第七十章 新たなる神
「で、大変だっていうのはどういうことなんだ?」
鋼が聞くと、ララナは息せき切って答えた。
「それが、さっきミスレイに神託が降りたんだよ。
いや、神託が降りたと言うか……あ、そういえばまだあいさつしてなかったよね。
元気だった?」
「え? ああ。僕はさっきまで死んでたけど元気だよ。
……じゃなくて、神託では一体なんて言ってたんだ?」
「それは見た方が早いよ! こっち!!」
ララナは鋼を引っ張った。
「わ、おい、引っ張るなよ!」
言いながら、鋼も素直にララナに引きずられていく。
「私が先導しよう、こちらだ!」
さらに、アスティが露払いは任せろとばかりに先に立って歩いていく。
置いてけぼりになった形の他の面々は、
「わぁ、待つのじゃよ! ワシも行くのじゃ!」
「ハッ! この懐かしい気は……なんちゃって。
でも実際、会うのは久しぶりですねー」
「えへへ。リリーアさんともずいぶんお久しぶりですよね。
ええと、ジャンプ十冊分ぶりくらいですか?」
「何その意味不明な単位!? 向こうの世界基準で話さないでくれる?」
「その単位は分かり易いですが、合併号を避ける意味でもSQ基準にした方が数も減ってエコなのではないかと……」
「こいつらはツッコミいないと際限なく増長して……まあいいや。
とりあえず、あたしたちも行こう。ね、マメシロ?」
「定着させる気だよね、それ!
き、キスの事、認めた訳じゃないからね!」
思い思いに好き勝手なことを言いながら、ぞろぞろと三人のあとをついていった。
そうして総勢十人(内訳・男1女9)にふくれあがった鋼ご一行は、
「これ、は……」
驚愕の光景に出会う。
「はーい、いいよルウィちゃーん」
「ちょっと目線、こっちくれますかぁ?」
「そこで必殺技行けます? あ、フリだけでいいんで、剣振ってみる感じで」
それは、たくさんの学院生に囲まれた、西洋甲冑というか、ゲームでよくある派手な部分鎧みたいな物を着て剣を持っているというミスレイの姿で……、
「ああ、承った。いざ! 約束された、勝利の……」
「ちょぉおっと待ったぁあああああああああああ!!」
NGワードを言い切る前に、鋼が必死で止めた。
世界観とか考えて欲しい。あと、実際に技みたいなのが出ちゃったらここら一帯が焦土になりかねない。
「いや、なんとなく事態が想像できちゃうのが自分でも微妙な気持ちなんですけど、何やってるんですか!?」
「む。彼らが我の服装が格好良いと言うのでな。つい撮影会を……」
「やっぱりか!!」
鋼は全力で叫んだ。
「それより、そちらこそ何者だ?
……あ、そうか。
問おう、あな……」
「はいアウト!!」
鋼がすぐさまさえぎると、彼女は不機嫌そうな顔をして、
「胡乱な輩め。今すぐ身の証を立てよ。さもなくば……」
次の瞬間、抜く手も見せずに鋼の喉元に剣を突きつけていた。
「な……」
鋼どころか、後ろに控えていた百戦錬磨の仲間たちも全く反応できないほどの速度。
喉に突きつけられた剣以上に、放たれる破壊的とも言える圧迫感に、鋼もしばし、呼吸を忘れた。
「どうした? 何も言わないのか?
言わねばこの剣がその喉を突き破ることになるぞ?」
その言葉に、後ろで仲間たちが殺気立つのが鋼にも分かった。
唯一彼女を止められそうな審神者は傍観の構えらしく何も言わないし、目の前の女性も審神者に気付いた様子はない。
あと、
「ふ、ふーっ!!」
もう一人、一応神様であるシロニャが毛を逆立てて威嚇をしているが、たぶん一番役には立たない。
ここで戦闘になったらまずい。
そう判断した鋼は、仕方なく最後の手段に打って出ることにした。
「これは、あんまり人前では言いたくなかったんだけど……」
「む?」
「燃えろ! 俺のコスモ!!」
「な、なんだと…!」
目の前の女性が、驚きの声を上げた。
叫びと共に、鋼の服が金色になっていったからだ。
「ぎ、ギル様…? ハッ!」
我に返った時はもう遅かった。
目の前のミスレイの姿をした女性は思わず剣を下ろしていて、それでその女性の正体に確信が持てた。
鋼がため息をつきながら言う。
「女神、ルウィーニア様ですね?」
その鋼の言葉に、
「は、はいっ!」
なぜかびくっとして、敬語で返事をするルウィーニア。
それを不思議に思いながらも、鋼のツッコミ魂はルウィーニアを放置しておくことはできなかった。
「仮にもこの世界で一番有名な神様なんですから、もうちょっと考えて行動してください。
神様だってキャラがブレたりしたら、色々困るんですよね?」
「はい。……あ、いや、う、うむ。
そ、そうだな。以後は戒めるとしよう」
途中でやはり人間相手に神様が敬語ではキャラが崩れると気付いたのか、武人的な口調にもどるルウィーニア。
これで本題に入れるかなと思った鋼だったが、ルウィーニアがさらに言葉を続ける。
「人からこのような箴言を受けたのは初めてだ。
その、た、大義であった」
「え? ああ、いえ、どうも…?」
鋼としては単にツッコミどころを放置できなかっただけなのだが、とりあえず適当に受け答えしておく。
日常会話における鋼の適当率はほぼ百パーセントである。
「そうか。貴方がミスレイの言っていた、コウ様、か。
あいつの趣味はよく分からんと思っていたのだが、意外と……うん。
顔立ちは柔和だが悪くはないし、見た目も体の線が細くてベルアードとは全然違うが、それはそれで……。
何より神が相手と分かっていても間違いを正そうとする胆力が……」
「あの、ルウィーニア様?」
自分の世界に入りそうになっているルウィーニアに鋼が声をかけると、ルウィーニアはあわてたように答えた。
「わ、我のことは、ニアと呼んでくれていい。
親しい者はそう呼ぶ……予定だ」
「え? 予定って何!?」
失言を逃さず律儀にツッコミを入れる鋼。
ツッコミ時における鋼のツッコミ率はほぼ百パーセントである。むしろツッコミ時にツッコミ以外のことができるかは不明であった。
「と、とにかく、だ。
コウには申し訳のないことをしたな。
お詫び、という訳ではないが、困った時は我を頼ってくれ。
窮地に陥った時、無聊を慰めたい時、部屋が汚れてしまった時、あるいは武運拙く命を落としてしまった時、コウが望むなら、我が力になろう」
「は、はい…?」
言っていることはよく分からなかったが、なんとなく勢いに押されてうなずいてしまう鋼。
「ならば、手を」
「はい?」
「騎士の儀礼だ。男女が逆転してしまっているが、そのくらいは構わんだろう?」
「……はぁ」
やっぱりよく分からないまま、手を差し出そうとする鋼。
しかし、
「待つのじゃコウ! それは罠だ!」
「ルウィーニアちゃん、そういうのはずるいですよ!」
神様二人が、鋼の前に割って入った。
「ええと……何が?」
鋼が首をかしげると、シロニャが答えた。
「こやつ、さりげなくおぬしに祝福をかけようとしていたんじゃ!」
「姑息な手ですね。宣言を会話の中に隠し、口づけを流れで済まそうとは!」
鋼に全く説明しないまま祝福した審神者も大差ないのでは、と鋼は思ったが、
「くっ! 絶対断られないようにと八百年間考えた策であったのに!」
どうやら渾身の策を破られたらしいルウィーニアは、地団太を踏む勢いで悔しがる。
お前の八百年はその程度か、と思ったが、たぶん本当にその程度なんだろうなと思った鋼は、さすがに追及しなかった。
代わりに、
「別にいいですよ。……はい」
鋼はルウィーニアにもう一度手を差し出した。
曇っていたルウィーニアの顔がぱあっと明るくなる。
「よ、良いのか?」
「はい。祝福なら僕に困ることはあんまりないですし」
「お、お前は神か!?」
「それは貴女です!」
こんな時でもしっかりと鋼はツッコんで、もう一度手を前に突き出す。
すると、ルウィーニアは残念そうに、しかししっかりと首を振った。
「いや、済まない。我が悪かった。
やはりこんなことではいけないな。
今度は正々堂々とコウの尊敬を勝ち取ってから使徒にしてみせる」
「ニア様……」
「それにコウが我の使徒となって、周りの人間たちに『わー、ルウィーニアの使徒だー! 失恋が移るー! えんがちょー!』とか言われても可哀相だしな」
「ニア様どんだけいじめられてんの!?
一番有名な神様なんだよね!?」
えんがちょなんて言葉を久しぶりに聞いた鋼は驚いてシロニャと審神者を見ると、二人はそっと目を逸らした。
戦女神、口ゲンカ最弱説がにわかに浮上した。
そこでようやく、審神者が前に出る。
「ルウィーニアちゃん、お久しぶりですねー!
と言っても、そっちは体を借りてる状態みたいですけど」
「む。審神者か。如何にもこの体は我が信徒、ミスレイの物だが、よく分かったな。
外形的な特徴は九割以上一致しているはずなのだが……」
どうやら、ミスレイとルウィーニアがものすごく似ているため降臨できたとかそういう話らしい。
しかし、それを聞いた審神者はぷっと吹き出し、堪え切れないとばかりに大笑いを始めた。
「あ、あはははははは!!
ルウィーニアちゃん、それ、本気で言ってます?!」
「な、何がだ?」
「ルウィーニアちゃんの像を一目でも見たことがある人ならすぐに分かりますって!
だって、胸の大きさが全然違うじゃないですかぁ!」
――ピシリ、と空気にひび割れが走る音が聞こえた。
「貴様、どうやら喜びの野に行きたいらしいな。
職務熱心なのは良いことだぞ」
とてつもない殺気を込めたルウィーニアの一言に、審神者は、
「あは、あはは! だ、だって、ルウィーニアちゃんが、成長期だから、とか見栄を張って大き目に作った胸当て、その体だとぴったりじゃないですか!
成長しないって分かったら今度は、戦の神に胸など邪魔なだけだ、とか言ってたくせに、いざ大きい胸になってみたらノリノリでレイヤー気取りとか、ぷふっ……」
火に油を注ぐ笑いで応えた。
「コロス!」
顔を真っ赤にしたルウィーニアは、もう止まりそうにない。
「ニア様!」
それでもと鋼が声をかけるが、
「止めてくれるなコウ! これは、我の尊厳の問題だ!」
やはり止まる気配はない。
鋼はあわててアイテムボックスを操作し、そこから不可視の布を取り出してそれをルウィーニアに押し付けた。
「な、何だこれは…!
このゴワゴワとした感触! 記憶にはないはずなのに、体が、いや、魂が覚えている!
そうか! 真のヴァルハラは、地上にあったの……ふわぁぁ」
どうやら遺伝子レベルでゴワゴワ教の教えが染み付いているらしいミスレイの体。
とりあえず鋼はノリで合掌しつつ、戦いが避けられたことを安堵したのだった。
こうして女神の争いは避けられたが、ルウィーニアが天国に行ったままもどってこれなくなったため、話を始めるまでに三十分ほどかかったという。
「つまり、ミスレイさんにニア様が降臨して、魔王の復活を教えようとしてくれたワケですね?」
しばらくしてようやくゴワゴワの魔力から解放されたルウィーニアに話を聞いて、鋼が話をまとめた。
「うむ。とりあえず最初は、隣にいた救国の英雄であるララナに伝言をと思ったのだが、その時にコウたちが戻ったという報せが届き、ララナがその人たちにも話をしてほしい、と言うのでな。
我もララナたちと共にそちらに向かったのだが……」
「途中で学院の写真研究会につかまったワケね」
ルウィーニアの話をリリーアが補足する。
というか、あいつらそんな集団だったのか、と鋼は感心しきりである。
そして、ララナが国を救ったとかいう話はスルーした。
「それで、魔王が復活って、具体的にはどういうことなんですか?」
鋼が聞くと、ルウィーニアも表情を引き締めた。
「我も詳しいことは分からない。だが、魔王の封印が解ける気配のような物を感じるのだ」
「そういえば、そもそも魔王ってどうして封印されているんですか?
たしか月に封印されているとかいう話でしたけど」
鋼が聞くと、ルウィーニアは一瞬審神者と顔を見合わせて、そして申し訳なさそうに言った。
「実は、魔王はこの世界を創る時、我と審神者が一緒に作った。
その、ラスボス的存在として、最初から封印状態で、な」
「あぁ……」
それを聞いて、鋼は逆に納得してしまった。
さぞかしゲーム感覚で適当に作ったんだろうなと思う。
「あ、だったら、魔王がどんな能力を持っているかとか、分かるんですか?」
「そうだな。後で魔王のスペックデータを届けよう。
下級の神くらいは瞬殺できる性能にしたから、戦ってもあまり勝ち目はないだろうが……」
「ルウィーニアちゃん、ノリノリでしたからねぇ……」
「そ、それは貴様もだろう、審神者!
コウの前で人聞きの悪いことを言うのはやめろ!」
そう言いながらちら、ちらとこちらをうかがうルウィーニアに、気にしてませんよと手を振りながら、鋼は少しばかり暗澹たる気持ちになっていた。
どうやら魔王は神より強いらしい。
そうなると、とにかく復活を阻止しなくてはいけないだろう。
「具体的な話に移ろう」
ひとしきり審神者との応酬が終わったところで、ルウィーニアが本題に入る。
「この国の北に、ラターニアという国がある。
かつて、ララナが危機を救った国だが……」
「あぁ、うん。なんかでっかい蛇が出て困ってたんだよね」
「いや、蛇ではなく、呪われた竜だが……まあいい。
その国の王家の血筋が、代々魔王の封印として機能していたはずだ」
「あ、よくありますよね、マンガでそういうの!」
クリスティナがうれしそうにくちばしをはさむ。
「そもそもがそういうマンガを元ネタにして封印作ったワケですからね。
他にも色々封印は作ってたんですけど、それ以外の主だった封印は、魔物の侵攻とか人々の信仰がなくなったせいとかで、今はほとんど機能してないですね」
審神者がやばいことをさらっと言う。あとついでにさらっと侵攻と信仰をかけていたが、鋼はさらっと流した。
「じゃあ、その王家の封印というのが壊されれば……」
「恐らく、魔王は復活するはずだ」
ルウィーニアの言葉に、鋼にも魔王の復活という事実がようやく実感として感じられ、身震いした。
「しかし逆に言えば、魔王が復活する要因となるのはそのくらいしか考えられない。
なのでコウ。この世界に生きる者の一人であり、冒険者たる貴方に、この世界の創世神として、女神ルウィーニアが依頼する」
普段は情けなかったりあわてていたりするルウィーニアが、この時ばかりはその身から神々しさをあふれさせ、言う。
「世界のため、そして貴方の大切な物を守るため。
今この時より、隣国ラターニアに赴き、王家の封印を守護して欲しい。
……我の頼み、引き受けてくれるか?」
その問いに、鋼は胸を張り、毅然として答えた。
「今日は疲れたので、明日からでお願いします!」
――結城鋼、予定はあんまり曲げない男であった。