第七十二章 止まれ一角獣!
隣国ラターニアへ向かう道中。
「おー。すごい速度だなー」
仲間たちがみんな馬車の中でくつろいでいる中、鋼は一人、御者台に座って風を感じていた。
手綱は持っているが本当に持っているだけで、特に指示などは出していない。
ユニちゃんもコーンくんも賢いので指示は不要らしい。ならなぜ御者役が必要かというと、手綱を持っている人がいないと見ている人が変に思うから、らしい。
ユニコーン二体を走らせてる時点ですでにかなり手遅れ感があるが、何だか中にいると仲間たちがあれこれとちょっかいをかけてきて落ち着かないので、これ幸いと外に出て御者を買って出た、というワケだった。
ユニコーンたちと馬車はたしかに高性能で、あまり整備もされていなさそうな道を、これって自動車じゃないの、とか言いたくなる速度で進んでいるのに乗り心地は快適そのものだった。
ここら一帯にはモンスターなんてめったに出ないらしいし、もし出たとしてもユニコーンが蹴散らして終わりだ。
御者と言っても特に注意することは何もない。
「平和だなぁ……」
残り一週間で魔王が復活するとは思えない、のんびりとした時間を鋼が満喫していると、
「マキに、何も言わんでよかったのかの?」
隣に、いつの間にか白い猫がやってきていて、鋼は苦笑いを浮かべた。
「シロニャがそんなことを気にするなんてめずらしいな」
そう言ってから、ちらっと馬車の中の様子をうかがった。向こうでは、ララナたちによるトランプ大会が行われて、にぎわっているようだった。
鋼の視線に気付いた白猫が、肩をすくめる。
「さすがに、肉球でカードを持つワケにもいかんのじゃ」
つまり、トランプ大会に参加できずこっちに流れてきたらしい。
「それより、じゃ。
マキに、声をかけていかなくてよかったのかの?
き、キスのこと、聞いたのじゃ。
おぬしは、その、あやつのこと、どう思っておるんじゃ?」
あまりに直球なその言葉に、
「……どうなんだろ」
鋼は、『相思相愛の証石』のついたペンダントを手でもてあそびながら、首をひねった。
マキは、
「少なくとも今のあたしが、これ持ってるっていうのはおかしいからさ」
と言って、鋼にそのペンダントを突き返した。
他人の都合を無視してズカズカと踏み込んでいくようでいて、どうしても肝心なところで一歩引いてしまう。それは、マキの欠点であり、美点でもあると鋼は思う。
マキは、あの時はっきりと自分のことを好きだと言った。
鋼も、多少勢いに流されたとはいえ、その気持ちに応えたい、と思ったのは本当だ。
しかし、
「まだ、自分の気持ちも整理しきれてないけどさ。
でも、答えが出たとしても、それを伝えるのは今じゃないと思うんだ」
鋼の出した答えは、そんなものだった。
「そう、か……」
なぜかホッとしたように、シロニャが言った。
そして、そんな風に反応してしまったことを、ごまかすように、
「しかし、なぜじゃ?
これからしばらく、会えんかもしれんのだぞ?」
さらに鋼を追及する。
鋼は、それに対して直接は答えなかった。
やがて時間を置いて、ぽつりぽつりと話し出す。
「昔、僕には年上の従姉がいてさ」
「うん?」
「子供の頃はいつも一緒に遊んでて、楽しくて、意識はしてなくても、あれが僕の初恋だったかもしれない」
「ぬ、ぬぅ! そ、その女、今は……」
「十年前、事故で死んだ。……らしい」
「そ、そうか」
さすがのシロニャも、気まずそうに口をつぐむ。
それをどこかいとおしそうに見つめながら、鋼はふたたび、ゆっくりと話し出す。
「恋だの愛だの考えもしなかったくらい子供の時の話だし、告白するとかしないとか、そんなこと、一度も考えたことなかったけどさ」
「う、うむ?」
「あの時、あの子に好きだって言ったら何か変わったかなとか、考えないでもないんだ」
「それなら!」
勢い込んだシロニャに、鋼は首を振った。
「でも、そうなった後で同じことが起こったのなら、僕はもっと引きずってたと思うんだ。
……まあ今でも、たまに夢に見たりするんだけどね」
「コウ、おぬし……」
「予告された日まで、あと一週間。一体何が起こるかは分からない。
最悪、僕が死ぬことだって考えられる」
「コウ! それは……」
「それはないね!」
シロニャの言葉にかぶせるように、そして鋼の言葉を打ち消すように、鋼の耳に声が届いた。
それは、いつの間にか馬車の中から体を乗り出していたララナの声で、
「行っくよー、っと」
宣言と共に、ララナは器用に馬車から身を乗り出して、御者台まで移ってきた。
ララナの身体能力は知っているが、高速で移動する馬車の上を移動するのだ。
鋼としては気が気ではない。
「お前、危ないだ……」
「コウくんは死なないよ」
しかし、鋼の言葉をさえぎって、鋼だけをまっすぐ見て、ララナは言った。
「――ボクが、守るもの」
突然の、告白ともとれるような、ララナの宣言。
それに対して、鋼は、
「わ、悪い。元ネタ知らなかったら感動したんだけど……」
そう言うしかなかった。
それを見て、ララナは参ったなとばかりに頭をかいて、言った。
「笑えば、いいんじゃないかな?」
「何を!? むしろ何で!?」
せっかくのめずらしいシリアスシーンが台無しだった。
しかしララナは、それでいいんだよと笑う。
「弱気なんて、コウくんらしくないよ」
「らしく、ない?」
「そ。コウくんは、どーんと構えてさ。
いつもみたいに『ハッ! 魔王なんて、オレ様がきたねえ花火にしてやんよ』とか言っとけばいいんだよ!」
「それ誰!? というか、汚い花火はちょっと……」
ちょっとだけ怯む鋼。
汚い花火は汚いので嫌だった。
「じゃあ、きれいな花火にするのじゃ!」
すかさず口を出すシロニャ。
「ま、まあ、それならいい……のか?」
全然まったくもってそういう問題ではないではない気がしたが、なんとなく二人の勢いに納得させられてしまった。
「きれいな花火、楽しみなのじゃ!」
「そういえば温泉もそうだけど、最近花火とか見てないねー」
おそろしい魔王の話をしているはずなのに、キャッキャウフフとばかりに楽しげに話す二人を見ていると、鋼も肩の力が抜けてくる。
自分はちょっと、気負いすぎていたのかもしれないなと思えてきた。
魔王の復活まであと一週間。いや、まだ一週間もあるのだ。
悲観的になるのは早すぎる。
基本的に巻き込まれてから初めて動き出す鋼なのに、今回は自分たちでどうにかしようと思う気持ちが大きすぎて、いつものペースを見失っていたようだ。
これは一人だと気付けなかったかもしれないな、と、鋼がララナに感謝のまなざしを送っていると、突然ララナが顔を赤らめた。
そしてそんな赤い顔のままで、切り出してくる。
「と、ところでさ。さっきの話とちょっと関係あるんだけど……」
「さっきの話? 花火?」
「そ、そうじゃなくて、もっと前の……。
ええと、とにかくさ。
コウくんには、ボクのソウルネーム、話してなかったよね?」
「ソウルネーム?」
そういえば、出会った当時のララナはそんなことを言っていた気がする。
ずいぶん前の話を持ち出してくるのだなと思いながらうなずくと、ララナは緊張した様子で口を開いて、
「そ、そのね。ぼ、ボクのソウルネームなんだけど、実は……わきゃっ!?」
突然の振動に、思い切り舌を噛んだ。
ララナはすぐさま、抗議のために前方、馬車を止めたユニコーンたちの方を見て、
「いはー! 何だよもう! ユニちゃんとコーンくんも空気読めな……へぇ?」
そうして口にしたのは、鋼が今まで一度も聞いたことのないような、剣呑な空気をはらんだ低い声。
「な、なんなんだ?」
鋼もあわてて前を見て、そして、絶句した。
隣のシロニャも、目を見開いたまま、固まっている。
レベル100を超えるはずのユニコーンたちが立ち止まり、あまつさえその場で立ち往生をした理由が、二人にはすぐに分かった。
なぜなら、
「……待っ、てた。
魔王、の、こと、で、話がした、い」
そこにいたのは、黒いゴスロリ服に身を包んだ十二、三歳くらいの少女で、
「クロ、ニャ……」
かつて鋼の前に立ち塞がった、異世界の勇者だったのだから。