目を与えられなくても、自らの任を果たすということ。

 鋼の説得が実を結んだ瞬間だった。




 それから、少しだけ表情を明るくしたルファイナが、


「もちろん、わたしだって全面的に協力します」


 と言うと、鋼はちょっとした悪戯を思いついたとばかりに笑って、


「だったら、ちょっと手を出して」


 そんな要求をする。




「こう、ですか……?」


 そうして素直に差し出された華奢なルファイナの手を、彼女が持ったままの白い髪束と一緒に包み込むように握って、


「あ、あの…?」


 ルファイナが思わずドキッとさせられるくらい、真剣な顔をして、鋼はこう口にした。





「かえるぴょこぴょこ三ぴょこぴょこ、あわせてぴょこぴょこ六ぴょこぴょこ……」






































 そうして数分後、隣の部屋で待機していたララナたちの下に、待ちかねていた二人がもどってきた。


 鋼はいつもよりもすがすがしい表情。

 ルファイナはどこか熱に浮かされたような、どんな顔をしていいのか分からないというような複雑な表情をしている。


 リリーアなどはこの男またやりやがったのか、などと思ったが、能天気なララナは頓着せず、明るい声で聞いた。


「おわった?」


 その言葉に、鋼は頼もしくうなずいてみせ、ルファイナはためらいがちに、申し訳なさそうに首肯する。


 それを満足げに眺めて、ララナは待ちに待っていた言葉を口にする。


「じゃ、コウくんの作戦、聞かせてもらおうか?

 この状況からどうやってホムンクルスの下にたどりついて、どうやって倒すのか、その計画の全てを!」


 しかし……。

 その言葉を聞いてルファイナは困った顔して、鋼の方は、あれ、通じてなかったのかな、と首をかしげて、言った。
























「ホムンクルスなら、さっき倒したよ?」













 こうして、ラターニア王国を震撼させるはずだったホムンクルス騒動は、誰にも知られぬままに幕を閉じたのだった。




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