第七十六章 遭遇、暗殺者!?
ラターニア王国の王都外れにある場末のバー。
その一角に、ひそやかな声で話す一組の男女の姿があった。
「フィードラ様とルファイナ様の邸宅が襲われた!?
それは本当なのですか?」
長身でメガネをかけた女性が、鋭く、しかし抑えた音量でそう問うと、
「まちがいないですねぇ。おれっちが嘘の情報を流したことがありましたかい?
騎士団のお仲間さんから直接聞いた話でしてね。疑う余地はありませんや」
どこか人を食ったような表情をした小太りの男がそう請け合った。
「それで、ルファイナ様はどうされましたか?」
「おや、まっさきにそこですかい?」
「余計な詮索は……」
「おっとっと、分かってまさぁ!
インスタント・コフィン・メイカーに新しい棺を作らせるようなマネ、おれっちがするはずないでしょうに」
メガネの女、ラトリス・ブルレが殺気立つと、小太りの男はこりゃかなわんとばかりに両手を上げた。
「ルファイナ様は行方不明。それ以外の城の人間は全滅。
とまあ簡単に言うとそんなとこですかねぇ」
「その行方は?」
「あれだけ派手な白い髪だ。すぐに目撃情報が集まるかと思ったのですが、あにはからんや。まったくのゼロです。
変装しているのか、隠れている、あるいは隠されているのか、それとも……。
ま、今のところ目撃者なし、生死不明。というのが実際のところですなぁ」
ラトリスはギリ、と唇を噛んだ。
「……生存の可能性は?」
「んー。どうもね。動きが読めないんですわ。
この国の主だった勢力に動きがあればおれっちに届かないはずないのに、王女を探している勢力が本当に騎士団以外見当たらない」
「つまり、襲撃犯が殺害、あるいは誘拐していると?」
襲撃した何者かが王女を取り逃がしたのなら、当然彼らは目撃者である王女の探索をするはずで、その動きがこの男の網にかからぬはずはない。
そう考えたラトリスが急くように言うと、男はゆっくりと首を振った。
「その可能性もありますが……こちらに面白い情報もありましてなぁ。
これまであまり注目しとらんかったのですが、今回の事件と絡めると、なかなか面白い絵が見えてくるようで」
「前置きは要りません。結論を」
ラトリスの言葉に、小男はくっくと笑って続ける。
「実は二年前にも、ルファイナ様が賊に襲われる事件がありましてな」
「二年前? その時の犯人は……」
「ああ、いや、その時のやつらは金目当ての小物で、これはもう解決済みなんですわ。
裏も取れてますのでこいつらが今回の事件にかかわっとる可能性はありやせん。
ただ問題は、それからしばらく、ルファイナ様が表舞台に姿をお見せにならなかったことでしてね」
あくまで冗長で迂遠な男の口調に苛立ちを感じながらも、ラトリスは無言で先をうながした。
「一年ほどは、果たして生きているのか死んでいるのか、ずっと城にこもっている状態だったのが、今年の頭くらいにようやく姿を見せたのですよ。
ただ、かつてのトラウマからまだ心が脱し切れていないのか、その所作はいつもよりぎこちないものだったとか」
「……続きを」
ラトリスの言葉を受け、男はもったいぶった仕種で言葉をつぐ。
「そして、だいたい同じ時期に、フィードラ様に黒い噂が立つようになりましてね。
噂の出所は出入りの商人からの物らしいですが、二年ほど前のある時期から、彼女が怪しげな材料を好んで買いあさるようになったとか。
そのせいで流れた噂でしょうなぁ」
「その噂、とは?」
「なに、口さがない者たちがよくするような、他愛ない物ですよ。
フィードラ様が禁忌の実験を行っているという、ありがちな、ね」
その言葉に、ラトリスはようやく話が核心へと近づいたのを感じた。
「その、禁忌の実験とは、何ですか?」
小男はわざとらしく大笑いする。
「あはは! これはしたり!
コフィン・メイカーさんともあろう方が、知らないはずがない!
錬金術で禁忌と言えば、決まっているでしょうに!
魂なき肉人形、神ならぬ者が作りし人造の生命」
そしてその答えを、たしかにラトリスは知っていた。
「ホムン、クルス……」
茫然とつぶやいたラトリスに大げさにうなずいてみせてから、男は言った。
「ねぇ、インスタント・コフィン・メイカーさん。
人と人そっくりな人造人間が入れ替わったとしたら、果たして人間に見分けがつくものでしょうかねぇ?」
「…………」
その問いに、ラトリスは答えることができなかった。
とりあえず当初の予定通り、進路をフィードラの邸宅方面に向ける鋼たちだったが、
「それで、錬金術師ってどんなことする人なんだっけ?」
鋼はふと疑問に思ってシロニャに聞いた。
それに対して、シロニャはニヒルに笑ってみせた。
「ふっ。それはおぬしが一番分かっているはずじゃろ?
それとも国家の犬は名前も明かせないのか、のう、鋼の?」
「名前ネタうっとうしいな!!」
鋼も何度そのネタでからかわれたか知れない。
いや、まあ思い返せばそう何度もというほどではない。
だって、友達が少なかったから。
とりあえず自身の切ない思い出は奥にうっちゃり、あらためてシロニャに尋ねる。
「とにかく、僕のイメージではその手をパンッてやる人くらいしか想像できないんだよ!
実際この世界ではどんな職業なんだ?」
鋼の世界での史実上の錬金術師についてなら少しは持っている知識もあるが、ファンタジー世界の錬金術師とはまた全然違うだろう。
これからフィードラという錬金術師の根城に乗り込もうというのだ。今の内にその辺りのことを聞いておきたかった。
「わたしも詳しいワケではないですけど、錬金術師は薬の調合や研究を主とする人、というイメージがありますね。
魔法を使わない魔法使い、とも呼ばれています」
答えてくれたのは、ミスレイだった。
「魔法を使わない、魔法使い…?」
鋼はその言葉をそのままおうむ返しして、
「それはあれかの!? 特別な眼などなくても魔法を……むぐっ!」
たぶん何か余計なことを言おうとしているシロニャの口をふさぐと、ミスレイの説明を待つ。
「一応専用の魔法系統があるんですけど、戦闘ではそれより自分の作った魔法薬を投げてるイメージの方が強いですね。その他に錬金の技術でパーティの装備なんかを作ったり、どちらかというと補助的なイメージが強い職業です」
「なるほど。じゃ、それに対する対処が一番の課題か」
外敵に対する罠というと、その辺りが可能性がありそうだった。
「そうですね。錬金術師の使う薬は多様です。毒に酸、爆発物などが有名ですが、顔や体の形や色を変える秘薬、惚れ薬や媚薬などを扱う人もいます」
「ふーん。毒とか酸とか爆発とか、あと惚れ薬系も問題ないかな?」
「まだ一度も使っておらんが、たしかおぬしは『真実の小指』のタレントを持っとるはずじゃ!
それで幻覚の類も小指で触れば無効化できるはずじゃぞ!」
シロニャからの心強い指摘も頂いた。
鋼と錬金術師の相性はよさそうだ。
しかし、とミスレイは続ける。
「錬金術師の真価は、彼らの作り出す自律兵器にあるとも言われてます」
「自律兵器?」
ロボットのような物だろうかと首をひねると、ミスレイが答えを明かしてくれた。
「はい。戦闘用の自律人形『ゴーレム』、からくり人形である『オートマタ』。これらは錬金術師の専売特許ではないですけど、錬金術師の得意とするところではありますね。
あるいは、生物系に強い錬金術師なら、もっと有名な、彼らにしか作れない『アレ』も作れるはずです。
これはほとんどの国で禁じられているので、ほとんど錬金術師が作ってはいないはずですけど……」
その言葉で鋼にもピンと来た。
「もしかして、ホムンクルス?」
鋼が言うと、ミスレイがめずらしく神妙な面持ちでうなずいた。
「そうです。人に限りなく近い、けれど魂を持たない動く肉の人形。
悪しき者に利用されやすいということで、禁止されてはいるはずですが……」
そこで言いよどんだところをみると、それはあまり徹底されてはいないようだ。
「な、なあに! ホムンクルスと言っても、所詮は人間と同じだろう?
だったらわたしのこの剣で叩き斬ってやるまで!」
暗くなりかけた空気を一掃するように、今まで御者役に徹していたアスティが振り返ってそう笑いかけた。
しかし、ミスレイは首を振る。
「この類の自律兵器の恐ろしいところは、人間と違って色々な部分を強化されていることです。
人間より大幅に身体能力を強化することもできますし、もし剣も歯が立たないほどの堅いホムンクルスやゴーレムが出てきたらどうしますか?」
「うぐっ。剣が通用しないような相手なら、わたしはお手上げだな。
ハガネはどうだ?」
アスティに聞かれて、鋼は考え込む。
「うーん。オートマタは微妙だけど、相手がホムンクルスとかゴーレムとかなら、一応対抗スキルとかなくもないけど……」
「そのようなピンポイントな技があるのか?」
「ああ。『被造物瞬間消去』だったっけな。防御力無視の一撃必殺。
でも実際に使うことを考えると、まず相手の至近距離まで近付かなきゃいけないし、その上で時間を稼がないと発動できない」
しかも発動条件が早口言葉なのだが、それは黙っておいた。
戦場でみんなが一生懸命戦っている中で早口言葉を言うとか、緊張感がそがれるにもほどがある。
そんな鋼の内心を知らないアスティは、あくまで真剣な顔で腕組みをした。
「厳しいな。実質的には、動きを止める手段とセットということか。
しかし、もしかするとそれが最後の切り札になるかも……」
「どうかな……」
誰にも話していないが、実は、切り札はもう一枚ある。
ドーピングフィッシュスープにラトリスがどこかから持ってきたレア素材、『呪いの髄液』が加わったことによって、状態異常『呪い』が増えた。
呪いの効果はHPMPを含む全能力値の半減。つまり、鋼が使えばHP上限が増やせる。
そうなれば、『天魔滅殺黒龍灰燼紅蓮撃』だって使えるようになるということだ。
(でもなぁ……)
それをクリアしたところで、一度使えば十日かかるというデメリットがある。
普通だったらとても使えない技だ。
だから鋼は、この技を使えるかもしれないという可能性を、まだ誰にも話していない。
しかし、
(時間、か……)
その瞬間、鋼の脳裏を、あるアイテムの存在がよぎった。
だが、
「どうした?」
「いや、何でもないよ」
アスティに話しかけられて、反射的に否定の言葉を返してしまった。
とにかく、十日も剣を振るなんてまっぴらごめんだ。
やっぱり『天魔滅殺黒龍灰燼紅蓮撃』抜きで勝つ方法を考えよう、とすぐに思い直す。
「そもそも、そんな奴と戦うなんて限らないんだから、やっぱり違う話をしよう」
気分を変えようとそう提案したのだが、それはアスティにさえぎられた。
「しかし今回は今までとは違う。絶対とは言わないが、おそらく一度や二度は激しい戦闘を覚悟しなければならないだろう。
これはわたしの勘だが、今回の騒動、その先に大きな戦闘が待ち構えている気がする」
「アスティ……」
この質実剛健で迷信を嫌う女騎士がこういう不確かなことを言うのはめずらしい。
まさか無視するワケにもいかず、鋼はすっかり困ってしまった。
こういうシリアスな雰囲気はあまり得意ではないのだ。
そしてそれは、シロニャも同じだったらしい。
「あーもう! まどろっこしいんじゃよ!
コウも転生者なら、闇堂 零夜みたいに事件をズバッと解決してほしいのじゃ!」
いきなり意味の分からないことを叫びだした。
だが、鋼としてもこのタイミングでのシロニャの爆発はありがたかった。
「何だよ、零夜って」
話題を変えようと、すぐにシロニャの話に乗っかりに行く。
「なんじゃ! 知らんのか!?
超有名投稿サイト『小説家をやろう』の超人気転生ストーリー『零夜の奇妙な転生』の主人公じゃよ!」
「お前のネット小説ブーム、まだ続いてたのか」
そしてフィクションと現実を一緒にするなと言いたいが、現実とフィクションをごっちゃにした結果がこの世界なので、鋼としても強くは言えない。
「闇堂 零夜はすごいのじゃぞ?
とにかく何でもかんでも力で解決!
転生させてくれる神様まで関節技で締め上げて、自らのチート能力を手に入れたんじゃ!」
「それ、もうチート能力とか必要ないんじゃないか?」
むしろただの人間に関節技を極められる神様を責めるべきなんだろうか。
まあ、シロニャとかならあっさりやられそうではある。
「零夜だったら王女を見つけるのに調査なんてしないのじゃ!
何しろ最初の奴隷商人に追いかけられる女奴隷が王女じゃったのじゃからお手軽なもんだったのじゃ!
つまり零夜クラスになると、勝手に事件の方からやってくるというワケじゃな。
ここに零夜がいれば、こうしている間にも悪党に追われている女の子がやってきて……」
「ハガネ! アレを!」
呆れながらもシロニャの話に聞き入っていた鋼は、アスティの鋭い声に視線を前にもどした。
すると、そこには、
「追われてる女の子、と、悪党?」
まさにシロニャの話で聞いたような光景が広がっていたのだった。
久しぶりの荒事の気配だった。
「こ、これが言霊の力なのか!?
まさかワシの秘めたる力が開眼してこのような状況を……」
一人でトリップしているシロニャを無視して、自然と鋼の意識は引き締まる。
助けるか、と尋ねようとして仲間たちを振り返って、すぐに口を閉じた。
その目を見れば答えなんてすぐに分かった。
今は無駄な議論をしている時間はない。
「アスティ、行けるか?」
「無論だ!」
「ミスレイさん、補助魔法は?」
「えいっ!」
掛け声と同時に鋼とアスティの体が光の膜に覆われる。
一瞬で防御呪文を構築するとはさすがの腕前だ。
以前、ララナに補助魔法をかける時に中途半端な呪文を唱えていたが、あれ実はいらなかったんじゃ、と鋼は一瞬だけ考えたが、すぐにそんな余計な思考は押しやる。
「よし、戦闘開始だ!」
そうして、鋼とアスティは勢いよく馬車から飛び出した。
結論から言えば、
「僕の出番、なかったな……」
ララナやミスレイなんていう英雄級の人たちの影に隠れがちだが、少なくともアスティは武闘大会で優勝するほどの戦闘能力を持っているのだ。
鋼が男たちの下に辿り着く前に、あっという間に勝負は終わっていた。
もちろん、アスティの勝利で。
仕方なく鋼は逃げていた少女に駆け寄り、
「大丈夫?」
と声をかけるが、
「あ、ぅ……」
そんな鋼を目にした瞬間、糸が切れるみたいに少女は前のめりに倒れ、気を失ってしまった。
「ミスレイさん!」
そう叫びながら、鋼はそこで初めて、少女の姿をしっかりと眺めることができた。
フードに隠れてよく顔は見えないが、たぶん鋼たちと同年代。
痩せ型で、服の間から見える肌は白く、きれいな色をしている。
しかし、だとすれば体を隠すようなボロ布のローブを羽織り、自分の姿を見られないようにしているのはなぜなのか。
その格好はさながらスラムの女盗賊か、あるいは……。
「暗殺者みたい、なんちゃって……」
つぶやいて、自分で乾いた笑いをもらす。
そこでようやく追いついてきたミスレイに、少女を見せる。
「……大丈夫。疲労で気を失っているだけのようです。
幸い外傷もなさそうですし、馬車の中で少し休ませてあげれば目を覚ますと思いますよ?」
ミスレイの言葉にホッと胸を撫で下ろす。
すると、収まっていた好奇心が首をもたげてきた。
「ミスレイさん。この子は誰なんだと思いますか?
まさか、王女ってことは……」
ミスレイはそっと少女のフードを持ち上げて、首を振った。
「封印の巫女は、必ず一目見たらもう忘れられないほどの、目の覚めるような白い髪をしていると言います。
けれど彼女はコウ様と同じ、真っ黒な髪をしています。
これだってめずらしいものですが、少なくとも彼女はルファイナ様ではないみたいですね」
「そっか……」
まさかそんな都合のいいことはないだろうと思っていたが、そうはっきりと断言されると少し残念な気持ちもわいてくる。
「でも、だったらこの子は誰なんだろ?
やっぱり今回の事件とはまったく無関係な……」
そして、何の気なしにローブの内側を見て、
「う、そ…だろ……?」
そのまま、固まった。
「は、ハガネ! 大変だぞ!」
と、その時、少女を襲っていた男たちの持ち物をあらためていたアスティも大声を上げる。
そしてその右手には、見覚えのある布の紋章。
それはもちろん、炎をかたどったラターニア王国の紋章で、
「この男たちが持っていた。どうやら彼らは、騎士団の協力者らしい」
自然と、鋼たちの視線が気を失っている少女に集まる。
そこで鋼は、おずおずと口を開いた。
「あー、実は僕も、こんなのを見つけちゃったんだけど……」
そう言って、鋼はもう一度、少女のローブを開く。
そこにはシーフやアサシンが使いそうな小ぶりなナイフと、少女の右手がある。
そして、その手が固く握りしめているのは、明らかに彼女の物ではないと分かる切り取られた髪の束。
――それも、一目見たらもう忘れられないほどの、目の覚めるような白髪がしっかりと握られていたのだった。
しばし顔を見合わせ、硬直する鋼たち。
その間にも、騒ぎを聞きつけてだんだんと野次馬が集まってくる。
このままでは騎士団がやってくるのも時間の問題だろう。
「よし、みんな!」
鋼は仲間たちの顔を見渡す。
その表情を見て、何も言わなくても、心は一つだと分かった。
「逃げよう!!」
鋼たちは少女を担いで、一目散に逃げ出した。
そして、鋼の肩の上、担ぎ上げた少女が意識のないままで、
「ころさなきゃ、あいつ、あいつを。ぜったい、ころ……」
とつぶやいていたのだが、鋼は全力で聞かなかったフリをしたという。