第八章 最強のチート武器!!
(しかし、これからどうしたものか)
これで鋼の目下最大の悩みだった言葉の壁は何とかすることができた。
だが考えてみれば鋼は今、住む場所も仕事もお金も知り合いもこの世界の知識も何もないままでこの場所に放り出されている状態なのである。
このままでは最悪、野垂れ死にだ。
恥をしのんで、ここはミスレイさんにこの世界でのお金の稼ぎ方を聞いて、と鋼は真剣に悩んでいた。
「ずっと気になっていたのですが、その金色の腕輪。もしかしてコウ様のアイテムボックスですか?」
「え?」
だから、ミスレイのその言葉に反応が遅れた。
ミスレイの視線は、まっすぐ鋼の左手首に注がれていた。そういえば、たしかに腕輪がある。
「アイテムボックス?」
「間違っていましたか? 物を収納できる装飾品です。冒険者の方々がよくつけていらっしゃるので。
もちろん、私の知る限り金色のアイテムボックスはありませんでしたが……」
「ああ、いえ。それってどうやって……」
と使い方を聞こうとして、自分の持ち物の使い方を知らないというのは不審だとようやく思い至った。
こんな時に鋼が取る手段は一つである。
「ちょっとすみません」
とミスレイに断って後ろを向き、小声で呼びかける。
「シロニャ。まだ見てるか?」
返事はすぐにあった。
【見とるよ。おぬしはそういうおっとり巨乳お姉さんタイプが好みなんじゃな。よぉく分かったのじゃ】
「おっとり巨乳?」
言葉とイメージが合致しなくて、なんとなく、視線を戻してしまう。
よく見てみると、やぼったい修道服に隠れて目立ってはいないものの、ミスレイの胸はそれなりにふくらんでいるようにも見える。
「? 何か?」
「っと、すみません」
ミスレイに不思議そうな顔をされ、自分が胸を凝視してしまっていたことに気付いて、すぐに後ろを向く。
【ほれ見ろ! これ見ろ! そぅれ見ろ! おぬしはやっぱりエロエロなんじゃ! むっつりなんじゃ!
やーいこのエロエロ魔神ー! 色欲の権化ー! むっつり大魔王ー!】
後ろを向き終わると、ここぞとばかりにシロニャが責め立ててきた。
「いきなりそのテンションはなんなんだよ」
何かいいことでもあったのかい、とか言ってやりたいが、下手なことを言うと爆発しそうだった。
【べーつにワシはいいのじゃよ。ワシがせっかく選んだ徳の高い人間であるはずのおぬしが巨乳にデレデレしとっても全く気にしないのじゃ。
ワシには何も反応しなかったくせに、そこの巨乳にちょっと近付かれただけでドキドキしとったって関係ないのじゃよ!】
「ええとつまり…………ひがんでる?」
【ひがんどらんわ! ボケェ!!】
「うわっ」
かなり本気の怒鳴り声が入ってきた。シロニャが耳がキーンとする、と言った気持ちも分かった気がした。
「ま、まあいいや。そんなことより、アイテムボックスの使い方を……」
【そ、ん、な、こ、と、よ、り、じゃとぉぉぉ!!】
「いや、だって冤罪だしさ」
近付かれた時にドキッとしたのはたしかだが、巨乳だなんてこともシロニャに言われて意識したくらいであるし、現状鋼としては、状況がシビアすぎてそんなことを考える余裕なんてない、というのが正直な所である。
【むうぅ……】
シロニャはしばらく葛藤するように黙り込んでいた。鋼はゆっくりと待つ。
しばらくして、今度は少し落ち着いた様子で、シロニャがふたたび呼びかけてきた。
【……じゃ、じゃったら、そのおっとり巨乳女より、ワシの方が魅力的だと言えば教えてやるのじゃ】
「何だよ、いきなり」
【じゃから、ワシの方がそこの女より魅力的じゃろ?】
「あーはいはい。そうだね」
【も、もっときちんと言うのじゃ!】
「ミスレイさんよりシロニャの方がかわいいよ」
さすがに魅力的だという言葉は鋼も気が咎めるので、嘘にならない範囲でそう答える。
だが、それはシロニャにはいたく好評だったようだ。
【そ、そうか? そんなに正直に言われると照れるのう】
「うん。かわいいかわいい」
【む、胸がなくても?】
「胸がなくても」
【失敬な! ワシにだって胸くらいあるのじゃ!】
言わせたくせに、急にキレ出すシロニャ。
「どうしろって言うんだ、これ……」
鋼は途方に暮れた。
だが幸いにも、それですっかり機嫌を直したシロニャは、アイテムボックスの使い方を快く教えてくれた。
【腕輪に触れて、中に何が入っているか知りたいと念じるだけでいいのじゃ。
そうすれば、中に入っているアイテムの一覧が見れる。……まあぶっちゃけ、脳内にアイテムウィンドウが開く。
そこから欲しいアイテムを選べば、すぐにおぬしの前にそのアイテムが具現化するのじゃ】
「しまう時は?」
【入れたいアイテムと腕輪に触れながら、収納したいと念じればいいのじゃ。簡単じゃろ?】
「なるほどね」
念じるだけで起動するというのは実に便利だと鋼は思った。
ファンタジー世界のご多分に漏れず、ここの世界も文明レベルは中世程度に見えるが、魔法のおかげで一部は現代日本よりも進んでいるかもしれない。
【ワシの設定したタレントにも初期アイテムが増えるようなものはいくつかあったからの。
たとえばタレント『お金持ち』じゃったら初期アイテムに『金の延べ棒』が一本追加されるはずじゃ】
「金の延べ棒……」
鋼はごくりとつばを飲んだ。今の鋼にとっては魅惑の響きである。
【まあ『初心者用冒険者キット所持』辺りじゃと薬草と毒消し草十個ずつとかそういう可能性もあるがの。
じゃがあるいは、もしかするとチートクラスの最強アイテムとか入っとるかもしれんぞ?】
「チートクラスのアイテム、か」
タレントの効果で生まれてからの十数年をスキップさせられた鋼には、神様の設定したタレントのとんでもなさは身に染みて分かっている。
あるいは本当に、『最強剣何とかセイバー』とかが入っていて、中盤くらいの敵まで簡単に倒せるようになる、なんてこともあながちありえなくはない。
「そっか。まあ、試してみるよ」
まさかそんな都合のいいことがあるはずない、と思う一方で、心の奥ではやっぱり期待してしまうのが人間というものだ。
高鳴る胸を抑えながら、腕輪に右手を添え、中に入っているものが知りたい、と念じる。
初めてのことでコツがよく分からなかったが、ぼんやりとゲームのアイテムウィンドウのようなものが脳内に現れてくる。
まだぼんやりしているが、パッと見る限り、そこには一種類しかアイテムは入っていないようだった。
どんなアイテムが入っているのかと、鋼はさらに目を凝らす。
アイテム名が、はっきりと見えてくる。
ちきゅうはかいばくだん:999個
それを目にした途端、鋼は急に気が遠くなって、その場でふらっとよろめいた。
よろめいた鋼に驚いて、あわててミスレイが駆け寄ってきた。
「だ、大丈夫ですか、コウ様!」
「す、すみません。でも、大丈夫です。ちょっと驚いただけで」
「でも、大丈夫という顔色ではありません。顔、金色ですよ?」
「それは単なる照り返しです!」
などとミスレイの軽いボケに対応しながらも、鋼の頭はぐつぐつと煮立っていた。
「ありえない。『ちきゅうはかいばくだん』とか、あいつホントにありえない!」
ちなみにこれが本当に鋼の知る『ちきゅうはかいばくだん』であるとすれば、それはあの国民的青狸の持ち物であるからして、ファンタジーというよりSFの領分である。
ミスレイが近くにいることも忘れ、鋼は大声でシロニャを呼んだ。
「シロニャ! ちょっと出てこい!」
【じゃから、大声出さなくても聞こえるのじゃよ。何かアイテムはあったのかの?】
「あったはあったけど。なんか、見るからに地球を壊しそうなものが入ってるんだけど?」
【ああ、アレか。いや、心配せんでも。アレは『ちきゅうはかいばくだん』とは名ばかりの単なるジョークアイテムじゃよ。中身はほれ、アレじゃよ】
「アレ?」
【ただの核爆弾じゃ】
「あほぉおおおおおおおおおおお!!!!」
鋼は思わず全力で叫んでいた。
いきなり叫び出した鋼に驚いて、後ろでミスレイがビクッとしていたが、当然気付かない。
【ちょ、おま、なんなのじゃ。なんなのじゃよ。
オラクルとはいえ、あんまり大声を出されるとワシはびっくりしてしまうのじゃ】
「びっくりしたのはこっちだよ! なんで核爆弾がしれっと初期アイテムの中に入ってるんだよ!
しかも999個って何だよ999個って! 僕に人類でも滅ぼせっていうのかよ!」
【そ、そんなのは知らんのじゃ。たぶん所持アイテムにボーナスが出るタイプのタレントの効果じゃろ。
おそらく……タレント名『ねずみ退治キット所持』じゃ】
「明らかにオーバーキルじゃないか!」
むしろ一個で種そのものを根絶できそうだ。
【むぅぅ。そんなの選んだのはそっちじゃし、それに核とはいえ核融合の方じゃから比較的クリーンで威力も高いのじゃよ?】
「威力が高いのが問題なんだよ。これ、一体どのくらいの破壊力なんだ? 地球壊しちゃうのか?」
【じゃから、それに星を壊すほどの力はないのじゃ。せいぜい大陸が吹き飛ぶ程度なのじゃ!】
「十分以上に危険物だよ!!」
【なんじゃよー。それじゃっておぬしが欲しがってたチートクラスのアイテムじゃろ?
むしろアレじゃ。ワシが設定したアイテムの中でも最強じゃぞコレ】
「あんまり最強すぎて、こんなの危なくて使えないんだよ!」
たしかに威力だけを考えたらチート級。
いや、凡百のチートアイテムなど寄せ付けないほどの力を持っているし、もしかするとこの世界に存在する兵器の中でも最強かもしれない。
だが、強力すぎて敵を倒すのに使おうとしても味方まで全滅させそうだし、何よりまず、使った瞬間鋼は真っ先に蒸発させられているだろう。
おまけに物騒すぎて売ったり譲ったりということも下手にできない。
チートすぎるが故に、何の使い道も思いつかなかった。
しかし、そんな鋼の態度がシロニャの癇に障ったらしい。
【ふん! なんなんじゃよさっきから! ワシが親切に色々教えてやっとるのにおぬしは怒ってばっかりじゃ!
ワシはもう何も教えてやらんのじゃ! 後から大変なことが起こって泣きついて来ても知らんのじゃからな!】
なんて言葉を最後に、シロニャとの通信が途絶える。
「……少し、きつく言いすぎたか?」
もう一度オラクルを使って謝るか、とも思ったが、むしろもう少し時間をおいた方がいいだろう。
そう判断して鋼はミスレイとの会話に戻ろうとしたのだが……。
「すみませんミスレイさん。ちょっとトラブルが……あ、あれ?
ミスレイさん。さっきより何だか距離が……」
ミスレイの方を振り向くと、さっきまで近くにいたはずのミスレイが、ずいぶんと遠くに立っていた。
「い、いえ。そんなの気のせいですよ。さっきと同じですよ?」
「いや、気のせいってこともないでしょ。そんなに離れてると、話しにくいですし」
数歩分空いてしまった距離を詰めようと鋼が一歩進むと、ミスレイは一歩下がった。
「いえいえ、お構いなく。大丈夫です」
「いや、大丈夫とか大丈夫じゃないとか、そういう問題では……」
「大丈夫です。ですからそこで止まってくれますか? いや本当にもう、ほんと大丈夫ですから!」
「ですから大丈夫とか大丈夫じゃないとかそういう問題じゃなくて……」
「大丈夫です神は全ての人間を平等に愛してくれるので」
「だけどさっきまでと今のミスレイさんの態度を考えるとちょっと平等とは言えない感じになっているような気が……」
「私神様じゃないですし神様だって結局は我々信徒ばっかりを依怙贔屓してますし!」
「いやちょっとそういうカミングアウトいいですから、っていうか逃げないでくださいよ!」
「私逃げてないですし全然逃げてないですしいやー助けて犯されるー!!」
「ちょっ! 誤解ですって! 話を聞いてください!」
「誤解なんてしてません分かってますそのゴワゴワした感触も金ぴかの服も初めから私を誘惑するつもりで着て来たんですよね分かります!」
「それこそ誤解っていうかむしろ全然分かってませんから!」
「道理で金ぴかだったりゴワゴワだったり私の好みをピンポイントで狙ってるなと思ってたんです! それに途中私の胸、じっくり眺めてましたし!」
「うわあバレてたしでも違うんです聞いてくださいぃ!」
こうして鋼とミスレイは、誰もいない教会の中をそれはもうグルグルと、虎がバターになるくらいグルグルグルグルと走り回ったそうな。