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天啓的異世界転生譚  作者: ウスバー
第十三部 愉快な馬車旅編
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第七十三章 掌中に踊る道化たち

「ハガネ!」

 クロニャの姿を認めて、真っ先に出て来たのは彼女の顔を知っているアスティだった。

 そのあと、馬車が止まった事情を察知して、次々に仲間が降りてくる。


「コウくん。この子、誰?」

 短い言葉で聞くララナに、

「異世界勇者。……強いぞ?」

 仲間たちにも聞こえるように少し音量を上げて、鋼が答える。

「上等!」

 ララナはやる気満々だ。

 横を見ると、

「ふ、ふーっ!」

 シロニャはやっぱり全身の毛を逆立てている。

 たぶん役には立たないが、志は立派だ。


 鋼も戦う準備を、と思ったが、日本からの服を着ているからか、腰の辺りに強い違和感を覚えた。

(なんだろ? なんか、忘れてるような……)

 それは気になったものの、のんびりたしかめている場合ではない。

 今のところ、クロニャを倒せるような策もないので、とにかくいつでも逃げられるようにと身構えながら、クロニャを注視する。


 他の仲間たちはというと、

「いつぞやの雪辱戦と行こうか」

「弟子の不始末の責任、取らせて頂きます」

 クロニャに因縁のあるアスティ、ラトリスはすでに臨戦態勢。

 一方でミスレイは、

「んー。ずっと馬車の中にいたから体がこわばってしまいました」

 と伸びをしているし、リリーアは、

「ゆ、勇者とか、どうしてわたしたちの馬車を襲ってくるのよぉ!」

 とすでに泣き声だ。

 仲間の中でもかなり反応に温度差があった。



 しかし、中でも一番好戦的だったのは、

「ミスレイさん! ボクに、適当に補助魔法かけて!」

 真っ先にクロニャの前に躍り出たララナだった。

 ミスレイはララナの要請を受け、

「めんどくさいですねー。

 ええと、戦女神の神子たるミスレイが希う。我と我が盟約の……以下略!」

 テキトーな呪文を唱えたかと思うと、ララナの全身が光を帯びた。


 そのやる気のない呪文詠唱はなんなのだろうかと、その瞬間だけは状況を忘れ、鋼がミスレイをじとっとした目で見ると、ミスレイはにこっと笑った。

「あ、わたし、詠唱短縮アビリティ持ってますから。

 それに、ララナ様は仰ってたでしょう?

 『適当に補助魔法かけて』って」

「何その『人の嫌がることを進んでやりましょう』って先生に言われて、人に嫌がらせしまくる小学生みたいな理屈!」

 鋼はエキサイトして怒鳴っていたが、ミスレイの魔法の効果はそれなり以上にあったらしい。

「うはっ! 体かるーい! ありがと、ミスレイさん!」

 ララナはその場でぴょんぴょんと飛び跳ね、体の調子をたしかめてから、単身、クロニャの前に出る。


「それじゃ、ボクはこの子と遊んでるから、みんなはそこでトランプでもして待っといて!」

 ララナの身勝手な言葉に、アスティは声を荒げる。

「ふざけるな! そいつは一人で勝てるような相手では……」

「だいじょぶだいじょぶ! もし本当にそういう敵なら、アスティがいたって足手まといにしかなんないよ!」

「なっ!」

 その傲慢すぎる物言いに、言葉を失うアスティ。


「アスティ」

 激昂するアスティを、しかし止める者がいた。

 アスティが振り返ると、アスティの肩に手を置いた鋼が、ゆっくりと首を振る。

「ハガネ! しかし……」

「アスティ、お前には、お前がやるべき戦いがあるだろ?」

 そう言って、鋼が差し出したのは、

「と、トランプ?」

 ハートやスペードの絵柄が書かれたカードの束。



 アスティの物問いたげな視線に、鋼はうなずいた。


「実は御者台にいた時から、ちょっとうらやましかったんだ」


 こうして、毛色の全く違う二つの戦いが始まった。





 やる気満々で腕を振り回すララナに困惑するように、クロニャが口を開く。

「わた、しは、話がある、と、言った」

「でもボクは今、遊びたい気分なんだ」

「理解、不能」

「だったら……体に教えてあげるよ!」

 言った瞬間、ララナは自らとクロニャとの間の数メートルの距離を、ほとんどゼロにまで縮めていた。



「だ、大丈夫なの? あのララナっていう人、勇者と戦い始めるみたいだけど」

「大丈夫。あいつ、ああ見えて十歳なんだ」

「余計大丈夫じゃないじゃない!」

「よし、じゃーダウトしようよ、ダウト!」

「だ、だから、あんたらねえ! 仲間が戦おうって時に!」

「いえ、これは仲間の実力への信用の結果だ、という詭弁も成り立つと思いますが」

「自分から詭弁って言ってんじゃないの!」

「わ、ワシはどうすればいいのじゃ?」

「シロニャちゃん! あんただけがこのパーティの良心……」

「ワシの手では、やっぱりトランプ握れないんじゃが!」

「シロニャちゃん、お前もか!」

「じゃあシロニャちゃん、わたしの膝に来ますか? 一緒にやりましょう」

「ところでダウトとはどんな遊戯なのだ? 拳闘の類か?」

「トランプ配ってんのに何で殴り合いするのよ!」



 ――ララナの、高速移動。

 それは別に、スキルやアビリティの結果でも、ましてや魔法や特別な技術の効果でもない。

 単なる脚力。

 単純ながら、それだけに破りがたい力。

 常人離れした脚力が、非常識なまでの高速移動を可能にしていた。

 しかし、


「徒労、と、知る、べき」


 それは、クロニャの絶対防御『絶対的(パーフェクト)隔意(ロンリネス)』に阻まれる。


「へへっ、やるね……」

 しかしそれを見てなお、ララナは不敵な笑顔を浮かべていた。




「ダウトってのは、簡単に言えば1から順番にカードを出していって、カードを使い切れば勝ち、というゲームかな。ただし当然指定された数字のカードを持っていない場合もあり得る。そういう時は2と言いながらこっそり3のカードを出すなどということもできるんだけども、その時疑わしいと思えば他のプレイヤーはダウトを宣言することが出来、ダウトを宣言されたプレイヤーが実際に違うカードを出していた場合は場のカードを全て自分の手札に加えなければならず、逆に正しいカードを出していた場合はダウトを宣言したプレイヤーが場のカードを全て自分の手札に……」

「いいから早くやりましょう! こうなったら芸能人の演技力と鉄面皮を見せてあげるわ!」

「ゴワゴワ神の加護がありますように。シロニャちゃん、がんばりましょうね」

「うむ! 今回ばかりはおぬしとの共闘もやぶさかではないのじゃ!」

「私は今回様子見としよう。ルール覚えるのも大変そうだ」

「誰も説明聞いてないし。もういいや、ええと、ジョーカー上がりってあり?」

「今日はありありルールじゃよ!」

「ありありって……いいけど」

「では不肖私、ラトリス・ブルレが審判役を務めましょう」

「ダウトというのは、審判まで必要なゲームなのか?」



 攻撃をあっさりと防がれたララナが、静かに問う。

「ねぇ、知ってる?」

「なに? まめ、ちしき?」

 クロニャは首をかしげる。

 あとたぶんちょっとボケた。


 しかしララナは、にこりともせず、

「『格闘』アビリティを極めて初めて出現するレアアビリティ『拳闘』。

 その『拳闘』アビリティをマスターして出現する格闘系最終アビリティ『神拳』。

 そして、その『神拳』をすら極めた者は、その最終奥義の名から、こう呼ばれるんだ」

「…?」

 気付けば、彼女の拳に風が渦巻いている。


 ――否!


 それは単なる風などでは断じてない。

 彼女の拳に渦巻いているのは、凝縮された闘気の嵐。


 手の中で渦巻き、暴れ回るそれを、



「行くよ。……ゴッドネス・フィンガー!!」



 ララナは、解き放った。


 それは荒れ狂う嵐となって世界を揺るがし、一直線にクロニャへと向かっていく。



「わ、ちょっ、カードが舞うって!」

「わ、ワシの体も飛ばされるのじゃぁああ!!」

「ああもう! 押さえて押さえて!」

「あ、今リリーアさんのカード、ちらっと見えました」

「う、うそっ!」

「ウソじゃないですよ。ハートの4とスペードの5でした」

「だからって口に出すことないでしょ!!」

「ほう。ダウトとは、心理戦や情報戦が重要なのだな」



 しかし、クロニャは動じない。

 迫り来る嵐を、正面から見つめ、

「わた、しの、『絶対的隔意』は……」


「無敵、なんだよね?」


「!?」

 その視界の中、あまりに近くにララナの姿を認め、初めて動揺を見せた。



「行くのじゃ! ワイルドドローフォー!!」

「ちょっと?! 何でダウトにそんなカードがあるのよ!」

「リリーア。ワイルドドローフォーがあるんだったら早く出して、ないなら4枚引いて」

「ちょっ! あんたツッコミどうしたのよ!」

「リリーア様。今回はありありルールなので、当然ワイルドドローフォーも有効です」

「何そのルール! ていうか何でわたしだけアウェー!?」

「ところでリリーアさん。色は、白でよろしいのですか?」

「何でわたしに聞くのよ! というか白なんて色、トランプには……」

「いえ、恐らく先程の突風で一瞬だけ見えたリリーア様の下着の色の話かと」

「あんたは何を見てるのよぉおおお!!」

「あ、写真、撮ってなかった」

「むきゃぁああああ!!」

「……ダウトとは、かくも過酷なものか。参加しなくて良かった」



 ほとんど密着した状態で、二人は言葉を交わす。

 だが、クロニャの能力がある以上、その事態がすでに、異常。

「たしかに、もともとの『絶対的隔意』は無敵だったかもしれない。

 でも、それはこの世界のシステムに組み込まれ、明らかに劣化している」

「それ、でも……」

「うん。それでも普通なら倒せないね。

 でも、ボクは『システム的』に悪意や敵意を消すとされている『無我の極み』というスキルを持っている。

 使用中は攻撃行動は取れないけど、この悪意がないとされている状態で、君を後ろから押したらどうなるかな?」

「!?」

「さよなら、勇者様!」

 ララナの手が何の抵抗もなくクロニャの体を捉え、前方に押し出す。

 その先には、いまだに力衰えないゴッドネス・フィンガーの渦があった。



「1よ!」

「はい。2、ですね」「2なのじゃ! ウソじゃないのじゃよ!」

「3! はい上がりー!」

「早っ! って、一巡目上がりとかおかしいでしょ! 何枚捨てたのよ!」

「え? 二十六枚だけど?」

「はぁぁ!? ダウト!」

「どうぞ」

「どうぞって、ちょっ!? これ全部ジョーカーじゃないの!」

「いやー、何か配られた手札全部それでさ。でも今回はありありルールだからOKだよな?」

「どんだけイカサマなのよ! むしろこの状況がダウトじゃないの!」

「ほほう! なかなかうまいことを言うの!」

「リリーア様、座布団で御座います」

「いるかっ! ていうかこんなの、やってられるかぁ!!!」



 リリーアがそう叫んだ時だった。

「あ、ちょ、ちょっと、後ろ! 見てください!」

「え?」

 リリーアが振り返ると、まるで何かの砲弾のように、クロニャが飛んできていた。

 そして、


「きゃぁああああ!!」

「にゃぁああああ!!」


 いくつかの悲鳴と、悲鳴にもならない声を巻き込んで、まるでボーリングのようにリリーアたちを蹴散らしていく。

 『絶対的隔意』が自動発動して、リリーアたちを弾き飛ばしたのだ。


 そして、最後、一番奥にいた鋼に向かってクロニャは飛んでいき、


 ――ぽすん。


 気の抜けた音を立てて、その胸に収まった。



「え? 何? 何が起こった? ワイルドドローフォー?」

 混乱する鋼の腕の中で、クロニャだけがうなずいた。

「やは、り」

「え? 何がやはり?」

「わたし、の力は、悪意、や敵意、に反応する。

 あな、ただけ、は、飛ばされ、なかった、のは、それが、理由」

 言いながら、見上げてくる瞳が、何だか潤んでいるような……。


 鋼が正体不明の居心地の悪さを感じていると、


「やー! 失敗失敗! そりゃゴッドネス・フィンガーなんて悪意の塊だから、いくらこっちからぶつけに行っても散らされちゃうよね」


 ララナが反省したようなことを言いながら、全然反省してないような様子でやってきた。



「これ、で、戦い、は、おわり」

 それに対して、クロニャが戦いの中止を宣言する。

「え? なんで?」

 ララナは不思議そうな顔をしたが、

「彼、が、ひと、じち」

 クロニャがそう言って鋼の首に腕を回すにあたって、すぐにその表情を冷たく変えた。


「いくら勇者だからって、コウくんに危害を加えたら、容赦しないよ?」

 恫喝するようなララナの言葉。

 しかし、

「危害、は、加えない。ただ……」

 クロニャは鋼にぶら下がるような体勢のまま、器用に首を横に振って、


「彼、は、わたし、の、もの」

「え?」


 その唇を、鋼のほおに押し付けた。



「ちょ、ちょっとあんた! 敵相手に何してんのよー!」

「ち、小さい子相手にも見境なしじゃと!

 じゃあ何でワシには手を出さんのじゃー!」

「そのような行為、神はお赦しになりませんよ(光の女神的な意味で)!」

「そんな小さな子にやられっ放しでいるとは、ハガネ様は実はMっ気があるのですか?

 見損ないました。全く、もしもの時のために用意したボンテージ衣装とバタフライ眼鏡が役に立つ日が来るとは! 着替えて来ます!!」

 当事者よりも、周りから大ブーイングが巻き起こる。


 そして、さすがにぽかんとしているララナに、クロニャは高らかに宣告する。



「次は、唇、に、する」



 おそるべき脅迫であった。



 それを聞いて、ララナが観念したように両腕を下ろした。


「……分かった。ボクの、負けだ」


 こうして、不毛なる争いは終結したという。










「そも、そも、わたしは話し合い、にきた。

 戦う必要、なん、て、なかった」

「いや、それを早く言おうよ!」

「実はボクは薄々気づいてたんだけどね!

 ま、いいじゃん!

 これが最後のギャグパートになるかもしれないし!」



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