第七十一章 進め一角獣!
翌朝。目覚めと同時に襲い来る諸々の桃色ドタバタイベントをかろうじてやりすごした鋼は、いよいよ隣国、ラターニアへと出発しようとしていた。
「今度も前みたいに飛空艇で移動するのか?」
鋼が聞くと、ララナが首を横に振った。
「ううん。ラトリスとも相談したけど、今回はボクの馬車を使う予定。
向こうに入ってからも足が必要だしね」
「そっか。飛空艇で各地を回るワケにはいかないもんな。
でも、馬車で大丈夫なのか?
あんまり時間がかかると……」
「んー。たしかに時間は貴重だけど、ラターニアは結構近いよ。
たぶん武闘大会があったキョートーの街よりも。
そうだね。ラーナからラターニアまでだったら、だいたい奈良~日本海くらいの距離かなー」
「なんかその説明で、距離だけじゃなくて位置関係すら分かった気がするよ」
そして何でこいつは日本の地理に詳しいのだろうか、と疑いのまなざしを向けたが、当然そんなものでララナが怯むはずもなく、
「ところでボクの馬車を見てよ。これをどう思う?」
と言うので、鋼は仕方なく、目の前にある『?ばしゃ?』に目をむける。
ちなみにクリスティナが鋼の後ろから、
「すごく…大きいです…」
とか言っていたが無視する。
しかし、まあ、たしかにそれは大きかった。
簡単に描写するとこうなる。
先頭の方を見ると、比較的一般的な馬車のようにも見える。
まず御者台があって、その後ろには四人掛けくらいの座席が向かい合せで二つある、馬車に付き物の……名称は分からないが、まあ人が過ごすための空間がある。
デザインも豪華だし、座席部分の座り心地もよさそうだ。
「あ、そこ、クッションは低反発素材で作られてるし、衝撃吸収魔法もばっちりだから揺れないよ!」
とのことで、そこはいい。
いや、まあ低反発素材がこの場合本当に適当なのかはよく分からないが、揺れないというなら鋼にもそれはありがたいことだと素直に言える。
問題はその前後だ。
まず後ろ。普通の馬車に連結するようにして、車輪のついた屋敷が曳かれている。
鋼の言い間違いではない。
馬車の後ろに、本当に車輪のついた『お屋敷』が平然とそこに鎮座しているのだ。
鋼は震える声で尋ねる。
「なぁ、ララナ。ちょっと尋ねたいんだが、何で馬車の後ろに屋敷がくっついてるんだ?」
ララナは鋼の怒りに完全に無頓着で、
「えー? これをお屋敷とか、ちょっと照れるけど言いすぎだよ。
こっちじゃ冒険者だったらこれくらいの家を持つのはあたりまえなんだよ?
ほら、土地って結構ありあまってるし、こっちの大工さんは魔法とか使うからすぐ……」
「い・い・か・ら! 理由を教えてくれよ!」
鋼はさすがに声を荒げた。
その怒りにララナは困惑しながらも、
「だって、家ごと移動した方が便利でしょ?
それにユニちゃんとコーンくんが、軽いと張り合いがないって言うから……」
馬車の前方、馬車につながれた二匹の獣?に責任転嫁した。
そう。そしてそれも、鋼が疑問に思っていたことの一つ。
「そもそも何でユニコーンが馬車を引いてんだよ!
どう考えてもおかしいだろ!」
御者台の前。本来なら馬がつながれている場所には、なぜか二頭の一角獣の姿がある。
紛うことなきユニコーンである。
ユニコーンと言えばあれだ。
角が霊薬の材料になるとか、純粋な乙女しか背中に乗せないとか、とにかく色々な逸話のある霊獣だ。
少なくとも、こんなところで車を引いていい存在ではないと、鋼にだって分かる。
そんな鋼の態度を見て、ララナはため息をついた。
「はー。まったくコウくんは変なことで細かいな。
はいはい。これは馬車じゃなくてユニコーン車です。
これでいい?」
「名前の問題じゃないからな!?」
そんなところに引っかかってると思われて、鋼は逆にびっくりした。
「逆に何が不満なのさ。
ユニちゃんとコーンくんはどっちもレベル100越えのユニコーンで、アスティくらいなら瞬殺できる力の持ち主だし、ボクだって二対一で戦ったら苦戦するくらいの相手だよ?」
「そういうこと聞いてんじゃ……って、レベル100越えなのかよ!」
「わ、私だって数秒くらい持ちこたえてみせるぞ!」
鋼とアスティが同時にツッコミを入れる。
そこで見かねたのか、マキが間に入ってきた。
「はいはい。そこまでそこまで。
まず、コウはあんまり何でもかんでもツッコミ入れない」
「いや、でもな……」
鋼の抗議を無視して、すぐにララナに向き直る。
「それで、ララナちゃん。今回はお屋敷は外していくこと」
「ええ? 便利なのに?」
今度はララナの抗議。
しかしマキはそれに対して冷静に返す。
「今回は速度優先でしょ。それに、こんなのつけてたら関所とかあったらつっかえちゃうじゃない」
「う……。それはたしかに……」
納得するポイントというかスケールがおかしいが、それでその場はまるく収まってくれた。
間に入ったマキが留守番組だというのも、もしかするとララナの負い目みたいなものを刺激したのかもしれない。
説明しておくと、今回出発するのはやはり鋼(と白猫バージョンの分身シロニャ)、ラトリス、アスティ、ララナ、ミスレイといういつものメンツに、
「今回はわたしもついていくからね!」
と申し出たリリーアを加えた総勢六名で、それ以外は留守番となる。
まず二人の神様、審神者とルウィーニアだが、助言くらいならともかく、神様が人に与して直接魔王と対決すれば因果律の反動が起きてしまう。審神者はいつも通りに別行動。ルウィーニアの方はまだミスレイの体に降臨しているようだが、出発と同時に憑依を解くことが決定している。
次に、戦闘能力のないマキは当然留守番。その面倒を見るという理由もあって、まだ学院に在籍しているクリスティナと真白も留守番が決定した。
では同じ学院組のはずのリリーアはどうなのかというと、なんとリリーア、鋼と別れてからの一ヶ月と少しの間であの手この手で学院の教師から単位を取得、魔法学院の卒業資格を勝ち取っていた。
そもそもこの世界の学校制度なんてユルユルではあるし、リリーアの才能は各方面にずば抜けてはいたのだが、たった一ヶ月で卒業資格を勝ち取ったのは、ひとえに学院長にレメデス、二人の影響力が落ちたことが大きい。
リリーアから聞いたところによると、学院長は心労から倒れ、一時は復職すら危ぶまれたのだが、実際休んだのはたったの三日ほど。それからはむしろ以前よりも元気な様子を見せ、昼夜問わずずっと魔法演習場にこもりきりになって、何冊ものノートを片手に魔法の鍛錬をしているらしい。そのせいでレメデスには学院長の仕事やら何やらが舞い込んできて、生徒の脱走を防ぐどころではないとのこと。
それを聞いて鋼は懐かしいやら呆れるやらで、苦笑を浮かべた。
「学院長はあいかわらずかぁ。今度は何をやってるんだか……」
しかしそんな鋼の言葉を聞いて、今度はリリーアが呆れた顔で何かを言いかけて、
「いや、どう考えてもあんたの……あぁ、ううん。何でもないわよ」
結局あきらめたように顔をしかめて口を閉じた。
鋼は首をかしげたが、リリーアはそれ以上何も言おうとはしなかった。
ちなみに、魔法の才能だけで言えば転生効果もある真白の方が数段上だったのだが、その力と凝り性な本人の性格が逆に災いし、むしろ教師陣に気に入られすぎて引っ張りだこという状況であり、当分脱出の目処は立っていない。
お屋敷をそこら辺の物陰に隠し(この時点でツッコミどころ満載だが、鋼はマキの注意を思い出して我慢した)、先頭の動物を除けば一応普通の馬車らしくなった乗り物にみんなで乗り込むことにする。
それでも自分の馬車の説明をしたいのか、ララナは饒舌だ。
「一見普通に見えるこの馬車ですが、最高時速は業界初、驚きの二千キロ! 音を置き去りにする爽快感!
ちなみに五百キロを超えた辺りから座席とかが軋み始めて、最高速度を出すとたぶん馬車の車部分はバラバラになります!」
「そんな速度出されたら、先にこっちの体の方がバラバラになるわ!
あと車部分が吹き飛んだらそれもう馬車じゃなくて単なるユニコーンだから!」
怪しい営業マンみたいなしゃべりをするララナに、つい我慢できずに鋼がツッコむ。
「そ、それだけじゃないよ! 馬車の前面に装備された機関砲は高威力!
前方の敵を無差別に蹴散らします!」
「馬車になんてものつけてるんだよ、お前は!」
時代考証とかそんな物に真っ向からケンカを売っていた。
「唯一の欠点は、弾のほとんどがユニちゃんとコーンくんに当たっちゃうことかな」
「機関砲使用禁止!!」
鋼は断固として告げた。
ララナは連続でのダメ出しにむー、とふくれていたが、やがて気を取り直すと馬車の中に駆け込み、
「おまけにほら!」
馬車の長椅子のような座席の腰を下ろす部分に手をやると、なんとパカッと開いた。座席の下は空洞になっていて、そこには横になった人が一人、まるまる入りそうな収納になっていた。
「ヴァンパイアの仲間が出来ても安心!
座席は二つだから、二人までなら収容可能だよ!」
「配慮の仕方がおかしいだろ! 前提が奇抜すぎる!!」
結局ララナの馬車にはツッコミどころが満載で、鋼はララナの説明が終わるまで、ずっとツッコみっぱなしだったのだった。
そして、いよいよ出発という時、
「そんじゃ、まあ死なない程度にがんばってね」
「本当にもう一度祝福かけておかなくて大丈夫ですか?
……なら気を付けて行ってきて下さい。
あと旅の途中、リリーアちゃんのパンチラとかが見えたら、このカメラで……」
「うぅ。コウくん。せっかく会えたのに……。
もし死んじゃっても、私がすぐに死霊術をマスターして生き返らせてあげるからね!」
「ハガネさん。魔王の復活なんてすぐに止めて、早く、わたしがアイテムボックスに無断で入れてきたハガネさんのマンガを全部読み終わるより前に帰ってきてくださいね!」
マキ、審神者、真白、クリスティナに激励の言葉をかけられて、鋼は苦笑した。
というか、こんな言葉をかけられて苦笑以外の反応を返せる奴がいたら猛者すぎると鋼は思った。
そして、最後にミスレイが、いや、ミスレイに降臨したルウィーニアが鋼に寄って来る。
「そ、その、道中お腹が空くかと思ってお弁当を用意したのだ。
良かったら食べてくれ。
……あ、別にコウだけにではないぞ! みんなにだ!」
そう言って鋼に差し出したのは、おそらく弁当が入っていると思われる重箱……のタワーだった。
「ええと、これ……何段あるの、かな?」
天を衝かんとするお弁当タワーに、さすがの鋼も引き気味だ。
「たしか、三十五段だな。
本当はあと二段作る予定だったのだが、あまり時間もないし、それではキリも悪い。
三十五で止めておいたのだ」
「それは……英断だったかも」
すでに分割しないと馬車に入りきらない高さがある。
実際、渡された弁当は、半分でもずっしりどころではなく重い。
「少し多めに作ったつもりだから、嫌いな物は残してくれ。
もし足りないと言うなら……」
「いえ! それは大丈夫です!」
鋼はあわててさえぎった。これ以上塔が高くなってはたまらない。
「そうか? しかし、男は良く食べると言うからな。
これで足りるかちょっと心配だったのだが……」
ルウィーニアの想像する男はたぶん地上には存在しない。もしくは異次元の生物だろうと鋼は思った。
顔をひきつらせる鋼に、そっと審神者が耳打ちする。
「ルウィーニアちゃんは数千年単位でずっと花嫁修業をしながら乙女妄想をこじらせてましたからねー。
鋼さん、これから大変ですよ」
それを聞かされて、鋼の顔がさらにひきつったのは言うまでもない。
そしてそんな鋼を見て、ルウィーニアがおろおろとする。
「コウ? 顔色が悪いが大丈夫か?
審神者ではないが、本当に祝福は要らないのか?
コウが望むなら我はいつでも……」
ルウィーニアはそう言ってくれるが、鋼はやはり首を横に振った。
「いえ、蘇生の手段もありますし、死んでも大丈夫と思ってしまう方が怖いですから。
それに、ニア様にはもう加護をかけてもらっていますから、充分です」
もうずいぶん昔のことなので鋼もともすれば忘れそうになるが、鋼はミスレイを通して『戦女神の加護』の効果を得ている。
加護は祝福と違って面倒な手順が要らず、神官を通しても行使できるため効果も気休めレベルだが、助力を受けていることは間違いがない。
「そうか。いや、我も無粋であったな。
一度決まったことを繰り返すべきではなかった」
そこは武人らしい割り切りを見せるルウィーニアだったが、その未練がましい目付きは、本心ではあきらめていないことを本人の口よりもよっぽど正直に示していた。
「だ、だったら、温泉になど興味はないか?」
「温泉、ですか?」
しかしすぐに矛先を変えて迫ってくるルウィーニア。
「そうだ! ちょうど我が所有している秘湯があってな!
そこでは時間帯が合えばオーロラも見えるし、泉質も美肌や若返りに効果が……あ、いや、折角誘うというのに、この程度ではいかんな。
これから改造して、せめて不老不死と死者蘇生の効果を……」
「いやいや!! そんなの要りませんから! 普通の温泉で充分ですから!」
鋼はあわてて制止した。
神様というのは加減を知らない生き物だが、ルウィーニアは特にブレーキのない神様だと鋼はこの二日間で嫌というほど思い知らされていた。
「わ、我の招待を受けてくれるのか!?
そうかそうか! うん。温泉は良いよな!
うむうむ。物の本には日本人は皆温泉が好きと書いてあったが本当だな!」
「あ、あははは。そうですね」
別に鋼は普通の温泉で充分と言っただけで招待に応じると言ったつもりはないのだが、ルウィーニアの暴走を止めるためには余計な言葉をさしはさめなかった。
「ふ、ふふふ、二人きりで温泉旅行……あ、まずい、鼻の奥がツーンとして」
何を妄想したのか鼻を押さえる女神。
しかし、そんな有頂天になった女神様に水を差すのもまた、女神だった。
「温泉! いいですね! しかもルウィーニアちゃんがずっとひた隠しにしてきた秘湯!
これはぜひぜひ、わたしも行きたいです! あとついでにリリーアちゃんも!」
そうやってルウィーニアにぐいぐい迫る審神者。
そして、
「え?! わたしも!? ……ま、まあ、あんたがどうしてもって言うなら、別にいいけど」
思わぬところで話が自分に飛び火してリリーアが叫ぶが、どちらかというと『デレ期に突入し始めたツンデレ』に分類されるリリーアがそんな提案を断るはずもなく、そうなると、
「ワシも! ワシも行くのじゃぞ!」
「ええー! じゃあボクも行ってみたいなー」
「わ、私も、ハガネと一緒というのは別に全く気にしていないが、美肌?とかいうのは、興味がある、かな? ……よく知らんが」
当然他の面々まで騒ぎ出すことになり、事態はさらに混迷を深める。
「ま、待て! 我が誘ったのはコウ一人で……」
ルウィーニアがあわてて沈静化を図ろうとするが、
「いいじゃないですか、楽しそうで!」
審神者がそれを阻止する。
「審神者?! 何を言っている、そもそも……」
ルウィーニアは当然、それに抗議しようとしたが、
「千四百年前、古神忘年会……」
審神者が謎の言葉をささやいた瞬間、その動きが止まった。
「……ぐっ」
一声うめいて、審神者の分かってますよね、という視線に、屈した。
やけ気味に声を張り上げる。
「そ、そうだな! どうせなら人数は多い方が楽しいだろう!
コウと親しくしていた人間を全員招待してやる!
それで良いのだろう!? なぁ、コウ!」
「ええと……はい?」
途中から鋼は蚊帳の外だったのだが、鋼はなんとなくうなずいた。
「な、ならば約束だぞ! コウよ!
魔王との戦いが一段落したら、我がコウ……とコウの親しい人間や神様を全員我が秘湯へと招待しよう!」
「はぁ……」
あれよあれよという間に、そんな約束ができてしまった。
果たして、魔王の復活を阻止する旅に出るはずが、何がどうなってこうなったのか。
よく分からないが、鋼に分かるのはとにかくこの女神様をどうにかしないと、いつまで経っても出発なんてできないということだ。
しかしどうしたものか、と鋼が頭を悩ませていると、なぜか急に、当のルウィーニアが突然うつむいて、
「……ふぅ!」
すぐに晴れやかな顔になって顔を上げた。
「ニア様?」
鋼がいぶかしげに尋ねると、
「あ、いえ。ミスレイです。
なんかめんどうなんで、追い出しちゃいました」
「えぇー」
という感じで、なんかだらだらと鋼たちは出発して行ったのだった。